筆
筆(ふで)とは、毛(繊維)の束を軸(竹筒などの細い棒)の先端に付けた、字や絵を書くための道具である。化粧にも用いられる。毛筆(もうひつ)ともいう。
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概要
軸(柄)の部分(筆管)を手に持ち、毛の部分(穂)に墨や顔料をつけ、紙などの書く対象にその毛をなすり付けることによって、字を書いたり絵を描いたりすることができる。
穂の長さにより長鋒・中鋒・短鋒に分けられる[1]。また、穂の大きさにより大筆・小筆という分類もある。[2]材料の毛には通常、獣毛が利用される(まれに化学繊維が使われることもあり、記念品用などには人毛も使われることがある)。剛毛(馬・鼬・狸などの毛が用いられる)、柔毛(羊・猫・栗鼠などの毛が利用される)などのほか「特殊筆」として、鶏・孔雀・マングース・鼯鼠の毛を用いたものや、獣毛以外にも藁や竹を使用したものも生産されている。剛毛と柔毛の数種類の毛をまぜて、弾力をもたせて適度に書きやすくしたものを兼毫(けんごう、兼毛とも)と言う[3]。
日本に現存する最古のものは「天平筆(雀頭筆)」であるとされており、正倉院に残されている[4]。
書の筆
通常、大筆(太筆)は穂を全ておろす(ノリを落とす)が(根元に短い毛を意図的に残し、弾力を高めているものに関しては根元を固めたままにすることが多い)、小筆(細筆)は穂先だけをおろすのが良い。ただし、仮名用に於いて、やや大きめの面相筆は根本までおろすことが多い。
小筆の穂先は特に繊細なため、陸(墨を磨る部分)で穂先をまとめるために強くこすりつけることは極力避ける。墨などで固まった穂先を陸にこすりつけて、柔らかくしようとすることは絶対にしてはならない。硯は固形墨を磨(す)るためのヤスリであり、墨液が潤滑の働きをするとは言え、そのヤスリにこすりつけることは穂先を硯で磨ることと同じであり、穂先をひどく傷めてしまうからである。大筆も硯の陸の部分で毛をこすりつけないこと[5]。大作を作る時などは、墨磨り機などで磨った墨をプラスチックや陶器の容器に移し替えて使うことが多い[6]。
仕組み
毛は顕微鏡で見るとウロコ状の表皮に包まれた物体であることがわかる。ウロコ状の部分をcuticle(キューティクル:表皮構成物質)と呼ぶ。人毛の場合、このキューティクルの隙間は0.1μmであり、水などがこの隙間から進入すると毛全体が膨らみ反る。そのため、作られた直後では膨らんだり毛が反り返るなどして性能を活かしきることができない。ススは、元素的にはカーボン(炭素)である。このスス成分がキューティクルの隙間に沈着し、水分の浸透を防止し、膨らんだり反ったりしなくなる。さらに、これによりコシが出て、墨の含みも良くなり、最も良い状態でその性能を活かすことができる。羊毛では、作成直後は透通るような白い色をしているが、使い込むに従って銀色に、さらに長年を経ると黄金色に輝き、使用者自身の書きぶりが毛の癖となって表れ、その人の体の一部の如く使いこなしやすくなる。しかしその状態になるには、墨液よりも、摩った固形墨の方が良いと言える。
製造の途中で不揃いな毛などをすいており、書字中に抜けてくるのは抜き出し損ねた残りであって少量であれば問題ない。切れや抜けが多いと毛が減り、割れを起こしたり、毛先が効かなくなって使えなくなる。
毛とニカワの関係について
前項のように、使うほどに本来の能力が引き出されてくるが、それには墨の選び方や洗い方も大事になってくる。
墨の成分は、主にススと膠(ニカワ:コラーゲン・ゼラチン成分)から作られている。品質の劣悪なものは、ニカワに安価な海外の魚のコラーゲンを使うなどするため、ニカワの成分が毛に対してストレスを与え、キューティクルを傷める。人によってはリンスやコンディショナーなどを塗布してキューティクルを守ろうとすることがあるが、前述の通り、キューティクルの隙間にススを入れることが大事であって、リンスやコンディショナーなどは隙間に入り込んでススの入りを阻害し、コシを与えず逆に寿命を縮めることになる。
洗うことについて
穂先に墨が残らないようによく水洗いする。ただし、作られてすぐ水に長時間浸すことは、毛に水が入り込み膨らんでキューティクルの隙間が大きく開き、毛が切れやすくなる。同じ理由で、穂先を固めるためのノリ成分を、水に長時間さらして落とすのは適当でない。
小筆を洗う場合は、穂先を擦り切らせないよう気をつける。
根元については、よくすすぎ、根元にニカワ分が残らないようにする。ニカワ分が溜まると、膨張するなどして筆管が割れるので注意が必要である。ニカワは、ぬるめの湯に一番溶けやすいので、湯で洗うのが毛に最も良い。
毛の根元の墨を口で吸ったりして吸い出すことがよく行われているが、品質の良い固形墨・墨液では構わないが、品質について信用できない墨汁(前述のように海外の魚や動物の骨や皮から抽出したコラーゲンを使ったり、化学的に合成した接着剤成分などをニカワの代わりに用い、腐らせないように防腐剤が入り、工業製の香料を使っている)などを口に入れることは不衛生であり健康被害・アレルギーなどに注意する。また防腐剤が入っていない墨を磨り、作り置きして使う場合は、大変腐りやすいのでこれも口に入れないこと。
スス成分が溜まることは長持ちに繋がるので、ニカワの成分だけをよく落とすのが大事である。 黒い墨の色が薄く沈着するのは性能が引き出されていることを示していると言って良いので、洗いすぎて傷めないよう注意する必要がある。
産地
京都市、東京都、広島県の熊野町(熊野筆)、呉市(川尻筆)、奈良県(奈良筆)、愛知県の豊橋市(豊橋筆)、宮城県の仙台市(仙台御筆)、などが有名な産地であるが、いずれも職人仕事なので、特定の町内に職人の職住一致の仕事場が点在している。
である。
経済産業大臣指定伝統的工芸品も参照のこと。
筆による技法
胎毛筆
胎毛(赤ちゃんの生まれて始めて切ったものを言い、毛先が切られていないもの)を使用したもので、誕生祝いや百日祝いなどに、赤ちゃんの成長を願って記念品として作り、本人や、祖父母などに贈るものである。中国の伝統だという説がある。
筆にまつわる言葉
慣用句
- 筆がすべる - 書かなくて良い事、書いてはいけない事をつい書いてしまうこと。口が滑るに等しい
- 筆がたつ - 文章を書くことが上手いこと
- 筆にまかせる - 深い推敲などをせず、思うまま、勢いのままに文章を書くこと
- 筆をおく - 文章を書き終えること。また、文筆家が書くことを辞めることもいう。
- 筆下ろし
故事・ことわざ
- 弘法筆を選ばず(こうぼうふでをえらばず)
- 弘法も筆の誤り(こうぼうもふでのあやまり)
- 意到随筆(いとうずいひつ) - 自らの意のままに文章が書けるということ
- 椽大の筆(てんだいのふで) - 「晋書王珣伝」より、すぐれた文章の美称。椽大とは垂木のような大きな立派なという意。
- 燕頷投筆(えんがんとうひつ)
- 口誅筆伐(こうちゅうひつばつ) - 文や言葉で批判や攻撃を行うこと。
脚注
出典・参考文献
- 『筆墨硯紙事典』(天来書院、2009年5月)ISBN 978-4-88715-214-4