東京海上ホールディングス

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東京海上ホールディングス株式会社(とうきょうかいじょうホールディングス、英称:Tokio Marine Holdings, Inc.)は、保険持株会社である。2002年4月2日設立で東京証券取引所第1部およびNASDAQ上場している。

2016年現在、正味収入保険料、純利益において国内最大の損害保険グループ[1]MS&ADインシュアランスグループホールディングスSOMPOホールディングスと並ぶ、いわゆる「三メガ損保」の一角。

概略

東京海上日動火災保険東京海上日動あんしん生命日新火災海上などが傘下に入っている。東京海上と日動火災の持株会社方式での経営統合に伴う会社発足から2008年6月まではミレアホールディングスであったが、7月より現社名へ改称した。

もともとは、2001年1月に東京海上火災保険みずほグループ日動火災海上保険芙蓉G系)・朝日生命保険一勧系)が、持株会社方式で経営統合することを合意し「ミレア保険グループ」を結成したのが再編の始まりである。名称は「ミレニアム」から想を得たものである。

更に、農業協同組合中小企業を得意先としている共栄火災海上保険相互会社もグループに加わり、2002年度に東京海上と日動火災は持株会社下で先行統合の上、朝日と共栄の2相互会社株式会社へ転換後、2004年を目処にホールディングスに合流して経営統合する計画であった。

しかし、2003年までに朝日生命と共栄火災は東京海上との確執や株式など運用資産の下落による財務基盤低下からグループから離脱した。これにより、当初のミレア保険グループは、2004年10月1日に持株会社傘下の東京海上と日動火災の合併による東京海上日動火災保険発足に留まったが、2006年に日新火災保険を100%子会社化、2008年には所謂サブプライムローン問題から弱体化した米大手保険会社を買収している。

2008年1月には日本厚生共済会(現・東京海上ミレア少額短期保険)を傘下に収めたことで少額短期保険事業に、2009年6月にはNTTファイナンスとの出資によりイーデザイン損害保険を設立し、通販型損害保険事業にそれぞれ参入している。

沿革

  • 2000年
    • 9月:東京海上は日動火災・朝日生命と将来の経営統合を前提とした業務提携と、生損保の垣根を越えた総合保険グループ構想を発表。
    • 10月:東京海上は共栄火災と信用金庫での窓口販売に関する業務提携を発表。
  • 2001年
    • 1月:東京海上(傘下の東京海上あんしん生命保険[TAL])・日動火災・朝日生命と「ミレア保険グループ」を結成(この時点ではそれぞれ独立資本)。
    • 3月:共栄火災がミレア保険グループ入り。
    • 10月:朝日生命は新規営業部門を当時のTALへ移管の上、2003年の朝日生命の株式会社転換を目処にTALと合併して「ミレア生命保険」とし、東京海上・日動火災と経営統合すること(「早期経営統合」)を発表。
  • 2002年
    • 2月:朝日生命は早期経営統合策を、東京海上との意見相違や資金の折り合いがつかないことから白紙撤回を発表。当初通り2004年に株式会社化のうえ東京海上・日動火災と合併を目指すとしたが、親密先の第一勧業銀行あさひ銀行等へ相互会社基金の増額(株式資本の増資相当)を要請。
    • 4月2日:ミレア保険グループの内、東京海上と日動火災は株式移転による新設で金融持株会社株式会社ミレアホールディングス傘下に入り経営統合。傘下企業はミレアグループとした。
    • 8月22日:JA共済と広範囲に事業提携していた共栄火災が統合を見送り、ミレア保険グループから離脱。
  • 2003年
    • 1月10日:膠着状態が続いていた朝日生命も離脱を発表。
    • 3月:東京海上は日新火災海上保険(明治生命と親密)と広範囲な業務提携を締結。当時の日新火災はミレアグループ資本参画を否定していた。
    • 3月28日:東京海上と日動火災を2004年10月に合併することを発表。朝日生命離脱に伴いミレア保険グループをミレアグループへ再構築。
    • 4月:東京海上と日動火災の生保管理部門を会社分割し、ミレアHDが吸収することで、東京海上あんしん生命と日動生命を直接子会社化。
    • 10月1日:東京海上あんしん生命(TAL)と日動生命(NDL)が合併し、存続会社の東京海上あんしん生命が東京海上日動あんしん生命に商号変更。
  • 2004年10月1日:東京海上と日動火災が合併し、存続会社の東京海上火災保険が東京海上日動火災保険に商号変更。
  • 2006年9月:ミレアホールディングスは日新火災を子会社化し、グループ入り。
  • 2007年12月:英国ロイズ市場における主要保険グループであるキルン社を買収。
  • 2008年
    • 1月:日本厚生共済会に資本参加し、少額短期保険事業に進出(同社は資本参加と同時にミレア日本厚生少額短期保険へ商号変更し、2010年7月に東京海上ミレア少額短期保険に再度商号変更)
    • 7月1日:株式会社ミレアホールディングスから東京海上ホールディングス株式会社(Tokio Marine Holdings,Inc.)に商号変更。グループ呼称も凡そ8年ぶりに東京海上グループへ改めた。
    • 7月23日:米国フィラデルフィア・コンソリデイティッドEnglish版を5,000億円で買収[2]
  • 2009年
    • 1月22日:NTTファイナンスNTTグループ)と合弁でモバイル・ネットを活用した損害保険事業のための準備会社を設立することを発表。
    • 1月26日:東京海上ホールディングスとNTTファイナンスの共同出資による損害保険会社の設立に向け、準備会社イーデザイン損保設立準備株式会社(イーデザインそんぽせつりつじゅんび)を設立。
    • 6月8日:イーデザイン損保設立準備株式会社が、損害保険業免許を取得。同時にイーデザイン損害保険株式会社に社名変更。
    • 6月13日:イーデザイン損害保険が営業開始。
  • 2011年12月21日:米国デルファイ・フィナンシャル・グループEnglish版を2,000億円で買収。
  • 2014年10月1日:子会社の東京海上日動あんしん生命が東京海上日動フィナンシャル生命を吸収合併。
  • 2015年HCCインシュアランス・ホールディングスEnglish版を約75億ドル(約9,413億円)で買収する[3]

2007年6月の役員人事異動

2005年、保険業界全体の大規模な不祥事である保険金不払い事件が発覚した。東京海上日動火災保険も同様に、不適切な不払いが次から次へと大量に発覚していき、2007年3月14日には第三分野保険の大量不払いが原因で、金融庁により業務停止命令および業務改善命令行政処分を受けるにまでに至った。

こうした不払い問題の責任を取る形で、当時社長であった石原邦夫(東京海上日動の社長職も兼任)は2007年6月21日をもって代表権の無い会長職へ退き、その後任に当時東京海上日動の専務を務めていた隅修三が昇格、石原に代わってミレアホールディングスと東京海上日動の社長職を兼任する形となった。

東京海上ホールディングス傘下企業

国内損害保険事業(少額短期保険事業を含む)
国内生命保険事業
海外保険事業
  • トウキョウ・マリン・ノースアメリカ
  • フィラデルフィア・コンソリデイティッド・ホールディング
  • デルファイ・フィナンシャル・グループ
  • トウキョウ・マリン・キルン・グループ
  • トウキョウ・マリン・セグラドーラ
  • トウキョウ・ミレニアム・リー
金融・一般事業

脚注

外部リンク

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