質量保存の法則

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質量保存の法則(しつりょうほぞんのほうそく、: law of conservation of mass)とは「化学反応の前と後で物質の総質量は変化しない」とする化学法則である。現在は自然の基本法則ではないことが知られているが、実用上広く用いられている。

概説

素粒子論核物理宇宙論などを除く自然科学のほとんどの分野で実用上用いられている法則である。

化学反応の前後で質量変化が実験的に観測されなかったことから生まれた法則だが、現在では相対性理論に基づく質量とエネルギーの等価性がより根本的な法則で、質量保存の法則はその近似に過ぎないとされている。もっとも、質量とエネルギーの等価性は自然科学の多くの分野では問題とならず、質量保存の法則は多くの場面で運用上有効な法則である。

物質の根源に迫ることを目的とした素粒子論や宇宙論などの研究対象においては、質量保存の法則は全く成り立っていない。たとえば培風館の物理学辞典には、かつて「物質は不滅だ」などと考えられていた時代があったので、こうした法則が主張された[1]が、「こうした考えは捨てなければならない[1]」と書かれている。

核反応の世界では実験的に十分に測定可能なだけの質量変化が起こっており、反応の前後で元素の種類や各々の物質量も変化していく。さらに、素粒子論の世界では物質・質量の生成や消滅が広範に起こっている。これらの世界においては、質量保存の法則や物質の不変性・不滅性は全く成り立っていない。

化学反応においても、反応によって放出または吸収されたエネルギーに相当する質量変化が起こっており、質量は厳密には保存されていないとされる。そのことを考慮に入れると「化学反応の前後で、それに関与する元素の種類と各々の物質量は変わらない」という表現がより正確な表現となる。

歴史

身近な化学反応である燃焼について考察すると、木や紙は燃やすと灰となって質量が大幅に減少する。(反対にスチールウールなどの金属は質量が増加する。)また、(熱気球に端的に見られるように)、気体を熱するとそれは軽くなるように感じられる。つまり日常的な感覚や直感では反応の前と後では、ものの質量は大きく変化するように感じられる。しかし、このような目に見える質量の変化はあくまで外部との物質の出入りが自由な開放系で見られるものであり、精密な測定のために閉鎖系を準備すると状況は違ってくる。

フランスの科学者、アントワーヌ・ラヴォアジエ1774年、精密な定量実験を行った結果、化学反応の前後では質量が変化しないとの結論を得て、後にこれを「質量保存の法則」として元素の概念と共に提唱した。ラヴォアジエは、化学反応によっては元素が分裂して増加したり、消滅して減少したり他の元素に転化したりしない、と述べたのであった。 (なお、この考えから出発して、定比例の法則倍数比例の法則が発見され、原子分子及び化学量論の概念が確立してゆくことになり、ラヴォアジエは「近代化学の父」と呼ばれることになる。)

これらの考え方をさらに拡張して、物質は不滅であるとする「物質不滅の法則」が唱えられるようになった[2]

しかし20世紀初頭にアルベルト・アインシュタイン相対性理論においてE=mc²という数式を提示し、質量とエネルギーは等価関係にあるとすることを提唱した(質量は消滅してエネルギーに変化しうる、とすることを提唱した)。相対性理論の有効性が明らかになると、質量保存の法則や物質不滅の法則は、自然の基本法則としては完全に破棄されることとなった。

相対性理論以前の物理学・化学では、閉じた系の「質量の総和が一定である」ということを公理として扱っていた。しかし、相対性理論を考慮に入れた現代物理学では、「質量の総和が一定である」という命題は日常的な場面において、あくまで近似的に成立するものであるとされている。

特殊相対性理論によれば、質量とエネルギーは等価であり、閉じた系において保存されるのは「質量の総和」ではなく「(質量を含む)エネルギーの総和」であるとされる。従って、化学反応によってエネルギーが吸収・放出されれば、それだけ質量も変化することになる。[注 1][注 2]

高エネルギーの素粒子反応においては粒子が消滅したり、新しく創られたりすることは、ごく普通の現象である[1]

実用上の取扱い

質量保存の法則は、自然の基本法則ではないものの、素粒子論核物理宇宙論などを除く自然科学のほとんどの分野で実用上の基本法則として用いられている。これらの分野における質量保存の法則の妥当性は、質量の変化には極めて莫大な量のエネルギーの放出・吸収が伴うとするE=mc²の式から逆に保証される[注 3]

したがって、化学実験などにおいて「質量保存の法則」や「物質不滅の法則」に反する結果が得られた場合は、質量保存の法則によらない反応が起こったと考えるのではなく、実験に不手際がなかったか、結果の解釈に問題がないかを十分に考察する必要がある。

関連項目

脚注

  1. ただし、一般に化学反応で吸収・放出されるエネルギーは質量に比べて極めて小さいため、化学反応による質量変化は実用上無視可能であるのみならず、現在の技術ではそもそも相対論的質量変化が実際に起こっているかを確認すること自体が困難である。例えば水素の燃焼反応においては、エネルギーの放出量は2.96 eV(286 kJ/mol)であるが、これは反応前(H2+0.5O2)の質量16.8 GeV(2.99×10{{#invoke:Gapnum|main|-26}} kg)より10桁ほど小さく、相対性理論に基づく質量の減少量は約0.000000018%となる。現在の質量の測定精度は最大でも約8桁(約0.000001%)であり、化学反応による相対論的な質量変化の実験的測定は現時点では極めて困難である。
  2. 素粒子論宇宙論では相対論的質量変化は本質的な意味を持つ。対生成対消滅核反応などに見られる強い相互作用に基づく変化では、質量と比べて十分大きな量のエネルギーの出入りが起こり、相対論的質量変化は無視できないものとなる。例えば核分裂反応であるウラン235中性子吸収による核分裂では、反応前の質量223 GeVに対しエネルギー放出量は203 MeVであり、約0.1%の質量減少が起こる。核融合反応であるD-T反応では反応前の質量2.82 GeVに対しエネルギー放出量は17.6 MeVで、質量減少量は約0.6%である。対消滅では質量の100%がエネルギーへと変換する。ベータ崩壊などに見られる弱い相互作用電磁相互作用に基づく相対論的質量変化は、小さな量ではあるが実測可能であり、質量変化の理論値と実測値とのずれがニュートリノなどの新たな素粒子の予測・発見につながっている。
  3. 爆発的な化学反応であっても、それに伴う質量変化の理論値は実験的な測定限界よりはるかに小さい。

出典

  1. 1.0 1.1 1.2 『物理学辞典』 培風館、1824-1825頁。 【物質】
  2. 『物理学辞典』、1825頁。 「物質不滅の法則」