美馬郡
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人口8,207人、面積194.84km²、人口密度42.1人/km²。(2018年4月1日、推計人口)
以下の1町を含む。
- つるぎ町(つるぎちょう)
Contents
郡域
1879年(明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町のほか、下記の区域にあたる。
歴史
古代
貞観2年(860年)に三野郷・三縄郷・三津郷が分立して三好郡となった。
式内社
テンプレート:阿波国美馬郡の式内社一覧神名帳 | 比定社 | 集成 | |||||
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社名 | 読み | 格 | 付記 | 社名 | 所在地 | 備考 | |
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近世以降の沿革
- 太田村、郡里村、重清村、岩倉村、脇町、舞中島村、三谷村、小島村、半田村、貞光村、東端山村、西端山村、一宇村[1]、穴吹村、拝村、祖谷山、拝原村、猪尻村、北庄村、岩倉山村[2]、半平山村、口山村、曽江山村
- 明治4年
- 明治初年(28村)
- 岩倉村の一部が分立して岩倉山村となる。
- 半田村の一部が分立して半田口山村・半田奥山村となる。
- 一宇村が分割して一宇口山村・一宇奥山村となる。
- 口山村が分割して東口山村・西口山村となる。
- 明治9年(1876年)8月21日 - 第2次府県統合により高知県の管轄となる。
- 明治12年(1879年)
- 明治13年(1880年)3月2日 - 徳島県(第2次)の管轄となる。
町村制以降の沿革
- 明治22年(1889年)10月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(1町15村)
- 脇町 ← 脇町、猪尻村、北庄村(現・美馬市)
- 岩倉村 ← 岩倉村、岩倉山村(現・美馬市)
- 郡里村 ← 郡里村、郡里山村(現・美馬市)
- 重清村(単独村制。現・美馬市)
- 半田村 ← 半田村、半田口山村[大部分]、半田奥山村[一部](現・つるぎ町)
- 半田奥山村 ← 半田奥山村[大部分]、半田口山村[一部](現・つるぎ町)
- 西祖谷山村(単独村制。現・三好市)
- 東祖谷山村(単独村制。現・三好市)
- 一宇村 ← 一宇口山村、一宇奥山村(現・つるぎ町)
- 端山村 ← 西端山村、東端山村(現・つるぎ町)
- 貞光村 ← 貞光村、太田村(現・つるぎ町)
- 三島村 ← 舞中島村、三谷村、小島村(現・美馬市)
- 穴吹村 ← 穴吹村、拝村(現・美馬市)
- 口山村 ← 東口山村、西口山村、半平山村[一部](現・美馬市)
- 半平山村(半平山村の大部分が単独村制。現・美馬市)
- 江原村 ← 曽江山村、拝原村(現・美馬市)
- 明治24年(1891年)4月1日 - 郡制を施行。
- 明治30年(1897年)11月1日 - 貞光村が町制施行して貞光町となる。(2町14村)
- 明治40年(1907年)7月4日 - 半田奥山村が改称して八千代村となる。
- 大正5年(1916年)11月3日 - 半田村が町制施行して半田町となる。(3町13村)
- 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
- 大正13年(1924年)1月26日 - 穴吹村が町制施行して穴吹町となる。(4町12村)
- 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
- 昭和2年(1927年)6月1日 - 半平山村が改称して古宮村となる。
- 昭和3年(1928年)11月10日 - 江原村が町制施行して江原町となる。(5町11村)
- 昭和9年(1934年)6月1日 - 半田町の一部(中島)が重清村に編入。
- 昭和15年(1940年)12月10日 - 郡里村が町制施行して郡里町となる。(6町10村)
- 昭和25年(1950年)1月1日 - 東祖谷山村・西祖谷山村の所属郡が三好郡に変更。(6町8村)
- 昭和26年(1951年)11月3日 - 岩倉村が町制施行して岩倉町となる。(7町7村)
- 昭和30年(1955年)3月31日 - 穴吹町・口山村・古宮村・三島村が合併し、改めて穴吹町が発足。(7町4村)
- 昭和31年(1956年)3月30日(7町2村)
- 貞光町・端山村が合併し、改めて貞光町が発足。
- 半田町・八千代村が合併し、改めて半田町が発足。
- 昭和32年(1957年)3月31日 - 郡里町・重清村が合併して美馬町が発足。(7町1村)
- 昭和33年(1958年)3月31日 - 脇町・江原町・岩倉町が合併して脇町が発足。(5町1村)
- 昭和48年(1973年)7月1日 - 麻植郡木屋平村の所属郡が本郡に変更。(5町2村)
- 平成17年(2005年)3月1日(1町)
脚注
参考文献
- 角川日本地名大辞典 36 徳島県
- 旧高旧領取調帳データベース (日本語)