白鯨
白鯨 Moby-Dick; or, The Whale | |
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初版の表紙 初版の表紙 | |
著者 | ハーマン・メルヴィル |
発行元 | Richard Bentley |
ジャンル | 冒険小説、海洋小説 |
国 | アメリカ合衆国 |
言語 | 英語 |
ページ数 | 822ページ |
『白鯨』(はくげい、英: Moby-Dick; or, The Whale)は、アメリカの小説家・ハーマン・メルヴィルの長編小説。
本作は実際に捕鯨船に乗船して捕鯨に従事したメルヴィルの体験をもとに創作され、1851年に発表された。アメリカ文学を代表する名作、世界の十大小説の一つとも称される。たびたび映画化されている。原題は初版(1851年)の英国版が"The Whale"、米国版が"Moby-Dick; or, The Whale"であるが、その後"Moby-Dick; or The White Whale"とする普及版が多く刊行されており、日本では『白鯨』の題が定着している[1]。
概要
本作品は、沈没した悲運の捕鯨船でただ一人だけ生き残った乗組員が書き残した、白いマッコウクジラ「モビィ・ディック」を巡る、数奇な体験手記の形式をとる。
旧約聖書の引用[注 1]など象徴性に富んでいるが、語り口は饒舌で、脱線が多い。作品の大半は、筋を追うことよりも、鯨に関する科学的な叙述や、当時の捕鯨技術の描写に費やされている(当時の捕鯨に関する資料となっている)[注 2][注 3]。
あらすじ
アメリカの捕鯨船団が世界の海洋に進出し、さかんに捕鯨を行っていた19世紀後半、当時の大捕鯨基地・アメリカ東部のナンタケットにやってきた語り手のイシュメイルは、港の木賃宿で同宿した、南太平洋出身の巨漢の銛打ち・クイークェグと出会い、ともに捕鯨船ピークォド号に乗り込んだ。出航のあと甲板に現れた船長のエイハブは、かつてモビィ・ディックと渾名される白いマッコウクジラに片足を食いちぎられ、鯨骨製の義足を装着していた。片足を奪った「白鯨」に対するエイハブ船長の復讐心は、モビィ・ディックを悪魔の化身とみなし、報復に執念を燃やす狂気と化していた[2]。エイハブ船長を諌める冷静な一等航海士スターバック、常にパイプを離さない陽気な二等航海士のスタッブ、高級船員の末席でまじめな三等航海士フラスク、銛打ちの黒人ダグーやクイークェグ、インディアンのタシテゴなど、多様な人種の乗組員にエイハブの狂気が伝染し、白鯨に報復を誓う。
数年にわたる捜索の末、ピークォド号は日本の沖の太平洋でモビィ・ディックを発見・追跡する。白鯨と死闘の末にエイハブは白鯨に海底に引きずり込まれ、損傷したピークォド号も沈没する。イシュメイルのみが生き残り、棺桶を改造した救命ブイにすがって漂流の末、他の捕鯨船に救い上げられる。
映像化作品
- 海の野獣(1926年)
- ミラード・ウエッブ監督、ジョン・バリモア主演。サイレント映画。ただし、原作が余りに暗く難解なため、大幅にアレンジされた。足を失う前のエイハブの姿が描かれ、エイハブが愛するエスターという美女や彼の舎弟デレックなど原作に存在しない人物が登場する。更にラストはエイハブが白鯨を倒し、エスターと結ばれるハッピーエンドとなっている。
- 海の巨人(1930年)[注 4]
- トーキー。こちらも原作をアレンジしていたと言われている。
- 白鯨(1956年)
- ジョン・ヒューストン監督、グレゴリー・ペック主演による3度目の映画化。『白鯨』という邦題が初めて映画にも使われた。原作に忠実に作られたが、前2作に比べて興行的に大失敗となった。暗く難解な原作を再現したため、観客が作品のストーリーや雰囲気に付いて行けなかったのが敗因と言われる。しかしその後、『ジョーズ』などの海洋パニック映画の原点として再評価された。権利関連は主演のペックが所有していた。『ジョーズ』の脚本には「鮫狩りのクイントが映画館で『白鯨』を観て、それを嘲笑う」というエピソードがあり、権利を所有するペックに許可を求めたところ、「『白鯨』を嘲笑うことではなく、単に『白鯨』が気に入っていないから、今更世間に著されるのは嫌だ」として断ったとスピルバーグは語っていることから、作品の出来に満足していなかったことが窺える[3]。
- モビー・ディック(1998年)[注 5]
- フランク・ロッダム監督のTVシリーズ。主演はパトリック・スチュワート。
- バトルフィールド・アビス(2010年)
- トゥリー・ストークス監督のアメリカの映画作品。
- 白鯨 MOBY DICK(2011年)[注 6]
- マーク・バーカー監督の全2話のTVシリーズ。前編は『冒険者たち』、後編は『因縁の対決』の日本語タイトルがつけられている。
- 白鯨との闘い(2015年)
- ロン・ハワード監督のアメリカの映画作品。厳密には小説作品としての『白鯨』の映画化ではなく、『白鯨』の物語のモデルとなった1820年の捕鯨船エセックス号で起こった襲撃事件(マッコウクジラによって船首に穴を開けられ沈没する)を映画化した作品である。
上記以外にも、『トムとジェリー』に「白いくじら」(Dicky Moe、1962年7月1日)のエピソードがある他、舞台を中世ファンタジー世界に置き換えたアメリカ映画『エイジ・オブ・ザ・ドラゴン』(2011年)がある。
備考
- 本作には聖書のエピソードが数々登場し、エイハブ (Ahab) とイシュメエル (Ishmael) の名も旧約聖書の登場人物、イスラエル王アハブ、そして、アブラハムの庶子イシュマエルに因む。
- コーヒーチェーン店「スターバックス」の名前は、本作の一等航海士スターバックに由来する[4][5]。スターバックは当時のナンタケット島でよく見られた姓で、鯨取りのスターバックは言うなればパン屋のベーカー氏、といったニュアンスである。なお、作品中にコーヒーという単語が出てくるのはただ一箇所で、油を使い果たしてしまった捕鯨船が無心にきた缶を誤認する箇所である。スターバックとコーヒーの関連はない。
- 海図を確認する場面で『Niphon』の表記が登場しており、当時はこの表記も使われていたことが確認できる。
- 本作中、船が目指す海域として「Japanese sea」「coast of Japan」という表記が使われるが、これは日本海や日本近海という意味ではなく太平洋でマッコウクジラが多く生息するハワイ・小笠原諸島・釧路を結んだ三角形の海域「ジャパン・グラウンド(Japan grounds)」を指す当時の捕鯨関係者による呼称である[6]。
- 補給の問題に関連して日本の鎖国について言及されている(条約港を参照)。
- 2011年、ピークォド号のモデルとなった19世紀の捕鯨船ツー・ブラザーズ号が発見され、調査が開始された[7][8]。
- マット・キッシュ 『モービー・ディック・イン・ピクチャーズ』柴田元幸訳、スイッチ・パブリッシング、2015年。『白鯨』552点のイラスト集。原書は2011年
書誌情報
原書
- Melville, H. The Whale. London: Richard Bentley, 1851 3 vols. (viii, 312; iv, 303; iv, 328 pp.) Published October 18, 1851.
- Melville, H., Moby-Dick; or, The Whale. New York: Harper and Brothers, 1851. xxiii, 635 pages. Published probably on November 14, 1851.
- Melville, H. Moby-Dick, or The Whale Arion Press, San Francisco, 1979, illustrated with 100 wood engravings by Barry Moser. Edition of 265, of which 250 were for sale. One of the most noted fine book editions of 20th century America, recognized by the Grolier Club as one of the 100 most beautiful books of the century.[9]
- Melville, H., Moby Dick; or The Whale. Berkeley, Los Angeles, and London, 1981. A reduced version of the Arion Press Edition with 100 illustrations by Barry Moser.
- Melville, H. Moby-Dick, or The Whale. Northwestern-Newberry Edition of the Writings of Herman Melville 6. Evanston, Ill.: Northwestern U. Press, 1988. A scholarly edition with full textual apparatus. This text has been reprinted in other editions.
- Melville, H., Moby-Dick The Folio Society 2009. A Limited Edition with 281 illustrations by Rockwell Kent.
日本語訳
日本語版の完訳初版は阿部知二訳で、1941年(昭和16年)に第一部が、1949年(昭和24年)に再刊と続編が訳され、のち岩波文庫旧版や各社の世界文学全集に入った。しかし現代語とは程遠い表現も多く難解であり、この時期に富田彬訳、宮西豊逸訳、田中西二郎訳が出された。現在は文庫で新訳も出ており、岩波文庫で八木敏雄訳、講談社文芸文庫で千石英世訳がある。
- 『白鯨』全2巻 田中西二郎訳、新潮文庫、1952年(昭和27年)上)ISBN 978-4102032015 中)ISBN 978-4102032022。改版1977年、新装改版2006年
- 『白鯨』全3巻 阿部知二訳、岩波文庫、1956年 - 1957年(昭和31 - 32年)
- 『白鯨』全2巻 富田彬訳、角川文庫、1956年(昭和31年)、新装改版2015年。上)ISBN 978-4041031957 下)ISBN 978-4041031964
- 『白鯨』全2巻 宮西豊逸訳、三笠書房、偕成社、1956年(昭和31年)、のち潮文庫
- 『白鯨』全1巻 野崎孝訳、新集.世界の文学11 中央公論社、1972年(昭和47年)/ (世界の文学セレクション36 中央公論社、新装版1994年)ISBN 978-4124031560
- 『白鯨』全2巻 坂下昇訳、講談社文庫、1973年(昭和48年) 上)ISBN 978-4061330528 下)ISBN 978-4061330535。のち国書刊行会「全集」
- 『白鯨』全1巻 原光訳、八潮出版社、1994年(平成6年)ISBN 978-4896500943
- 『白鯨』全2巻 千石英世訳、講談社文芸文庫、2000年(平成12年) 上)ISBN 978-4061982116 下)ISBN 978-4061982178
- 『白鯨』全3巻 八木敏雄訳、岩波文庫、2004年(平成16年)上)ISBN 978-4003230817 中)ISBN 978-4003230824 下)ISBN 978-4003230831
脚注
注釈
- ↑ イシュメイルやエイハブという人名は、聖書から取られている。こうした引用が多いことが、日本で名前が知られているほど理解されていない理由の一つである。日本で影響を受けて書かれた作品に宇能鴻一郎の『鯨神』があり、共通点、相違点については、渡辺利雄『アメリカ文学に触発された日本の小説』(研究社2014年)pp.55-77。
- ↑ サマセット・モームは、逆に全身が純白で大自然の中に生きるモビィ・ディックこそが善であり、憎しみに駆られるエイハブが悪の象徴であると解釈している『世界の十大小説』 岩波書店〈岩波新書、のち岩波文庫〉。
- ↑ 本作の白鯨は、全身が白くアルビノであるかのような印象を与えるが、新潮文庫の田中西二郎訳『白鯨』(上)では「いちめんに同じ屍衣(きょうかたびら。死装束)色の縞や斑点や模様がある」という記述がある。マッコウクジラは加齢とともに、捕食するダイオウイカなどから付けられた白い引っ掻き傷が増え、一部の老齢個体の体色が薄くなることもある。作中では、もともと白いシロナガスクジラに関しては触れられていない。当時の捕鯨は機械油として優秀なワックス質の油を求めていたがマッコウクジラ以外からは採れない上に、アメリカ式捕鯨船の速度ではシロナガスクジラやナガスクジラには追いつけないので獲物にすることは無かった。
- ↑ 出演: ジョン・バリモア (Ahab)、ジョーン・ベネット (Faith)、Lloyd Hughes (英語版) (Derek) Noble Johnson (英語版) (Queequeg)、Walter Long (英語版) (Stubbs). 監督: ロイド・ベーコン、J. Grubb Alexander (英語版) (脚本) (英語) (モノクロ、モノラル (Vitaphone)、画面アスペクト1.20:1 (フィルム版)、1.37:1 (DVD版)). Moby Dick (1930) (video). Warner Bros.-Vitaphone Picture.. 該当時間: 80 分 . 2017閲覧.
- ↑ 出演: パトリック・スチュワート、ブルース・スペンス、グレゴリー・ペック、ヒュー・キース・バーン. 監督: フランク・ロッダム (2015年10月25日) (英語) (ワイドスクリーン). Moby Dick (DVD、NTSC、リージョンコード: 1). ASIN B013FDBH3C
- ↑ 出演: イーサン・ホーク、ドナルド・サザーランド、ウィリアム・ハート、ジリアン・アンダーソン、エディ・マーサン. 監督: マーク・バーカー (2011年10月4日) (英語) (マルチ、AC-3、カラー、Dolby、シネマスコープ). Moby Dick (DVD NTSC、 リージョン: 1). Vivendi Entertainment (英語版).. 該当時間: 184分. ASIN B005BYBZO0
出典
- ↑ 田中訳、新潮文庫版解説。
- ↑ テリー・イーグルトン 『アメリカ的、イギリス的』 河出書房新社、2014年。ISBN 978-4-309-62471-6。
- ↑ 2012年8月22日発売「ジョーズ コレクターズ・エディション」の特典映像より。
- ↑ 『スターバックス成功物語』 日経BP社、1998年。ISBN 978-4822241131。アクセス日 2017-06-13。
- ↑ 原著情報。 (1997) Pour your heart into it how Starbucks built a company one cup at a time. Hyperion. ISBN 9780786863150. OCLC 989040298. Retrieved on 2017-06-13.
- ↑ 有鄰 No.445 P2 座談会「鯨捕りと漂流民−ペリー来航前夜−」 (2) - 有隣堂
- ↑ 伝説の捕鯨船「ツー・ブラザーズ号」発見される livedoor news
- ↑ Whaling shipwreck linked to 'Moby-Dick' discovered デイリー・テレグラフ
- ↑ Bromer Booksellers - Highlights from Catalogue 127: An Extraordinary Gathering
参考文献
- サマセット・モーム 『世界の十大小説』 西川正身訳、岩波書店〈岩波文庫〉、1997年
- 寺田建比古 『神の沈黙―ハーマン・メルヴィルの本質と作品』 沖積社、1968年
- 八木敏雄 『『白鯨』解体』 研究社出版、1986年
外部リンク
- オンラインで読める作品
- テンプレート:Gutenberg
- Moby-Dick; or, The Whale Online version.
- Power Moby-Dick, Online version with notes to help the reader.
- テンプレート:Imdb title