生物圏
生物圏(せいぶつけん、英: biosphere)とは生物が存在する領域のこと。一般的には、生物が存在するその領域全体および含まれる構成要素(生物・非生物)の相互作用の総体を指す。より狭義の意味に用いて、その空間に含まれる生物(生物相・生物量・生物群集)のみを指すこともある。
Contents
概要
地球科学では地球の表層領域を水圏、大気圏、岩石圏に区分する。生物圏はこれらの領域に重なり、地表や地中のみならず、大気圏、水圏に広がる。生物と非生物の相互作用で成り立っている環境の系を生態系と呼ぶが、生物圏とは地球環境全領域に広がる生態系の総体、及びそれが占める範囲とも定義できる。あらゆる生物の中でも特に微生物の存在範囲は非常に広く、深海や大気の上層[1]から、地中[2][3]まで広がっている。
生物圏の概念は、地球科学や生態学に関連する学術分野(地球物理学・生物地理学・地質学・水文学など)で共通のものである。生物圏の中では、水の循環・大気や海水の対流などの非生物的な要因とともに、光合成・食物連鎖・生体物質の分解などの生物活動によって、物質およびエネルギーの循環が起きている。非生物的・生物的を問わず、この循環は原則的には太陽エネルギーが元となって引き起こされている[4]。
用語について
用語の履歴
1885年にエドアルト・ジュースは、学術用語「生物圏」を「生命が生息する地球表面の場所」として定義した[5]。その後、1926年にウラジミール・ベルナドスキーが、生物圏の概念を拡大、再定義し[6]、生態学を生物圏の科学と定義した[7]。
狭義の定義
一部の生命科学者と地球科学者は、生物圏という用語を、より限られた意味で使う。たとえば、地球化学者は生物圏を生物の総計(「生物量」や「生物相」と、生物学者や生態学者が呼ぶもの)であるように定義する[8]。この意味では、生物圏は地球化学のモデルの異なる4つの構成要素のうちの1つにすぎない。他の要素は岩石圏・水圏・大気圏である。この地球化学者による用語の狭義化は、現代科学の専門化の結果の一例である。地球の生物的および物理的な構成要素をすべて包括する用語として、1960年代に造られた「生態圏 (ecosphere)」を好む人もいるであろう。
閉鎖生命システムに関する第2回世界会議 (Second International Conference on Closed Life Systems) では、"biospherics"(生態圏学) を「地球の生態圏の類似物・科学的モデル、つまり地球に似た人工生態圏に関する科学・技術」と定義した。他方、"biospherics"分野には「地球と異なる人工生態圏」、たとえば「人間を中心とした生態圏」や「火星独特の生態圏」の創造も含まれている。
生物圏の範囲
生物の水平の分布については、極地から赤道地域まで生命の存在が認められている。動植物の分布だけについて考えるならば、地球上には「生息に不適な地域」も存在するが、極限環境微生物の発見により、生物圏は従来から考えられていた領域よりも更に大きいものと考えられるようになった。
地球上の生物圏の実際の厚さは、計測が困難である。動植物の分布については、マダラハゲワシは高度12,000メートルで飛んでいたものが飛行機のジェットエンジンに吸い込まれたという記録があり[9]、エベレスト(ヒマラヤ山脈)をも越えて移動していくことが知られているインドガンも飛行高度が9,000メートルに達する[9]。深海魚ついては、水深 8,372mのプエルトリコ海溝で発見された例がある。
微生物の分布を考えると、さらに生物圏の範囲が広がる。培養可能な微生物としては、高度41kmでの発見例がある[1]。この高度の紫外線・温度・大気成分を考慮すると、その微生物がその高度で繁殖する可能性は低いが、生きた状態で運ばれてきたことは否定できない。また、深海でも極限環境微生物が発見されており、高温・高圧の条件に適応している。また、地中においては、スウェーデンの深度 5km以下の地殻にある 65-75°Cの岩の間から、培養可能な好熱性微生物が発見されている[2][3]。地殻においては、深度が深くなるに連れて、温度の上昇が急になることが知られている。その増加の割合は、岩のタイプほか様々な要因に左右される。2008年時点で知られているもっとも高温に耐える古細菌 Methanopyrus kandleri strain 116は 122°Cで生育が可能なため、地下の微生物の分布は深さより温度に左右される可能性もある。
生物圏は数種の生物群系に分けられ、各地に類似した植物相と動物相が分布する。地上では、生物群系は主に緯度によって切り分けられる。北極圏または南極圏の範囲にある陸地の生物群系では動植物があまりおらず、赤道付近には生物数が多い生物群系が存在する。
生物圏と地球史
現在の地球の環境は、生物圏の歴史、すなわち生物の歴史・進化と切り離して議論することはできない。
約38億年前(地球誕生後約8億年)にできた堆積岩が確認されていることから、この頃までには海が形成されたと考えられている。当時の大気には酸素分子は含まれておらず、二酸化炭素が多量に含まれていた。その後、約36億年前には生命が誕生し、原始生命体から生物の進化が始まったと考えられている。約32億年前に光合成を行う藍藻などの生物が誕生すると、代謝の副産物として酸素分子が大気圏に蓄積され、次第に現在の大気成分構成へと変化を遂げてきた。また、酸素が太陽紫外線を受けてオゾンとなり、古生代オルドビス紀にはオゾン層が形成された。このことは、生物が陸上に進出できるようになった要因の一つであると考えられている。さらには、植物・動物その他の生命が陸上に進出することによって、生物遺体の分解物が、陸上の土壌層および土中の生物相に影響を与えた。以上のとおり、地球の表層領域の環境は、多様な生物と歴史的なかかわりを持っており、また地球環境の将来も生物・生物圏の変化と無関係ではない。
バイオスフィア2
1990年代に人為的な生態系(生物圏)を構築する試みとして、アメリカ合衆国アリゾナ州で、バイオスフィア2の実験が行われた。100年間実験を継続する予定であったが、最初は2年間、次に6ヶ月間の実験期間で終了することとなった。その理由は、酸素や二酸化炭素の物質循環が計画通りに行われなかったことや、キーストーン種など一部の生物が死滅したことなどにある[10] 。この実験を通じて、人工生態系を構築・維持することが非常に困難であることが判明した。その後、バイオスフィア2の施設はコロンビア大学に売却され、研究活動に利用されている[11]。日本でも、閉鎖空間での長期間滞在実験が試みられている[12]。
ガイア仮説
実際あるいは比喩的に、生物圏それ自身が生きている生命と考える概念は、ガイア仮説として知られている。
ジェームズ・ラブロックは、生態圏において生物的要因と非生物的要因がどのように相互作用するかについて説明するため、ガイア仮説を提案した。この仮説は、地球自体を一種の生きている生命と考える。この仮説においては、大気圏・岩石圏・水圏は生命で満ちた生物圏をもたらす共同のシステムである。1970年代初期に、リン・マーギュリスは、生物圏と他の地球系の間の関係に特に留意した仮説を追加提唱した。たとえば、大気中の二酸化炭素濃度が増加すると、(光合成が促進されるため)植物はより速く成長する。その成長が続く結果、植物は大気からより多くの二酸化炭素を除去することになる。これらの生物圏内の事象を関連付けるための新しい分野、たとえば地球生物学といった分野の整備に力を注いでいる科学者達もいる。
脚注
- ↑ 1.0 1.1 Wainwright M. et al. (2003) "Microorganisms cultured from stratospheric air samples obtained at 41 km", FEMS Microbiology Letters, 218:161-165.
- ↑ 2.0 2.1 Gold T. (1992) "The Deep, Hot Biosphere" , PNAS, 89: 6045-6049.
- ↑ 3.0 3.1 Szewzyk U., R. Szewzyk and T. Stenstrom (1994) "Thermophilic, Anaerobic Bacteria Isolated from a Deep Borehole in Granite in Sweden" , PNAS, 91: 1810-1813.
- ↑ 非生物の場合、海水・淡水の蒸発が水の循環の元になり、季節・地域による太陽光の強度の違いによる気温・水温の違いが対流・熱塩循環をもたらす。生物の場合は、植物・光合成細菌などの光合成・代謝から食物連鎖が開始される。なお、それぞれの例外としては、地殻活動による物質の移動(プレートテクトニクス・プルームテクトニクス・火山などを参照のこと)や、熱水噴出孔周辺などで化学物質から有機物を合成する生物(極限環境微生物・古細菌を参照のこと)などがある。
- ↑ Seuss E. (1875) Die Entstehung Der Alpen (アルプスの起源). Vienna: W. Braunmuller.
- ↑ この再定義は、アーサー・タンズリー (Arthur Tansley) による「生態系の定義の記述」(1935年)より先行している。
- ↑ Encyclopedia of Earth - 原著はロシア語記述の「ウラジミール・ベルナドスキー (1926) 『生物圏』」
- ↑ 参照:生物地球化学#生物地球化学的循環
- ↑ 9.0 9.1 フランク・B.ギル著、山階鳥類研究所訳、山岸哲日本版監修『鳥類学』、283頁。
- ↑ Encyclopedia of Earth - 原著? Gorgolewski S. (1996) "The importance of restoration of the atmospheric electrical environment in closed Bioregenerative Life Supporting Systems", Advances in space research, 18:283-285
- ↑ コロンビア大学 - Biosphere2
- ↑ 環境科学技術研究所 - 閉鎖型生態系実験施設
参考文献
関連項目
- 生態学・生態ピラミッド・生物群系・生物地理区
- 生物地球化学・生物ポンプ
- ウラジミール・ベルナドスキー - 生物圏という用語を再定義し、現在のものとした。また、生物圏全体を一つの超個体とみなした。
- テラフォーミング - 宇宙開発への応用。
外部リンク
- EICネット 環境用語集:「生物圏」
- 生物圏 (英語) - Encyclopedia of Earth「生物圏」の項目。