エタノール
エタノール(ethanol)は、示性式 C2H5OH、又は、CH3CH2OH で表される、第一級アルコールに分類されるアルコール類の1種である。別名としてエチルアルコール(ethyl alcohol)やエチルハイドレート、また酒類の主成分であるため「酒精」とも呼ばれる[1]。アルコール類の中で、最も身近に使われる物質の1つである。殺菌・消毒のほか、食品添加物、また揮発性が強く燃料としても用いられる。
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性質
一般的な第一級アルコールとしての性質を持つ。また、炭化水素鎖が2つと充分に短く、親水性のヒドロキシ基の影響が強く出るために、プロトン性の極性溶媒である水と自由な割合で混和することが可能。そして2つとは言え、疎水性の炭化水素鎖を持っていることから、様々な有機溶媒とも比較的自由な割合で混和することが可能な場合がある。なお、エタノールそれ自体もれっきとした有機溶媒の1種に数えられ、様々な物質を溶解させる能力を持つ。この他、エタノール溶液は金属組織を顕微鏡観察し易くするための腐蝕液として用いられる。
合成
現在市場に出回っているエタノールは、大部分がアルコール発酵によって製造されている。
- <ce>C6H12O6 -> 2C2H5OH\ + 2CO2 </ce>
一部は、化石燃料由来のエチレンの水和反応等の有機合成手法によっても製造される。
- <ce>C2H4\ + H2O -> C2H5OH</ce>
反応
エタノールに濃硫酸を混ぜて、130〜140℃に加熱すると分子間脱水が起こり、ジエチルエーテルが生成する。
- <ce>2C2H5OH -> C2H5OC2H5\ + H2O</ce>
また、同じく濃硫酸を混ぜた状態で160〜170℃まで温度を上げると、今度は分子内脱水が起こり、エチレンが生成する。
- <ce>C2H5OH -> C2H4\ + H2O</ce>
エタノールにある適当な酸化剤 [O] を作用させる、または脱水素反応などを施すとアセトアルデヒドに変わり、さらに強い酸化反応条件下では酢酸まで酸化される。さらに分解されて酢酸として体内に吸収される。ただしモンゴロイドにはアセトアルデヒドを高い効率で酸化して酢酸にするALDH2の活性の低いヒトや、活性を持たないヒトが、遺伝子多型の影響のため、一定の比率で見られる。ALDH2の活性の低いヒトがエタノールを摂取すると、アセトアルデヒドの毒性による害が出やすい[注釈 1]。以上の酸化の過程を簡略した化学反応式で表すと以下のようになる。
- <ce>CH3CH2OH\ + [O] -> CH3CHO\ + H2 O</ce>
- <ce>CH3CHO\ + [O] -> CH3COOH</ce>
エタノールに金属ナトリウムあるいは水素化ナトリウムを反応させると、水素ガスを発生しながらナトリウムエトキシドを生成する。
- <ce>2C2H5OH\ + 2Na -> 2C2H5ONa\ + H2 \uparrow </ce>
エタノールは第一級アルコールとして唯一CH3CH(OH)-を構造中に持つため、ヨードホルム反応に対して陽性である。
- <ce>CH3CH2OH\ + 6NaOH\ + 4I2 -> CHI3\ + HCOONa\ + 5NaI\ + 5H2O</ce>
共沸と精製
水とエタノールの混合液を蒸留によって、2つの成分に完全に分離することはできない。これは水とエタノールが共沸をするためであり、この時の共沸混合物はエタノールが96%(質量パーセント濃度)、水が4%であるため、通常の蒸留によって得られるエタノールの最高濃度はおよそ96%である。ここにペンタン[注釈 2]などの成分が存在すると、始留に水分が集まるようになる。薬局方にある「無水エタノール」を作る時は、これら3成分の共沸によってさらに水分が除かれたのち、分別蒸留でさらに精製される。
利用
溶剤(有機溶媒)、有機合成原料、消毒剤などとして広く使われている。用途別の使用量としては、飲用22%・工業用10%・燃料用68%である(2003年)。工業用アルコールのうち、天然の原料から作った発酵アルコールは、食品の防腐用、みりんなどの調味料の原料などに使用され、化学合成された合成アルコールは接着剤、インク、塗料、農薬などに使用される[3]。
飲用(酒類)及び医薬品以外のエタノール(いわゆる工業用アルコール)はほとんどが変性アルコールと呼ばれるもので、エタノールにかなりの量あるいは少量のメタノールやイソプロパノールなどのアルコール類が混入されている[注釈 3]。したがって、酒として販売されているもの以外のアルコールを、「エタノール」と表示されているからといって、薄めて飲むなどといった行為は極めて危険である。
外用剤や化粧品等に用いられている変性アルコールは変性剤としてメタノールを使用しておらず有害性はやや低い。酒税を回避するため、メタノールよりは誤飲時の毒性が低いイソプロパノールを数%添加するか[注釈 4]、苦味や匂いを付加して飲用に適さないアルコールとしている。なお、平成12年からアルコール事業法が施行され、許可を取得すれば酒税相当分の価格を上乗せしていない無変性アルコールを取り扱えるようになった(後述)。
医薬として
メタノールやエチレングリコールを誤飲した場合の解毒剤として用いられる[5]。ただし解毒とは言っても、エタノールが直接メタノールなどの毒性を減弱させるのではなく、体内でメタノールなどから非常に有害な物質が一気に生成して、生体に大きな打撃を与えるのを防いでいるに過ぎない。以下、メタノールを例にとって説明する。
メタノールの代謝産物(酸化産物)であるホルムアルデヒドや蟻酸は、共にヒトにとっては非常に有害で、血中において高濃度になると失明などの原因となる。この時体内にエタノールを共存させると、ヒトの体内では代謝酵素との親和性の関係でメタノールよりもエタノールの方が酸化されやすいため、エタノールからアセトアルデヒド(有毒)や酢酸(事実上無害)ができやすい状態になり、他方でメタノールの酸化反応は速度が落ちる。これによってホルムアルデヒドや蟻酸の体内での濃度を上がりにくい状態に保ちながら、ホルムアルデヒドや蟻酸や代謝されなかったメタノール自体が体外へと排泄されたり、少しずつ生成するホルムアルデヒドや蟻酸が処理されるのを待っているに過ぎない。したがって、メタノールの摂取量にもよるものの、メタノールとその代謝産物の排泄が終わるまでエタノールを一定量ずつ摂取し続ける必要が出てくる。逆に、エタノールを一気に単回摂取しても効果は限られるし、エタノールの量が過ぎれば今度はエタノールとその代謝産物による害が出かねないことは留意する必要がある。ただそれでも、家庭においてメタノールを誤飲した場合は、エタノール(酒として市販されている品で構わない)を飲みながら病院を受診するという手は、メタノールとその代謝産物による害を最小にする応急処置として有用と言える。
食品添加物
自動車燃料
近年、石油の代替燃料としてのエタノールの自動車用燃料用途に注目が集まっている。
自動車の登場期にすでに燃料として使われていた。米国では、1920年代にゼネラルモーターズが石油会社と共に(会社の利益となる)有鉛ガソリンを推進するようになったため、以降ほとんど使われなくなった。
フランスでは、1920年代から1950年代頃には砂糖大根で作ったエタノールをガソリンに混ぜて使っていた。石油が安価に手に入るようになりほとんどの国ではエタノールを使わなくなった。しかし、ブラジルでは、1973年の石油ショックによる原油価格の高騰に対処するため、政府が1975年からプロアルコール(Proalcool)政策を実施し、自国で豊富にとれるサトウキビから生産できるエタノールをガソリン代替にすることを進めてきた。1977年にフォルクスワーゲン・ブラジリアを皮切りに導入され、既にブラジルでは年間に販売される新車の半数以上がエタノール燃料に対応した車となっている。2003年よりブラジルでのガソリンに対するエタノール混合率は25%となっている。
アメリカ合衆国でも、1970年代から中西部のとうもろこし生産地帯においてエタノール混合率10%のガソリン「ガソホール」が販売されてきた。1990年代になると、クリーンエア・アクト(大気浄化法)にもとづき、エタノール混合に優遇措置がなされた。これらは米国では農業生産者が政治に対して力をもっているからなしえたことでもあった。2000年代になり、米国内では、州によって状況が異なるが、通常E10とよばれる10%混合ガソリンが広く販売されるようになっている。しかし、すべての米国人がその実態を知っているとはいえない程度である。エタノールとガソリンの混合燃料(フレックス燃料)に対応した車(フレックス車)の販売も増加している。通常の米国車は基本的にE10対応となっており、普通にガソリンをいれていると思いながらE10フレックス燃料をいれているようなケースも実際には多く、使用者の意識がなくともフレックスを使用している場合がある。米国ではフレックスに対応している車はE10対応、E25対応とよばれるが、E10対応はすでに標準であり、フォードではE85というような車も販売をはじめている[6]。
日本においては、実験を進めていた経済産業省が、コストの観点から日本国内での生産よりも輸入によることによる普及促進を狙い、2006年2月にブラジルの国営石油会社ペトロブラスと日本の日本アルコール販売の50%出資で、「日伯エタノール」を設立した。2007年2月時点で経済産業省の政策に対し石油会社の協力が得られておらず、ガソリンとの混合およびその販売にはまだ明確な道筋が立っていない。日本の法制度上では、過去にメタノールが主成分のガイアックスを高濃度アルコール燃料と名指しした上で事実上の販売禁止令を発布した経緯があり、その際に自動車部品への安全性を確保する基準とされた「アルコール添加量3%以下(E3相当)」という文面が現在でも法的根拠として残り続けていることや、「高濃度アルコール燃料」に対する過度のバッシングによる悪印象が未だ尾を引いている事から、E3以上の濃度のアルコール燃料の普及の目処は全く立っていないことが現状である。
モータースポーツのインディカー・シリーズでは2007年より98%エタノール燃料(飲用防止と発火を目視できるように2%のガソリンを混ぜてある)を使用している。
薬局方
日本では日本薬局方により純度が規定されている。
- 無水エタノール(別名:無水アルコール)
- 15℃でエタノールを99.5v/v%以上含む。消毒効果は消毒用エタノールに比べて小さいが、肝癌治療に応用されている。
- エタノール(別名:アルコール)
- 15℃でエタノールを95.1〜96.9v/v%含む。
- 消毒用エタノール(別名:消毒用アルコール)
- 15℃でエタノールを76.9〜81.4v/v%含む。一般的な医療用消毒剤。
医薬用の(日本薬局方の)エタノールは酒税相当額が課税されている。節税のため、イソプロパノールを添加したものや変性アルコールを用いたものもあり、逆性石鹸で消毒の効力を高めた物もある。
人体への影響
ヒトがエタノールを摂取すると、中枢神経系を抑制する効果により酔いという急性の症状が現れる。また、その量が多くなると、中枢の抑制のため呼吸が停止するなどして死亡することもある。ヒトにおける致死量には個体差が見られるものの、1400 (mg/kg)程度がヒトのLDLo(最小致死量)とされている[1]。これがいわゆる急性アルコール中毒による死である。
この他、飲酒習慣のあるヒトはエタノールを繰り返し摂取することになるわけだが、エタノールを長期にわたって摂取し続けると脳萎縮が発生する。その他にエタノールには発がん性も指摘されており、IARC発がん性リスク一覧では「グループ1:発がん性がある」と分類される[7]。そして、脂肪肝やアルコール性肝炎、さらには肝硬変の原因にもなり得る。なお、妊婦が飲酒した場合は胎児に影響を及ぼし、例えば胎児性アルコール症候群(FAS)の原因となる[1]。
殺菌・消毒といった外用に用いた場合では人体への影響はほぼ無視できるものの、エタノールの濃度が非常に高いため飲用した場合は急性アルコール中毒を引き起す危険性が高い。他に消毒用エタノールの中には酒税の課税を回避するためにメタノールなどが意図的に混入されていることもあるものの、メタノールなどを含むものは人体に摂取すると重篤な症状を引き起こす危険がある。また傷口や粘膜に使用した場合は刺激が強く、痛みを感ずるために、基本的には正常な皮膚にしか使用しない。しかし、エタノールには有機溶剤としての作用があり、皮膚へ塗布した際には皮脂や水分を奪う。皮膚への過度な使用は控える必要がある。特にイソプロパノールのようにエタノール以上に皮脂を溶出しやすい物質が混入されたものはなおさらである。
おもな誘導体
法的規制
危険物
日本では消防法により危険物第4類(アルコール類 危険等級II)に指定されている[1]。航空法においては引火性液体に指定される[1]。
炎が青白色で、日中の太陽光のもとでは見えにくい。2013年8月4日、滋賀で消火訓練準備中に消防団員が火が消えたことを確認しエタノールを注ぎ足したところ爆発、女児が火だるまになる事故が起きた[8]。警察では火が消えたことの確認が不充分だったと見ている[9]。
飲用アルコール(酒類)
容積比率で1 %以上のエタノールを含む飲料は、酒税法により酒類と呼ばれ[10]、この製造や販売には所轄税務署長の免許(製造免許や販売業免許)が必要である[11]。酒税法では、酒類を製造所から移出するとき、または保税地域から引き取る際に酒税を納めることを義務付けている[12]。同法ではさらに、さまざまな種類の酒類を規定し[13]、種類に応じた税率を定める[14]。
工業用アルコール
工業用に作られたエタノールが酒税法で定める酒類に転用されるのを防ぐために、昭和12年(1937年)に制定された旧アルコール専売法や平成12年(2000年)に制定されたアルコール事業法では、容積比で90%のエタノールを含むアルコールの製造・使用・流通を制限ないし管理している。
旧アルコール専売法の下では公示価格が設定され[15]、酒類に転用するには高すぎる価格(酒税相当分が加算された価格)で販売された。工業用に使用するアルコールにはこの公示価格は適用されなかったが、その場合は添加物を加えて飲用不可の状態とすること(変性アルコール)が義務づけられていた[16]。
アルコール事業法が施行され、専売制が廃止された後は、変性アルコールでないアルコール(一般アルコール[17]、無変性アルコール[4]、事業法アルコール[18]などと呼ばれる。)も自由に取引できるようになった。ただし、製造・輸入・使用・販売には経済産業大臣の許可が必要である[19]。なお、製造業者や輸入業者は省令で定められた加算額を含む価格で工業用アルコールを販売することができ、これを特定アルコール[20]という。特定アルコールは許可を受けずに誰でも購入して自由に使用することができる。
工業用アルコールには、その原料・製造方法の違いにより発酵アルコールと合成アルコールの2種類がある。発酵アルコールはサトウキビから作った糖蜜などを原料として、それを発酵させて作る。合成アルコールはエチレンから化学的に合成されたものである。合成アルコールは、旧食品衛生法でいうところの化学的合成品[21]にあたり、添加物としても食品に使用できないと定められている[22]。
注釈
融点・沸点 摂氏と華氏とケルビンが小数点以下で一致していません。摂氏温度が正しいのは確認済 融点-114.14 ℃:HSDB(2013)、沸点は引用先で異なる 沸点78.29℃ :HSDB(2013)、 沸点78.5℃ :Merck (14th, 2006)
- ↑ 急性アルコール中毒はエタノールを短時間に過剰摂取すれば、ALDH2の活性の有無を問わず、誰でも発症する。ALDH2の活性によって大きく変わるのは、少量のエタノール摂取によって吐き気などのアセトアルデヒドの悪影響が出てくるかどうかである。ALDH2の活性が高いヒトは、少々のエタノールを摂取したところで、エタノールの代謝によって体内で発生するアセトアルデヒドもすぐに処理できてしまえるので悪影響が出にくい。そうでないヒトは、アセトアルデヒドによる悪影響が出やすいということ。
- ↑ かつては、ベンゼンが用いられていたが、発がん性、毒性のため、近年ではペンタンが用いられている[2]。
- ↑ 平成12年12月26日付け厚生省の通達[4]末尾のアルコール専売法施行規則別表「工業用アルコール変性標準」の抜粋より。
- ↑ イソプロパノールはメタノールよりも炭素鎖が長いために、油を溶かす能力は高い。したがって、外用した場合は皮膚から脂分を取り去り、手荒れなどの原因になりやすいのはイソプロパノールとされる。
出典
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 MSDS- アルコール(99) (Report). 日本アルコール産業. (2013-01-01) .
- ↑ 製造方法概要 - 日本合成アルコール株式会社
- ↑ 総務省のウェブサイトにある資料 - アルコール専売事業(2001年に廃止)の仕組みをあらわしたもの(2010年12月01日閲覧)。
- ↑ 4.0 4.1 “変性アルコールの例”. 2011年10月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。. 2010閲覧.
- ↑ “Methanol poisoning”. MedlinePlus. National Institute of Health (2013年1月30日). . 6 April 2015閲覧.
- ↑ Ford Motor Company - Ethanol(2003年3月14日時点のアーカイブ)
- ↑ Agents Classified by the IARC Monographs, Volumes 1–111. monographs.iarc.fr
- ↑ “消火訓練で10人やけど 滋賀、アルコールが飛散”. 日経新聞. (2013年8月4日)
- ↑ “エタノールの「見えない炎」、消火訓練準備で10人やけど”. TBS. (2013年8月5日)
- ↑ 酒税法第二条
- ↑ 同第七条、第九条
- ↑ 同第六条
- ↑ 同第三条
- ↑ 同第二十三条
- ↑ アルコール専売法十九条
- ↑ 同第二十六条
- ↑ 三協化学株式会社のウェブサイト(2010年11月29日閲覧)
- ↑ 日本アルコール販売のウェブサイト(2010年11月29日閲覧)
- ↑ アルコール事業法第三条、第十六条、第二十一条、第二十六条。
- ↑ 同第二条
- ↑ 旧食品衛生法第二条第三項
- ↑ 食品衛生法第十条。食品衛生法施行規則第十二条別表第一(使用を認められている添加物の一覧表)も参照。
関連項目
外部リンク
- エタノール(エチルアルコール) 理科ねっとわーく(一般公開版) - 文部科学省 国立教育政策研究所