殺生石

提供: miniwiki
移動先:案内検索
ファイル:180727 Sessho-seki Nasu Japan14.JPG
殺生石(中央の注連縄の石)

殺生石(せっしょうせき)は、栃木県那須町那須湯本温泉付近にある溶岩。付近一帯の名称は殺生石園地である。

付近一帯には硫化水素亜硫酸ガスなどの有毒な火山ガスがたえず噴出しており、「鳥獣がこれに近づけばその命を奪う、殺生の石」として古くから知られている。松尾芭蕉も訪れており『おくのほそ道』にその様子が記されている。[1]

現在は、観光客が多く訪れる観光名所となっている。ただし、ガスの排出量が多い場合は立ち入りが規制される。


伝説

鳥羽上皇が寵愛した伝説の女性で妖狐の化身である玉藻前が、正体を見破られ逃げた後、この地で討伐され石となったという逸話がある。その後、至徳2年(1385年)に玄翁和尚によって打ち砕かれ、そのかけらが全国3ヶ所の高田と呼ばれる地に飛散したという。

玄翁によって砕かれた殺生石が飛来したと伝えられる地は多くある。一般に美作国高田(現岡山県真庭市勝山)、越後国高田(現新潟県上越市)、安芸国高田(現広島県安芸高田市)、または、豊後国高田(現大分県豊後高田市)と言われている。また、飛騨に散った破片が牛蒡種に、四国に飛来したものが犬神になり、上野国(現・群馬県)に飛来したものがオサキになったともいう[2]

岡山県真庭市勝山には、玄翁の開山による化生寺境内に、殺生石の石塚が存在している。また、これも玄翁の開山とされている、福島県白河市表郷中寺、常在院境内にも、殺生石の破片と言われる石が祀られており、玄翁の座像と、殺生石の縁起を描いた絵巻「紙本著色源翁和尚行状縁起」が伝えられている。

ギャラリー

脚注

  1. 荻原恭男 校注『芭蕉 おくのほそ道』株式会社 岩波書店 20頁 ISBN 4-00-302062-6
  2. 京極夏彦多田克己編 『妖怪画本 狂歌百物語』 国書刊行会、2008年、298頁。ISBN 978-4-3360-5055-7。

関連項目

座標: 東経139度59分56.1秒北緯37.101472度 東経139.998917度37.101472; 139.998917