華厳経
『華厳経』(けごんぎょう、梵: Avataṃsaka Sūtra, アヴァタンサカ・スートラ)、正式名称『大方広仏華厳経』(だいほうこうぶつけごんきょう、梵: Buddhāvataṃsaka-nāma-mahāvaipulya-sūtra[1], ブッダーヴァタンサカ・ナーマ・マハーヴァイプリヤ・スートラ)は、大乗仏教経典の1つ。
経名は「大方広仏の、華で飾られた(アヴァタンサカ)教え」の意。「大方広仏」、つまり時間も空間も超越した絶対的な存在としての仏という存在について説いた経典である。
元来は『雑華経』(ぞうけきょう、梵: Gaṇḍavyūha Sūtra, ガンダヴィユーハ・スートラ[2])、すなわち「様々な華で飾られた・荘厳された(ガンダヴィユーハ)教え」とも呼ばれていた[3]。
沿革
華厳経は、インドで伝えられてきた様々な経典が、4世紀頃に中央アジア(西域)でまとめられたものであると推定されている[4]。 華厳経全体のサンスクリット語原典は未発見であるが、「十地品」「入法界品」などは独立したサンスクリット経典があり現代語訳されている。
漢訳完本として、
- 東晋の東晉天竺三藏佛馱跋陀羅 訳(418 - 420年)(『大方廣佛華嚴經』60巻(六十華厳)、旧訳または晋経、大正蔵278)
- 唐の于闐國三藏實叉難陀 訳(695 - 699年)(『大方廣佛華嚴經』80巻(八十華厳)、新訳または唐経、大正蔵279)
がある。
部分訳としては、
- 支婁迦讖訳 『仏説兜沙経』(大正蔵280) - 「如来名号品」「光明覚品」
- 支謙訳 『仏説菩薩本業経』(大正蔵281) - 「十住品」
- 聶道真訳 『諸菩薩求仏本業経』(大正蔵282) - 「十住品」
- 竺法護訳 『菩薩十住行道品』(大正蔵283) - 「十住品」
- 祇多蜜訳 『仏説菩薩十住経』(大正蔵284) - 「十住品」
- 竺法護訳 『漸備一切智徳経』(大正蔵285) - 「十地品」
- 鳩摩羅什訳 『十住経』(大正蔵286) - 「十地品」
- 尸羅達摩訳 『仏説十地経』(大正蔵287) - 「十地品」
- 竺法護訳 『等目菩薩所問三昧経』(大正蔵288) - 「十定品」
- 玄奘訳 『顕無辺仏土功徳経』(大正蔵289) - 「寿明品」(六十華厳)・「如来寿量品」(八十華厳)
- 法顕訳 『仏説較量一切仏刹功徳経』(大正蔵290) - 「寿明品」(六十華厳)・「如来寿量品」(八十華厳)
- 竺法護訳 『仏説如来興顕経』(大正蔵291) - 「性起品」
- 竺法護訳 『度世品経』(大正蔵292) - 「離世間品」
- 般若三蔵訳 『大方広仏華厳経入不思議解脱境界普賢行願品』(「四十華厳」、大正蔵293) - 「入法界品」
- 聖堅訳 『仏説羅摩伽経』(大正蔵294) - 「入法界品」
- 地婆訶羅訳 『大方広仏華厳経入法界品』(大正蔵295) - 「入法界品」
- 仏陀跋陀羅訳 『文殊師利発願経』(大正蔵296) - 「入法界品(末尾)」
- 不空訳 『普賢菩薩行願讃』(大正蔵297) - 「入法界品(末尾)」
等がある。
また、チベット語訳完本も存在し、チベット大蔵経の「カンギュル」(律・経蔵)の主要な一角を占めている。
中国では華厳経に依拠して地論宗・華厳宗が生まれ、特に華厳宗は雄大な重重無尽の縁起を中心とする独特の思想体系を築き、日本仏教史にも大きな展開を起こした。
上代日本へは、大陸より審祥が華厳宗を伝来し、東大寺で「探玄記」による「六十華厳」の講義を3年間に及び行なった。東大寺は今日まで華厳宗大本山である。
ネパールでは『十地経』と『入法界品』(Gaṇḍavyūha)がそれぞれ独立の経典として九法宝典(Navagrantha)に数えられている[5]。
構成
六十華厳経 | 八十華厳経 |
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内容
智顗の見解では、この経典は釈迦の悟りの内容を示しているといい、「ヴァイローチャナ・ブッダ」という仏が本尊として示されている。「ヴァイローチャナ・ブッダ」を、「太陽の輝きの仏」と訳し、「毘盧舎那仏」と音写される。毘盧舎那仏は、真言宗の本尊たる大日如来と同一の仏である。
華厳経にも、如来蔵思想につながる発想が展開されている[6]。
陽光である毘盧舎那仏の智彗の光は、すべての衆生を照らして衆生は光に満ち、同時に毘盧舎那仏の宇宙は衆生で満たされている。これを「一即一切・一切即一」とあらわし、「あらゆるものは無縁の関係性(縁)によって成り立っている」ことで、これを法界縁起と呼ぶ。
「六十華厳」の中で特に重要なのは、最も古層に属する「十地品」[7]と「入法界品」の章とされている。
- 「十地品」には、菩薩が踏み行なうべき十段階の修行が示されていて、そのうち六番目までは自利の修行が説かれ、七番目から十番目までが利他行が説かれている。
- 「入法界品」には、善財童子(ぜんざいどうじ)という少年が、人生を知り尽くした53人の人々を訪ねて、悟りへの道を追究する物語[8]が述べられている。
隋の智顗は五時八教の教相判釈で、華厳経を釈迦が成道後まもなく悟りの内容を分かり易くせずにそのまま説いた経典で粗削りの教えであるとした。 唐の法蔵は『華厳五教章』において、五教十宗判の教相判釈を行い、華厳の教えを最高としている。
邦訳
全訳
- 『華嚴經の國譯に就いて・大方廣佛華嚴經解題・國譯大方廣佛華嚴經・漢訳原文』 衞藤即應訳 <國譯大蔵經 經部 5-7 国民文庫刊行会> 1917-1919年
- 第一書房(復刻版)、1974年 5)ISBN 978-4-8042-0246-4 6)ISBN 978-4-8042-0247-1 7)ISBN 978-4-8042-0248-8
- 底本は明徑山蔵、原文は弘教藏より収録。
- 『口語全訳 華厳経』(全2巻)、江部鴨村訳 篠原書店 1928年/国書刊行会(復刻版) 1996年、ISBN 978-4336038968
- 『國訳一切経 華厳部』 大東出版社(第1-4巻) 1929-1931年。改訂版1971年 1)ISBN 978-4500000289 2)ISBN 978-4500000296 3)ISBN 978-4500000302 4)ISBN 978-4500000319
- 『昭和新纂国訳大蔵経 経典部 第9・10・11巻 華厳経』 名著普及会(新装版)、1990年。大法輪閣(オンデマンド版)、2009年
- 『新国訳大蔵経インド撰述部 華厳部4 十住経・兜沙経・菩薩本業経・文殊師利発願経 他』 木村清孝校注、大蔵出版、2007年‐。(全5巻予定)
抜粋訳・編訳
- 梶山雄一監修 『さとりへの遍歴 華厳経入法界品』 丹治昭義、桂紹隆、津田真一、田村智淳訳注、中央公論社(上下)、1994年
- 荒牧典俊訳注 『十地経 大乗仏典8』 中央公論社、のち中公文庫(新版)、2003年
- 高崎直道訳注 『如来蔵系経典「華厳経如来性起品」 大乗仏典12』 中央公論社、のち中公文庫(新版)、2004年
- 木村清孝訳著 『華厳経 浄行品 夜摩天宮菩薩説偈品 十地品(抄) 入法界品(抄)』 筑摩書房〈仏教経典選5〉、1986年
- 原田霊道 『現代意訳 華厳経』 書肆心水、2010年、新装版2016年
- 鎌田茂雄 『和訳 華厳経』 東京美術、1995年
- 大角修 『善財童子の旅 現代語訳 華厳経「入法界品」』 春秋社、2014年
ドイツ語訳
全訳
- 土井虎賀寿訳 DAS KEGON SUTRA 東大寺の委嘱により漢訳からの重訳(全4巻)独訳華厳経刊行会1983年 c/o土井 佐保
関連文献
- 鎌田茂雄訳著 『華厳五教章』 <佛典講座28>大蔵出版、1979年、新装版2003年
- 木村清孝訳注 『華厳五教章』 <大乗仏典 中国・日本篇7>中央公論社、1989年。他に小林円照訳注『原人論』を収録、現代語訳
- 木村清孝・吉田叡禮校註 『新国訳大蔵経 中国撰述部 華厳五教章 金師子章 法界玄鏡』 大蔵出版、2011年
- 土井虎賀寿、Die Einfuehrung in das Kegon Sutra 上記の独訳華厳経第4巻に収蔵
脚注・出典
- ↑ 「華厳経」 - 世界大百科事典 第2版、平凡社
- ↑ 『ガンダヴィユーハ・スートラ』(Gaṇḍavyūha Sūtra)は、「入法界品」のサンスクリット原題でもある。
- ↑ 『華厳の思想』 鎌田茂雄 講談社学術文庫 p44
- ↑ 華厳経 - ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
- ↑ CiNii 論文 - 金光明経の教学史的展開について14頁
- ↑ 「華厳経如来性起品」を参照(『大乗仏典12 如来蔵系経典』に収録。高崎直道訳注、中央公論社のち中公文庫)
- ↑ 十地品の成立年代は、紀元1世紀から2世紀頃とされる。『仏典解題事典 第二版』(春秋社、1977年)や、『大蔵経全解説大事典』(雄山閣出版、1998年)を参照
- ↑ 絵巻の関連出版は『華厳五十五所絵巻』がある。『続日本の絵巻.7』(小松茂美編、中央公論社、1990年)や、『新修日本絵巻物全集.25』(田中一松編、角川書店、1979年)を参照。