起動加速度
起動加速度(きどうかそくど)は鉄道車両における性能指標の一つで、走行速度が0のとき(起動時)の加速度を示す数値[1]。平坦な場所から列車が発車する際の加速力の数値であり、単位は一般に km/h/s (キロメートル毎時毎秒)が用いられる[1]。主として電車の低・中速域における性能指標として用いられる。また、鉄道において断りなく「加速度」の呼称が用いられる場合は、起動加速度を指すことが多い。最大加速度と呼ぶこともある。また、直線で水平な地点における加速度ということで直線加速度と呼ぶこともある。
Contents
解説
特性
鉄道車両に用いられる動力には電動機・ディーゼルエンジン・蒸気機関などがあり、いずれも速度に応じてトルクが変化するため、速度 0 における加速度を指標として定義している。 起動加速度は、動力源の出力特性、歯車比や変速機の特性、粘着係数および編成重量やその構成により影響を受ける。高い起動加速度(高起動加速度)は一般に以下の条件で得られる。
一般に、駅間距離の短い通勤形電車や地下鉄の車両などは、加減速を何度もくり返すためにMT比や歯車比を大きくし、高い起動加速度が設定されている。逆に、特急形車両においては歯車比を小さくし、起動加速度よりも高速時の性能指標である均衡速度が高く取られている(右図)。
また、基本性能が同一の車両編成であっても、以下により起動加速度を変更・改善することができる。
- 再粘着制御を行う - 粘着係数の改善
- 応荷重制御を行う - 動力車の積載荷重に応じた引張力特性
- 電動機の限流値を上げる - 出力特性の向上
一方、車両や編成としての加速度は高く設定されている場合でも、走行路線の制限によって、あえて起動加速度を落とす場合がある。たとえば新幹線700系電車は、旧式の自動列車制御装置 (ATC) を用いていた東海道新幹線を走行する際にこの制限を受け、起動加速度を車両性能上の 2.0 km/h/s から 1.6 km/h/s に落としていた[2]。
電車の性能指標
起動加速度は主として電車の性能指標として用いられる。これは、電車は編成がほぼ固定されていることから、機関車のように列車によって牽引重量が異なることが少なく、指標として一定値が得やすいためである。また、電車に搭載される主電動機は低速域から中速域まで発生トルクをほぼ一定に保つように制御される。このことから、中速域までの加速特性として起動加速度がそのまま利用できることも、電車の指標として用いられる一因と言える。なお、起動の瞬間には比較的大きな出発抵抗がかかるため、実際に起動加速度を発揮するのは動き出してからとなる。
一方、液体変速機を用いることの多い気動車では、低速域においても速度の上昇にともなってトルクが急激に低下する。したがって、気動車の起動加速度は瞬間的なものにすぎないことから、性能指標として用いられることは少ない。
鉄道車両の加速度は次の式によっても概算することができる。
このうち、電車の定トルク制御領域における平均加速度が起動加速度として表示される場合が多い。定トルク領域でも僅かずつではあるが加速力は速度の上昇とともに低下し、直並列制御を行う抵抗制御の電車では直列段と並列段で加速力が異なる場合もあるためである。
日本における起動加速度の動向
電車はもともと単行(1両)での運転から始まり、徐々に編成を伸ばしてゆく中で付随車を連結するようになったという過程がある。旧型国電など以前の電車の多くは固定編成ではなく、最短は単行車両から様々な車種を組み合わせて長編成を組んでいた。従ってMT比もまちまちであり、1950年代半ば頃まで製造された吊り掛け駆動方式の電車については、カタログデータとして起動加速度が明記されているものは非常に少ない(新性能車になってからも国鉄電車にはこの傾向がある)。また創成期の電車は直接制御などの手動加速式であったため、起動加速度という概念自体が存在し得なかった。後年の計測などによって、概ね4個モーターの単行車両で 2.3 - 3.5 km/h/s 、そのMT比 1:1 編成または2個モーターの単行車両が 1.3 - 2.0 km/h/s の範囲内にあると解ることになる。当時は応荷重装置が無く、乗車率によって加速度は変動した。
いわゆる高性能車の初期段階である1950年代後半から1960年代初頭にかけては、日本で初めての高加減速車両となった「ラビットカー」近鉄6800系 (4.0km/h/s)を皮切りに、阪神5001形 (4.5 km/h/s)や営団3000系など、全車電動車編成により起動加速度が 4 km/h/s 台の通勤形電車が開発された。近鉄6800系は試運転時に加速度 5.6 km/h/sを達成したことがあった[3]。阪神では試運転時に加速度 6.5 km/h/sまで上昇させ、また加速度 8.0 km/h/s まで可能な設計であったという。しかし加速度 6.5 km/h/sの設定では満員での乗車状態では難しく、また加速度 8.0 km/h/sでは全員着席=立席を一切認めないことが明らかとなったため、最終的には加速度 4.5 km/h/sで設定した[4]。国鉄においても101系がやはり全車電動車で加速度3.2km/h/sを試みたが、電力事情により断念することになった。
その一方で、小田急はMT比 1:1 で起動加速度 3.0 km/h/s を可能とした2400形を1959年に登場させた。その後、1960年代から1980年代にかけては、経済性を重視してこの小田急のように付随車を組み込んだ編成が主流となり、電機子チョッパ制御などの開発もあったが、通勤形電車の起動加速度は地上線専用車で 2.0 ‐ 3.0 km/h/s 、地下鉄車両および地下鉄直通車で 2.5 ‐ 3.5 km/h が標準的な値として推移していた[5]。
VVVFインバータ制御が普及した1990年代以降においては、電動車比率の低い編成でも比較的容易に起動加速度の向上が可能となり、以前と同じMT比ながら起動加速度を引き上げた(2.5 km/h/s → 3.0 km/h/s)JR東日本E231系やE233系、阪神9000系のような例も現れている。逆に起動加速度を従来通りとする場合、JR東日本209系や営団06系のように電動車比率を低下させた例もある。
関東と関西の比較では、地下鉄との相互直通運転が盛んで、運転間隔や混雑度などの点で使用条件が過酷な関東の通勤形電車の方が平均的に 3.0 km/h/s 以上としている例が多い。中でも京浜急行電鉄は起動加速度 3.3~3.5 km/h/s と営業最高速度 120 km/h を両立させている例として特筆に値する。対する関西では前出の阪神(ジェットカー、青胴車)[6]、近鉄のシリーズ21、急勾配対策を要する南海(ズームカー)や神戸電鉄などの特殊な例以外は、会社間競争が盛んで通勤形電車であっても高速性能を重視する必要もあり、一部を除き2km/h/s台に留まっている。中間の名古屋地区などでは、起動加速度を始め、電車の走行性能に関しても一概にどちら寄りとも言えない[7]。
本項では鉄のレールに鉄輪を用いた粘着式鉄道の車両に関して述べているため、ゴムタイヤを用いるモノレールや新交通システム、札幌市交通局の地下鉄車両などの案内軌条式鉄道、また磁気浮上式鉄道については各記事を参照。
路面電車の車両は概ね起動加速度・減速度ともに高く取られており、日本でもPCCカーに倣った高加減速車両が投入された時期がある一方、運転士の意思によって高加速が得られる手動加速式の車両を残している鉄軌道事業者もある。
一方、国鉄特急形電車や新幹線電車については、長らくの間、重点を置いた高速性能にほぼ反比例する形で、起動加速度は概ね 1 km/h/s 台前半から中盤と低く抑えざるを得なかった。ただし、停車頻度が高く稠密ダイヤの間を縫って走ることが多い私鉄の特急形電車は従来から 2 km/h/s 以上の起動加速度をもつ車両が多く、中には走行機器や歯車比を通勤形電車と共通化しているもの[8]もある。特に京成AE100形電車は 3.5 km/h/s と他社の一般的な通勤電車に匹敵する起動加速度を有していた。1990年代以降におけるVVVFインバータ制御の普及は、これら長距離用高速電車のさらなる高速性能向上のみならず、起動加速度の向上にも寄与しており、例えば新幹線N700系電車は在来線通勤形電車並みの起動加速度 2.6 km/h/s という性能を持つ。
脚注
- ↑ 1.0 1.1 PHP研究所 『阪急電鉄のひみつ』2013年。
- ↑ 2009年に東海道新幹線の ATC が改良され、始発駅を除きこの制限はなくなった。- 700系の加速度向上について(ニュースリリース・JR東海)
- ↑ 川島令三「関西圏通勤電車事情大研究」1987年
- ↑ 川島令三「日本『鉄道』改造論」1991年
- ↑ ただし、大阪市交通局の地下鉄車両は郊外電車並の 2.5km/h/s が標準であるため、他の都市の地下鉄車両と比較して低く、日本の地下鉄の中では最低レベルである。
- ↑ 同じ阪神にあっても3801・3901形以前の急行系車両(赤胴車)は高速性重視のため 2.0 km/h/s であった。
- ↑ 名鉄は新性能車はおろかVVVF車の大半でも押し並べて 2.0 km/h/s という車両が多く、大手私鉄の中では最低レベルである。
- ↑ 西武5000系やその後継の10000系など