預言者
預言者(よげんしゃ、英語: prophet)とは、「自己の思想やおもわくによらず、霊感により啓示された神意 (託宣) を伝達し、あるいは解釈して神と人とを仲介する者。祭司が預言者となる場合もあり、しばしば共同体の指導的役割を果す。」[1]
本項ではユダヤ教、キリスト教、イスラム教、バハーイー教における預言者について詳述する。
Contents
ユダヤ教における預言者
ディアスポラ後のユダヤ教徒たちは、70年にエルサレム神殿が破壊されて以来、預言者はユダヤの民に下されなくなったのだと考えている。
この世に預言者がなくなれば、神との契約は更新されることはありえないとし、ユダヤ教徒はモーセの「旧い契約」に対して、キリスト教で神と結んだ「新しい契約」と主張される新約聖書の内容を認めていない。
ヘブライ聖書における預言者の書の配列
ヤムニア会議によってユダヤ教正典と決定されたヘブライ語聖書式の配列では、「トーラー」「ケスービーム(諸書)」の間に「預言者(Nəbhī'īm, nevi'im, ネビーイーム)」がくる。「預言書」という表記も見られるが、厳密ではないという意見もある。
大分類 | 小分類 | 書名(ヘブライ語仮名翻字) | 書名(日本語) | 預言者の名前 | 書名(発音記号) | 書名(ヘブライ語ラテン翻字) |
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前の預言者[2] | — | イェホーシュア | ヨシュア記 | — | /Yəhōšua‘/ | yoshua |
ショーフティーム | 士師記 | — | /Šōpht‘īm/ | shoftim | ||
シェムーエール(リーショーン、シェーニー) | サムエル記、上下 | — | /Šəmū’ēl/ | shmu'el | ||
メラーヒーム(リーショーン、シェーニー) | 列王記、上下 | — | /Məlākhīm/ | melakhim | ||
後の預言者[3] | 三大預言者 | イェシャアヤー | イザヤ書 | イザヤ | /Yəša‘yāh/ | yeshaya |
イルミヤー | エレミヤ書 | エレミヤ | /Yirəmyāh/ | yirmya | ||
イェヘズケール | エゼキエル書 | エゼキエル | /Yəchezqē’l/ | yekhezkel | ||
十二の小預言者[4] | ホーシェーア | ホセア書 | ホセア | /Hōšēa‘/ | hoshea | |
ヨーエール | ヨエル書 | ヨエル | /Yō’ēl/ | yo'el | ||
アーモース | アモス書 | アモス | /‘āmōs/ | amos | ||
オーバドヤー | オバデヤ書 | オバデヤ | /‘ôbhadhyāh/ | 'ovadya | ||
ヨーナー | ヨナ書 | ヨナ | /Yōnāh/ | yona | ||
ミーハー | ミカ書 | ミカ | /Mīkhāh/ | mikha | ||
ナフーム | ナホム書 | ナホム | /Nachūm/ | nakhum | ||
ハバックーク | ハバクク書 | ハバクク | /Chăbhaqqūq/ | khavakuk | ||
ツェファニヤー | ゼファニヤ書 | ゼファニヤ | /Ŝəphanyāh/ | tsfanya | ||
ハッガイ | ハガイ書 | ハガイ | /Chaggay/ | khagay | ||
ゼハリヤー | ゼカリヤ書 | ゼカリヤ | /Zəkharyāh/ | zkharya | ||
マルアーヒー | マラキ書 | マラキ | /Mal’ākhī/ | mal'akhi |
キリスト教における預言者
キリスト教はユダヤ教の伝統から出現したナザレのイエスの活動から始まる宗教であり、旧約聖書に記された預言者たちをユダヤ教と同様に預言者と認める。ニカイア・コンスタンティノポリス信条では、「聖霊は……預言者をもってかつて語った」と告白する。
キリスト教ではイエス自身をいわゆる預言者とは区別し、神の子にして救世主(メシア)(この場合はイエス・キリスト)であると信じる。ただし、イエスをその働きゆえに「預言者」と呼ぶこともある(使徒7:37)。新約聖書文書からは、預言の活動自体は初代キリスト教会内にも行われ、預言を行う信者たちは、当時、預言者と認められていたことが窺える。エルサレムからアンテオケに預言者たちが移動し、このうちの1人であったアガボは、大きな飢饉が訪れることを預言しそれが成就したことが記されている。このアガボは、後にパウロが捕縛され異邦人に引き渡されることも預言した。初めて異邦人への公の宣教師として派遣されたパウロとバルナバも、預言者や教師のグープに属し(使徒13:1)、エルサレム会議での大切な決定事項を伝えるために、異邦人の諸教会に派遣されたユダとシラスも預言者であった。このシラスは、パウロの第二回目の伝道旅行に同行した。また、エペソの教会に対するパウロの手紙の中で、「あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。」と語られているように、初代の教会において、預言者の役割は使徒に次ぐ大切な働きとされていたことが窺える。ただし、預言者である以上は、語られたことが必ず成就することが正当性を示す基準であり、旧約時代には偽預言者は死罪とみなされた。
キリスト教から派生したモルモン教では自派の指導者(大管長)を預言者としている。
正教会では「聖預言者」といった称号を付して記憶する。
イスラム教における預言者
ユダヤ教とキリスト教を取り入れて誕生したイスラム教においては、預言者(ナビー)は神の言葉を伝えて人々を正しい方向へ導く者のことであり、使徒(ラスール)もほぼ同義に使われる。
イスラーム教は、旧約聖書の預言者たちや、新約聖書のイエス・キリスト(イーサー)も歴代の預言者として認め、中でもノア(ヌーフ)、アブラハム(イブラーヒーム)、モーセ(ムーサー)、イエス(イーサー)、ムハンマドもしくはモハメッド(ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ)を「五大預言者」として位置づけるが、イスラームを説いたムハンマドこそ最高にして最後の預言者であり、彼が神から預かり伝えた本来の正しい言葉がすなわちクルアーン(コーラン)であるとみなす。クルアーンはアラビア語によってアラビア人に伝えられた聖典であると同時に神自身の言葉をそのまま伝える唯一の聖典であるから、アラビア人だけでなく全ての人類が受け入れるべき最良の聖典であると考えられている。
クルアーン(コーラン)で預言者として登場する全25人
- アラビア人は5人[5]。アイユーブは旧約聖書の預言者でもあるが、イスラエル人ではなく、ムーサーとほぼ同時代のアラビア半島の預言者である。民族として「分岐前」と表記された人物はアラブ人とイスラエル人が分岐する前の時代の預言者である。
- 登場節の6章は、名前の登場順。他は、章-節。
- なお、全27人という説・見解もある[6]。その場合、ウザイル(エズラ)、ズルカルナイン(アレキサンダー大王)、ルクマーン(アラブ固有の賢者)などが、クルアーンにその名があり候補に挙がる。(この3名は預言者ではないという見解も存在する。)
- また旧約聖書のシャムウィール(サムエル)、ユーシュア(ヨシュア)なども人名自体は述べられていないものの、はっきりと、本人だと分かる人物がクルアーンに登場している。
- また、洞窟章でムーサーが教えを乞うた人(クルアーンには人名は述べられていないが、伝統的にヒドゥルの名で知られる)もイスラーム伝承では重要な預言者の一人とされている。
民族 | イスラム教での呼び名 | 登場するクルアーンの書物 | ユダヤ教・キリスト教での呼び名 | 登場節 | |||
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片仮名 | アラビア文字 | ラテン文字 | |||||
1 | 分岐前 | アーダム | آدم | Adem | — | アダム(アーダム) | 3章33節 |
2 | 分岐前 | イドリース | إدريس | Idris | — | エノク (アフヌーフ)? | 21章85節 |
3 | 分岐前 | ヌーフ | سورة نوح | Nuh | ヌーフ | ノア(ヌーフ) | 6章( 4番目) |
4 | アラビア人 | フード | هود | Hud | フード | エベル (アービル)? | 11章50節 |
5 | アラビア人 | サーリフ | صالح | Saleh | — | シェラフ (シャーラフ)? | 11章61節 |
6 | 分岐前 | イブラーヒーム | إِبْـرَاهِـيْـم | Ibrahim | イブラヒーム | アブラハム (イブラーヒーム) | 6章( 1番目) |
7 | 分岐前 | ルート | لوط | Lut | — | ロト (ルート) | 6章(18番目) |
8 | 分岐前 | イスマーイール | إِسْمَٰعِيْل | Ishmael | — | イシュマエル (イスマーイール) | 6章(15番目) |
9 | 分岐前 | イスハーク | إسحاق | Ishaq | — | イサク(イスハーク) | 6章( 2番目) |
10 | イスラエル人 | ヤアクーブ | يَعْقُوب | Yaqub | — | ヤコブ(ヤアクーブ) | 6章( 3番目) |
11 | イスラエル人 | ユースフ | يُـوسـف | Yusuf | ユースフ | ヨセフ(ユースフ) | 6章( 8番目) |
12 | アラビア人 | シュアイブ | شُـعَـيْـب | Shoaib | — | リウエル(ラウーイール) ? | 11章84節 |
13 | アラビア人 | アイユーブ | أيّوب | Ayyub | — | ヨブ (アイユーブ) | 6章( 7番目) |
14 | イスラエル人 | ズルキフル | ذُو ٱلْكِفْل | Dhul-Kifl | — | エゼキエル (ヒズキヤール)? | 21章85節 |
15 | イスラエル人 | ムーサー | ٰمُوسَى | Musa | — | モーセ(ムーサー) | 6章( 9番目) |
16 | イスラエル人 | ハールーン | هارون | Harun | — | アロン (ハールーン) | 6章(10番目) |
17 | イスラエル人 | ダーウード | داؤد | Daud | — | ダビデ (ダーウード) | 6章( 5番目) |
18 | イスラエル人 | スライマーン | سُـلـيـمـان | Sulayman | — | ソロモン(スライマーン) | 6章( 6番目) |
19 | イスラエル人 | イルヤース | إلياس | Ilyas | — | エリヤ (イーリヤー)? | 6章(14番目) |
20 | イスラエル人 | アルヤスウ | — | Al-Yasa | — | エリシャ (イリーシャウ)? | 6章(16番目) |
21 | イスラエル人 | ユーヌス | يونس | Yunus | ユーヌス | ヨナ (ユーナーン) | 6章(17番目) |
22 | イスラエル人 | ザカリヤー | زَكَرِيَّاء | Zakariya | — | ザカリア(ザカリヤー) | 6章(11番目) |
23 | イスラエル人 | ヤフヤー | يحيى | Yahya | — | ヨハネ (ユーハンナー) | 6章(12番目) |
24 | イスラエル人 | イーサー | عيسى | Isa | — | イエス(ヤスーウ) | 6章(13番目) |
25 | アラビア人 | ムハンマド | مُـحَـمَّـد | Muhammad | ムハンマド | パラクレートス(ファーラクリート)? | 48章29節 |
バハーイーの預言者
イスラーム教シーア派の十二イマーム派から分かれたバハーイー教は、ムハンマドに至るまでのすべてのアブラハムの宗教の預言者たちを認め、バハーイー教の始祖であるバハーウッラーも預言者の列に連なるひとりであるとする。
バハーイー教は、さらにブッダのようなアブラハムの宗教以外の宗教の始祖たちも唯一神の預言者であると説いており、アブラハムの宗教の潮流のみに留まらない普遍的世界宗教の性格を有している。
語源
旧約聖書で預言者に対応する最も一般的なヘブライ語はナービー[7]である。この語源には様々な説が提示されているが、有力なのはアッカド語起源で「与えられた者」もしくは「語る者」を意味したという説である[8]。なお 岩波委員会訳聖書では、ヒッテーフ、(よだれを)垂らすの意から出た「ヒトナベー」からの派生であると主張している。
古典ギリシア語では、プロフェーテース[9]の語があてられた。本来これは「代わりに語る者」の意味であり、この場合は「神の代弁者」の意味を持つ[10]。なお、接頭辞「προ-」には「代わりに」のほかに「前に」の意味もあることから、「前もって語る人」を語源的意味とする論者もいるが、その場合でも聖書の文脈では「神の代弁者」の意味で用いられていたと断っている[11]。
とはいえ、聖書の預言には、未来を対象とするものも少なからずあるため、「前もって語る人」の側面を含むのも事実である。結果として、この語から派生した英語の Prophet やフランス語の「prophète」は、「神の代弁者」と「(聖書と結びついているかに関わらず)未来を語る者」の二通りの意味を持っている(ただし、「未来を語る者」については、英語では「foreteller」なども、フランス語では「prédiseur」などもそれぞれ用いられる)。
訳語の問題
英語の「prophet」に対応している現在の日本語は「預言者」である。これは漢訳聖書の訳語に由来する。清代には、西洋の宣教師らによって複数の漢訳聖書が作られた。18世紀書初頭のジャン・バセ訳(『四史攸編』)や1813年のロバート・モリソン訳(『新遺詔書』)では「先見」の訳があてられたが、19世紀半ばには「預言者」の語をあてるものもあったようであり、1860年代初めに日本人向けに作成されたヘボン訳『新約聖書』(四福音書のみ)では後者に基づいて「預言者」が採用された。[12]
ただし、「預」は「豫」(「予」の旧字体)の俗字であり、中国では「預(あらかじ)め語る者」の意味でしかない。一方、日本では「預」に「預かる」という本来の用法にはなかった意味が加わっていたことから、漢語としての由来を知らぬ者が、プロフェーテースの原義に引きずられて、神の言葉を「預かる」者が「預言者」、未来や人の運勢などを予め語る者を「予言者」と理解した。
本来は「副詞+動詞」という構造であった「預言」という語を、みだりに動賓構造(動詞+目的語)に置き換えることは明らかな誤りであるとしてこれを問題視する見解もあるが[13]、他方で上記のような誤用の経緯をきちんと踏まえた上で、「神の代弁者」と「未来を語る者」とを区別する便宜的な訳し分けとして存続してもよいとする専門家もいる[14]。
現在のウィキペディア日本語版では、「預言」と「予言」の区別は上記の通り本来誤用であることを認識しつつも、辞書類などでも採用されている広く人口に膾炙した区別であることや、上記の通り専門家の中にも是認する者がいることから、「預言者」を「神の代弁者」、「予言者」を「未来を語る人」の意味に用いている。
この区別を踏まえて、ある予言者(例えばノストラダムス)は神の言葉(預言)を聞いた、と解釈する場合に、その予言者を「預言者」と呼ぶことがある。
脚注
- ↑ “預言者”. ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典、コトバンク. . 2017閲覧.
- ↑ ネビービーム・リショーニーム
- ↑ ネビーイーム・アハローニーム
- ↑ トレー・アサル /trēy-‘ǎsar/
- ↑ クルアーンに述べられている預言者 イスラーム情報サービス - 一般社団法人黎明イスラーム学術文化振興会
- ↑ イスラームとは - 宗教法人 日本ムスリム協会
- ↑ ヘブライ語ラテン翻字: nabi
- ↑ 『キリスト教大事典・改訂新版』教文館、1968年;馬場嘉市『新聖書大辞典』キリスト新聞社、1971年 等。
- ↑ 希: προφήτης、ギリシア語ラテン翻字: Prophetes
- ↑ H. G. Liddell & R. Scott, An intermediate Greek-English lexicon, Oxford, 1889 ; La Grande Encyclopédie, Lib. Larousse, T.16, 1975 ; 玉川直重『新約聖書ギリシア語辞典』キリスト新聞社、1978年;ルメートルほか『図説キリスト教文化事典』原書房、1998年 など。
- ↑ 『日本キリスト教歴史大事典』教文館、1988年;織田昭『新約聖書ギリシャ語小事典』教文館、2002年 など。
- ↑ 鈴木範久『聖書の日本語 - 翻訳の歴史』岩波書店、2006年
- ↑ 高島俊男『お言葉ですが…11』連合出版、2006年
- ↑ 織田昭『新約聖書ギリシャ語小事典』教文館、2002年
関連項目
- 予言
- 士師
- ダッジャール - イスラム教における偽預言者
- ユダヤ教史関連人物の一覧