竹久夢二
竹久夢二 | |
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生誕 |
1884年9月16日 岡山県邑久郡本庄村 |
死没 |
1934年9月1日 (49歳) 長野県諏訪郡落合村 |
墓地 | 雑司ヶ谷霊園 |
国籍 | 日本 |
竹久 夢二(たけひさ ゆめじ、1884年(明治17年)9月16日 - 1934年(昭和9年)9月1日)は、日本の画家・詩人。本名は竹久 茂次郎(たけひさ もじろう)。
Contents
概要
数多くの美人画を残しており、その抒情的な作品は「夢二式美人」と呼ばれた[1]。大正ロマンを代表する画家で、「大正の浮世絵師」などと呼ばれたこともある。また、児童雑誌や詩文の挿絵も描いた。文筆の分野でも、詩、歌謡、童話など創作しており、なかでも、詩『宵待草』には曲が付けられて大衆歌として受け、全国的な愛唱曲となった。また、多くの書籍の装幀、広告宣伝物、日用雑貨のほか、浴衣などのデザインも手がけており、日本の近代グラフィック・デザインの草分けのひとりともいえる。
彼自身の独特な美意識による「夢二式美人画」と呼ばれる作品の多くは、日本画の技法で描かれ(軸物や屏風仕立てで遺る)、また、洋画(キャンバスに油彩)技法による女性像や風景画ものこされている。好んでさまざまな表現形式を試みたが、むしろ、それらは後世になってから評価されたもので、当時の時点においては、印刷された書籍の表紙や広告美術などが多くの目に触れ、大衆人気というかたちで脚光を浴びたのであった。一時は中央画壇への憧れもあったようだが受け入れられず、終生、野にあって新しい美術のあり方を模索した。
世の動きとしてみた場合、当時の画壇では様々な芸術思潮が交錯し、ある意味で胎動期の不定のさなかである。都市における大衆文化の開花による消費生活の拡大を背景とした、新しい応用美術としてのデザインというものの黎明の時代であり、夢二もこれに着目した。生涯の後期にいたっては、彼の図案家としての才能の実績において、生活と結びついた美術を目指し、あるいは産業と融合すべきとの理念を持ち、むしろ積極的に、商業美術(のちにいわれるグラフィック・デザイン)の概念を描いていたようである。榛名山産業美術研究所の構想や、先進地である欧米視察への願望がこのことを裏付けている。
21世紀に入っても画集、詩文集、童話が様々な装丁で刊行されたり、夢二作品を専門に所蔵する美術館(後述)以外でも展示会が開かれたり[2]している。
また2017年には、従来知られていなかった作品『投扇興』(屏風絵)が発見された[3]。
経歴
(年代の後は満年齢を示す)
- 1884年(明治17年)0歳
- 1899年(明治32年)15歳
- 神戸の叔父宅に寄宿しつつ兵庫県神戸尋常中学校(後の神戸一中、現在の兵庫県立神戸高等学校)に入学するが、12月には家の都合で中退。
- 1900年(明治33年)16歳
- 1901年(明治34年)17歳
- 家出して単身上京。
- 1902年(明治35年)18歳
- 1903年(明治36年)19歳
- 制作年らしき数字「1903」が記された、文章・絵画からなる冊子『揺籃』が2018年に発掘されている[4]。
- 1904年(明治37年)20歳
- 1905年(明治38年)21歳
- 1906年(明治39年)22歳
- 童話雑誌『少年文庫』の挿絵を描く。
- 1907年(明治40年)23歳
- 岸たまきと結婚。読売新聞社に入社し時事スケッチを担当。
- 1908年(明治41年)24歳
- 長男・虹之助誕生。
- 1909年(明治42年)25歳
- たまきと協議離婚。この年、最初の著書『夢二画集-春の巻』発刊、ベストセラーとなる。
- 1910年(明治43年)26歳
- たまきと再び同棲し、その後、二児をもうける。大逆事件関与の容疑で2日間拘留される。夏、房総方面に旅行し、『宵待草』を発想。
- 1911年(明治44年)27歳
- 次男・不二彦誕生、たまきと別居。月刊『夢二 ヱハガキ』発売。
- 1912年(明治45年)28歳
- 雑誌『少女』誌上に、“さみせんぐさ”の筆名で『宵待草』原詩を発表。京都府立図書館にて「第一回夢二作品展覧会」。
- 1913年(大正2年)29歳
- 11月 絵入り小唄集『どんたく』出版、その中の一節に『宵待草』を現在の三行詩で発表。
- 1914年(大正3年)30歳
- 日本橋呉服町に「港屋絵草紙店」を開店、来店した笠井彦乃と出会う。
- 1915年(大正4年)31歳
- 1916年(大正5年)32歳
- 1917年(大正6年)33歳
- 1918年(大正7年)34歳
- 『宵待草』セノオ楽譜から発刊、これを機に全国的なヒットとなる。長崎方面に旅行。彦乃入院、東京に戻る。
- 1919年(大正8年)35歳
- 寄宿先の本郷・菊富士ホテルにてモデルのお葉を紹介される。日本橋三越にて「女と子供に寄する展覧会」。
- 1920年(大正9年)36歳
- 彦乃25歳で病没。『長崎十二景』、『女十題』のシリーズ制作。
- 1921年(大正10年)37歳
- お葉(夢二が名付ける・本名は佐々木カ子ヨ)と渋谷に所帯を持つ(6年後には離別)。福島・会津を旅行、各地で展覧会。
- 1922年(大正11年)38歳
- 春、山形方面へ旅行、滞在。夏、不二彦と富士登山。
- 1923年(大正12年)39歳
- 1924年(大正13年)40歳
- 1925年(大正14年)41歳
- 作家・山田順子と交渉を持ち、お葉は去る。後、順子とも別れる。
- 1926年(大正15年)42歳
- このころから、海外旅行を希求する。
- 1927年(昭和2年)43歳
- 『都新聞』に自伝絵画小説『出帆』を連載。
- 1928年(昭和3年)44歳
- 母・也須能、没(享年72)
- 1929年(昭和4年)45歳
- 1930年(昭和5年)46歳
- 1931年(昭和6年)47歳
- 1932年(昭和7年)48歳
- 前年より米国に1年3ヶ月の滞在、西海岸各地にて個展を開くが、米不況もあり受け入れられず不調。
- 9月にパナマ運河-大西洋を経て渡欧。約1年の滞欧中、ドイツ・チェコ・オーストリア・フランス・スイスの諸都市を巡り、日本の雑誌に寄稿し、多くのスケッチ画を残す。
- 1933年(昭和8年)49歳
- 1934年(昭和9年)満49歳11ヶ月で逝去。
関わった女性達
恋愛遍歴についても数々の評伝があり、自身の日記や手紙などで語られる愛の言葉は、後世の多くの創作の題材ともなっている。とくに、下記3人が「夢二をめぐる3人の女性」として、しばしば取り沙汰される。
たまき
1882年7月28日 - 1945年7月9日、石川県金沢市出身、本名は岸他万喜。
戸籍上唯一妻となった女性である。兄を頼って上京後、結婚歴があり死別した前夫との間に二児があった。自立のために早稲田鶴巻町に開店した絵葉書店「つるや」に、夢二が客として毎日店に通いつめた挙句、2ヵ月後には結婚にいたった。2年後には離婚するが、その翌年に再び同棲、そして、別居を繰り返す。
夢二が彦乃を知った後の大正4年(1915年)、たまきと画学生東郷鉄春(青児)との仲を疑い、富山県の海岸で夢二がたまきの腕を刺すことによって破局を迎え絶縁にいたる。しかし、たまきは結核療養中の夢二を信州まで見舞い、また夢二亡き後も終生彼を慕い続けたという。
彦乃
1896年3月29日 - 1920年1月16日、山梨県南巨摩郡西島村(現・身延町西島)生まれ、本名は笠井ヒコノ。別名に山路しの。
日本橋の紙問屋の娘として裕福に育ち、女子美術学校の学生であった。夢二のファンであり、絵を習いたいと「港屋絵草子店」を訪問し、交際が始まる。 たまきと別れ京都に移り住んだ夢二としばらく同棲するが、大正7年(1918年)九州旅行中の夢二を追う途中、別府温泉で結核を発病。父の手によって東京に連れ戻され、夢二は本郷菊富士ホテルに移るが、面会を遮断される。御茶ノ水順天堂医院に入院した彦乃は、そのまま短い人生を終える。
夢二は彦乃を最も愛していたようであり、その死後しばらくショックから立ち直れなかった。「彦乃日記」をのこす。
お葉
1904年3月11日 - 1980年10月24日、秋田県出身、本名は永井カ子ヨ。
上京後、東京美術学校のモデルとして人気があった。藤島武二、伊藤晴雨らのモデルをつとめた後に、菊富士ホテルに逗留していた夢二のモデルとして通ううちに同棲、渋谷(現在の渋谷ビーム、同地に石碑あり)に所帯をもつ。大正13年(1924年)、夢二が設計した世田谷「少年山荘」に一緒に移り住んだ。一児をもうけるが夭折。翌14年にお葉は自殺を図り、半年後に別離する。後、医師と結婚し主婦として穏やかな生涯を過ごした。
『黒船屋』のモデル
夢二の代表的な絵画作品である『黒船屋』のモデルは、彦乃説、お葉説がある[5][6][7]。ただし、構図はヴァン・ドンゲンの「黒猫を抱ける女」を参考にしたといわれる[8]。同じモチーフによる木版画や本の装幀もある[9]。
作品
絵画
- 夢二画集 春の巻(洛陽堂 1909年)
- 夢二画集 夏の巻(洛陽堂 1910年)
- 小曲絵本「三味線草」(新潮社 1915年)
- 露地の細道(春陽堂 1919年)
- 黒船屋(1919年)
- 長崎十二景(1920年)
- 女十題(1921年) など
木版画
- 秋のしらべ(1924年)
- 花火(1924年)
- 雪の風(1924年)
絵本・挿絵
- 子供の国(洛陽堂 1910年)
- 青い船(実業之日本社 1918年)
- どんたく絵本(金子書店 1923年)
- 童謡集「歌時計」(春陽堂 1919年)
- 童謡集「凧」(研究社 1926年)
- 童話集「くさのみ」(実業之日本社 1915年)
- 童話集「春」(研究社 1926年)
小唄集・詩集
- どんたく (実業之日本社 1913年)「宵待草」が含まれる、中公文庫で再刊
- 夢のふるさと
- 青い小径
- さよなら
夢二作品を所蔵する美術館など
- 金沢湯涌夢二館( 石川県金沢市湯涌温泉)
- 夢二郷土美術館(分館は出身地の岡山県瀬戸内市、本館は岡山市)
- 竹久夢二美術館(東京都文京区)
- 竹久夢二伊香保記念館(群馬県渋川市)
- 朝日町図書館(富山県下新川郡朝日町)
ギャラリー
油彩画
- TakehisaYumeji-1912-First Love.png
初恋(1912年)
- TakehisaYumeji-1915-Woman in Cafe(Unfinished).png
カフェーの女(未完成) (1915年頃)
- TakehisaYumeji-EarlyTaishō-View with Houses.png
家の見える風景(大正初期)
- TakehisaYumeji-1916-Girl in Mountain.png
山の娘(未完成) (1916年)
- TakehisaYumeji-1918-Woman.png
女(1918年)
- TakehisaYumeji-1930-Seishun Fu.png
青春譜 (1930年)
- TakehisaYumeji-1931-Kihachijō.png
黄八丈 (1931年)
- TakehisaYumeji-1932-A Girl on a Hill.png
丘の上の少女 (1932年、カリフォルニアで制作)
- TakehisaYumeji-1932-A Woman with a Fan.png
扇をもつ女 (1932年、ウィーンで制作)
日本画
- Kurofuneya.JPG
黒船屋
- TakehisaYumeji-1914-Nanto in Summer.png
南都の夏(1914年)
- TakehisaYumeji-1918-Songs in Journey.png
旅の唄(1918年)
- TakehisaYumeji-MiddleTaishō-Inawashiro in Autumn.png
猪苗代の秋 (大正中期)
- TakehisaYumeji-1924-Mount Tsukuba.png
筑波山図 (1924年)
- TakehisaYumeji-MiddleTaishō-ShunKōSuiChō.png
春江垂釣 (大正中期)
- TakehisaYumeji-LateTaishō-Dreaming Woman.png
夢見る女 (大正後期)
- TakehisaYumeji-LateTaishō-Scenery in Shōnan.png
湘南風光 (大正後期)
- TakehisaYumeji-LateTaishō-Ōtō in Summer.png
鴨東の夏 (大正後期)
- TakehisaYumeji-EarlyShōwa-Banshun Kanshō.png
晩春感傷 (昭和初期)
- TakehisaYumeji-EarlyShōwa-A Fine Day in Autumn.png
秋晴れ (昭和初期)
- TakehisaYumeji-1926-Girl in Spring.png
春娘図(1926年)
- TakehisaYumeji-1928-Early Summer.png
初夏(1928年頃)
- TakehisaYumeji-1931-Stones in Garden(Tanabata).png
石庭(七夕) (1931年)
- TakehisaYumeji-1931-Tatsuta Hime.png
立田姫(1931年)
- TakehisaYumeji-1931-To Far Mountain.png
遠山に寄す (1931年)
- TakehisaYumeji-1931-Journey.png
旅 (1931年)
- TakehisaYumeji-1932-Spring Evening for Mrs Shirakawa.png
春宵 為白川夫人 (1932年、カリフォルニアで制作)
- TakehisaYumeji-1932-Ryosha Shunshō.png
旅舎春宵 (1932年)
- TakehisaYumeji-1933-Suichikukyo.png
水竹居 (1933年、ベルリンで制作)
- TakehisaYumeji-1933-Wintry Moon.png
寒月(1933年、ベルリンで制作)
水彩画
- TakehisaYumeji-1910-Shining Water.png
光れる水(1910年)
- TakehisaYumeji-1926-Thorns of Roses.png
薔薇のとげ(1926年、童謡集『凧』の口絵)
- TakehisaYumeji-1932-Japanese Rain.png
日本之雨 (1932年、カリフォルニアで制作)
- TakehisaYumeji-1926-Late Spring.png
晩春(「グラフィック」誌大正15年(1926年)4月号掲載)
- TakehisaYumeji-1928-When the sky looks high.png
空高き頃(「大阪の三越」昭和3年(1928年)10月号)
- TakehisaYumeji-1926-Early Spring.png
初春(1926年春「婦人グラフ」の表紙絵の原画)
- TakehisaYumeji-1926-FujinGraph April 1926.png
1926年4月号APL FOOL「婦人グラフ」の表紙絵
- TakehisaYumeji-1934-Cover Illustration-Kodomo No Tomo-June-1934.png
「子供之友」1934年6月号表紙絵原画1934年6月号(絶筆)
長崎十二景(1920年)
- TakehisaYumeji-1920-12 Scenes at Nagasaki Meganebashi.png
長崎十二景 眼鏡橋
- TakehisaYumeji-1920-12 Scenes at Nagasaki Blue Tower on a Hill.png
長崎十二景 丘の青楼
- TakehisaYumeji-1920-12 Scenes at Nagasaki Dejima.png
長崎十二景 出島
- TakehisaYumeji-1920-12 Scenes at Nagasaki Green Liquor.png
長崎十二景 青い酒
- TakehisaYumeji-1920-12 Scenes at Nagasaki Urakami Cathedral.png
長崎十二景 浦上天主堂
- TakehisaYumeji-1920-12 Scenes at Nagasaki Tōrō Nagashi.png
長崎十二景 燈籠流し
- TakehisaYumeji-1920-12 Scenes at Nagasaki Tie.png
長崎十二景 ネクタイ
- TakehisaYumeji-1920-12 Scenes at Nagasaki Opium Den.png
長崎十二景 阿片窟
- TakehisaYumeji-1920-12 Scenes at Nagasaki Flowers of Cactus.png
長崎十二景 サボテンの花
- TakehisaYumeji-1920-12 Scenes at Nagasaki Flying Kite.png
長崎十二景 凧あげ
- TakehisaYumeji-1920-12 Scenes at Nagasaki Dressing Table.png
長崎十二景 化粧台
- TakehisaYumeji-1920-12 Scenes at Nagasaki The Cross.png
長崎十二景 十字架
女十題(1921年)
- TakehisaYumeji-1921-Ten Themes of Woman Black Cat.png
女十題 黒猫
- TakehisaYumeji-1921-Ten Themes of Woman Dancing Girl.png
女十題 舞姫
- TakehisaYumeji-1921-Ten Themes of Woman Girl in Kiba.png
女十題 木場の娘
- TakehisaYumeji-1920-Ten Themes of Woman Ai-jō.png
女十題 逢状
- TakehisaYumeji-1921-Ten Themes of Woman Winter in North.png
女十題 北方の冬
- TakehisaYumeji-1921-Ten Themes of Woman The Feel of Flannel.png
女十題 ネルの感触
- TakehisaYumeji-1921-Ten Themes of Woman Shamisenbori.png
女十題 三味線堀
- TakehisaYumeji-1921-Ten Themes of Woman To the Light of Morning.png
女十題 朝の光へ
- TakehisaYumeji-1921-Ten Themes of Woman Koubai.png
女十題 紅梅
- TakehisaYumeji-1921-Ten Themes of Woman Baby Clothes.png
女十題 産衣
ペン画・デッサン
- TakehisaYumeji-UnknownDate-Reading.png
読書 (制作年不明)
- TakehisaYumeji-1915-A Woman Going into a Convent.png
尼寺へゆく女 (1915年)
- TakehisaYumeji-UnknownDate-Fallen Leaves.png
わくら葉 (制作年不明)
- TakehisaYumeji-UnknownDate-Sprouts.png
芽生 (制作年不明)
- TakehisaYumeji-1931-1933-Woman Dressing Kimono.png
着物の女 (1933年、ヨーロッパ滞在中に制作)
絵葉書
- Ayu1001.jpg
夢二の絵葉書(1910年)
- Ayu1002.jpg
夢二の絵葉書(1912年)
- Sisters by Takehisa Yumeji.jpg
「姉と妹」(1923年)
関連書籍(伝記・評論・画集)
- 山本一哉編 『惜しみなき青春 竹久夢二の愛と革命と漂白の生涯』 ノーベル書房、1969年
- 長田幹雄編 『竹久夢二画集』 講談社、1972年
- 細野正信 『竹久夢二 (カラーブックス239)』 保育社、1972年
- 美術手帳編集部 『特集・竹久夢二』 美術出版社、1974年
- 小倉忠夫編 『竹久夢二 (近代の美術23)』 至文堂、1974年
- 「特集・竹久夢二」『本の本 (創刊号)』 ボナンザ、1975年
- 森本哲郎 『夢二の小徑』 講談社文庫、1976年
- 別冊太陽編集部 『竹久夢二 (別冊太陽 日本のこころ20)』 平凡社、1977年
- 木村重圭解説 『現代日本美人画全集8 竹久夢二』 集英社、1978年
- アサヒカメラ1978年12月増刊号 『竹久夢二 その写真の世界』 朝日新聞社、1978年
- 栗田勇 『竹久夢二写真館「女」』 新潮社・とんぼの本、1983年
- 岡崎まこと 『竹久夢二正伝』 求龍堂、1984年
- 青江舜二郎 『竹久夢二』 中公文庫、1985年
- 『夢二美術館』(全五巻) 学研、1985年
- 『竹久夢二』 アサヒグラフ別冊 美術特集 日本編55、朝日新聞社、1988年
- 矢沢寛編 『宵待草 竹久夢二 歌の絵本(CD付き)』 大月書店、1992年
- 金森敦子 『お葉というモデルがいた 夢二、晴雨、武二が描いた女』 晶文社、1996年
- 日本アートセンター編 『竹久夢二 (新潮日本美術文庫33)』 新潮社、1996年
- 鶴谷壽 『夢二の見た亜米利加』 新人物往来社、1997年
- 石川桂子・谷口朋子編 『竹久夢二 大正モダン・デザインブック』 河出書房新社、2003年
- 『竹久夢二 夢二郷土美術館コレクション選』 夢二郷土美術館、2007年
- 林えり子 『竹久夢二と妻他万喜 愛せしこの身なれど』 ウェッジ文庫、2008年
- 野村桔梗 『竹久夢二のすべて』 駒草出版、2008年
- 小川晶子 『もっと知りたい竹久夢二 生涯と作品』 東京美術、2009年8月
- 竹久みなみ監修・大平直輝編 『竹久夢二 「セノオ楽譜」表紙絵大全集』 国書刊行会、2009年8月
- 『近代図案コレクション 夢二のデザイン -和文具と装幀-』 芸艸堂、2009年9月
- 石川桂子 『竹久夢二 《デザイン》 モダンガールの宝箱』 講談社、2012年4月
- 劉檸 『竹久夢二的世界』 印刻出版(台湾)、2012年
- 竹久夢二美術館監修 『竹久夢二 大正ロマンの画家、知られざる素顔』 河出書房新社、2014年1月
- 別冊太陽 『竹久夢二の世界 描いて、旅して、恋をして』 平凡社、2014年8月
- 朝日新聞社編 『生誕百三十周年 竹久夢二展 ベル・エポックを生きた夢二とロートレック』 朝日新聞社、2014年8月
関連作品
映像・音楽
- 映画『竹久夢二物語 恋する』 監督:斉藤耕一(1975年)
- 映画『夢二』 監督:鈴木清順(1991年)「大正浪漫三部作」の3部
- 映画『夢二人形』 監督:山崎達璽(1998年)
- 映画『三面夢姿繪 ―みつおもてゆめのすがたえ』 監督:山崎達璽(2000年)
- 映画『およう』 監督:関本郁夫(2002年)
- 映画『夢二 愛のとばしり』 監督:宮野ケイジ(2015年・2016年7月公開予定)
- TVドラマ『宵待草』 脚本:中島丈博 (1983年/NHK銀河テレビ小説)
- 音楽 混声合唱組曲『青い小径』作曲:森田花央里(2014年/カワイ出版)
小説
- 『鬼の栖』 作:瀬戸内晴美(1967年/河出書房)
- 『本郷菊富士ホテル』 作:近藤富枝 (1974年/講談社~のち中公文庫)
- 『竹久夢二 待てど暮せど来ぬひとを』 作:近藤富枝(1987年/講談社)
- 『竹久夢二』 作:梅本育子(2002年/双葉文庫)
- 『竹久夢二殺人の記』 作:西村京太郎(2004年/講談社)
漫画・劇画
- 劇画『菊坂ホテル』 作:上村一夫 (1985年/角川書店)
- 漫画『ロマンス』 作:高見まこ(1997-2000年)
- 漫画『三ツ目の夢二』第1~2集 原作:大塚英志、画:ひらりん(2009-2010年/徳間書店RYU COMICS)
- 漫画『万華鏡~抒情と緊縛~』作:倉科遼、画:ケン月影(2014年小学館ビッグコミック雑誌連載、2014年/小学館単行本)
脚注
- ↑ File16 夢二の美人画NHK『美の壺』(2018年1月6日閲覧)
- ↑ 一例として神戸ファッション美術館「夢二ロマン 神戸憧憬と欧米への旅」(2017年)。
- ↑ 竹久夢二「投扇興」東京で初公開 新春の喜びをたおやかに『産経新聞』朝刊2018年1月4日
- ↑ 夢二 夢のゆりかご/最初期の作品発見『毎日新聞』夕刊2018年5月11日(2018年5月20日閲覧)。
- ↑ 『新装版 夢二美術館 第1巻 宵待草のうた』 p.125、小学館、1988年2月
- ↑ 「お葉をモデルにしながらも彦乃の姿がうつされている」 コロナ・ブックス編 「竹久夢二」『作家の猫 (コロナ・ブックス)』 平凡社、2006年6月
- ↑ 「黒猫を抱く蠱惑的な女性の顔は永遠の恋人彦乃であろう」 近藤富枝 「竹久夢二」『きもの名人』 河出書房新社、2012年3月
- ↑ 『別冊太陽221 竹久夢二の世界』 p.58、平凡社、2014年
- ↑ 『別冊太陽20 竹久夢二』 pp.64-65、平凡社、1977年9月
関連項目
- 大正ロマン
- 海鹿島駅(銚子電気鉄道線) - あしか島:詩『宵待草』が着想された場所。
- 湯涌温泉 - 夢二ゆかりの地とされ、医王山薬師寺境内には夢二の歌碑、裏には夢二が歩いたとされる道がある。
- 榛原 (和紙舗) - 夢二が欧州へ留学をする際に、四代目中村直次郎が資金援助をした
- 相馬樓 - 館内に竹久夢二美術館。山形県酒田市。
- 浮世絵
- 浮世絵師一覧
- 新版画
- 岩田準一 - 夢二の弟子。
外部リンク
- 夢二郷土美術館(岡山県岡山市)
- 竹久夢二伊香保記念館(群馬県渋川市)
- 竹久夢二美術館(東京都文京区)
- 金沢湯涌夢二館ホームページ (石川県金沢市)
- 竹久 夢二:作家別作品リスト(青空文庫)
- ギャラリーゆめじ (東京都豊島区)
- 酒田竹久夢二美術館(山形県酒田市)
- 竹久夢二(おかやま人物往来) - 岡山県立図書館