白瀬矗
提供: miniwiki
白瀬 矗(しらせ のぶ、文久元年6月13日[1](1861年7月20日) - 昭和21年(1946年)9月4日)
日本の探検家。陸軍中尉。 1893年に千島列島の探検を行い,さらに千島列島から北極に到達することを計画したが果せなかった。その後,南極探検に転換。 1910年 11月日本を出発して南極大陸に向ったが,冬季のためオーストラリアのシドニーに引返して待機。 12月1日に再出発,開南湾に到達した。その後,南緯 80°5′,西経 156°37′の地点に達し,探検家の名簿と記念の銅柱を雪中に埋め,その付近を「大和雪原」と命名した。この事業は当時の日本の画期的な壮挙として内外に知られた。