清里町
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清里町(きよさとちょう)は、北海道オホーツク総合振興局管内の斜里郡にある町。
町名の由来は「清らかな里」の意。また小清水村(現小清水町)・斜里町から分村した経緯を歴史に残すため両町村から一文字ずつもらったという意もある[1]。
Contents
地理
オホーツク総合振興局東部、斜里町南部に接する。 斜里岳の麓に位置する。
歴史
郡発足までの沿革
- 江戸時代の斜里郡域は西蝦夷地に属し、当初は松前藩によって開かれたソウヤ場所に含まれる。
- 1790年(寛政2年) - シャリ場所が設けられる。。
- 1796年(寛政8年) - 斜里神社が創建されている。
- 1801年(享和元年) - 八王子千人同心によって釧路国川上郡虹別(現標茶町)から摩周湖の東を通り斜里郡トンダベックシを結ぶ斜里山道が開削された。
- 1943年(昭和18年) - 小清水村(現小清水町)大字止別村の一部、斜里町大字斜里村の一部から分村、上斜里村となる。
- 1955年 - 町制施行、清里町に改称。
- 同年、2大字を廃し、以下の各字に再編。
- 斜里村 → 清里町、水元町、羽衣町、向陽、上斜里、江南、神威
- 止別村 → 上斜里、江南、神威、川向、青葉、清泉、札弦町、緑町
- 同年、2大字を廃し、以下の各字に再編。
- 2011年(平成23年) - 町長選挙10期連続無投票の日本記録を樹立。
- 2016年 - 日本で最も美しい村連合に加盟[2]。
- ([3])
政治・行政
2011年まで40年間、10期にわたって町長選挙が無投票当選で決定しており、約半世紀の間、民意が示された例を持たない。2011年の統一地方選挙では4期を務めた橋場博が引退、総務課長・古谷一夫が立候補を表明したが、石井組会長の石井久雄(自由民主党清里支部長)の圧力に屈し、後に取り下げた[4][5]。 2015年第18回統一地方選挙44年ぶりに町長選が行われたが、新人を破って再選した。投票率は90.85%であった。[6][7]
経済
産業
農業(畑作)が盛ん。小麦・テンサイ・馬鈴薯・たまねぎ・ソバなどを生産。 平成4年度全国農村景観コンクールで100選(特選20選)に選定される。
立地企業
- JA清里町澱粉工場
- 清里町焼酎醸造事業所
- 札鶴ベニヤ工場
農協
- 清里町農業協同組合(JA清里町)
郵便局
- 清里郵便局(集配局)
- 札弦郵便局(集配局)
- 緑郵便局
公共機関
警察
- 斜里警察署清里駐在所
地域
人口
清里町(に相当する地域)の人口の推移 | |
総務省統計局 国勢調査より |
教育
- 高等学校
- 中学校
- 清里
- 小学校
- 清里、光岳、緑町(江南、新栄はH22年度3月に閉校)
交通
空港
鉄道
バス
道路
道の駅
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
レジャー
観光
姉妹都市・提携都市
- モトエカ(ニュージーランド・タスマン地区)
出身の有名人
脚注
- ↑ 角川日本地名大辞典・北海道 「清里町」のページより
- ↑ 光嶋るい (2016年10月12日). “清里「美しい村」連合加盟 花と緑と交流のまちづくり評価 管内初 観光PRに期待” (日本語). 北海道新聞. どうしんウェブ/電子版(道東) (北海道新聞社). オリジナルの2016年10月13日時点によるアーカイブ。 . 2016閲覧.
- ↑ 出典:角川日本地名大辞典・北海道 「清里町」のページ、「斜里村」「止別村」の項など。
- ↑ 自治再考:無投票・沈黙の民意/2 有力者が水面下調整
- ↑ 統一地方選:町村長58人が無投票当選
- ↑ “清里町長選、44年ぶりに関心高く 両陣営「投票率90%超も」”. 北海道新聞 . . 2015閲覧.
- ↑ “44年ぶり選挙戦 現職が再選…清里町”. 読売新聞 . . 2015閲覧.
外部リンク
典拠レコード: