通称
通称(つうしょう)は、正式な名称ではないが、特定の人や物、事象に対する呼び名として世間一般において通用している語のことである。俗称(ぞくしょう)ともいう。
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人名
人名としての通称は通り名、二つ名、異名、字(あざな、本来の意味の字とは別物である事に注意)などと呼ばれる事もある。近世までは、本名(実名)は「諱(忌み名)」と呼ばれ、公言は避ける習慣があった。そのため、人を呼ぶ時は「仮名」「字」などの通称、官職名を用いるのが一般的だった。今日でも「総理」「大臣」「社長」「専務」などと呼びかけに使うのがこれにあたる。
現代日本における通称としては、小説家や漫画家の「ペンネーム」、芸能人や歌手、俳優などの「芸名」、力士の「四股名」、プロボクサーをはじめとする格闘家のリングネーム、プロ野球選手の登録名、落語家の「高座名」、いわゆる「源氏名」、博徒の渡世名、テキヤの稼業名[1]などがある。政治家も、本名とは違う名前(婚姻前の苗字、若しくは芸名やペンネーム)で議員活動をする事がある[注 1]。公職選挙法施行令第88条第8項では、男性・女性を問わず通称を「本名に代えて本名以外の呼称で本名に代わるものとして広く通用しているもの」としている[注 2]。
日本では改名には家庭裁判所の許可が必要なため、本名とは別の名を用いたい者が通称を使う場合がある。特に多いのが、婚姻や養子縁組によって戸籍上の姓が変わった者が、それまでの顧客との関係を保つために職業上では旧姓を名乗り続けるようなケースである。国立大学夫婦別姓通称使用事件の東京地裁判決では、通称名も「人が個人として尊重される基礎となる法的保護の対象たる名称として、その個人の人格の象徴となりうる可能性を有する」とした[2]。
また戸籍上の姓名に旧字体が使われている場合、手書きで書く際に簡略化して新字体に置換えた表記を日常的に使用している人は多い(廣澤→広沢、渡邊→渡辺、櫻井→桜井、寶田→宝田、齋藤・齊藤→斉藤、兒玉→児玉、山縣→山県、猪瀨→猪瀬など)。役所のコンピューターシステムは旧字を処理出来ない仕様なので、データ電子化の際に職権変更されてしまうこともある。
日本に在住する外国人は、自治体への登録を条件に、自国語における名と異なる日本名(通名)を公的書類や契約に有効に使用しうることが実務上の取り扱いとなっている。
旧姓の通称利用
旧姓を通称として使用することや、それを業務等で認めることを旧姓通称利用というが、業務上の旧姓通称利用は、1988年(昭和63年)に富士ゼロックスにおける就業規則改正が始まりで、国家公務員でも2001年(平成13年)から認められるようになった[3]。2010年(平成22年)の時点の産労総合研究所の調査によれば、回答があった192社のうち、旧姓使用を認めているのは55.7%、従業員1千人以上の企業で71.8%となっている[4]。
しかしながら、旧姓を通称として用いるための証明として用いることができる書類等は限られる。戸籍謄本を確認する方法、旧姓併記された日本国旅券を用いる方法、旧姓利用を許された職場の証明書などを用いる方法などがある[5]。
しかし、戸籍謄本については機敏な個人情報である問題や閲覧性の問題がある、日本国旅券の旧姓併記は、必要な事情がある場合にのみ認められ、一般に認められるわけではない上、ICチップ領域には記載されない[5]、職場の証明書については法的効力を持たない、といった問題がある。そのため、現在、個人番号カードや住民票へ旧姓を併記する案が議論されているほか、選択的夫婦別姓制度の導入についてもその賛否が議論されている[6]。
問題点
婚姻時の氏の変更による不利益や損失、アイデンティティの喪失などを回避するための方策のひとつとして考えられる旧姓の通称利用であるが、さまざまな問題点も指摘されている[7][8][9]。たとえば、職場・職業によっては戸籍姓しか認められない[7][10][11][12]。
国家資格が必要な職業でも、医師など約半数の資格では旧姓使用が認められない[13]。2015年(平成27年)の時点で、民間での旧姓通称利用を認めている企業は、65%に留まる[10][13]。また、 運転免許証・印鑑登録証・健康保険証・日本国旅券・銀行口座などは、旧姓では作ることができない[7]。日本国旅券は、必要な事情がある場合には旧姓を括弧書きで付記することが認められることがある[5]が、日本国旅券に旧姓を表示した場合でも、ICチップには旧姓名は入らないため、旧姓での電子航空券の自動発券機の利用ができない場合や[8]、 クレジットカードや日本国旅券と旧姓の不一致のために、海外のホテルなどの予約ができないことなどもある[8]。
2015年(平成27年)より、役員登記で旧姓併記が可能となったが、併記は中途半端で、より一層不便である[14][15]。ほか、特許申請[16]や、公証役場での署名も旧姓は認められない[17]。
旧姓の通称利用は、二重の姓を使い分けるのは不便との指摘[18][19]や、姓が2つある生活はアイデンティティが2つに分裂するような感覚がある[19]、といった意見も見られる。通称の利用は二つの名前の管理が必要であり企業の負担が大きくなる[20][13][21]、戸籍上の姓と職場での姓が違うために混乱が生じる[22]、などの指摘もある。ソフトウエア開発会社サイボウズ社長の青野慶久は、「ビジネスの世界で一分一秒の短縮をしているのに、二重の姓の手間はかなりのストレス」で、株の名義が戸籍姓で公表されるため、投資家からは社長が自社株を保有していないと誤解されることもあったとしている[23]。
また、通称利用によって夫婦同姓を規定する民法による不利益が緩和される、といった意見があるが、そのようなことはない[24][25][26]。旧姓を通称利用したとしても、法律上ではなく通称というものは本人にとって嬉しいものではない[27]、といった主張がある。
以上のような様々な問題を回避するために、普段は旧姓を通称として用い、必要に応じて旧姓に戻り旧姓での証明書を得るなどの手続きを行った後、再び婚姻届を提出する夫婦もみられる。このような目的で離婚・再婚を行うことをペーパー離再婚とよぶ[28]。なお、この場合再婚相手が同じ人物であるため、民法第733条が定める女性の100日間の再婚禁止期間(待婚期間)は適用されない。ペーパー離再婚における離婚期間は事実婚の状況となる。ただ、この場合、離婚期間中に得た証明書等を再婚中に用いることには法律的な問題が考えられる。
日本弁護士連合会は、これらの通称利用の不便を解消する方法として、戸籍に通称を記載し運転免許証や日本国旅券等にも通称を使用できるようにする、徹底した通称使用制度も観念上は考えられなくはないが、選択的夫婦別姓制度による解決が合理的、としている[7]。
事物
地名等
正式地名でなくとも、かつての旧地名が慣習的に残ったり、特徴からくる俗称で呼ばれる場所や地域がある。著名な例として東京の羽田空港(正式名:東京国際空港)、吉原(同:台東区千束3-4丁目)や大阪のキタ(梅田、曽根崎周辺)、ミナミ(道頓堀・難波・千日前一帯)、飛田新地(西成区山王3丁目一帯)、「ジャンジャン横丁」(同:南陽通商店街)等。
ふたつ以上の路線をまたぐ鉄道路線の中には正式名称が存在せず、運転系統の通称のみで一般客に案内されている路線もある[29]。
道路名において、地元で呼ばれる名称。例として、東京都道401号麹町竹平線は通称「内堀通り」、神奈川県道2号東京丸子横浜線は、通称「中原街道」などと呼ばれる。
物品
物品等では当該物を開発した製造者の名、製造者が命名した商品名、あるいは略称などが当該物の代名詞となり通称とされる場合が多い。例として「エレクトーン」が「電子オルガン」の通称として、「キャタピラー」が「無限軌道」の通称として広く用いられている。
事象
景気の名称は、内閣府による景気基準日付の各景気の拡張(拡大)期間や後退期間によって、マスコミ等が命名して一般的に用いられているが公的に定まっていないため通称である。主な好景気の名称の例として「神武景気」・「岩戸景気」・「いざなぎ景気」・「平成景気(バブル景気)」(四大景気)などと呼ばれている。
その他
英語における記法
英語では「〜として知られる」「〜こと」という意味の表現「also known as」を略した、「aka」「a.k.a.」「a/k/a」という表記を使うことがある。
脚注
注釈
出典
- ↑ 『ヤクザ大全』著・山平重樹(幻冬舎アウトロー文庫)より。ISBN 4-87728-826-0
- ↑ 二宮周平「氏名の自己決定権としての通称使用の権利」立命館法学 一九九五年三号(二四一号)
- ↑ 久武綾子『夫婦別姓—その歴史と背景—』世界思想社、2003年
- ↑ 「夫婦別姓、割れる意見 論議再燃の可能性」、日本経済新聞電子版、2013年5月29日。
- ↑ 5.0 5.1 5.2 「パスポートに旧姓の記載可能だった それはどんな場合に許されるのか」、J-CAST、2015年11月5日
- ↑ 旧姓の使用範囲が拡大へ 住民票、パスポートなども、日経ウーマン、2016年8月8日。
- ↑ 7.0 7.1 7.2 7.3 「選択的夫婦別姓・婚外子の相続分差別 Q&A」日本弁護士連合会
- ↑ 8.0 8.1 8.2 「結婚後も「旧姓」 海外では意外な不便も?」、AERA、2015年10月22日
- ↑ 「どうなる 選択的夫婦別姓」(上)」、読売新聞、2008年3月21日
- ↑ 10.0 10.1 「(教えて!結婚と法律:2)旧姓使用や事実婚、困ることは?」、朝日新聞、2015年11月26日。
- ↑ 「『通称使用に限界』 夫婦別姓の弁護士・中村多美子さん=大分市」、大分大同新聞、2015年12月17日朝刊、19ページ。
- ↑ 松田澄子、「夫婦別姓論をめぐって 」、山形県立米沢女子短期大学紀要 28, 1-8, 1993-12-28
- ↑ 13.0 13.1 13.2 「<社説を読み解く>夫婦の姓」、毎日新聞、2016年1月6日。
- ↑ 「役員登記は妻の姓の『西端』、青野・サイボウズ社長 旧姓・新姓 規則改正で併記可能に」、日本経済新聞、2015年3月7日
- ↑ 「家族と法(上)自分の名前で生きる道 夫婦別姓、事実婚広がる」、日本経済新聞、2015年12月10日朝刊。
- ↑ 「出願等の手続きの方式審査に関するQ & A」、特許庁
- ↑ 「夫婦別姓訴訟 不合理是正を速やかに 」、信濃毎日新聞、2015年11月6日。
- ↑ 「夫婦別姓 最高裁認めず=野口由紀(京都支局)」、毎日新聞、2015年12月29日。
- ↑ 19.0 19.1 「同姓じゃないと家族じゃない?」AERA、2016年2月8日号、pp. 17-19。
- ↑ 「通称使用、企業の理解に限界」、毎日新聞、2016年1月23日。
- ↑ 「『二つの名前』への対応で管理部門の負担増」、日本の人事部、2016年2月15日。
- ↑ 「『再婚』『別姓』最高裁判決 現実とのずれ解消急げ」、中国新聞、2015年12月17日。
- ↑ 夫婦別姓求め夫が提訴へ IT企業社長「多様な価値認めて」、東京新聞、2018年1月8日朝刊。
- ↑ 「その人らしさ、だれにも」、東京新聞、2015年12月21日。
- ↑ 「『夫婦同姓強制は合憲』判決はなぜ『鈍感』か?」、HUFF POST SOCIETY、2015年12月24日。、
- ↑ 「夫婦別姓 国会議論を」、しんぶん赤旗、2016年1月18日。
- ↑ 「社会的規制と個人の自由」、日本経済新聞、2015年8月21日
- ↑ 渡辺淳一『事実婚―新しい愛の形』、集英社、2011年
- ↑ 山手貨物線、赤羽線、東北本線(支線)を走る埼京線や、鹿児島本線、筑豊本線、篠栗線をまたいで走る福北ゆたか線など。