陸上自衛隊富士学校
提供: miniwiki
陸上自衛隊富士学校(りくじょうじえいたいふじがっこう、JGSDF Fuji School)は、静岡県駿東郡小山町須走481-27 (富士駐屯地内)に所在する陸上自衛隊防衛大臣直轄機関の一つ。なお名前が「学校」となっているが、学校教育法に規定される専修学校や各種学校ではない。
概要・任務
普通科・野戦特科・機甲科(戦車、偵察)及びその3職種の相互協同に関わる教育訓練を行う。富士学校長は師団長の経験を有する陸将が務める。富士学校は陸上自衛隊の主として普通科、野戦特科及び機甲科の幹部自衛官、陸曹の特技教育を実施する。当該職種の一般幹部候補生課程出身の幹部は任官後幹部初級課程で学び、小隊長等として必要な識能と資質を習得する。じ後、数年の部隊勤務を経て更に幹部上級課程に進み中隊長等として必要な識能と資質を付与する。これらの課程の他、各職種に必要な特技課程が設置されている。
なお、過酷な訓練で有名な「幹部レンジャー課程」も当校に設置されており、各部隊から選抜された隊員がレンジャー教官となるための訓練を受けている。
沿革
- 1954年(昭和29年) 8月20日:普通科学校(前川原)、特科学校(習志野)、特車教導隊(相馬原)が統合して発足
- 2000年(平成12年) 3月28日:部隊訓練評価隊(FTC)の新編
- 2001年(平成13年) 3月27日:総合開発研究部及び装備開発実験隊(現在の開発実験団)を廃止。
- 2017年(平成29年)10月12日:「統合火力教育訓練センター」を開設[1](敵の占拠地近くに潜入し、海自護衛艦による艦砲射撃や空自戦闘機の対地攻撃などを支援する「火力誘導班要員」を養成する)
- 2018年(平成30年)3月27日:「諸職種協同センター」が発足(センター長を副校長、副センター長を普通科部長・機甲科部長・特科部長の3名が兼任)[2]
組織編成
- 企画室
- 総務部(学校の総務及び学校を含む駐屯地全般の会計業務等を担当)
- 管理部(富士駐屯地の管理業務及び東富士演習場の全般管理を担当)
- 普通科部
- 特科部
- 機甲科部
- 富士教導団(富士学校入校学生の教育支援及び富士総合火力演習を担当)
- 部隊訓練評価隊(富士訓練センター・北富士駐屯地)
- 統合火力教育訓練センター
- 諸職種協同センター
主要幹部
官職名 | 階級 | 氏名 | 補職発令日 | 前職 |
---|---|---|---|---|
陸上自衛隊富士学校長 兼 富士駐屯地司令 |
陸将 | 髙田祐一 | 2018年 | 8月 1日第4師団長 |
副校長 兼 諸職種協同センター長 |
陸将補 | 藤岡登志樹 | 2017年 | 8月 8日第1師団副師団長 兼 練馬駐屯地司令 |
企画室長 | 1等陸佐 | 三塚克也 | 2016年12月20日 | 対馬警備隊長 兼 対馬駐屯地司令 |
総務部長 | 1等陸佐 | 天本博文 | 2017年 | 3月23日第5旅団司令部幕僚長 |
管理部長 | 1等陸佐 | 寺西孝之 | 2017年 | 8月 1日第1施設団副団長 |
普通科部長 | 陸将補 | 堺一夫 | 2017年 | 8月21日陸上幕僚監部運用支援・訓練部運用支援課長 (1等陸佐) |
特科部長 | 陸将補 | 青木誠 | 2017年 | 8月 8日陸上幕僚監部監理部総務課長 (1等陸佐) |
機甲科部長 | 陸将補 | 武田敏裕 | 2017年 | 8月 1日東部方面総監部防衛部長 (1等陸佐) |
代 | 氏名 | 在職期間 | 出身校・期 | 前職 | 後職 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 杉田一次 | 1954 - 1957 | 陸士37期 陸大44期 |
北部方面副総監 兼 札幌駐屯地部隊長 →1954 陸上幕僚監部付 |
第3管区総監 |
2 | 新宮陽太 | 1957 - 1959 | 陸士38期 陸大47期 |
第5管区総監 | 第6管区総監 |
3 | 宮崎舜市 | 1959 - 1960 | 陸士40期 陸大51期 |
第8混成団長 →1959 陸将昇任 |
陸上幕僚監部第5部長 |
4 | 安崎操 | 1960 - 1962 | 陸士40期 陸大50期 |
陸上幕僚監部第4部長 | 第1師団長 |
5 | 廣瀬榮一 | 1962 - 1964 | 陸士43期 陸大52期 |
陸上幕僚監部第2部長 →1963.7.1 陸将昇任 |
第12師団長 |
6 | 塚本政登士 | 1964 - 1965 | 陸士42期 陸大53期 |
第8師団長 | 北部方面総監 |
7 | 菅谷義夫 | 1965 - 1966 | 陸士43期 陸大52期 |
第5師団長 | 陸上幕僚監部付 →1966.7.1 退職 |
8 | 碇井準三 | 1966 - 1969 | 陸士44期 陸大54期 |
第8師団長 | 退職 |
9 | 山口立 | 1969 - 1971 | 陸士47期 陸大58期 |
第4師団長 | 退職 |
10 | 田畑良一 | 1971 - 1972 | 陸士48期 陸大57期 |
防衛大学校幹事 | 退職 |
11 | 山田積昭 | 1972 - 1974 | 陸士51期 陸大59期 |
第12師団長 | 退職 |
12 | 廣谷次夫 | 1974 - 1977 | 陸士53期 陸大60期 |
第12師団長 | 退職 |
13 | 竹中義男 | 1977 - 1978 | 陸士56期 | 第6師団長 | 陸上自衛隊幹部学校長 |
14 | 伊藤正康 | 1978 - 1979 | 陸士56期 | 第6師団長 | 退職 |
15 | 河津幸三郎 | 1979 - 1980 | 陸航士58期 | 第10師団長 | 西部方面総監 |
16 | 梅野文則 | 1980 - 1981 | 陸士58期 | 第13師団長 | 退職 |
17 | 柏木明 | 1981 - 1983 | 陸士59期 | 第13師団長 | 退職 |
18 | 横地光明 | 1983 - 1984 | 東京理科大学 | 第3師団長 | 東北方面総監 |
19 | 亀井輝 | 1984 - 1985 | 海兵75期 | 第1師団長 | 退職 |
20 | 平塚宏 | 1985 - 1986 | 愛媛大学 | 第5師団長 | 東部方面総監 |
21 | 太田隆 | 1986 - 1987 | 中央大学 | 第2師団長 | 東北方面総監 |
22 | 山本英一 | 1987 - 1988 | 早稲田大学 | 第1師団長 | 退職 |
23 | 奥山丈夫 | 1988 - 1990 | 中央大学 | 第12師団長 | 退職 |
24 | 吉崎格 | 1990 - 1991 | 防大2期 | 第2師団長 | 東北方面総監 |
25 | 久保正佳 | 1991 - 1993 | 防大3期 | 第8師団長 | 退職 |
26 | 新井均 | 1993 - 1994 | 防大5期 | 第5師団長 | 西部方面総監 |
27 | 長谷川重孝 | 1994 - 1995 | 防大6期 | 第10師団長 | 東北方面総監 |
28 | 石田潔 | 1995 - 1997 | 防大7期 | 第6師団長 | 退職 →日本国防協会理事長 |
29 | 古川浩 | 1997 - 1998 | 防大8期 | 第8師団長 | 退職 |
30 | 石飛勇次 | 1998 - 2001 | 防大10期 | 第1師団長 | 退職 |
31 | 福田忠典 | 2001 - 2002 | 防大11期 | 第1師団長 | 退職 |
32 | 田原克芳 | 2002 - 2003 | 防大12期 | 防衛大学校幹事 | 退職 |
33 | 栁澤壽昭 | 2003 - 2004 | 防大13期 | 第12旅団長 | 退職 |
34 | 吉川洋利 | 2004 - 2005 | 防大14期 | 防衛大学校幹事 | 退職 |
35 | 直海康寛 | 2005 - 2007 | 防大16期 | 第11師団長 | 退職 |
36 | 内田益次郎 | 2007 - 2009 | 防大18期 | 第4師団長 | 退職 |
37 | 三本明世 | 2009 - 2010 | 防大19期 | 第9師団長 | 退職 |
38 | 山本洋 | 2010 - 2012 | 防大21期 | 第7師団長 | 中央即応集団司令官 |
39 | 井上武 | 2012 - 2013[3] | 生徒16期・ 防大22期 |
第14旅団長 | 退職 |
40 | 武内誠一 | 2013 - 2015 | 防大24期 | 第4師団長 | 退職 |
41 | 渡部博幸 | 2015 - 2015 | 生徒19期・ 國學院大學[4] |
第11旅団長 | 陸上幕僚監部付[5][6] →2015年12月22日辞職[7] |
42 | 德田秀久 | 2015[8] - 2018年7月31日 | 防大27期 | 第5旅団長 | 退職 |
43 | 髙田祐一 | 2018年8月1日 - | 防大31期 | 第4師団長 |