サンスクリット

提供: miniwiki
2018/8/16/ (木) 13:51時点におけるAdmin (トーク | 投稿記録)による版 (1版 をインポートしました)
移動先:案内検索



ファイル:Devimahatmya Sanskrit MS Nepal 11c.jpg
デーヴィー・マーハートミャ』の現存する最古の複製。11世紀ネパールで、ブジモールEnglish版という書体を使って書かれており、椰子の葉からできている (貝葉)。

サンスクリット: संस्कृतsaṃskṛta: Sanskrit)は、古代インド・アーリア語に属する言語インドなど南アジアおよび東南アジアにおいて用いられた古代語。文学哲学学術宗教などの分野で広く用いられた。ヒンドゥー教仏教シーク教ジャイナ教礼拝用言語でもあり、現在もその権威は大きく、母語話者は少ないが、現代インドの22の公用語の1つである。

サンスクリットは「完成された・洗練された(言語、雅語)」を意味する。言語であることを示すべく日本ではサンスクリット語とも呼ばれる。

漢字表記の梵語(ぼんご)は、中国や日本でのサンスクリットの異称。日本では近代以前から、般若心経など、サンスクリットの原文を漢字で翻訳したものなどを通して、梵語という言葉は使われてきた。梵語は、サンスクリットの起源を造物神ブラフマン(梵天)とするインドの伝承を基にした言葉である。

歴史

サンスクリットはインド・ヨーロッパ語族インド語派に属する古代語である。

狭義には紀元前5世紀から紀元前4世紀パーニニがその文法を規定し、その学統によって整備された古典サンスクリットのことを指す。

広義には、リグ・ヴェーダ(最古部は紀元前1500年頃)に用いられていたヴェーダ語や、あるいは、仏典に使われる仏教混交サンスクリットEnglish版をも含む。ヴェーダ語の最古層は、イラン語群に属する古典語であるアヴェスター語のガーサーの言語(古アヴェスター語)と非常に近い。

釈迦の時代にはすでに日常の生活においてインド各地の地方口語(プラークリットと呼ばれる)が用いられるようになっていたが、その後にサンスクリットは逆に文書の公用語として普及し、宗教(ヒンドゥー教・仏教など)・学術・文学等の分野で幅広く長い期間にわたって用いられた。

グプタ朝ではサンスクリットを公用語とし、カーリダーサなどに代表されるサンスクリット文学が花開いた。

サンスクリットは近代インド亜大陸の諸言語にも大きな影響を与えた言語であり、ドラヴィダ語族に属する南インド諸語に対しても借用語などを通じて多大な影響を与えた。さらには東南アジア東アジアにも影響を与えた。

13世紀以降のイスラム王朝支配の時代(アラビア語ペルシア語の時代)から、大英帝国支配による英語の時代を経て、その地位は相当に低下したが、今でも知識階級において習得する人も多く、学問や宗教の場で生き続けている。1972年にデリーで第1回国際サンスクリット会議が開かれたが、討論から喧嘩までサンスクリットで行われたという。また、従来はサンスクリットは男性が使うものであったが、現代では女性がサンスクリットを使うようになってきている[1]

音声

多くの古代語と同様、サンスクリットが古代にどのように発音されていたかは、かならずしも明らかではない。

母音には、短母音 a i u、長母音 ā ī ū e o、二重母音 ai au がある。e o がつねに長いことに注意。短い a は、[ə] のようなあいまいな母音であった。ほかに音節主音的な r̥ r̥̄ l̥ があったが、現代ではそれぞれ ri rī li のように発音される。r̥̄ l̥ は使用頻度が少なく、前者は で終わる名詞の複数対格・属格形(例:pitr̥̄n 「父たちを」)、後者は kl̥p- 「よく合う、適合する」という動詞のみに現れる。

音節頭子音は以下の33種類があった。

両唇音
唇歯音
歯音
歯茎音
そり舌音 硬口蓋音 軟口蓋音 声門音
破裂音
破擦音
無気音 p b t d ṭ ḍ c j k g
帯気音 ph bh th dh ṭh ḍh ch jh kh gh
鼻音 m n (ñ) ()
摩擦音 s ś h [ɦ]
半母音 v r y
側面音 l

そり舌音が発達していることと、調音位置を等しくする破裂音に無声無気音・無声帯気音・有声無気音・有声帯気音の4種類があることがサンスクリットの特徴である。このうち有声帯気音は実際には息もれ声であり、これらの音は現在のヒンディー語などにも存在する。ヴェーダ語には、ほかに もあった。

c ch j jh は破裂音 [c cʰ ɟ ɟʱ] であったとする説と[2]破擦音であったとする説がある[3]。現代では破擦音として発音する。ñ([ɲ]) と ([ŋ]) は、つづりの上ではほかの鼻音と区別して書かれるが、音韻的には n の異音とみなされる。

音節末のみに立つ子音としては、同器官的な鼻音、アヌスヴァーラ)と 無声音[h]ヴィサルガ)がある。

ヴェーダ語は高低アクセントを持ち、単語によりアクセントの位置が定まっていた。古典時代のアクセントは不明である。現代においては、後ろから4音節め(単語が4音節未満なら先頭)に強勢があり、ただし後ろから2番目さもなくば3番目の音節が長い(長母音・二重母音を含む音節、または閉音節)場合、その音節に強勢が置かれる。

連声

連声(連音、sandhi)はサンスクリットの大きな特徴で、2つの形態素が並んだときに起きる音変化のことである。連音変化自体はほかの言語にも見られるものだが、サンスクリットでは変化が規則的に起きることと、変化した後の形で表記されることに特徴があり、連声の起きた後の形から元の形に戻さなければ、辞書を引くこともできない。

単語間の連声を外連声、語幹(または語根)と語尾の間の連声を内連声と言う。両者は共通する部分もあるが、違いも大きい。

外連声の例として、a語幹の名詞の単数主格の語尾である -aḥ の例をあげる。

  • 無声子音が後続するとき、硬口蓋音の前では -aś、そり舌音の前では -aṣ、歯音の前で -as に変化する。それ以外は -aḥ のまま[4]
  • 有声子音が後続するときには -o に変化する。
  • a 以外の母音が後続するときには -a に変化する。
  • a が後続するときには、後続母音と融合して -o に変化する。

文法

名詞の区別があり、によって変化する。性は男性、女性、中性があり、数には単数、双数、複数に分かれる。格は主格呼格対格具格与格奪格属格処格の8つある。つまり、1つの名詞は24通りに変化し得る。形容詞は名詞と性・数・格において一致する。代名詞は独特の活用を行う。

名詞・形容詞は語幹の末尾によって変化の仕方が異なる。とくに子音で終わる語幹は、連音による変化があるほか、語幹そのものが変化することがある。

動詞は、人称と数によって変化する。伝統的な文法では、動詞は語根(dhātu)によって示され、語根から現在語幹を作る方法によって10種に分けられている。時制組織は現在・未来・不完了過去・完了・アオリストを区別するが、古典サンスクリットでは完了やアオリストは衰退しつつあった[5]には、能動態(Parasmaipada)と反射態(Ātmanepada, ギリシア語中動態に相当する。行為者自身のために行われることを表す)が存在するが、実際には両者の意味上の違いは必ずしも明らかでない[6]受身はこれと異なり、使役などとともに、動詞に接尾辞を付加することによって表される。

動詞のには直説法命令法希求法(願望法)、条件法、祈願法(希求法のアオリスト)がある。ヴェーダ語にはほかに接続法指令法があったが、パーニニの時代には(固定した表現を除き)失われていた[7]。条件法と祈願法も古典サンスクリットでは衰退している[8]。 サンスクリットでは不定詞、分詞、動詞的形容詞(gerundive)などの準動詞が非常に発達している[9]

サンスクリットでは複合語が異常に発達し、他の言語では従属節を使うところを、複合語によって表現する[10]

語彙

サンスクリットの語彙は非常に豊富であり、また複合語を簡単に作ることができる。多義語が多い一方、同義語・類義語も多い。

一例として数詞をIAST方式のローマ字表記で挙げる。なお、サンスクリットでは語形変化や連音によってさまざまな形をとるが、単語は語尾を除いた語幹の形であげるのが普通であり、ここでもその慣習による。

  1. eka-, エーカ
  2. dvi-, ドゥヴィ
  3. tri-, トゥリ
  4. catur-, チャトゥル
  5. pañca-, パンチャ
  6. ṣaṣ-, シャシュ
  7. sapta-, サプタ
  8. aṣṭa-, アシュタ
  9. nava-, ナヴァ
  10. daśa-, ダシャ

実際にはこれに語尾がつく。たとえば、tri- 「3」は i- 語幹であるので、(複数)男性主格形は trayaḥ になる。さらにこの語が aśva- 「馬」を修飾する場合は、連音変化によって trayo 'śvāḥ となる[11]

文字・表記

サンスクリットの表記には、時代・地域によって多様な文字が使用された。例えば日本では伝統的に悉曇文字シッダマートリカー文字の一種、いわゆる「梵字」)が使われてきたし、南インドではグランタ文字による筆記が、その使用者は少なくなったものの現在も伝えられている[12]

現在では、地域をとわずインド全般にデーヴァナーガリーを使ってサンスクリットを書くことが行われているが、このようになったのは最近のことである[13]ラテン文字による翻字方式としてはIASTが一般的である。

日本への影響

仏教では最初、大体紀元の前後を境にして徐々にサンスクリットが取り入れられ、仏教の各国への伝播とともに、サンスクリットも東アジアの多くの国々へ伝えられた。ただし初期の漢訳仏典の原典はかならずしもサンスクリットではなかったと考えられており、ガンダーラ語のようなプラークリットに由来する可能性もある[14]。日本へは中国経由で、仏教、仏典とともにサンスクリットにまつわる知識や単語などを取り入れてきた。その時期は遅くとも真言宗の開祖空海まではさかのぼれる。

仏教用語の多くはサンスクリットの漢字による音訳であり、""、"盂蘭盆"、"卒塔婆"、"南無阿弥陀[15]"などがある。"檀那(旦那)"など日常語化しているものもある。

また、陀羅尼(だらに、ダーラニー)、真言マントラ)は漢訳されず、サンスクリットを音写した漢字で表記され、直接読誦される。陀羅尼は現代日本のいくつかの文学作品にも登場する(泉鏡花「高野聖」など)。

卒塔婆や護符などに描かれる文字については梵字を参照。

日本語五十音図の配列は、サンスクリットの伝統的な音韻表の配列、悉曇学に由来する。

著名な文学・哲学・宗教文献

映画音楽とサンスクリット

母音の響きがよいという理由で映画音楽でコーラスを投入する際に使用されるケースが有る。

脚注

  1. 中村元生きているサンスクリット」、『印度學佛教學研究』第21巻、1972-1973、 14-20頁。
  2. Allen (1953) p.52
  3. 辻 (1974) p.7
  4. は、古くは唇音の前で [ɸ]、軟口蓋音の前で[x] に変化した。Allen (1953) pp.49-51
  5. 辻 (1974) p.111, 140
  6. 辻 (1974) pp.106-107
  7. Cardona (2007) p.123
  8. 辻 (1974) p.111, 149, 168
  9. 辻 (1974) p.110, 195ff, 252
  10. 辻 (1974) p.223
  11. 辻 (1974) p.85
  12. 『図説 世界の文字とことば』 町田和彦編 114頁。河出書房新社 2009年12月30日初版発行 ISBN 978-4309762210
  13. Cardona (2007) p.156
  14. 辛嶋静志「阿弥陀浄土の原風景」、『佛教大学総合研究所紀要』第17巻、2010年、 15-44頁。
  15. ただフレーズとしてはインドの仏典になく中国日本の浄土思想家による

参考文献

  • 辻直四郎 『サンスクリット文法』 岩波全書、1974年。
  • Allen, W. Sidney (1953). Phonetics in Ancient India. Oxford University Press. 
  • Cardona, George [2003] (2007). “Sanskrit”, in Danesh Jain; George Cardona: Indo-Aryan Languages. Routledge, 104-160. ISBN 020394531X. 

関連項目

外部リンク