西アフリカ諸国経済共同体
西アフリカ諸国経済共同体(にしアフリカしょこくけいざいきょうどうたい、英: Economic Community of West African States、仏: Communauté économique des États de l'Afrique de l'Ouest)は、1975年のラゴス条約に基づき設立された経済共同体。略称は英語でECOWAS、仏語ではCEDEAO。
目的
関税障壁の撤廃や貿易振興などを通じた経済協力、独立の保障などを通じて、加盟国の経済・生活水準向上や政治的安定を図ることを目的とする。また域内の治安維持、紛争防止などの抑止力及び実際に使用される実力として、一定の統合軍事力を保有。加盟国間の経済統合や政治的協調をさらに推し進めるため、1993年に修正西アフリカ諸国経済共同体条約が調印された。
加盟国
15ヶ国(アルファベット順)。テンプレート:NGR、 ガーナ、 セネガル、 コートジボワールの4ヶ国が指導的地位にあるが、近年の内戦でコートジボワールがこの地位から脱落したともいわれる。
2000年12月にモーリタニアが脱退した。また2008年にはギニアが、2009年にはニジェールがクーデターを理由に資格を停止されている。2010年にはコートジボワールが大統領選挙の結果を認めないとして資格を停止された[1]。
- ベナン
- ブルキナファソ
- テンプレート:CPV
- テンプレート:GAM
- ガーナ
- ギニア (資格停止中)
- ギニアビサウ
- コートジボワール (資格停止中)
- テンプレート:LBR
- マリ
- ニジェール (資格停止中)
- テンプレート:NGR
- セネガル
- シエラレオネ
- トーゴ
機構
- 首脳会議:西アフリカ諸国経済共同体の最高意思決定機関。少なくとも年1回開催され、議長国は互選。
- 委員会:西アフリカ諸国経済共同体の事務局。
- 閣僚会議:年2回開催。西アフリカ諸国経済共同体の実務的運営を担当。
- 西アフリカ諸国経済共同体監視団 (平和維持軍、ECOMOG) :域内安定のために各国が編成する統合軍事力。紛争を抱える加盟国に派遣され、紛争予防や平和維持を図る。
本部
本部はナイジェリアの首都であるアブジャで三つの建物に分かれていたが、2018年3月に中国の援助で一つに統合した新本部を建設することが決まった[2]。
活動
1993年西アフリカ経済条約調印される。 2002年10月、コートジボワール内戦の調停に入り、反乱軍のコートジボワール愛国運動 (MPCI) との間に休戦協定が成立した。 2003年以来、リベリアやコートジボワールの紛争に西アフリカ諸国経済共同体監視団 (ECOMOG) を派遣するなど、経済統合より域内での紛争解決の役割が目立っている。
2012年のマリにおける軍事クーデターでは、制裁を課した。
2016年12月のガンビア大統領選挙でアダマ・バロウが選出されたが前大統領ヤヒヤ・ジャメが交代を拒否したため、2017年1月に3ヵ国の連合軍がガンビアに進駐し退陣させた。
歴代議長
代 | 名前 | 出身国 | 就任日 | 退任日 |
---|---|---|---|---|
1 | ニャシンベ・エヤデマ | トーゴ | 1977年 | 1978年 |
2 | オルシェグン・オバサンジョ | テンプレート:NGR | 1978年 | 1979年 |
3 | レオポール・セダール・サンゴール | セネガル | 1979年 | 1980年 |
4 | ニャシンベ・エヤデマ | トーゴ | 1980年 | 1981年 |
5 | シアカ・スティーブンス | シエラレオネ | 1981年 | 1982年 |
6 | マチュー・ケレク | ベナン | 1982年 | 1983年 |
7 | セク・トゥーレ | ギニア | 1983年 | 1984年 |
8 | ランサナ・コンテ | ギニア | 1984年 | 1985年 |
9 | ムハンマド・ブハリ | テンプレート:NGR | 1985年 | 1985年8月27日 |
10 | イブラヒム・ババンギダ | テンプレート:NGR | 1985年8月27日 | 1989年 |
11 | ダウダ・ジャワラ | テンプレート:GAM | 1989年 | 1990年 |
12 | ブレーズ・コンパオレ | ブルキナファソ | 1990年 | 1991年 |
13 | ダウダ・ジャワラ | テンプレート:GAM | 1991年 | 1992年 |
14 | アブドゥ・ディウフ | セネガル | 1992年 | 1993年 |
15 | ニセフォール・ソグロ | ベナン | 1993年 | 1994年 |
16 | ジェリー・ローリングス | ガーナ | 1994年 | 1996年7月27日 |
17 | サニ・アバチャ | テンプレート:NGR | 1996年7月27日 | 1998年6月8日 |
18 | アブドゥルサラミ・アブバカール | テンプレート:NGR | 1998年6月9日 | 1999年 |
19 | ニャシンベ・エヤデマ | トーゴ | 1999年 | 1999年 |
20 | アルファ・ウマル・コナレ | マリ | 1999年 | 2001年12月21日 |
21 | アブドゥライ・ワッド | セネガル | 1989年12月21日 | 2003年1月31日 |
22 | ジョン・アジェクム・クフォー | ガーナ | 2003年1月31日 | 2005年1月19日 |
23 | タンジャ・ママドゥ | テンプレート:NGR | 2005年1月19日 | 2007年1月19日 |
24 | ブレーズ・コンパオレ | ブルキナファソ | 2007年1月19日 | 2008年12月19日 |
25 | ウマル・ヤラドゥア | テンプレート:NGR | 2008年12月19日 | 2010年2月18日 |
26 | グッドラック・ジョナサン | テンプレート:NGR | 2010年2月18日 | 2012年2月17日 |
27 | アラサン・ワタラ | コートジボワール | 2012年2月17日 | 2014年3月28日 |
28 | ジョン・ドラマニ・マハマ | ガーナ | 2014年3月28日 | 2015年5月19日 |
29 | マッキー・サル | セネガル | 2015年5月19日 | 2016年6月4日 |
30 | エレン・ジョンソン・サーリーフ | テンプレート:LBR | 2016年6月4日 | 2017年6月4日 |
31 | フォール・ニャシンベ | トーゴ | 2017年6月4日 | (現職) |
出典
- ↑ “Cote d'Ivoire expelled from Ecowas” (英語). Al Jazeera. (2010年12月7日) . 2010閲覧.
- ↑ “Free gift? China extends influence in Africa with $32M grant for regional HQ”. CNN. (2018年3月30日) . 2018閲覧.
外部リンク