自然災害
自然災害(しぜんさいがい、英: natural disaster)とは、危機的な自然現象(natural hazard, 例えば気象、火山噴火、地震、地すべり)によって、人命や人間の社会的活動に被害が生じる現象をいう。
日本の法令上では「自然災害」は「暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火その他の異常な自然現象により生ずる被害」と定義されている(被災者生活再建支援法2条1号)。
単なる自然現象が、人的被害を伴う「自然災害」に発展したり、災害が拡大したりするには、現地の社会条件が大きな影響を及ぼす[1]。
ディザスターとハザード
自然災害がなぜ起こるかについては、次の公式に帰結している。
- Disasters occur when hazards meet vulnerability.[2]
- 「災害は、危機が脆弱性と出会うことで起こる」
社会のもつ脆弱性(災害に対する弱さ)は、防災計画がなかったり適切な危機管理がなされなかったりすることでさらに大きくなり、人的被害、経済的被害、環境に対する被害を大きくする。最終的な被害の大きさは、被害者を支援し災害拡大を抑えるための人員の数や、災害からの回復力の大きさに依存する[3]。
「disaster」(「災害」)と 「hazard」(「危機」、「現象」)は意味が異なる。ユネスコの地球科学プログラム[1]では、「ナチュラル・ハザード」(Natural Hazard、自然現象)と「ナチュラル・ディザスター」(Natural Disaster, 自然災害)を次のように定義している[4]。
- 「ナチュラル・ハザード」とは、大気・地質学・水文学的原因で、太陽系規模・地球規模・地域規模・国家規模あるいは地方規模の範囲を、急速または緩慢に襲う事象により引き起こされる、自然に発生する物理的現象である。地震、火山噴火、地すべり、津波、洪水、干ばつが含まれる。
- る「ナチュラル・ディザスター」(自然災害)とは、ナチュラル・ハザードの結果または影響である。社会の持続可能性の崩壊と、経済的・社会的発展の混乱を意味する。
もし天変地異などの「自然現象」(ナチュラル・ハザード)が起こったとしても、その場所に脆弱性がなければ(例えば異変の起こった一帯にだれも住んでいない場合)、「自然災害」(ナチュラル・ディザスター)が起こることはない。その環境に人間活動も社会もなければ、自然現象は単なる現象であり、誰も被害を受ける可能性はないため「危機」にも「災害」にもならない。このため、「自然災害」の「自然」(natural)という部分に対する異議も一部にある[5]。
自然災害は、人為的な原因による災害(「人災」)に対して、天災とも呼ばれる。しかし実際に「天災」と呼ばれているものは、社会の脆弱性など人為的な原因により人的被害が拡大されている側面が大きいため、「天災」という呼び方は適切なものではない。地震は自然現象だが、脆い建物が崩れたり救援の手が届かなかったりすることによって地震災害は拡大する。自然現象である干ばつは、社会の不平等や政府の失策により、都市や軍隊には食物が確保される一方で農村の貧しい人々に食物が行き届かなくなることで、飢饉という災害へと拡大する。干ばつのため食糧不足にさらされる人たちに食物や雇用を供給する政策が、民主主義のインセンティブによって実行に移されきちんと機能する場合、飢饉という災害は発生しないが、貧しい人々の声を聴く必要のない権威主義的体制や無政府状態では、干ばつは容易に飢饉へと拡大する[6]。
自然現象
「ナチュラル・ハザード」(自然現象による危機)は、人間社会や環境に対して否定的な影響をもつ現象が起こる脅威を指す。ナチュラル・ハザードの多くは連続的に起こる。たとえば地震は津波を起こし、干ばつは飢餓や疾病を起こす。
1995年1月17日に起こった「兵庫県南部地震」は「ナチュラル・ハザード」(自然現象)であるが、その結果引き起こされ、数年にわたり大規模な人的被害や経済的被害などが続いた「阪神・淡路大震災」は「ナチュラル・ディザスター」(自然災害)である。
また「ナチュラル・ハザード」という言葉は将来起きる可能性のある脅威(たとえば発生が予想される地震や、大雨が降った場合の洪水)を指す場合に使われるが、「ナチュラル・ディザスター」(自然災害)は過去に起こった、あるいはいま起こっている社会的出来事に関連付けて使われる。
自然災害の例
- 地質
- 火山の噴火
- 地震
- 土砂災害
- 地盤沈下 - 地下水位低下による沈降、浸水
- 陥没・落盤 - 鉱山の落盤は人為的要因の占める割合が高く事故とされる場合も多い。
- 侵食 - 土壌や地盤の侵食、建造物の侵食
- 湖水爆発 - 深い湖の底から二酸化炭素が大量に噴出することで起こる湖水の津波、周囲の地すべり、広範囲にわたる窒息
- 気象
- 風水害-風害-水害-塩害
- 雪害 - 吹雪(ブリザード)・地吹雪による視程障害や積雪による交通の支障、落雪、重みによる建造物や物品の損壊、雪崩など
- 着氷害 - 船や航空機への着氷による航行障害
- 凍結害・霜害 - 農産物や植物への影響
- 雹 - 大きな雹の落下による建物の破損、農産物への被害
- 雷 - 落雷による構造物の破損、火災、電撃・誘導雷による電気的被害
- 高温(熱波、猛暑、暖冬)、低温(厳冬、冷夏) - 異常な高温・低温による動植物・人間への影響、農・海産物への被害
- 少雨(干ばつ)、空梅雨 - 水不足による生活・産業への被害、生態系への影響
- 生物
- 天文現象
- 隕石の落下・衝突
- 太陽フレア - 強力な太陽フレア(コロナ質量放出(CME)・太陽嵐)により放出される電磁波・粒子線、太陽エネルギー粒子線による、宇宙滞在者への影響、デリンジャー現象(通信障害)、磁気嵐
災害時の事象
多くの災害時に発生する事象として、インフラストラクチャー・ライフラインの寸断・故障が挙げられる。物理的に破壊されることにより寸断されるほか、制御系統の不具合や停電による停止などが起こる。また、災害時には供給の確保や重要用途優先を理由として、意図的に制限が行われることがある。
- 電力供給の停止(停電)や制限
- 都市ガス供給の停止や制限
- 上水道、農業用水路、工業用水道などの用水の停止(断水)
- 下水道などの排水の停止や制限
- 電話や通信網の停止や制限 - 災害時には安否確認や災害対処により通信量が急激に増加する。大規模災害時には通信事業者により災害用伝言板が設置される場合がある。
- 放送の停止や制限 - 災害時には被災者に対する情報提供のため必要性が増す。大規模災害時にはFMラジオによる臨時災害放送局が開設される場合がある。
- 公共交通機関(鉄道・軌道、航空機、バス、タクシー、船舶)の停止や制限
- 道路の寸断や制限による運輸や郵便、私的交通の停止や制限 - 災害時には緊急車両優先や混雑防止などのため交通規制が行われる場合がある。
- 交通の支障や燃料不足、原材料・製品供給の途絶などによる物流の停止や制限
- 食料品・飲料・日用品の不足 - 実需要の増加、災害心理や流言による買いだめ、物流の支障などにより品薄・品切れとなる場合がある。
- 病院や薬局などの医療機関の停止や制限 - 災害時には救急医療の割合が急激に増加し災害医療体制となり、重要性が高まる。
- 直接被災やサプライチェーン寸断による企業活動の停止や制限 - 被災により損失を受ける企業がある一方、復旧需要により利益を受ける企業もある。
- その他の商品・サービス、公共サービスへの影響
- 住居被災や避難による居住への影響 - 住居被災者に対しては補助金、公営住宅や仮設住宅の提供が国・自治体から行われる。
自然災害による被害
ドイツのミュンヘン再保険社の年次報告によれば、2010年の自然災害による死者は約29万5千人(うちハイチ大地震による死者は22万人)、経済的損失額は1,300億ドルとの推計を行なっている。これは1980年以降5-6番目に悪い数字であるという[7]。
自然災害と国際法
自然災害時の支援に関して、ジュネーブ条約による国際赤十字・赤新月合運動があり、さらに障害者権利条約第11条は、「締結国は国際人道法や国際人権法も含めた国際法の義務に従い、武力紛争や人道的緊急事態並びに自然災害発生の際も含めた災害時の障害者の救出と保護のためにあらゆる必要な措置を講じる」ことを定めている。さらに国際連合総会決議によって国際連合人道問題調整事務所(OCHA)が設置された。
関連項目
- 災害 - 有事 - 防災 - ディザスタリカバリ
- 再保険 - カタストロフィ・ボンド (自然災害リスクに対する再保険)
- ハザードマップ (予測される自然災害の被害範囲を示した地図)
- 日本自然災害学会
- 自然災害研究協議会
脚注
- ↑ 社会格差と自然災害による人的被害 -インド洋大津波によるタイにおける被害を中心に- ,中須 正, 防災科学技術研究所研究報告 第69号 2006年8月
- ↑ B. Wisner, P. Blaikie, T. Cannon, and I. Davis (2004). At Risk - Natural hazards, people's vulnerability and disasters. Wiltshire: Routledge. ISBN ISBN 0-415-25216-4.
- ↑ G. Bankoff, G. Frerks, D. Hilhorst (eds.) (2003). Mapping Vulnerability: Disasters, Development and People. ISBN ISBN 1-85383-964-7.
- ↑ http://www.unesco.org/science/disaster/about_disaster.shtml より引用
- ↑ D. Alexander (2002). Principles of Emergency planning and Management. Harpended: Terra publishing. ISBN ISBN 1-903544-10-6.
- ↑ アマルティア・セン『貧困の克服』 pp.112-114 集英社、2002年
- ↑ 2010年の大災害死者、世界で29万人超(共同通信2011年1月4日)
外部リンク
- 自然災害を担当する機関
- Global Risk Identification Program (GRIP) - 2005年国連防災世界会議で採択された兵庫行動枠組(HFA)に基づき、災害による損失の低減を目的に設立された国際機関(英語)
- Global Facility for Disaster Reduction and Recovery (GFDRR) - HFAに基づき、開発途上国の自然災害対策を支援するために設立された国際機関(英語)
- 世界銀行ハザード・リスク・マネジメント - 世界銀行による災害リスクマネジメント(英語)
- Crisis Prevention & Recovery 国連開発計画(UNDP)の防災・復興活動に関するページ(英語)
- Pioneering Disaster Risk Index (DRI) Tool 国連環境計画(UNEP)のDisaster Risk Index(DRI)に関するページ(英語)
- Asian Disaster Reduction Center(ADRC) - アジア防災センター。アジアの災害情報など。
- 内閣府防災情報のページ - 日本国政府の防災広報ページ
- 京都大学防災研究所 - 世界最大規模の自然災害に関する研究所
- 自然災害の解説・記録・速報
- Natural Hazard Information from the Coastal Ocean Institute - ウッズホール海洋研究所による海洋に関係する災害の解説(英語)
- ProjectArcix: Global Disaster Information Portal - 自然災害についての解説サイト(英語)
- 自然災害情報室 - 防災科学技術研究所の災害・防災に関する解説ページ
- EM-DAT International Disaster Database - 世界各国の災害に関するデータベース(英語)
- ReliefWeb - 国連による、自然災害を含めた人道関連の情報サイト(英語)
- OCHA神戸 - 上記サイトの日本語訳を提供
- Global Disaster Alert and Coordination System (GDACS) - 国連とEUが共同で設立した国際災害警報システム(英語)
- Disaster News Network - アメリカ国内の災害ニュースのポータルサイト(英語)
- 『自然災害と防災の事典』(丸善出版, 2011年)[2]