ヒ素

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ヒ素(ヒそ、砒素、: arsenic: arsenicum)は、原子番号33の元素元素記号As第15族元素(窒素族元素)の一つ。

最も安定で金属光沢があるため金属ヒ素とも呼ばれる「灰色ヒ素」、ニンニク臭があり透明なロウ状の柔らかい「黄色ヒ素」、黒リンと同じ構造を持つ「黒色ヒ素」の3つの同素体が存在する。灰色ヒ素は1気圧下において615 °C昇華する。

ファンデルワールス半径電気陰性度等さまざまな点でリンに似た物理化学的性質を示し、それが生物への毒性の由来になっている。

用途

生物に対する毒性が強いことを利用して、農薬、木材防腐に使用される。

III-V族半導体であるヒ化ガリウム (GaAs) は、発光ダイオードや通信用の高速トランジスタなどに用いられている。

ヒ素化合物であるサルバルサンは、抗生物質ペニシリンが発見される以前は梅毒の治療薬であった。

中国医学では、硫化ヒ素である雄黄雌黄はしばしば解毒剤、抗炎症剤として製剤に配合される。

ほとんどの生物にとっては有毒だが、ヒ素を必須元素とする生物も存在する。微生物のなかに一般的な酸素ではなく、ヒ素の酸化還元反応を利用して光合成を行っているものも存在する[1]。2010年には、GFAJ-1という細菌が、生体内で使われる核酸等のリンの代わりにヒ素を用いているという発表があった[2]が、2012年のサイエンス誌上での報告によって主張は完全に否定されている[3][4][5][6]

人体への影響

単体ヒ素およびほとんどのヒ素化合物は、人体に対して非常に有害である。特に化合物は毒性の強い物が多い。また、単体ヒ素はかつては無毒もしくは弱毒とされていたが、現在ではかなりの猛毒であることが確認されている。

ヒ素およびヒ素化合物は WHOの下部機関IRACより発癌性がある(Type1)と勧告されている(後述)。飲み込んだ際の急性症状は、消化管の刺激によって、吐き気嘔吐下痢、激しい腹痛などがみられ、場合によってショック状態から死に至る。多量に摂取すると、嘔吐腹痛、口渇、下痢浮腫充血、着色、角化などの症状を引き起こす。慢性症状は、剥離性の皮膚炎や過度の色素沈着、骨髄障害、末梢性神経炎、黄疸腎不全など。慢性ヒ素中毒による皮膚病変としては、ボーエン病が有名である。単体ヒ素及びヒ素化合物は、毒物及び劇物取締法により医薬用外毒物に指定されている。日中戦争中、旧日本軍では嘔吐性のくしゃみ剤ジフェニルシアノアルシンが多く保有されていたが、これは砒素を含む毒ガスである。

一方でヒ素化合物は人体内にごく微量が存在しており、生存に必要な微量必須元素であると考えられている[7][8]。ただしこれは、一部の無毒の有機ヒ素化合物の形でのことである。低毒性の、あるいは生体内で無毒化される有機ヒ素化合物にはメチルアルソン酸ジメチルアルシン酸などがあり、カキクルマエビなどの魚介類やヒジキなどの海草類に多く含まれる。さらにエビには高度に代謝されたアルセノベタインとして高濃度存在している。人体に必要な量はごく少なく自然に摂取されると考えられ、また少量の摂取でも毒性が発現するため、サプリメントとして積極的に摂る必要はない。

亜ヒ酸を含む砒石は日本では古くから「」、「石見銀山ねずみ捕り」などと呼ばれ殺鼠剤暗殺などに用いられていた。

宮崎県高千穂町の山あい土呂久では、亜ヒ酸製造が行われていた。この地区の住民に現れた慢性砒素中毒症は、公害病に認定された。症状としては、暴露後数十年して、皮膚の雨だれ様の色素沈着や白斑、手掌、足底の角化、ボーエン病、およびそれに続発する皮膚癌、呼吸器系の肺癌、泌尿器系の癌がある。発生当時は、砒素を焼く煙がV字型の谷に低く垂れ込め、河川や空気を汚染したものと考えられた。上に記した症状は、特に広範な皮膚症状は、環境による慢性砒素中毒を考えるべき重要な症状である。この症状が重要であり、長年月経過すれば、病変、皮膚、毛髪、爪などには、砒素を検出しない。

参照: 土呂久砒素公害

上流に天然のヒ素化合物鉱床がある河川はヒ素で汚染されているため、高濃度の場合、流域の水を飲むことは服毒するに等しい自殺行為である。低濃度であっても蓄積するので、長期飲用は中毒を発症する。慢性砒素中毒は、例えば井戸の汚染などに続発して、単発的に発生することもある。このような河川は中東など世界に若干存在する。砒素中毒で最も有名なのは台湾の例であり、足の黒化、皮膚癌が見られた。汚染が深刻な国バングラデシュでは、皮膚症状、呼吸器症状、内臓疾患をもつ患者が増えている。ガンで亡くなるケースも報告されている。中国奥地にもみられ、日本の皮膚科医が調査している。

中毒

1955年森永ヒ素ミルク中毒事件では粉ミルクにヒ素が混入したことが原因で、多数の死者を出した。この場合は急性ヒ素中毒である。年月が経過し、慢性ヒ素中毒の報告もある。1998年に発生した和歌山毒物カレー事件では、この稿には詳細な急性中毒の報告が記載されている。。

発がん性

IARC発がん性リスク一覧で、ヒ素およびヒ素化合物は最もリスクが高い「グループ1」に分類されている。

2004年には英国食品規格庁がヒジキに無機ヒ素が多く含まれるため食用にしないよう英国民に勧告した。これに対し、日本の厚生労働省はヒジキに含まれるヒ素は極めて微量であるため、一般的な範囲では食用にしても問題はないという見解を出している[9]

日本の疫学調査では、食物から摂取されるヒ素は、喫煙男性の肺がんのリスクを高めたが、それ以外の人の肺がんリスクは高めなかった。調査対象者についての総ヒ素の平均摂取量は170μg/日と推計され、日本人の総ヒ素平均摂取量の178μg/日とほぼ同じであった[10]

スウェーデン食品局は2015年に6歳未満の乳幼児にコメやコメ製品を与えないように勧告しており、大人でも「毎日食べるべきではない」としている[11]

国立医薬品食品衛生研究所安全情報部第三室長である畝山智香子の『「安全な食べもの」ってなんだろう? 放射線と食品のリスクを考える』によると、1日3食、毎日コメを食べた場合のがんリスクを、放射能による影響と比較して「20ミリシーベルトの被曝と同じぐらい」としている[11]

関連法規

土壌汚染対策法において、ヒ素およびその化合物は第2種特定有害物質に定められている。

ヒ素の化合物

歴史

13世紀アルベルトゥス・マグヌスにより発見されたとされる[12]。ヒ素の元素名(arsenic)は、黄色の顔料を意味するギリシャ語「arsenikon」に由来するといわれている[13]

ヒ素は無味無臭かつ、無色なであるため、しばしば暗殺の道具として用いられた。ルネサンス時代にはローマ教皇アレクサンデル6世1431年 - 1503年)と息子チェーザレ・ボルジア1475年 - 1507年)はヒ素入りのワインによって、次々と政敵を暗殺したとされる。ただし入手が容易である一方、体内に残留し容易に検出できることから狡猾な毒殺には用いられない。そのためヨーロッパでは「愚者の毒 fool's poison(英)」という異名があった。中国でも天然の三酸化二ヒ素が「砒霜」の名でしばしば暗殺の場に登場する。例えば、『水滸伝』で潘金蓮武大郎を殺害するのに使用したのも「砒霜」である。古代ギリシアや古代ローマ時代から暗殺などに使われていたとされることもある[14]

遺産相続のための殺人に利用されることが多かったので、フランス語でpoudre de succession(相続の粉薬)という異名があった。

分析法

無機ヒ素は容易に水素化物として気化する。このため、無機及び全ヒ素の分析法では専ら強酸分解試料に水素化試薬を加え、生成気化したアルシン原子吸光法、誘導結合プラズマ発光 (ICP) 法、ICP質量分析 (ICP-MS) 法で測定するか、吸収液で捕集し吸光度法で測定する。感度は ICP-MS法 > ICP法 > 原子吸光法 > 吸光度法 の順に高感度である。原子吸光法では装置のバーナヘッド部を加熱セルに交換するか、バックグラウンド吸収が低いアルゴン-水素炎を用いる。感度・精度ともアルゴン-水素炎よりも加熱セルを採用した方が優れている。有機ヒ素化合物の分析では、未分解の試料を溶媒抽出後、HPLC で分離し ICP-MS で検出する方法が採用される。

全ヒ素の分析手順は概ね次のようなものである。

  1. 試料を強酸分解する。硝酸-過塩素酸、硝酸-硫酸、硝酸-過塩素酸-硫酸のような混酸が用いられる。
  2. 分解液を水素化物発生装置の試料容器に採る。
  3. これに塩酸ヨウ化カリウム塩化スズ(II) を加え、しばらく放置する。この操作でヒ素(V)をヒ素(III)に還元する。
  4. さらに水素化試薬(水素化ホウ素ナトリウム亜鉛粉末等)を加え、試料容器を密閉する。
  5. 水素化ヒ素が気相に追い出されてくる。
  6. 気相を原子吸光分析装置に導入する。
  7. 波長193.7 nmの吸光度を測定する。

アルゴン-水素炎で測定する場合は、通常のスロットバーナで可能。バーナヘッド部を加熱セルに変更した場合は、セル温度を950 °Cに設定する。

一昔前は水素化ヒ素発生装置の操作が面倒であったが、最近はオートサンプラ付きの自動水素化物発生装置が市販されている。試薬の濃度や組合せを変更すればセレンアンチモン等の分析にも対応できるなど、とても簡便になっている。

ヒ素鉱石

ヒ素鉱石を構成する鉱石鉱物には、次のようなものがある。

同位体

脚注

  1. T. R. Kulp, et al., "Arsenic(III) Fuels Anoxygenic Photosynthesis in Hot Spring Biofilms from Mono Lake, California", Science 321, 967 (2008). doi:10.1126/science.1160799
  2. 「砒素で生きる細菌を発見」の意味、WIRED.jp、2010年12月3日。
  3. http://usatoday30.usatoday.com/tech/science/story/2012-07-07/arsenic-microbe/56098788/1
  4. http://www.sciencemag.org/content/337/6093/467
  5. http://www.nature.com/news/arsenic-loving-bacterium-needs-phosphorus-after-all-1.10971
  6. http://www.philly.com/philly/blogs/evolution/Bad-Science-More-Bovine-Waste-from-the-Arsenic-Bacteria-Team.html
  7. 生体と金属(愛知県衛生研究所)
  8. 身の回りのヒ素とアンチモンの化合物と環境影響(鹿児島大学工学部生体工学科 前田滋)
  9. ヒジキ中のヒ素に関するQ&A(厚生労働省)
  10. 食事からのヒ素摂取量とがん罹患との関連について、多目的コホート研究、独立行政法人 国立がん研究センター、がん予防・検診研究センター 予防研究グループ
  11. 11.0 11.1 “【食の安全考】玄米のとりすぎはがんになる? コメの安全性に世界が厳しい目 その真相は…(2/3ページ)”. 産経新聞. (2016年1月10日). http://www.sankei.com/life/news/160110/lif1601100007-n2.html 
  12. 前田正史 (2005), 研究課題「循環型社会における問題物質群の環境対応処理技術と社会的解決」研究実施終了報告書, 社会技術研究開発事業・公募型プログラム 研究領域「循環型社会」, 科学技術振興機構 社会技術研究開発センター, p. 8, http://www.ristex.jst.go.jp/result/circulation/pdf/env01.pdf . 2009閲覧. 
  13. 桜井 弘 『元素111の新知識』 講談社1998年、177頁。ISBN 4-06-257192-7 
  14. 英国、「ひじき」を食べないよう勧告…ヒ素含有、肉・魚介・野菜等にも含有ビジネスジャーナル

関連項目

外部リンク

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