アスタナ

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アスタナ
Астана
Astana
位置
アスタナの位置の位置図
アスタナの位置
座標 : 東経71度26分0秒北緯51.16667度 東経71.43333度51.16667; 71.43333
歴史
建設 1830年
行政
 カザフスタン
 行政区画 政令指定地区
 市 アスタナ
地理
面積  
  市域  722 km2 km2
標高 347 m
人口
人口 (2017現在)
  市域 1,010,317人
    人口密度   1,384.7人/km2
公式ウェブサイト : http://www.astana.kz/

アスタナAstana)は、カザフスタン首都1997年アルマトイから遷都された。旧称はアクモリンスク (Akmolinsk) 、ツェリノグラード (Tselinograd) 、アクモラ (Aqmola) 。「アスタナ」はカザフ語で「首都」の意味。

イシム川右岸に位置し、推計人口は100万人(2016年)でアルマトイに次いで同国2位である。1998年のカザフスタン政府主催の国際コンペで1位に選ばれた日本建築家黒川紀章都市計画案に基づき開発が続けられている。

金属加工農業機関、食品加工陶器製材などの工業が行われる。

歴史

1824年オムスクから来たコサック達がイシム川上流に要塞を造り、それが元となってアクモリンスク (Akmolinsk) という都市が出来た。アクモリンスクは鉄道の要衝として、ロシア内戦時まで発展を続けた。ヨシフ・スターリンの時代には、市の周辺には「人民の敵」とされた人々の妻や家族を収容する悪名高いグラグが数多く作られた。1961年、ツェリノグラード (Tselinograd) と改名され、1950年代にニキータ・フルシチョフが主導したカザフスタンを大穀倉地帯に変えるVirgin Lands Campaignの中心地となる。ロシア各地から入植が行われ、その後の民族間対立の土壌が醸成されていく。特に、ナチス・ドイツのロシア侵攻でドイツ系の人々はこの地に強制的に連れて来られた。

1991年、カザフスタンが独立を果たすと、「聖地」を意味するアクモラ (Aqmola) と再度改名される。1994年、アクモラを新首都とすることが決定され、1997年に遷都が行われた。翌年の1998年には名称はカザフ語で首都を意味するアスタナと改名された。アスタナ遷都の理由は、アルマトイが活断層があり地震多発地帯であることや地形的に更なる発展に限界があったことなどが挙げられる。またアスタナが位置するカザフスタン北部にはカザフ人よりもロシア人が多く、遷都することによって北部にもカザフ人の割合を増やし、将来的な分離独立問題を抑え込む意味もあったとされる。しかし、アスタナがカザフスタンの主要軸から外れていて、冬季の気候は酷寒であることや、新首都建設に莫大な費用がかかっているなどの問題点もある。

2008年、カザフスタン国会はアスタナをヌルスルタン・ナザルバエフを称えて「ヌルスルタン」と改名するように提議したが、ナザルバエフが辞退した。

2014年、アスタナでユーラシア経済連合の創設条約の調印が行われた。前身のユーラシア経済共同体を始動した協定もここアスタナで調印された。

民族構成

民族構成(アスタナ市)2012
カザフ人
  
72.80 %
ロシア人
  
17.35%
ウクライナ人
  
1.81%
その他
  
8.04%

市の人口は、遷都時の1997年には275,100人に過ぎなかったが、10年後の2007年には遷都時の人口の2倍の574,448人となり、さらに、2014年には828,759人に達した[1]2030年には100万人に達すると推計される。新首都として有能な若者の国内や近隣国からの移住が続いており、かつての市の民族構成は一変した。

2012年の調査によると、遷都前には60~70%前後を占めていたロシア人ウクライナ人などスラブ民族は30%以下となり、かつては10%台だったカザフ人が70%以上を占めるようになった。このように、仕事を求めて、大量のカザフ人が全国中から移住した。

地勢

カザフスタンの中部に位置し、イシム川が流れる。人口は年々増え、遷都当初は30万人ほどだったものの、2014年4月には約82万人と3倍近くに増えている[2]。夏場、市街地には花や緑の生い茂る公園も多く見られ、アスタナ市も定期的に植樹祭を開き、緑化計画を進めている[3]。こうした植樹は、防風対策としての役割も担っている。標高は347m。

気候

1月の平均気温は-14.2度とそう極端に低いものではないが、シベリア寒気団の直撃により最低気温が-50度近くになることもあり、モンゴルウランバートルと共に世界で最も冬の寒さが厳しい首都、とも言われる。1年の半分以上が氷点下であり、年間平均気温は3.5度に過ぎない。一方、最暖月7月の平均気温こそ20.8度とあまり高くないが、日中は平均で26.8度まで上がり、好天の日にはかなり暑くなり、時に40度近くに達することもあり、年較差は90度近い。ケッペンの気候区分ではステップ気候 (BSk) と湿潤大陸性気候 (Dfb) の境界に位置する。

アスタナの気候資料
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 3.4(38.1) 4.8(40.6) 22.1(71.8) 29.7(85.5) 35.7(96.3) 40.1(104.2) 41.6(106.9) 38.7(101.7) 36.2(97.2) 26.7(80.1) 18.5(65.3) 4.5(40.1) 41.6(106.9)
平均最高気温 °C (°F) -9.9(14.2) -9.2(15.4) -2.5(27.5) 10.9(51.6) 20.2(68.4) 25.8(78.4) 26.8(80.2) 25.2(77.4) 18.8(65.8) 10.0(50) -1.4(29.5) -8.0(17.6) 8.9(48)
日平均気温 °C (°F) -14.2(6.4) -14.1(6.6) -7.1(19.2) 5.2(41.4) 13.9(57) 19.5(67.1) 20.8(69.4) 18.8(65.8) 12.3(54.1) 4.6(40.3) -5.4(22.3) -12.1(10.2) 3.5(38.3)
平均最低気温 °C (°F) -18.3(-0.9) -18.5(-1.3) -11.5(11.3) 0.2(32.4) 7.9(46.2) 13.2(55.8) 15.0(59) 12.8(55) 6.6(43.9) 0.2(32.4) -8.9(16) -16.1(3) -1.5(29.3)
最低気温記録 °C (°F) -51.6(-60.9) -48.9(-56) -38.0(-36.4) -27.7(-17.9) -10.8(12.6) -1.5(29.3) 2.3(36.1) -2.2(28) -8.2(17.2) -25.3(-13.5) -39.2(-38.6) -43.5(-46.3) -51.6(-60.9)
降水量 mm (inches) 17(0.67) 15(0.59) 18(0.71) 20(0.79) 35(1.38) 37(1.46) 50(1.97) 29(1.14) 22(0.87) 27(1.06) 27(1.06) 22(0.87) 318(12.52)
平均降水日数 (≥ 1.0 mm) 5.3 4.3 3.2 4.7 6.3 6.1 6.6 5.6 4.4 7.3 6.0 5.3 65.1
日照時間 102.3 146.9 192.2 237.0 300.7 336.0 334.8 294.5 231.0 136.4 99.0 93.0 2,503.8
出典#1: Pogoda.ru.net[4]
出典#2: Hong Kong Observatory (sun and precipitation days)[5]

行政地区

3地区から成る。

  • アルマトイ地区
  • エシリ地区
  • サルィアルカ地区

経済

新首都として政治・行政機構が市の経済活動の中心であるが、経済特区でもある。オイルマネーが投入され、壮大な建物が多く、現在でも高層ビルの建設ラッシュが続いている。

都市計画

新首都は、黒川紀章の都市計画に基づいて建設されている。鉄道の北は産業地区、及び低所得者の住宅地となっている。鉄道とイシム川の間が市の中心地で、東西に高層住宅と公園が配され、南部に行政機関や大使館が集積されている。黒川の計画を引き継ぎながら、市の全体像の完成は2030年とされている。現在、アスタナの将来モデルはベルリンとされ、キャンベラのような純政治的な都市は志向されていない。

建築

アスタナのシンボルで高さ105mのモニュメント。展望台もある。「高いポプラの木」の意味でカザフスタンの民話の「生命の木」と「幸福の魔法の鳥」をイメージしたデザイン
  • 平和のピラミッド
ノーマン・フォスター設計で、各宗教の宗教施設が入っている。オペラハウスや国立博物館、図書館もある。

交通

  • アスタナ国際空港が、アスタナ郊外14kmにある。空港施設はロシア時代に作られたが、新首都となり2005年黒川紀章設計の近代的新ターミナルがオープンして一新した。旧ソ連各都市の他、中近東や欧州各地へ国際便が就航するようになった。

脚注

外部リンク