SM (性風俗)
SMとは、サディズム(加虐嗜好)およびマゾヒズム(被虐嗜好)的な性的嗜好に基づいて行われる倒錯的プレイ全般、ないし同プレイを含む文化様式(サブカルチャー)群の総称である。加虐被虐性愛(かぎゃくひぎゃくせいあい)とも言う。
「SM」は、加虐嗜好の「サディズム」(sadism) と被虐嗜好の「マゾヒズム」 (masochism) を組み合わせたサドマゾキズム (sadomasochism) の略語。加虐嗜好者のことを「サディスト」(sadist) あるいは単に「S」、被虐嗜好者のことを「マゾヒスト」(masochist) あるいは単に「M」という。
Contents
語源
「サディズム」は、この嗜虐性行為にのめり込んで何度も暴行容疑で投獄されながら、獄中で自身の体験やファンタジーを描写した数々の長編小説を書きつづけ、最期には狂人扱いされてしまった大革命時代(18世紀末から19世紀初頭)のフランス貴族マルキ・ド・サド(サド侯爵)の名に由来する。『悪徳の栄え』や『ソドム百二十日』などは、19世紀中頃から20世紀初頭にかけて、SMを表舞台に引き出すことにつながった。
「マゾヒズム」の方は、精神的肉体的な苦痛に快楽を感じ、情婦との間に自らが彼女の奴隷となりその願望と命令のすべて実現することを誓った契約書まで交わして、やはりそうした自らの体験をもとにした『毛皮を着たヴィーナス』などの小説を発表した19世紀中頃のオーストリアの作家ザッヘル・マゾッホの名に由来する。
概要
精神医学面での「性的サディズム」などでは、性的興奮を得るために一方的に何かを虐待するという性格異常を発揮し、一方の「性的マゾヒズム」では辱めを受けたり自らの肉体を損傷する(自傷行為)ことで性的興奮を得るとされる。ただこれらは、性的倒錯(パラフィリア)と呼ばれる精神障害である。
ボンデージなどといったファッションスタイルも見られる。日本では「緊縛」と呼ばれる縄で縛り付ける行為も見られ、この緊縛にも「緊縛師」と呼ばれる専門家が存在する。「ソフトSM」と呼ばれる行為では「手を(軽く)縛る」や「目隠しをする」といったプレイも見られる。
なお性的サディズムの傾向はドメスティックバイオレンス(DV:配偶者からの暴力)という状況も発生させうるが、いわゆる性風俗におけるSMでは双方同意のうえで「叩いたり、叩かれたり」といった行為が行われ、また深刻な負傷を発生させないよう抑制された暴力または工夫された擬似的暴力であるといった相違がある。その一方で、「ハードSM」と呼ばれるものでは「鞭打ち」や「ロウソク責め」、性器ピアスを取り付けるなどのプレイの分野もある。
SMは原則としては性的ロールプレイのうち、支配者と被支配者に役割を分けて行われる性行為に分類され、ロールプレイのスタイルにより本稿で扱われるS&MのほかにB&D(拘束と支配 Bondage & Dominance、又は訓練 Discipline)や、D&S(支配と服従 Dominance & Submission)などに細別されるが、どのプレイスタイルにおいても本稿におけるSの立場の人間はトップ、Mの立場の人間はボトムとして総称される[1]。
行為
SMは主人の役割を演じる者(トップ)と奴隷の役割を演じる者(ボトム)に分かれて、互いの合意のもとに行う性行為である。
セーフワード
あくまでもSMはトップとボトムの間に信頼関係を前提としているロールプレイである。ボトムはプレイ中にトップの気分を高揚させる目的で「痛い」「やめて」などの悲鳴を発することが多い。しかしプレイ中、ボトムに心身の異常が発生した場合には中断の意思をトップに伝える必要がある。生命に関わる事故を未然に防ぐ為、セーフワードと呼ばれる合言葉をプレイ前に設定しておくことが推奨されている[2]。
また、セーフワードは稀にトップがボトムに対して用いるケースもある。責めに対するボトムの異常な反応に対してどう対処してよいかわからない場合や、プレイが長時間に及び責める体力や気力が尽きた場合などにトップ側からプレイを中断する目的でも使用される[2]。
セーフワードは欧米圏では「Yellow」と「Red」の二つの単語が用いられる事が多く、前者は「少しきついので責めを弱くしてほしいが、プレイは続行してもよい」、後者は「異常事態なので直ちに中断してほしい」という意味で解釈される。また、世界的な共通事項として「セーフワード」という単語を叫ぶ事は、それ自体がセーフワードとしての効力を有するとされる。セーフワードはトップとボトムの合意事項でどのような単語を定めてもよいため、プレイ中の誤認を防ぐ目的で、その時のプレイ内容とは何ら関係のない単語を設定することも行われる[2]。
プレイ内容により、猿轡を用いるなどしてボトム側が言語能力を制限されている場合には、首を横に何度も振る、タップアウトする、SOS等の規則的な叫びを何度も発するなどの方法が用いられる場合があり、拘束具や緊縛プレイなどで身体的なジェスチャーが困難な場合には、予めボトムの手にハンカチなどを握らせておき、ボトムの手からハンカチが落ちた場合には何らかの異常事態が発生したと判断する方法もある。どのような方法を用いる場合でも、トップがボトムのセーフワードを認知した場合には、直ちに全てのプレイを中断する事、ボトムがトップのセーフワードを認知した場合にはプレイの中断を果断なく受け入れる事が、SMにおける最低限のルールであり、これを承知しないパートナーとはプレイを行う事は望ましくないとされている[2]。
セーフワードはSMにおける最後の安全装置の役割を果たす為、それを設定することによりプレイがつまらなくなるかもしれないという懸念がある一方で、パートナー同士の互いの限界を見極める鍵となる要素にもなる為、パートナー同士がより高度なプレイに発展する為には、ボトムがセーフワードを使うまで容赦なく責めを強化してもよいと解釈しうる場合もある。また、パートナー同士が極めて高い信頼関係と深い経験を有する場合には、敢えてセーフワードを設定せずプレイに及ぶエッジプレイと呼ばれるスタイルを敢行する場合もある[2]。
SMを扱った作品を書く作家
海外の作家ではマルキ・ド・サドが小説作品(『悪徳の栄え』、『ソドム百二十日』など)を発表し、またSM行為を実践し投獄されている。
日本においては、推理小説家の江戸川乱歩はいくつかの作品中でSMを描いた。名探偵・明智小五郎の初登場作である『D坂の殺人事件』にもSMプレイについての記述がある。また谷崎潤一郎も『少年』などの作でSMを描いている。『痴人の愛』『瘋癲老人日記』等もマゾヒズム性の作品である。谷崎は、夫人にあてた手紙などにも本人のマゾヒズムの傾向がある。沼正三の「家畜人ヤプー」もある。またSMの大御所的官能小説家としては『花と蛇』の作者の団鬼六がいる。また画家の伊藤晴雨は数多くの責め絵と呼ばれる春画を残した。
また、これらの性行為の延長ないしプレイとしてのSMを描く文学とは別に、冒険小説や教養小説において登場人物が不条理な危機に陥ったりする局面に、サディズム、マゾヒズムの要素を指摘する論考が中島梓らによって行われている。
SMを扱った文学作品・映像作品など
当初は小説作品が多い。ただSM小説の多くはアンダーグラウンド(アングラ)作品であり、変名や偽名を用いて発表されることが多く作者不詳のものも多い。その中で有名な古典は『O嬢の物語』である。
日本では「奇譚クラブ」、「風俗奇譚」(後に「SMファンタジア」に改名)、「あまとりあ」、「SMキング」などのSM専門誌があり、多くの作品が発表されてきた。前述の団鬼六の『花と蛇』シリーズ、『家畜人ヤプー』などの他、千草忠夫、由紀かほる、綺羅光などが挙げられる。
映画では日活ロマンポルノの1シリーズに団鬼六作品の映画化(『花と蛇』シリーズなど)があり、谷ナオミなどSM映画専門の女優(SMの女王)が生まれた。SMものというジャンル分けもされている。アダルトビデオでは80年代に発売された菊池エリの『シスターL』シリーズや黒木香の『SMっぽいの好き』もある。
アダルトゲームではSM専門ソフトハウスと自称したPILの『SEEK』が調教シミュレーションゲームである。
アダルトコミックではSMに用いられるアイテムが小道具となることから、多くの作品がSM的な要素を取り入れている。著名な漫画家で言えば『家畜人ヤプー』のコミカライズを石ノ森章太郎(シュガー佐藤)、江川達也が行っている。
お笑い番組でのコント・漫才やギャグ漫画・ギャグアニメのモチーフとしてもSMが使われる。ハイヒール、鞭、ロウソクなどがステレオタイプなイメージとして視覚的にキャッチーであるため、多用されている。
SMの行為をサービスとして提供する性風俗店
金銭対価を得て客のSMに関する要求に応じる性風俗店(SMクラブ)が存在する。SMの専門雑誌にはSMクラブが紹介されている。
SMの問題点
SMの行為は結果として相手を傷付けるという事から、その行為自体から暴行罪或いは傷害罪が適用される恐れがある。また、相手から要求されたものであれ、その要求に従って過度な行為に及んだ場合、相手を殺してしまいかねないということにも繋がり、最終的に相手を死なせた場合は殺人罪が適用される。
オーストリアで、売春の男性客に依頼された「SM行為」をした結果、男性が死亡した事件が2015年に発生しており、依頼に応じた女性に有罪判決が下った。この女性には執行猶予付きの禁錮2年が言い渡されている[3]。
関連項目
- 性風俗産業としての業態
- SM文化用語
- プレイとしての内容
脚注