概日リズム
概日リズム(がいじつリズム、英語: circadian rhythm サーカディアン・リズム)とは、約24時間周期で変動する生理現象で、動物、植物、菌類、藻類などほとんどの生物に存在している。一般的に体内時計とも言う。厳密な意味では、概日リズムは内在的に形成されるものであるが、光や温度、食事など外界からの刺激によって修正される。
動物では24時間の明暗の周期に従っており、完全な暗闇の中に置かれた場合には、24時間に同調しない周期となる。これをフリーランと呼ぶ。こうした非同調した周期は明暗などの刺激によりリセットされる。脳の視交叉上核が、体内のそうした周期に影響を与えているとみなされている。周期的でない周期におかれることによる概日リズムの乱れは、不快感のある時差ボケを単純に起こしたり、概日リズム睡眠障害となる場合がある。
時間生物学は、日、週、季節、年などの単位で経時的に変化する生物のリズムを研究する学問である。
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歴史
- 内在的な概日リズムは、1729年にフランスの科学者ジャン゠ジャック・ドルトゥス・ドゥ・メランによって初めて科学論文として報告された。彼は植物のオジギソウの葉が、外界からの刺激がない状態でも約24時間周期のパターンで動き続けることに気づいた(就眠運動)(ハワード・ヒューズ医療研究所「仮想博物館」を参照)。
- ヒトの概日リズムは、1962年ドイツのユルゲン・アショフは自ら光を遮断した状態で約1週間を過ごした。睡眠-覚醒・深部体温・尿中ステロイドホルモンなどのリズムがいずれも24時間よりも長い周期であり、その後の研究で25時間に近いことが示された[1]。ヒトそれぞれの概日リズムは異なっており、平均的には24時間15分である[2]。
語源
英語の circadian rhythm は、ラテン語の「約、おおむね」を意味する circa と、「日」を意味する dies から名付けられた。つまり「おおむね1日」の意味である。
定義
概日リズムは、次の3つの基準で定義できる。
- そのリズムが恒常的な状態(例えば恒暗状態)でも約24時間の周期を持続する。
- そのリズムの周期が光パルスや暗パルスによってリセットされる。
- そのリズムが温度補償性を持っている、つまり一定範囲内の温度において周期が変わらない。
起源
概日リズムは進化上最も古い細胞に起源を持ち、昼間の有害な紫外線下でのDNA複製を回避するために獲得した機能であると考えられている。結果として複製は夜間に行われることとなった。現存するアカパンカビ (Neurospora) は、このような時計制御された複製機構を保持している。
現在知られている中で最も単純な概日リズムを持っている生物は、真正細菌のシアノバクテリア (cyanobacteria) である。最近の研究では、シアノバクテリア (Synechococcus elongatus) の概日リズムは、核となるたった3つのタンパク質を試験管の中に入れるだけで再構築できることが実証された[3]。この時計はATPを補給すれば、22時間のリズムを何日間も持続することができる。以前の学説では概日リズムはDNAの転写翻訳フィードバックループ機構に基づいているとされていたが、この真正細菌の研究によって必ずしもそうではないことが示された。しかし、この説は真核生物においては、まだその通りであると考えられている。真正細菌と真核生物の概日リズムは同様の基本構造(入力 - 中心の振動体 - 出力)を持っているが、これらを構成するタンパク質に相同性は全くない。このことは、おそらくそれぞれが独立した起源を持っていることを示している。
動物の概日リズム
概日リズムは人を含む動物において、睡眠や摂食のパターンを決定する点において重要である。脳波、ホルモン分泌、細胞の再生、その他の多くの生命活動には明確な概日リズムが存在している。1970年にArthur T. Winfree(米国)がショウジョウバエで「シンギュラリティ現象」(強い光で概日リズムが一時的に狂う現象)を確認して以降、多種の生物で概日リズムの狂いが観察されている。身近な現象に当てはめると、夜更かしによる不眠や航空機による移動により生じる時差ぼけの緩和に「強い光が有効」であることは広く知られているが、この発生メカニズムを細胞レベルの実証実験で証明した[4]。
明暗サイクルの影響
概日リズムは明暗の周期に関係している。動物は完全な暗闇の中で長期間飼育されると、フリーラン・リズム (free-running rhythm) に従って行動する。このような状態にある動物の睡眠サイクルは日々、前進あるいは後退する(内在的な周期が24時間より短い場合は前進、長い場合は後退する)。毎日リズムをリセットする、環境からの刺激をZeitgebers[5]という。興味深いことに、完全に盲目の地下に住む動物(例えばblind mole rat Spalax sp.)も外界の刺激なしに内在的な時計を維持することができる。
外界からの刺激を絶たれた環境下で生活している人は、しっかりとした睡眠・覚醒リズムを示すが、この睡眠・覚醒リズムは体温や血中メラトニン量のリズムとずれた状態になることがある。このような体内リズムの乱れは規則正しい明暗サイクルを与えることで解消される。この研究は、宇宙船の中の環境設計に影響を与えた。宇宙船の中に明暗サイクルを模擬した環境を作ることで宇宙飛行士の健康を維持するのである。
視交叉上核
哺乳類における時計中枢は視床下部の視交叉上核 (suprachiasmatic nucleus; SCN) に存在する。視交叉上核を破壊された動物では、規則正しい睡眠・覚醒リズムが完全になくなってしまう。視交叉上核は光の情報を目から受け取る。目の網膜において光を感受できる細胞は、古くから知られている視細胞の桿体細胞、錐体細胞のみではなく、網膜神経節細胞 (retinal ganglion cell) の一部にも存在する。これらの細胞はメラノプシンと呼ばれる感光色素を含んでおり、網膜視床下部路を通って視交叉上核に達する。視交叉上核の細胞は、体内から取り出され外界からの刺激がない状態で培養されても、独自のリズムを何年間も刻み続けることができる。
視交叉上核は日長の情報を網膜から受け取り、他の情報と統合し、松果体 (pineal gland) へ送信していると考えられている。松果体ではこの情報に応答してホルモンであるメラトニン (melatonin) を分泌する。メラトニン分泌は夜間に高く昼間に低い。
視交叉上核以外の時計中枢
近年、体のいくつかの細胞が時計中枢である視交叉上核の支配下にないことを示す証拠が現れてきた。例えば、肝臓の細胞は光より摂食に応答するようである。また、食餌性の概日リズムの形成には視床下部の背内側核が関与しているといわれている。
1997年には時計遺伝子が発見された。全身の細胞はそれぞれ、時計遺伝子の転写翻訳フィードバックグループで形成される「細胞時計」による独自の生体リズムを持っている[6]。これらの同調・微調整に視交叉上核が関わっている。
細胞時計を司る遺伝子には、陽性制御のClock・Bmal1など、陰性制御のPer遺伝子群・Cry遺伝子群などがある。
概日リズムの乱れ
リズムの乱れは通常、短期的に良くない影響をおよぼす。多くの旅行者は時差ボケとして知られる状態を経験したことがあるだろう。主な時差ボケの症状として、疲労、失見当識、不眠などがあげられる。いくつかの疾患、例えば双極性障害 (bipolar disorder) や概日リズム睡眠障害などは概日リズム機能の低下と結びつけて考えられている。最近の研究では、双極性障害に見られる概日リズムの乱れは、リチウムの時計遺伝子への効果によって改善されるという報告もされている。
長期的なリズムの乱れは、体の健康を深刻に悪化させる。特に心血管病を発生・悪化させる。体内時計を考慮して投薬を行うことで、薬の効力を増し、副作用や毒性を減らすことができる可能性が指摘されている。例えば、アンジオテンシン変換酵素阻害薬 (angiotensin converting enzyme inhibitors; ACEi) の時間治療は夜間の血圧を降下させ、左心室の組織再構築(リモデリング) (left ventricular (reverse) remodeling) に良い影響を与える。
概日リズムと疾患
概日リズムにより、上記のように内分泌・代謝系および自律神経系も影響を受ける。
- 高血圧: 内因性カテコラミンは、ヒトにおいて活動を開始する起床時〜午前中にかけて分泌される。早朝高血圧が引き起こされる。また概日リズムを喪失すると、夜間に血圧の下がらないnon-dipper、夜にむしろ血圧が上昇するriserといった高血圧がみられる。こういった概日リズム障害をあわせもつ高血圧は心血管疾患を起こしやすい[7]。
- 冠攣縮性狭心症: 副交感神経優位となる夕刻に発作が多く見られる。
- 気管支喘息: 日中は内因性ステロイドホルモンが分泌されている。減少する夕刻〜明け方にかけて発作が多く見られる(この他気温にも影響を受けている)。
- 糖尿病: 午前中は午後と比べ、カテコラミンやステロイドの影響を受け、インスリン需要が高く推移することが多い。インスリン注射療法では午前中の投与量を多くする。
コカインとの関連
視交叉上核以外の脳の部位の概日リズムと時計遺伝子は、コカインなどの薬物の作用に影響する可能性もある。時計遺伝子を操作することでコカインの作用が変化するといわれる。
光と生体時計
光が生体時計を調節する能力は位相反応曲線に依存する。睡眠・覚醒リズムの位相によって、光は生体時計を前進させたり後退させたりする[4]。必要な光の強さは種によって異なり、例えば夜行性のげっ歯類の時計は昼行性のヒトより弱い光で調節される。
光の強さに加え光の波長(色)も、時計を調節する能力を決める重要な因子である。光受容蛋白質であるメラノプシンは青色光(420 - 440nm)で最も効率よく励起される。
脚注
- ↑ https://staff.aist.go.jp/s-hanai/history.html
- ↑ Blue light has a dark side, Harvard Health Publication, 2015,9,2
- ↑ “単純な生化学反応から自律振動子を作る仕組みを解明”. 理化学研究所 (2012年10月19日). . 2018閲覧.
- ↑ 4.0 4.1 真夜中の強い光は体内時計をバラバラにする2007/10/22 独立行政法人 理化学研究所
- ↑ ツァイトゲーバー、ドイツ語で時を与えるものの意味。
- ↑ Okamura H, et al. Adv Drug Deliv Rev 1010; 62: 876-84.
- ↑ Kario K. Hypertension 2010; 56: 765-73.
関連項目
外部リンク
- Circadian rhythms (英語) - スカラーペディア百科事典「概日リズム」の項目。