警棒
警棒(けいぼう)は、棍棒の種類の一つで、護身用具・逮捕具として使用される物を指す。武器として使われる棍棒が殺傷力を高める構造になっているのに対して、警棒は過度に相手を傷つけない形状をしている事が多い。かつては木製の物が主流であったが、現在ではカーボン製や金属製、強化プラスチック製、硬質ゴム製の物も使用されている。単純な棒状でなくトンファー型の物や伸縮式の特殊警棒も存在する。
日本における警棒の扱い
その機能・用法上[1]、警察官や警備員[2]が警棒を携帯していることが多い。基本的には殺傷力の低い護身用具として使われるが、扱いようによっては相手を死傷させかねない、れっきとした武器ともなる。日本では、警棒の購入や所有には法的規制は無いが、みだりに携帯すると違法(軽犯罪法違反など)とされる場合があり、充分な注意が必要である[3]。なお、警察官や警備員の警棒操典では、使用に際しては過剰防衛にならないよう"首から下の部分"を、"殴る"のではなく"叩く・打つ"など、相手に与える打撃は制圧の為の必要最低限とする事が指導されている[4]。
日本においては、警察官や警備員が用いる警棒の基準として、かつて「長さ60センチメートル以下、直径3センチメートル以下、重さ320グラム以下の円棒とする」と警察庁の規格が定められ用いられていたが、治安情勢の変化に伴い、警察官の用いる物については2006年11月より、後述のように規格が変更された。これに合わせて、警備員が用いる物についても、通達[5]により規格が変更されている。
なお、機動隊などが装備する長い棒は警杖(けいじょう)と呼ばれ、警棒と区別される[6]。また、警杖は武器・護身用具・捕具として以外にも、犯罪捜査の際に遺留品を探すために藪を掻き分けたり、応急処置の担架の芯としても利用されるなど、広い用途で使われている[7]。全長は90cm・120cm・180cmの3種類が存在する。
最近では警備員の携帯できる護身用具の基準が従来より緩和され、一定の条件のもとで民間警備会社の警備員も警戒杖(けいかいじょう)という名称で警杖を携帯できるようになった[8]。
警察官の用いる警棒については、2006年11月から規格が変更され、従来のものより12センチ長い65センチになり、強度も改良された。パトロールなどの際、相手が警察官に抵抗するケースが近年増加し、凶器を持つ相手に向かい合う場面も多く、一線の警察官から「短くて相手と間合いが取りにくい」などと警棒の改良を求める声が出ていた(棒状鈍器やナイフ位ならばともかく、日本刀や包丁を振り回されたら警棒を使うより拳銃で威嚇する方が効果的)。
新しい警棒は従来と同じアルミ合金製の伸縮式で鍔付き。グリップの材質を改良するなどし、振った時に滑り落ちにくくした。全体的に太くなって強度が増したという。また、持ち手側に、窓を割って突入する際に用いる、王冠状のグリップエンド「ガラスクラッシャー」を取り付けているものもある。
警備員が用いる警棒についても、他の護身用具と共に見直しがなされた結果、前述の通達により「長さ30センチメートル超90センチメートル以下、その長さに応じて定められた重さ(10センチごとに最大重量が定められている。最大で460グラム)以下の円棒で、鋭利な部分がない物」に規格が変更された。
交番や警察署をあらわす地図記号として用いられる×印は、警棒を交差させた形を図案化させたものである。
練習用の警棒
警察や警備会社で警棒の実践的な練習を安全に行うことができるように「ソフト警棒」と呼ばれる物が製造販売されている。これは棒にクッション材を巻き、布カバーを被せた物である。なお、完全に同一ではないが、類似の物がスポーツチャンバラの試合や練習で用いられている。
警察官が使う場合
警察官が警棒・警杖を使用する場合は「警察官職務執行法」ならびに「警察官等警棒等使用及び取扱い規範」により定められた規定に則って過剰防衛にならない範囲で使用する。
日本の警察官は拳銃を使用することが規定上、非常に困難である為、犯罪取締りや犯罪捜査の現場では警棒や警杖を持って対処することが非常に多く、拳銃で対応することというのは極めて少ない。一般に拳銃を携行しない場合でも警棒と手錠は着装していることが多い。
警備員が使う場合
現在の日本の警備員は、法律上いかなる権限も有しておらず一般私人と変わらないため、警戒棒・警戒杖の使用は正当防衛または緊急避難が成立する場合に限られる。また、その携帯については、警備業法第17条の規定に基づき、都道府県公安委員会規則で制限や禁止がなされている。
これをわかりやすく言えば、機械警備・施設警備・現金輸送・身辺警護などに従事する場合には、その業務上使用する機会に遭遇する可能性が高いことから携帯が許されるのに対し、交通誘導や雑踏警備に従事する場合には、ごくわずかの例外を除いて使用する機会はなく、その必要性も極めて低いことから携帯してはならないということである。
海外における警棒の扱い
アメリカの場合は、警棒の携帯に許可証が要る州がいくつか存在する。カリフォルニア州では、警察官以外の警棒所持携帯は『警棒所持許可証を持った職務中の警備員』のみに許される(警棒携帯許可を所持していても勤務外の携帯は違法であり、勤務中であっても警棒携帯許可が無ければ違法)。
販売者も罰せられる為、通販業者などもカリフォルニア州など警棒所持を禁止している州へは販売しない。以前の許可証は、伸縮警棒・トンファー型・ストレート型で別々の許可証であったが、現在は一つの許可証でどのタイプの警棒を携帯しても構わない。
ただし、マグライトなどに代表される金属製懐中電灯や野球バット・ゴルフクラブ・タイヤレンチなどの所持・携帯にはなんら規制が無い(鉄パイプや角材などと同様に、正当な理由無く『殺傷能力のある武器』の携帯禁止に含められ、警棒のように『無許可で警棒の携帯』として加罪される事は無い)。
警棒を使用した場合は、携帯許可の有無に関わらず『殺傷能力のある武器』として、使用の正当性の審議が行われる。無許可で所持・携帯していた場合は、その使用に正当性が認められても無許可携帯に対して罪を問われる可能性がある。逆に、合法に所持・携帯していても使用に不法性(過剰防衛など)を問われる事もある。
ネバダ州など、バットやゴルフクラブなどを正当な理由無く持ち歩いたり車載する事を刑法で禁止している州もあるが、単独での違法性を立証するのはかなり難しく、傷害や強盗などの際に付加罪状として加算される程度である。
脚注
- ↑ 刃物や拳銃などと比較して相手に致命傷を負わせる危険が少ないなど
- ↑ ちなみに現在の日本の警備業の業界用語では「警棒」のことを「警戒棒」(けいかいぼう)と呼称している
- ↑ 法令上・法解釈上・判例における「所持と携帯の違い」に要注意
- ↑ しかし実際には相手が暴れるなどした場合、的を絞り込めないため、取り押さえに際して首から上への打撃がなされた例は多い
- ↑ 警備員等の護身用具の携帯の禁止及び制限に関する都道府県公安委員会規則の基準について(依命通達)(平成21年3月26日付け警察庁乙生発第3号)
- ↑ 「警杖」は「杖」の漢字が常用漢字表外字であるため、公式には「警じょう」と表記される。これは「拳銃」のことを「けん銃」若しくは「短銃」と表記するのと同じことである
- ↑ 『警戒杖術』1ページより
- ↑ 従来の警戒杖の規格は「長さ90センチメートル超130センチメートル以下の円棒(白樫若しくはこれより硬度の低い木材若しくは強化プラスチックを主たる材質とする直径2.8センチメートル以下のもの又はアルミ合金を主たる材質とする先筒部分の直径2.8センチメートル以下及び厚さ0.2センチメートル以下の2段式若しくは3段式のもの)」であったが、警戒棒の規格変更に応じて警戒杖の規格も変更された。詳細は「警備員等の護身用具の携帯の禁止及び制限に関する都道府県公安委員会規則の基準について(依命通達)」(平成21年3月26日付け警察庁乙生発第3号)を参照のこと
参考資料
- 『改訂 術科必携』(警察大学校術科教養部編・警察時報社 平成12年10月18日発行)
- 『入国警備官逮捕術教本』(法務総合研究所・平成12年4月発行)
- 『警備員教育教本 基本教育編』(社団法人全国警備業協会・平成11年11月27日 改訂2版2刷発行)
- 『警備員指導教育責任者講習教本 (1)』(社団法人全国警備業協会・平成15年6月10日 五訂初版発行)
- 『警備員指導教育責任者講習教本 (2)』(社団法人全国警備業協会・平成15年6月10日 五訂初版発行)
- 『警戒杖術』(社団法人全国警備業協会・平成15年8月25日 初版発行)
- 『警備員必携』(社団法人全国警備業協会、2005年)
- 『警備員指導教育責任者講習教本Ⅰ 基本編』(社団法人全国警備業協会、2005年)
- 『施設警備業務の手引き 上級』(社団法人全国警備業協会、2005年)
- 『施設警備業務の手引き 初級』(社団法人全国警備業協会、2005年)
- カヅキ・オオツカ『海外旅行者のための護身術』(データハウス、2003年)
- 『警備業法の解説』(11訂3版、社団法人全国警備業協会、2009年)