逆コース
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逆コース(ぎゃくコース、英: reverse course)とは、戦後日本における、「日本の民主化・非軍事化」に逆行するとされた政治・経済・社会の動きの呼称である[注釈 1][1]。
解説
第二次世界大戦で敗北した日本は、ポツダム宣言と降伏文書に基づき連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の占領下に入った。当初、GHQは「日本の民主化・非軍事化」を進めていたが、1947年に日本共産党主導の二・一ゼネストに対し、GHQが中止命令を出したのをきっかけに、日本を共産主義の防波堤にしたいアメリカ政府の思惑でこの対日占領政策は転換された。GHQのポツダム命令(「公職追放令」「団体等規正令」「占領目的阻害行為処罰令」など)は、前身を含めて占領初期には非軍事化・民主化政策を推進したが、占領後期には社会主義運動を取締まるようになった。
この意向を受けた第3次吉田内閣は中央集権的な政策を採った。1949年の中華人民共和国の誕生や、翌1950年の朝鮮戦争勃発以後に行われた公職追放指定者の処分解除とその逆のレッドパージにより、保守勢力の勢いが増した。
総司令官マッカーサー、民政局局長ホイットニー、局長代理ケーディスは転換に反対したが、国務省が転換を迫ったという[2]。この転換は、1948年に設立されたアメリカ対日協議会の圧力による。
なお、1948年にはヨーロッパでも反共政策がとられている。ナチス関係者がいた国際決済銀行の廃止が立ち消えとなり、反共政策としてマーシャルプランが実施されている。
「逆コース」といわれるもの
- GHQ、日本の限定的再軍備を容認するロイヤル答申(再軍備準備)。
- 非現業公務員のストライキが政令201号により禁じられる(公務員に対する労働権制限)。
- 大阪市で公安条例が可決・施行され、全国の自治体に公安条例が広がる(デモ規制の動き)。
- 東宝争議に占領軍が介入(米国による労働争議規制)。
- 12月24日にA級戦犯容疑者として収容されていた岸信介が釈放される[3][4][5](戦前・戦中指導者層の社会復帰の動き)。
- 統合参謀本部がロイヤル答申に基づき日本に限定的な再軍備を容認する方針を決定(再軍備準備)。
- 下山事件、三鷹事件、松川事件(国鉄三大ミステリー事件)に日本共産党や労働組合関係者の関与が疑われ[注釈 2]、共産党によるテロ・破壊活動であると宣伝される(反共・反労働運動プロパガンダ)。
- イールズ声明(GHQによる反共姿勢)。
- 朝鮮戦争における社会主義勢力に対する米国の介入(米国の社会主義勢力との対決姿勢強化)。
- 警察予備隊の創設(再軍備)。
- レッドパージの開始(公職追放の対象が右翼から左翼に変化)。
- 日本共産党幹部への団体等規正令違反容疑での逮捕状請求(日本共産党幹部への身柄拘束の動き)。
- 日本共産党の機関紙「アカハタ」の発行停止(日本共産党への言論活動規制)。
- 北海道開発庁設置(地方自治体に対する中央政権の対抗、旧北海道庁の復活)。
- 公職追放されていた特高警察官が公安警察に復職(秘密警察復活)。
- 時事新報が経営難により財界の支援を受ける代償として論調を転換。統合されて産経時事(現・産経新聞)となる(反共プロパガンダ工作)。
- 「愛国者団体懇親会」が第1回会合を開催(右翼団体結成の動き)。
- 公職追放第一次解除が行われ復帰した赤尾敏が中心となって大日本愛国党を結成(右翼団体復活)。
- A級戦犯の減刑・釈放(戦前・戦中指導者層の社会復帰の動き)。
- 警察予備隊に、陸軍士官学校・陸軍航空士官学校第58期卒の旧陸軍の元少尉245名が第1期幹部候補生として入隊(軍備増強)。
- 警察予備隊に、旧陸軍の元佐官(中佐以下)405名と元尉官407名が入隊(軍備増強)。
- 鹿地事件などのキャノン機関の暗躍(日本における反共工作)。
- 資本主義陣営中心の片面講和条約による独立回復(社会主義陣営との対立)
- 日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧・日米安全保障条約)の締結・発効(反共軍事同盟の締結。駐留米軍の在日米軍への転換)。
- 公職追放令廃止法(被追放者全員復帰)。
- 公安警察による自作自演の駐在所爆破事件(菅生事件)の容疑者として日本共産党関係者が逮捕・起訴される(反共プロパガンダ工作)。
- 警察予備隊に、陸軍省や参謀本部(大本営陸軍部)の中枢において太平洋戦争の指導的立場にあった、杉田一次元陸軍大佐(陸軍士官学校第37期)や井本熊男元陸軍大佐(陸軍士官学校第37期)などを筆頭とする、元陸軍大佐10名および元海軍大佐1名が入隊(軍備増強)。
- 旧海軍軍人主導で海上警備隊が創設される。海上警備隊は幹部の99%以上と下士官の98%以上が旧海軍軍人で構成された(軍備増強)。
- 旧陸軍の親睦団体である偕行社が、偕行会として復活(1957年に偕行社に改称)。
- 旧海軍の親睦団体である水交社が、水交会として復活。
- 警察予備隊本部が保安庁に改編されたほか、海上警備隊が警備隊に改編されて運輸省から保安庁に移管され、警察予備隊は保安隊に改編された(軍備増強)。
- 破壊活動防止法の制定(治安維持法の姿を変えた復活)。
- 公安調査庁と内閣官房調査室の設置(情報機関復活)。
- 電波監理委員会廃止、郵政省電波監理局となる(通信・放送行政の国家管理強化)
- 財閥商号・商標の使用禁止(1949年9月持株整理委員会通達)が解除される(財閥系企業の復活)。
- 戦争犯罪人の復権が賛成多数で可決。日本共産党は反対(戦前・戦中指導者層の社会復帰の動き)。
- 全国戦没者追悼式開始(戦争責任否定)。
- 文部省発行の中学教科書「あたらしい憲法のはなし」が教育現場で使われなくなる(平和主義を含めた日本国憲法に対する中央政府におけるリベラル思想の後退)。
- 集団示威取締法案を提出(デモ規制の動き)。
- 教科書検定権限の文部大臣への一元化(教育行政の中央集権化)。
- 独占禁止法の緩和(財閥系企業の復活)。
- 全国選挙管理委員会、地方財政委員会及び地方自治庁を統合による自治庁の設置(内務省復活の動き)。
- 各地で戦友会が結成される(旧軍人顕彰)。
- 日本遺族厚生連盟の日本遺族会への改称(旧軍人顕彰)。
- 旧軍人恩給復活連絡会が結成される(旧軍人顕彰)。
- 軍人恩給が復活(旧軍人顕彰)。
- 公益事業に関するストライキの一部規制をするスト規制法の制定(労働争議規制)
- 日米相互防衛援助協定の締結・発効(反共軍事同盟の強化)。
- 防衛庁・自衛隊が創設される。保安庁は防衛庁に、保安隊は陸上自衛隊に、警備隊は海上自衛隊に改編されたほか、旧陸軍航空関係者と旧海軍航空関係者がアメリカ空軍の協力を得て航空自衛隊が創設された(軍備増強)。
- 新警察法[注釈 3]制定(警察の再中央集権化)。
- 教育二法[注釈 4]制定(教育公務員の政治的意思表明禁止)。
- 保守合同による自由民主党結党及びこれに対するアメリカ中央情報局の支援[6](中央保守政権の基盤強化)。
- 政権幹部による憲法改正に関する発言(戦力不保持条項改正の動き)。
- 過度経済力集中排除法の廃止(財閥系企業の復活)。
- 教育委員選出を公選制から任命制に転換(教育行政の集権化)。
- 憲法調査会の設置(戦力不保持条項改正の動き)。
- 自治庁、建設省などを統合する内政省設置法案を提出(内務省復活の動き)。
- 非営利法人に運営されていた文化放送が経営の混乱から財界の介入を受け株式会社組織に転換(反共プロパガンダ工作)。
- 終身刑判決で服役していたA級戦犯に対して仮釈放が行われ、服役しているA級戦犯がいなくなる(戦前・戦中指導者層の社会復帰の動き)。
- 学習指導要領における道徳教育の明記(「修身」の姿を変えた復活)。
- 令状抜きの予防検束容認などを規定した警察官職務執行法(警職法)改正案が提出(警察権強化する動き)。
- 終身刑ながら仮釈放中のA級戦犯への減刑による公民権回復(戦前・戦中指導者層の社会復帰の動き)。
- 国会周辺デモ規制法案を提出(国会周辺のデモ規制強化)。
- 旧・日米安全保障条約、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に改定(反共軍事同盟の強化)。
- 自治庁が省に昇格し自治省となり、国家消防本部は国家公安委員会から分離し、自治省の外局である消防庁に改組された(内務省復活の動き)。
- 臨時行政調査会(第一次臨調)第1専門部会第1班の報告書に、自治省と警察庁を統合して、自治公安省または内政省を設置し、国家公安委員会を外局(行政委員会)とし、自治公安大臣または内政大臣が国家公安委員会委員長を兼務することが盛り込まれた(内務省復活の動き)。
作品
- 映画
脚注
出典
- ↑ Michael Schaller,The American Occupation of Japan:The Origins of the Cold War in Asia(Oxford University Press,1985),p122
- ↑ 古関彰一による「マスコミ九条の会」市民セミナーの「対米従属の起源をたずねる」より。桂敬一の報告
- ↑ 「共犯の同盟史 日米密約と自民党政権」、豊田祐基子、岩波書店、2009年、19ページ
- ↑ 「岸 信介 権勢の政治家」、原 よし久、岩波新書、1995年、135ページ
- ↑ 「トレイシー 日本兵捕虜秘密尋問所」、中田整一、講談社、2010年、372ページ
- ↑ アメリカ合衆国国務省発行『米国の外交』第29巻第2部 2006年7月18日(Foreign Relations of the United States, 1964-1968, Vol. XXIX, Part 2, Japan)
注釈
- ↑ この名前は読売新聞が1951年11月2日から連載した特集記事に由来する。
- ↑ 下山事件では他殺か自殺かの結論を公式発表しないまま、捜査は打ち切られた。三鷹事件では国鉄労働組合員11人が逮捕・起訴され、裁判では10人の共産党員に無罪判決が出て1人の非共産党員に死刑判決が確定したが、有罪が確定した1人(獄中で病死)についても冤罪疑惑が指摘されている。松川事件では国鉄労働組合員10人と東芝松川工場労働組合員10人の計20人が逮捕・起訴されたが、裁判ではアリバイが成立して全員の無罪判決が確定した。
- ↑ 旧警察法全部改正。国家地方警察と自治体警察を廃止し代わりに警察庁を設置して、各都道府県に警察本部を、市・町に警察署を置き隷下とする。
- ↑ 教育の政治的中立確保法と教育公務員特例法一部改正法。