駒込駅
駒込駅(こまごめえき)は、東京都豊島区駒込二丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京地下鉄(東京メトロ)の駅である。豊島区最東端の駅である。
Contents
乗り入れ路線
JR東日本の山手線、東京メトロの南北線が乗り入れ、接続駅となっている。1923年から1971年までの間は都電19系統(駒込線・飛鳥山線)との接続駅でもあった。
- JR東日本: 山手線:環状線としての山手線電車のみが停車し、それ以外の列車は通過する。また、特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属している。 - 駅番号「JY 10」
- 東京メトロ:N 南北線 - 駅番号「N 14」
東京メトロ南北線の列車は東急目黒線と埼玉高速鉄道線(埼玉スタジアム線)との3社直通運転を行っている。
歴史
- 1910年(明治43年)11月15日:国有鉄道の駅が開業。山手線所属の駅で、旅客営業のみ。
- 1917年(大正6年)6月6日:東京市電駒込線・駒込橋電停が開業。
- 1922年(大正11年)4月10日:駒込橋停留所を駒込駅方面に0.1km移設。
- 1923年(大正12年)4月12日:市電飛鳥山線開業。駒込駅隣接地に市電巣鴨車庫駒込分車庫が開設。1939年に独立車庫となる。
- 1945年(昭和20年)4月13日:太平洋戦争中に空襲に遭い、駅舎が全焼。
- 1971年(昭和46年)3月17日:都電19系統(駒込線・飛鳥山線)廃止。これより20年間接続路線がなくなる。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化によりJR東日本の駅(山手線所属)となる。
- 1990年(平成2年)4月21日:JR東日本(東口)に自動改札機導入。
- 1991年(平成3年)11月29日:帝都高速度交通営団(営団地下鉄)7号線・南北線の駅が開業。当初は始発駅であった。
- 1996年(平成8年)3月26日:四ツ谷駅 - 当駅間の開業に伴い、南北線の駅も途中駅となる。
- 2001年(平成13年)11月18日:JR東日本でICカード「Suica」の利用が可能となる。
- 2004年(平成16年)4月1日:営団地下鉄民営化により、南北線の駅は東京メトロに継承。
- 2006年(平成18年)12月23日:JR東日本の駅舎改装工事が完了。エスカレーター・エレベーター・駅ナカ施設が設置される。
- 2013年(平成25年)12月14日:みどりの窓口営業終了。
- 2017年(平成29年)5月15日:業務委託化。巣鴨駅の被管理駅になる。
駅構造
JR東日本
業務委託駅(JR東日本ステーションサービス委託)[1]。島式ホーム1面2線を有する地上駅。地形が傾斜しており、西側が掘割、東側が盛土上にホームがある構造となっている。山手線ホームの最東端は北区中里に位置している。
可動式ホーム柵が設置されている。
改札は2か所ある。西側(池袋方)の改札は、山手線ホームから階段、エスカレータまたはエレベータで上った先にあり、線路を渡る南北の通路に接しており北口と南口につながる。東側(田端駅寄り)には、階段を下りた先の改札を経て東口がある。北口には、みどりの窓口が営業されていたが廃止され、多機能券売機数機が設置されている。
駅構内の掘割の斜面にあるつつじの植栽が有名で、これにより関東の駅百選にも認定されている。バリアフリー対応のためエレベーターやエスカレーターの設置工事が行われた際、工事の支障となる北側斜面のつつじの一部が伐採された。その後、可能な範囲でのつつじの新規植栽がされた。
山手線唯一[2]の踏切である第二中里踏切が駅から田端側へ約400m程度行ったところにあるため、当駅の山手線外回りは通過禁止駅に指定されている。
のりば
番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
---|---|---|---|
1 | 山手線 | 外回り | 上野・東京方面 |
2 | 内回り | 池袋・新宿方面 |
(出典:JR東日本:駅構内図)
駅施設
- 南口
- 北口
- NewDaysKIOSK(売店)
- 自動券売機・指定席券売機
- 自動改札機
- 有人改札室
- 北口改札内
- ブックエキスプレス(書店)
- LITTLE MERMAID(ベーカリー&カフェ)
- 多機能トイレ
- 旅客階段
- エスカレーター・エレベーター
- 東口
- KIOSK
- 自動券売機
- 有人改札通路
- 自動改札機
- 東口改札内
- 旅客用トイレ
- 旅客用階段
発車メロディ
発車メロディは「さくらさくら」である[3]。当駅近くがソメイヨシノの発祥の地であることから、地元の商店街が地域活性化の一環として2005年に実現させたものである。2005年[4]と2006年は3月中旬から5月上旬までの期間限定で使用されていたが、2007年以降は通年で使用されている。内回りと外回りでは曲のアレンジが異なり、2006年度のみ内回りと外回りの組み合わせが入れ替わっていた。
東京メトロ
島式ホーム1面2線を有する地下駅で、フルスクリーンタイプのホームドアが設置されている。また、目黒寄り(ホーム南端)には折り返し用の分岐器が設置されている[5]。日吉発ならびに赤羽岩淵発の終電は当駅止まりであり、B線(2番線・目黒方面)のみ始発列車も設定されている。
のりば
番線 | 路線 | 行先 |
---|---|---|
1 | N 南北線 | 王子・赤羽岩淵・浦和美園方面 |
2 | 白金高輪・目黒・日吉方面 |
駅施設
- 南口
- Komagome-Station-2005-10-24 1.jpg
ホーム(2005年10月24日)
- Komagome-Station-2005-10-24 2.jpg
駅ナンバリング。写真は旧サインのもの。(2005年10月24日)
利用状況
共同使用駅を除く南北線の他社線との接続駅では最小の値である。山手線においても同様である。[利用客数 2]。
- 東京メトロ全130駅中92位。
年度別1日平均乗降人員
近年の1日平均乗降人員の推移は下表の通り(JRを除く)。
年度 | 営団 / 東京メトロ | |
---|---|---|
1日平均 乗降人員 |
増加率 | |
2003年(平成15年) | 27,858 | 3.7% |
2004年(平成16年) | 28,988 | 4.1% |
2005年(平成17年) | 30,252 | 4.4% |
2006年(平成18年) | 31,279 | 3.4% |
2007年(平成19年) | 33,572 | 7.3% |
2008年(平成20年) | 34,487 | 2.7% |
2009年(平成21年) | 34,171 | −0.9% |
2010年(平成22年) | 34,797 | 1.8% |
2011年(平成23年) | 34,403 | −1.1% |
2012年(平成24年) | 35,768 | 4.0% |
2013年(平成25年) | 36,707 | 2.6% |
2014年(平成26年) | 37,443 | 2.0% |
2015年(平成27年) | 38,532 | 2.9% |
2016年(平成28年) | 39,584 | 2.7% |
2017年(平成29年) | 40,799 | 3.1% |
年度別1日平均乗車人員(1910年代 - 1930年代)
各年度の1日平均乗車人員は下表の通りである。
年度 | 国鉄 | 出典 |
---|---|---|
1910年(明治43年) | [備考 1] | |
1911年(明治44年) | 641 | [東京府統計 1] |
1912年(大正元年) | 773 | [東京府統計 2] |
1913年(大正 | 2年)696 | [東京府統計 3] |
1914年(大正 | 3年)812 | [東京府統計 4] |
1915年(大正 | 4年)1,071 | [東京府統計 5] |
1916年(大正 | 5年)1,300 | [東京府統計 6] |
1919年(大正 | 8年)1,963 | [東京府統計 7] |
1920年(大正 | 9年)2,669 | [東京府統計 8] |
1922年(大正11年) | 4,026 | [東京府統計 9] |
1923年(大正12年) | 6,413 | [東京府統計 10] |
1924年(大正13年) | 6,666 | [東京府統計 11] |
1925年(大正14年) | 8,264 | [東京府統計 12] |
1926年(昭和元年) | 11,089 | [東京府統計 13] |
1927年(昭和 | 2年)12,584 | [東京府統計 14] |
1928年(昭和 | 3年)12,741 | [東京府統計 15] |
1929年(昭和 | 4年)12,578 | [東京府統計 16] |
1930年(昭和 | 5年)12,021 | [東京府統計 17] |
1931年(昭和 | 6年)11,078 | [東京府統計 18] |
1932年(昭和 | 7年)11,049 | [東京府統計 19] |
1933年(昭和 | 8年)10,671 | [東京府統計 20] |
1934年(昭和 | 9年)10,825 | [東京府統計 21] |
1935年(昭和10年) | 11,145 | [東京府統計 22] |
年度別1日平均乗車人員(1953年 - 2000年)
年度 | 国鉄 / JR東日本 |
営団 | 出典 |
---|---|---|---|
1953年(昭和28年) | 20,184 | 未開業 | [東京都統計 1] |
1954年(昭和29年) | 21,675 | [東京都統計 2] | |
1955年(昭和30年) | 23,764 | [東京都統計 3] | |
1956年(昭和31年) | 26,499 | [東京都統計 4] | |
1957年(昭和32年) | 29,247 | [東京都統計 5] | |
1958年(昭和33年) | 32,177 | [東京都統計 6] | |
1959年(昭和34年) | 35,078 | [東京都統計 7] | |
1960年(昭和35年) | 38,003 | [東京都統計 8] | |
1961年(昭和36年) | 39,364 | [東京都統計 9] | |
1962年(昭和37年) | 41,902 | [東京都統計 10] | |
1963年(昭和38年) | 44,219 | [東京都統計 11] | |
1964年(昭和39年) | 46,694 | [東京都統計 12] | |
1965年(昭和40年) | 47,570 | [東京都統計 13] | |
1966年(昭和41年) | 48,127 | [東京都統計 14] | |
1967年(昭和42年) | 49,020 | [東京都統計 15] | |
1968年(昭和43年) | 49,364 | [東京都統計 16] | |
1969年(昭和44年) | 45,503 | [東京都統計 17] | |
1970年(昭和45年) | 45,677 | [東京都統計 18] | |
1971年(昭和46年) | 45,959 | [東京都統計 19] | |
1972年(昭和47年) | 46,216 | [東京都統計 20] | |
1973年(昭和48年) | 44,863 | [東京都統計 21] | |
1974年(昭和49年) | 44,575 | [東京都統計 22] | |
1975年(昭和50年) | 42,667 | [東京都統計 23] | |
1976年(昭和51年) | 42,153 | [東京都統計 24] | |
1977年(昭和52年) | 41,197 | [東京都統計 25] | |
1978年(昭和53年) | 40,027 | [東京都統計 26] | |
1979年(昭和54年) | 38,516 | [東京都統計 27] | |
1980年(昭和55年) | 37,268 | [東京都統計 28] | |
1981年(昭和56年) | 36,953 | [東京都統計 29] | |
1982年(昭和57年) | 36,773 | [東京都統計 30] | |
1983年(昭和58年) | 36,678 | [東京都統計 31] | |
1984年(昭和59年) | 37,266 | [東京都統計 32] | |
1985年(昭和60年) | 37,307 | [東京都統計 33] | |
1986年(昭和61年) | 38,471 | [東京都統計 34] | |
1987年(昭和62年) | 38,126 | [東京都統計 35] | |
1988年(昭和63年) | 41,337 | [東京都統計 36] | |
1989年(平成元年) | 41,356 | [東京都統計 37] | |
1990年(平成 | 2年)41,688 | [東京都統計 38] | |
1991年(平成 | 3年)43,975 | [備考 2]1,435 | [東京都統計 39] |
1992年(平成 | 4年)47,671 | 6,808 | [東京都統計 40] |
1993年(平成 | 5年)49,370 | 7,723 | [東京都統計 41] |
1994年(平成 | 6年)50,008 | 8,121 | [東京都統計 42] |
1995年(平成 | 7年)49,156 | 8,317 | [東京都統計 43] |
1996年(平成 | 8年)45,803 | 10,060 | [東京都統計 44] |
1997年(平成 | 9年)43,764 | 10,279 | [東京都統計 45] |
1998年(平成10年) | 43,257 | 10,641 | [東京都統計 46] |
1999年(平成11年) | [JR 1]42,715 | 10,574 | [東京都統計 47] |
2000年(平成12年) | [JR 2]42,827 | 10,844 | [東京都統計 48] |
年度別1日平均乗車人員(2001年以降)
近年の1日平均乗車人員の推移は下表の通り。
年度 | JR東日本 | 営団 / 東京メトロ |
出典 |
---|---|---|---|
2001年(平成13年) | [JR 3]43,848 | 12,951 | [東京都統計 49] |
2002年(平成14年) | [JR 4]44,351 | 13,392 | [東京都統計 50] |
2003年(平成15年) | [JR 5]44,482 | 13,918 | [東京都統計 51] |
2004年(平成16年) | [JR 6]43,957 | 14,282 | [東京都統計 52] |
2005年(平成17年) | [JR 7]44,524 | 14,841 | [東京都統計 53] |
2006年(平成18年) | [JR 8]45,118 | 15,414 | [東京都統計 54] |
2007年(平成19年) | [JR 9]46,582 | 16,647 | [東京都統計 55] |
2008年(平成20年) | [JR 10]46,777 | 16,956 | [東京都統計 56] |
2009年(平成21年) | [JR 11]46,525 | 16,923 | [東京都統計 57] |
2010年(平成22年) | [JR 12]46,555 | 17,268 | [東京都統計 58] |
2011年(平成23年) | [JR 13]46,005 | 17,118 | [東京都統計 59] |
2012年(平成24年) | [JR 14]46,988 | 17,748 | [東京都統計 60] |
2013年(平成25年) | [JR 15]47,490 | 18,211 | [東京都統計 61] |
2014年(平成26年) | [JR 16]47,231 | 18,608 | [東京都統計 62] |
2015年(平成27年) | [JR 17]46,998 | 19,131 | [東京都統計 63] |
2016年(平成28年) | [JR 18]48,094 | 19,638 | [東京都統計 64] |
2017年(平成29年) | [JR 19]48,964 |
- 備考
駅周辺
区境に位置する住宅街で、周囲には教育機関や庭園が多い。
北口側
- 旧古河庭園
- 妙義神社妙義神社公式HP
- 豊島区立駒込図書館
- 豊島区区民ひろば駒込
- 豊島区駒込地域文化創造館
- 東京都赤十字血液センター駒込出張所
- 染井霊園
- 染井吉野記念公園
- 大國神社
- 駒込二丁目アパート(都電車庫跡地)
- 女子栄養大学短期大学部
- 本郷中学校・高等学校
- 中央聖書神学校
- 宗教法人日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団本部
- 東京スイミングセンター
南口側
大和郷と呼ばれる地区。
- 六義園
- 駒込警察署
- 東洋文庫 - 国立国会図書館の支部図書館
- 駒込駅前郵便局
- 本駒込二郵便局
- 文京グリーンコート
- 駒込すくすくルーム
- 文京学院大学女子中学校・高等学校
- 日本医師会
- フレーベル館
- 芥川製菓本社
東口側
ほぼ谷田川の暗渠に沿って、北方向には駒込さつき通り、しもふり銀座、染井銀座、南方向にはアゼリア通り、田端銀座、と複数の商店街が南北に連なっている。
- 中里郵便局
- 日枝神社
- 学校法人聖学院本部
- 聖学院中学校・高等学校、女子聖学院中学校・高等学校
バス路線
- 駒込駅南口
南北線駒込駅 六義園(染井門:駅側)付近
- 文京区コミュニティバス「Bーぐる」(日立自動車交通)
- 千石駅・文京シビックセンター(春日駅前)方面
隣の駅
脚注
出典
- JR・地下鉄の1日平均利用客数
- ↑ 各駅の乗車人員 - JR東日本
- ↑ 各駅の乗降人員ランキング - 東京メトロ
- JR東日本の1999年度以降の乗車人員
- ↑ 各駅の乗車人員(1999年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2000年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2001年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2002年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2003年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2004年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2005年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2006年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2007年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2008年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2009年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2010年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2011年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2012年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2013年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2014年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2015年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2016年度) - JR東日本
- ↑ 各駅の乗車人員(2017年度) - JR東日本
- JR・地下鉄の統計データ
- 東京府統計書
- 東京都統計年鑑
- ↑ 昭和28年 (PDF) - 13ページ
- ↑ 昭和29年 (PDF) - 10ページ
- ↑ 昭和30年 (PDF) - 10ページ
- ↑ 昭和31年 (PDF) - 10ページ
- ↑ 昭和32年 (PDF) - 10ページ
- ↑ 昭和33年 (PDF) - 10ページ
- ↑ 昭和34年
- ↑ 昭和35年
- ↑ 昭和36年
- ↑ 昭和37年
- ↑ 昭和38年
- ↑ 昭和39年
- ↑ 昭和40年
- ↑ 昭和41年
- ↑ 昭和42年
- ↑ 昭和43年
- ↑ 昭和44年
- ↑ 昭和45年
- ↑ 昭和46年
- ↑ 昭和47年
- ↑ 昭和48年
- ↑ 昭和49年
- ↑ 昭和50年
- ↑ 昭和51年
- ↑ 昭和52年
- ↑ 昭和53年
- ↑ 昭和54年
- ↑ 昭和55年
- ↑ 昭和56年
- ↑ 昭和57年
- ↑ 昭和58年
- ↑ 昭和59年
- ↑ 昭和60年
- ↑ 昭和61年
- ↑ 昭和62年
- ↑ 昭和63年
- ↑ 平成元年
- ↑ 平成2年
- ↑ 平成3年
- ↑ 平成4年
- ↑ 平成5年
- ↑ 平成6年
- ↑ 平成7年
- ↑ 平成8年
- ↑ 平成9年
- ↑ 平成10年 (PDF)
- ↑ 平成11年 (PDF)
- ↑ 平成12年
- ↑ 平成13年
- ↑ 平成14年
- ↑ 平成15年
- ↑ 平成16年
- ↑ 平成17年
- ↑ 平成18年
- ↑ 平成19年
- ↑ 平成20年
- ↑ 平成21年
- ↑ 平成22年
- ↑ 平成23年
- ↑ 平成24年
- ↑ 平成25年
- ↑ 平成26年
- ↑ 平成27年
- ↑ 平成28年