パルミラ攻防戦

パルミラ攻防戦
戦争: シリア騒乱
年月日: 2015年5月12日 - 2017年3月2日
場所: パルミラ市・パルミラ遺跡とその周辺
結果: シリア政府軍の勝利
交戦勢力
シリア政府軍 共和国防衛隊 ロシア航空宇宙軍	ISIL
戦力
損害

パルミラ攻防戦（-こうぼうせん）は、シリア騒乱下の2015年から2017年にかけてパルミラを巡ってシリア政府軍とISILの間で行われた戦闘である。

概要

パルミラはシリア中部のホムス県に位置する都市タドモルの別名、またはタドモルの郊外にある遺跡の名称である。ここでは都市をパルミラ市、遺跡をパルミラ遺跡と表記する。

世界遺産（世界文化遺産）であるパルミラ遺跡は古代にはタドモル（Tadmor）と呼ばれていた。ソロモンが建設したとも伝えられ、セレウコス朝時代に隆盛し、ローマ帝国の支配下で更なる発展を見せた。3世紀後半には一時独立してパルミラ王国が建てられたが、272年ローマに滅ぼされ、以後衰退の道を辿り、アラブに略奪され廃墟と化した。現在、ローマ時代の遺跡（パルミラ遺跡）は残存し、その博物館もある。

シリア騒乱では何度か支配者が入れ替わった。　2015年5月にISILが政府軍からパルミラを奪い、16年3月に一度奪還されたが同年12月に再びISILによって制圧された。2017年3月に政府軍によって奪還された。

戦闘の推移

背景

アラブの春がシリアに波及して以降、シリアの大統領バッシャール・アル＝アサド率いるシリア政府軍と反体制派の間で内戦が行われていた。首都ダマスカスを含むシリア各地で戦闘が行われ、2013年2月には政府軍の支配下にあったパルミラでも自爆攻撃が行われた。

同年6月、国連教育科学文化機関（ユネスコ）はシリアの世界遺産の6つ全てを危機遺産に指定した。この中にはパルミラ遺跡も含まれている。

2015年にはイラクで占領地の遺跡を破壊していたISILがシリアで快進撃を続け、パルミラに迫っていた。

ISILの攻撃

"「en:Palmyra offensive (May 2015)」"

2015年5月12日夜、ISILによるパルミラ攻撃が行われた。15日までに政府軍の兵士73人と、IS戦闘員65人の計138人が死亡し、ISILはパルミラ遺跡の1km先にまで迫った。シリア人権監視団によると、ISILは占領したパルミラ近郊の村落で、「政権の協力者」として民間人を26人以上処刑（うち10人は斬首）した。14日シリア文化財博物館総局長のマムーン・アブドルカリムは「ISがパルミラに入ればパルミラは破壊され、国際的な大惨事になる」として、国際社会の行動を求めた。ユネスコ事務局長イリナ・ボコヴァは、シリア政府軍とISILにパルミラ遺跡を破壊しないように呼びかけた。

17日にはパルミラ北部の大半がISILに占領され、激しい戦闘が行われた。

20日夜から21日にかけてISILは政府軍情報機関基地・軍空港・刑務所などを制圧し、政府軍は撤退した。21日、ISILはパルミラ市を完全に占領し、これによりISILがシリア国土の半分を占領したと報道された。

パルミラ陥落の背景には、シリア政府が少ない領土を保ちその安全を確保する戦略を採った結果だとする見方もあった。つまり重要なダマスカス・沿岸部・ハマー・ホムス、およびダマスカス-ベイルート、ダマスカス-ホムスを結ぶ幹線道路に戦力を集中し、パルミラなどからは撤退するというものである。

ISILの支配

ファイル:PalmyraMonumentalArch.jpg

パルミラ遺跡・凱旋門

ISILはパルミラ市を占領してから数日で数百人（シリア国営放送は約400人以上、シリア人権監視団は217人以上と報道）をシリア政府の協力者として虐殺した。また、ISILは1980年代に囚人が虐殺されたことで知られるパルミラ市の刑務所を破壊した。

7月には、パルミラ遺跡のローマ式円形劇場で少年兵が政府軍兵士を処刑し、その様子を劇場の座席に座る男や子供たちに見せつける映像を公開した。

8月には、ISILによってシリア遺跡専門家の重鎮でパルミラ遺跡管理当局の元責任者ハレド・アサドが処刑された。パルミラの広場にいた数十人の面前で殺害され、頭部を切断されたアサドの遺体は、パルミラ遺跡の中につり下げられていたという。貴重な工芸品をISILから守るためどこに移されたかを教えることを拒んだためと伝えられている。さらにパルミラ遺跡の神殿を破壊し、その映像を公開した。10月には、柱の飾りが偶像崇拝に当たるとの理由でISILが凱旋門を破壊した。

パルミラ遺跡の破壊は世界に衝撃を与え、シリアに対する国際世論の関心を高めることとなった

政府軍による攻勢

"「en:Palmyra offensive (March 2016)」"

2016年3月、ロシア航空宇宙軍による支援を受けた政府軍はパルミラ奪還に向けて攻勢を仕掛けた。同月23日には政府軍がパルミラから800mにまで迫ったという。

26日、政府軍はパルミラ市とパルミラ遺跡を完全に奪回し、ISIL兵士はパルミラ近郊のスフナフや北部ラッカ、東部デリゾールに後退した。占領直後のパルミラ遺跡では政府軍によって地雷工兵が遺跡に仕掛けられた爆弾や地雷の撤去作業が行われた。

2016年5月、パルミラ遺跡の円形劇場でロシアのマリインスキー劇場管弦楽団による演奏会が開かれた。ロシア連邦大統領ウラジーミル・プーチンはコンサートの開演に当たってロシアから演説を行い、「テロリストから解放されたパルミラでのコンサートという、きょうの素晴らしい人道的活動に感謝する」と語った。

ISILによる再攻勢

"「en:Palmyra offensive (December 2016)」"

2016年12月、ISILは再びパルミラに攻勢をかけ、8日には4キロの位置にまで進んだという。シリア空軍はISIL戦闘員らに対して空爆を展開した。

12日には政府軍が撤退し、再びパルミラ市がISILの手に落ちた。政府軍がアレッポの戦いに専心していた隙を突かれた形となった。アメリカ国防総省によると、このときISILはシリア政府軍が同地に放棄した戦闘用の装備品などを入手した。

ISILの再占領後、パルミラ遺跡は再び破壊された。

政府軍による奪還

"「en:Palmyra offensive (2017)」"

2017年2月、ロシア航空宇宙軍の支援を受けるシリア政府軍はパルミラへ攻勢を仕掛け、パルミラを見下ろす複数の丘の頂を相次いで制圧し、市の西側を射程圏内に収めた。3月1日夜にはパルミラ市の大部分を占領した。3日、ロシア国防省セルゲイ・ショイグはプーチンにパルミラ奪還を報告し、シリア人権監視団もISILが撤退し、政府軍が地雷の除去作業を行っていると発表した

8月には政府軍がパルミラの北東約70キロ先にあるスフナフをISILから奪還し、デリゾール包囲戦で孤立している部隊へ援軍を送る道が開かれた。