迷信
迷信(めいしん、英語:superstition)とは、人々に信じられていることのうちで、合理的な根拠を欠いているもの[1]。一般的には社会生活をいとなむのに実害があり、道徳に反するような知識や俗信などをこう呼ぶ[1]。様々な俗信のうち、社会生活に実害を及ぼすもの[2]である。
Contents
概説
人々に信じられていることのうちで、合理的な根拠を欠いているものは多くあるが、一般的には、そのなかでも社会生活を営むのに実害があり道徳に反するような知識・俗信を「迷信」と呼んでいる。
何が迷信かという判定の基準は常に相対的で、通常、話者の理性による判断から見て不合理と思われるものをこう呼んでいる[3]。
古来、人々は様々なことを信じており、その中には今日に至るまで受け継がれているものも多く「古代信仰」と捉えることもできる。ある人から見て、合理性を欠いていて社会生活に害があったり道徳に反している、と思えるものを「迷信」と呼んでいるのである。
現代の民俗学者は「迷信」という用語をあまり使わない。今日的な“善悪”の価値判断は、古来の民間知識同士の相互関係や、民間知識の社会や集団での役割などを分析するに際しては、不適切だからである。“迷信”という語は、あくまで現代人の知識を基準とした分類(レッテル)である。
迷信の昔と今
日本の迷信として挙げられるもののひとつに《狐持ち》の迷信がある[2]。この考え方は、近世の中期のころ、出雲地方で現れ、やがて伯耆・隠岐島前地区に伝わっていった[2]。《狐持ち》の迷信とは、「狐持ちの家系の人はキツネの霊を駆使して人を呪う」と信じている迷信のことである。「狐霊というのは人に憑いて憎む相手を病気にしたり、呪いをかけたりすることができる」と信じられてきた。《狐持ち》とされてしまった家系の人は、この迷信のため差別され、自由な結婚も認められないなどの苦痛を味わった。この迷信は根強く、現在でも忌み嫌われている地方があるほどである。これは国際人権規約 2条に抵触している。
昔の人だけが迷信を信じていたわけではなく、現代でも人間というのは皆それぞれ、迷信や思い込みやジンクスを心に抱いている[4]。
迷信が単なる迷信とは言い切れない場合
現代人に迷信だと思われているものの中には、科学的に検証してみると実は正しいものもある[5]。例えば「ネコが顔を洗うと雨」、「ヘソのゴマを取ってはいけない」などといった表現の裏には、それなりに確かな科学的根拠があり、先祖たちが言っていたことの中には、素直に信じると病気や災害を避けられるものも含まれている[5]。
例えば「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」という表現がある。「夜爪(よづめ)」と言い、「世詰め(よづめ)」と語呂が同じで、短命という意味と重なり忌み嫌われた、と辞書などには書かれている[6]。また夜爪は「夜詰め(よづめ)」につながるともされた(通夜のことを夜詰めとも言う)[7]。「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」という表現にはそれなりの知恵が込められているのである[8]。迷信とされているものの中には、確かに単なる迷信にすぎないものもあるが、現代人が見落としているような意外な根拠がある場合もあるのである[9][10]。夜に爪を切ってはいけない、というのは作法としてそうなのだとも指摘されており、儒教の教えだという[11]。
昔は照明器具が不十分で、手元が見えず危険だった。また切った爪の行方も見えず、後でそれを踏むと痛いということもあった[11]。いずれにしても、夜に爪を切ると何もいいことが無いから、夜に爪を切ってはいけないとされたという[11]。
時代による前提条件や価値観の変化
ただし、上の「夜に爪を切るな」のように、経験則を総合して「おばあちゃんの知恵袋」やタブーが作られたということはそれはそれで良いとしても、それを聞く人はタブーをそのまま信じてしまう前に、そのタブーができた前提条件を正しく理解する必要がある、と西村克己は指摘した [12]。現在では明るい照明があるし、ケガをしない安全爪きりがある。だから夜に爪を切っても安全性に変わりは無い[12]。江戸時代と現代では前提条件が異なっているので、当時は効用があった表現が今ではそうではない[12]。
また、日本では昔からトンネル工事には女性を参加させない方針(女人禁制)が貫かれており、それは「山の神を怒らせてしまう」という表現とともに継承されていた。労働基準法第64条の2は、原則として女性の坑内労働を禁止している(但し、母性保護の観点からであり、具体的な内容は厚生労働省令で定めるものとされている)。現代になって、男女共同社会参画の意識の浸透に伴い、そのような表現も含めて「女性差別だ」という声が上がり、「山の神を怒らせる」は迷信だと非難され、2005年にトンネル工事の女人禁制は規制の見直しが検討された。[注 1]
迷信の類義語
- 「ジンクス」- 英語圏でのジンクス(jinx)という言葉は、悪運や不運、またはそれらに見舞われた状態など、縁起の悪い事柄を限定して指す。
- 「都市伝説」- 近現代以降になって広まった実話として語られる口承。
迷信の例
双子をめぐる迷信
双子をめぐる迷信は世界中に見られ、重大な人権侵害となるケースもある。
- タイでは双生児は忌避され、妊婦は双子が生まれないように「双子バナナ」を食べない[13]。山岳民族のアカ族では双子が生まれると殺処分を強要され、母親は村を追放される[14]。
- 西アフリカでは双生児が生まれることを穢れとして忌避する地域があり、かつては殺処分や遺棄の対象となっていた[15]。
- 日本では双子が生まれる事を「男女の双子は前世で心中した男女の生まれ変わり」「一度に二人も三人も産むのは犬猫の仲間」などの意味から「畜生腹」と呼び、忌み嫌う地域が多かった[16]。地域によっては戦前までは里子に出したり、間引きが行われ警察沙汰になることもあった。また、「黄身が2つある卵を食べると双子が生まれる」など、双子ができることを回避するための迷信も多かった。こういった双生児に対する偏見は昭和30年代ごろから薄れてきたと言われている[17]。
- もっとも、上記とは逆に縁起の良いものとして扱われる文化を持つ場合もある。例えば中国においては多胎児は縁起が良いものとして喜ばれ、中でも男女の双子は皇帝と皇后が同時に生まれたものとして非常にめでたいものとされている。中華人民共和国成立以降においては1人っ子政策により、原則として子供は1夫婦に1人とされてはいたが、本政策においても多胎児は公式に認められているため子供が多く欲しいという要望を持つ家庭においては法に逆らわずに複数の子を持つという相反する要求を矛盾無しに実現できるという背景もあった。
西欧でよく知られる迷信
- Friday the 13th - 13日の金曜日に不吉なことが起きる。
- breaking a mirror - 鏡を割ると7年間悪いことが起きる。
- black cat - 黒猫が前を横切ると不吉なことが起きる。
- 国によっては幸運の前兆とも。
- horseshoe - 家の戸口に馬蹄をつけると魔女が入ってこなくなり、家内安全である
- rabbit's foot - ウサギの後ろ足が魔よけのお守りになる。キーホルダーなどにして持ち歩く人もいる。
- breaking a wishbone - 鳥の叉骨を折る。鳥の二股の骨を二人で引っ張って折った時に、長いほうを持っていた人の願いがかなう。
- walking under a ladder - 梯子(脚立)の下を歩く。梯子の下を通ると不吉なことがおきる。(安全ではない行為であるのは事実である)
- 家の中でかさを広げるのは不吉。
- happy bridegroom - 幸福な花婿(むこ)。新居に入る時に花嫁を抱いて敷居をまたぐと、花婿が幸せになる。
日本など
- 夜に口笛を吹くと、蛇(または妖怪、お化け)が出る。 - かつて日本で人身売買が行われていた時代、摘発されないために多くが人目のつかない夜に売買取引を行っていた。その際、売人を呼ぶ合図が口笛だったため、「蛇(妖怪、お化け)が出るから吹かないように」という子供への警告が形を変え、現代まで残っている一例とする説がある。
- 風邪は人にうつすと治る。 - 風邪などの病気には潜伏期間があり、うつされた人が潜伏期間を経て発病した頃にうつした人の風邪が治ることがあることから、このような迷信が生じたらしい。
- しゃっくりが100回出ると死ぬ。
- ワカメやコンブを食べると、頭髪が増える。
- 夜に爪を切ると親の死に目に会えない(夜に爪を切ると「夜爪(世詰め)」といって早死にする)。
- 旋毛を押すと下痢になる。
- ブドウや スイカの種を飲み込むと虫垂炎になる。[18]
- 霊柩車もしくは葬式を目撃したら親指(あるいは他の指)を隠さないと親族が亡くなる。
- 靴下を履いて寝ると親の死に目に会えない。
- 丙午の年に生まれた女性は、鬼となって家族(親・兄弟・夫・子供)を苦しめる(この迷信が元で直近の丙午である1966年には出生数が前年に比べ約25%減少した。八百屋お七の項も参照)。
- 酢を飲めば体が柔らかくなる。
- 牛乳を飲むと胸が膨らむ。
- 牛乳を飲むと背が伸びる(カルシウム摂取で骨は強くなるが、実際には身長伸展には繋がらない)。
- 緑青は猛毒である。
- 3人で写真に写った場合、中央にいた人が最も早く死ぬ。 - カメラは中央にピントが合うことから、中央にいた人が最も魂を吸い取られると考えられたため。また、集合写真で中央に立つのは年長者である場合が多いため、結果として中央の人が最も早く死ぬ確率が高いという事情もある。
- 夜間に火遊びをするとおねしょする。
- うなぎと梅干しを一緒に食べるとお腹を壊す。
- 食べてからすぐに寝ると牛になる。
- かかあ天下の夫婦には男の子ができやすく、亭主関白の夫婦には女の子ができやすい。
- ハチに刺されたらアンモニアを付ける(ヤマアリ亜科以外のハチ目の毒にはアンモニアで中和可能なギ酸は含まれていないため、無効である。また、アンモニアを含むからとして尿を用いる民間療法もあるが、人の尿に含まれる窒素排泄物はアンモニアではなく尿素である)。
- 雛祭りが過ぎた後も雛壇を出し続けると晩婚になる。
- クマに出会ったら死んだふりをすると助かる。
- ゴムの長靴を履くと雷から身を守れる。
- 血液型による性格分類[19][20] - 非科学的な迷信であるにもかかわらず、日本で広く流布し、差別問題になっている(「血液型を扱う番組」に対する要望(放送と青少年に関する委員会)
- 茶に茶柱が立つと幸運がある。ただし、茶柱が立ったことを人に言うと幸運は逃げる。
- 女房が妊娠している漁師(猟師)が漁(猟)にいくと不幸が襲うので、一緒に連れて行かない。(昔の北海道での言い伝え。かつては出産というと現代と違って産婦人科など専門の医療機関や施設がなく、時には死につながることもあったため、夫に仕事を休ませて女房の身の回りの世話や激励をさせるために暗黙のうちに広まったルールと思われる。)
- 女房が妊娠している猟師が漁に出たら不吉なことが起こるから漁に出てはいけない。(これは身重の妻の代わりに家の事や身の回りの世話をしたり、励ましてあげなさいという配慮から生まれたものだと思われる。出産のときに命を落とす者もおり、亭主が傍で励ますことが妻を勇気づけることができるという意味も込められている。)
脚注・出典
注
- ↑ これに関しては、女性が監督業務などに従事できるようにするべきだとする意見と、労働強化(労働条件の不利益変更)につながるという意見がある。
出典
- ↑ 1.0 1.1 大辞林
- ↑ 2.0 2.1 2.2 速水保孝『憑きもの持ち迷信: その歴史的考察』明石書店、1999
- ↑ 広辞苑 第五版
- ↑ スチュアート・A. ヴァイス『人はなぜ迷信を信じるのか: 思いこみの心理学』1999
- ↑ 5.0 5.1 『バカにしちゃいけない迷信の教え: 信じる人は救われる』2004
- ↑ 『岩波国語辞典』
- ↑ 板橋作美『俗信の論理』1998 p.303
- ↑ 北山哲『なぜ夜に爪を切ってはいけないのか: 日本の迷信に隠された知恵』2007年
- ↑ 蒲田春樹 『暮らしの伝承: 迷信と科学のあいだ』1998。
- ↑ 花田健治『迷信の知惠: 縁起,タブー,ジンクスの実態をさぐる』 1981
- ↑ 11.0 11.1 11.2 日本の暮らし研究会 著『図解 日本のしきたりがよくわかる本: 日常の作法から年中行事・祝い事まで』p.30
- ↑ 12.0 12.1 12.2 西村克己『図解 戦略思考トレーニング』2008 p.64、第31章「失敗経験をタブーにするな」
- ↑ 「タイのバナナ―その2―」在京タイ王国大使館、2015年9月28日閲覧。
- ↑ 「アカ族の基礎知識」Bridge International Foundation、2015年9月28日閲覧。
- ↑ 小馬徹「アフリカの人々と名付け 50 双子殺しとミッショナリーの時代」神奈川大学、1999年、2015年9月28日閲覧。
- ↑ “畜生腹”. デジタル大辞泉. コトバンク. . 2015閲覧.
- ↑ 常光徹『しぐさの民俗学』ミネルヴァ書房 2006年、ISBN 4623046095 pp.285-299.
- ↑ http://www.bioweather.net/column/kotowaza/gw36.htm
- ↑ 大阪大学大学院 生命機能研究科 認知脳科学研究室血液型と性格は関係があるか?
- ↑ 松田薫『「血液型と性格」の社会史』
関連書
- 住本健次、板倉聖宣『差別と迷信:被差別部落の歴史』1998
- デービッド・ピカリング『カッセル英語俗信・迷信事典』1999
- 新井孝佳『迷信シロクロ大全』2001
- 「屋敷地内に植える樹木の吉凶―口承・書承・知識」宮内貴久(比較民族研究16 1999/9)[1]
- 井上円了〔著〕竹村牧男〔監修〕『妖怪玄談』大東出版社、2011年 ISBN 978-4-500-00745-5
- トーマス・ギロビッチ『人間この信じやすきもの―迷信・誤信はどうして生まれるか』 (認知科学選書) 1993
- 池田清彦『科学教の迷信』1996
- 『沖縄の迷信大全集1041』 むぎ社編集部 1998
- ヴァルター・ゲルラッハ『迷信なんでも百科』文春文庫、2000
- 『暮らしの中で迷信と差別を考える』差別墓石・法戒名を問い考える会、2000