福音主義教会
福音主義教会(ドイツ語: evangelische Kirche )は宗教改革の伝統の上に成立したキリスト教会である。「福音主義のevangelischeという形容詞によって思い起こさせるのは、まず新約聖書であり、同時に16世紀の宗教改革である」とスイスの福音主義神学者カール・バルトは語っている[1]。宗教改革の伝統の上にあるドイツ語圏の福音主義教会にはルター派、改革派教会、福音主義合同教会が含まれる。
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記事名の翻訳
福音主義教会という記事名はドイツ語版ウィキペディアにあるEvangelische Kircheの翻訳であり、形容詞部分evangelischeを、岩波書店の『岩波独和辞典』にある訳と用例に従って、「福音主義」と訳している[2]。白水社の『フロイデ独和辞典』にはEvangelische Kirche 福音教会という訳があるが[3]、Evangelische Kirche in Deutschland (EKD)による公式文書が、「ドイツ福音主義教会」という教会名称を用いて日本で翻訳出版されていること、カール・バルトのEinführung in die evangelische Theologieが『福音主義神学入門』として翻訳出版されていること 、Wikipedia:記事名の付け方#法人・団体名に「公式な日本語表記又は一般的な日本語の出版物等に使われる表記を使用すること」という日本語版ウィキペディアのガイドラインも参照して、「福音主義教会」という訳を記事名に採用した。
福音主義evangelische
福音主義evangelischの教会名称としての定着と発展
中世において福音という語evangelischeが、教会批判の意味を持ちながら使われていた。Vita evangelica et apostolicaが代表的用例である[4]。 宗教改革期において、福音主義evangelischeという語と概念はローマ・カトリック教会を批判する場合に使われ、マルティン・ルターの教えとルター主義者と呼ばれた支持者たちを示す際に用いられた。しかしながら、ルター自身の名から作られたルター派という教会名称に関しては、ルター本人は明確に拒否していた[5]。ルターはルター派という自己表示名称を拒否したが、「福音主義」という語で自身の神学的立場を表明した。しかし、ルターにとって「福音主義」という語は決して一つの党派的名称ではなく、「キリスト教的」 christlichと同じ意味で用いられていた[6]。福音主義に関する理解において、宗教改革の教えは直接聖書の福音に依拠しているものと見なしていたからである。1555年のアウクスブルクの宗教和議によって、1530年のアウクスブルク信仰告白に署名した諸候や帝国自由都市の福音主義信仰が認められた。この信仰告白に署名しなかった者たちが次第に「改革派教会」を名乗るようになり、アウクスブルク信仰告白側の勢力は「福音主義」という呼称を自分たちを示すものとして使うようになったのである[7]。
教派化の流れの中でルター派教会、改革派教会という教会組織も形成され始め、福音主義教会Evangelische Kirche という呼称はルター派教会、改革派教会の上位概念になっていく。ルター派だけでなく、改革派教会も容認したヴェストファーレン条約(1648年)締結後、福音主義という語は重要な組織概念になった。その後、ルター派教会、改革派教会という教会名称も神聖ローマ帝国において公的なものとして認知された。
1817年のルター派と改革派教会の教会合同によって成立したプロイセン福音主義教会において、「福音主義」という語が合同教会を包括的に示すものとして使われた。なお、ドイツ語圏において「福音主義」という語は、ルター派、改革派教会、合同教会以外のメソジスト派等の自由教会においても使われるようになった。ドイツでは教会税申告時に福音主義教会evangelischen Kircheの所属を示すものとして「福音主義の」evangelischeという語が使われている[5][8]。その時は、プロテスタント、ルター派、改革派教会という名称は使われない。
プロテスタントという呼称とその否定的評価
類義語としてプロテスタント教会なる語と概念が存在している。プロテスタント教会という語は1529年にシュパイアーで開催された帝国議会でヴォルムス勅令が復活したことに反対した諸候たちの行為に関連して生まれたと言われている。しかし、当時のドイツにおいて「プロテスタント」という語はローマ・カトリック教会への「抗議する者」「不満分子」という意味を持ち、ルターとその支持者たちとって不名誉なあだ名でもあった。1817年の教会合同によってプロイセン福音主義教会を設立したプロイセン王国では、1821年にプロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世 (1770‐1840年)が教会名称に関する勅令を出している。そこには「プロテスタントと言う代わりに、福音主義という名称を、プロテスタントの信者というのではなく、福音主義の信者という呼び方が選ばねばならない。それによってこの不適切な名称は次第に消し去られるだろう[9]」と書かれていた。以来、プロイセン王国ではプロテスタントと言う語は忌避され、福音主義教会という教会名称が完全に定着した[10]。ただし、シュパイアーがあるプファルツ地方周辺やライン川対岸のフランス領アルザスではプロテスタントという語が肯定的な意味で使われていた。
福音主義evangelischと福音派evangelikalの相違
ドイツにおいて、福音主義 Evangelisch という呼称は新しい概念「福音派」 evangelikal (エヴァンゲリカール)とは区別する必要がある。「福音派」を指すドイツ語のevangelikalは英語のevangelicalから来ている。英語 evangelical は元々ドイツ語の evangelisch を意味していた。敬虔主義から来たこの大きな流れは evangelikal という語で頻繁に表現されている。そこでの信仰理解において個人の敬虔が大きな役割を果たしている。ドイツにおいて福音派 evangelikal は自由教会だけでなく、ドイツ福音主義教会(EKD)に属する州教会に影響を与えている。
福音主義教会の教説
福音主義教会における共通点は宗教改革時に打ち出された4つのソラSola (「ソラ」は「〜のみ」を意味するラテン語)に要約される。
- 信仰のみ – ソラ・フィデ (Sola fide)は良き業ではなく、信仰によってのみ義とされるという意味である。マルティン・ルターは使徒パウロの「ローマ人への手紙」3章28節を「なぜならば私たち人間は律法の業なしで、信仰によってのみ義とされる[11]」とドイツ語に訳した(ルター聖書)。
- 恵みのみ – ソラ・グラティア (Sola gratia)は良き行いではなく、神の恵み(恩寵)によってのみ人間は救われるという意味である。
- キリストのみ – ソルス・クリストゥス(Solus Christus) は信仰者にとって権威を持つものは、教会(ローマ・カトリック教会)ではなく、キリストのみであるという意味である
- 聖書のみ –ソラ・スクリプトゥラ(Sola scriptura)はキリスト教信仰の基盤は、教会の伝統にではなく、聖書にだけにあるという意味である。
福音主義教会
ドイツ
オーストリア
スイス
脚注
- ↑ カール・バルト『福音主義神学入門』加藤常昭訳、新教出版社、1962年、13頁
- ↑ 『岩波独和辞典』 岩波書店、1953年、444頁
- ↑ 『フロイデ独和辞典』 白水社、2003年、452頁
- ↑
- ↑ 5.0 5.1 W. Maurer: Art. Evangelisch, in: Die Religion in Geschichte und Gegenwart, 3. Aufl. 1958–1963, Bd. 2, Sp.775f.
- ↑ H=J.ビルクナー『プロテスタンティズム 潮流と展望』水谷誠訳、新教出版社、1991年、19頁
- ↑ H=J.ビルクナー、上掲書、23頁
- ↑ Hermann Mulert: Konfessionskunde. Verlag Alfred Töpelmann, Berlin, 2. Auflage 1937, S. 343.
- ↑ 深井智朗 『プロテスタンティズム - 宗教改革から現代政治まで』(中公新書)、中央公論社、2017年、6頁
- ↑ H=J.ビルクナー、上掲書、14頁
- ↑ https://www.bibleserver.com/text/LUT/R%C3%B6mer3
参考文献
- Albrecht Geck: Warum heißt und warum ist die evangelische Kirche evangelisch? In: Frauke Büchner: Perspektiven Religion. Arbeitsbuch für die Sekundarstufe II. Göttingen 2000, S. 228–229.