Wコロン

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Wコロン
メンバー 木曽さんちゅう
ねづっち
芸種 漫才なぞかけ
受賞歴
2004年 第3回漫才新人大賞優秀賞
2006年 第5回漫才新人大賞優秀賞
2009年 第8回漫才新人大賞優秀賞
2010年 S-1バトル殿堂入り(ラウンド1)
2010年 第9回漫才新人大賞特別賞)
2010年 第27回浅草演芸大賞新人賞
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Wコロン(ダブルコロン)は、プロデューサーハウスあ・うん漫才協会に所属していたお笑いコンビ。2004年結成、Wエース門下。2012年、漫才協会の真打に昇進。2015年4月1日、解散を発表[1]

メンバー

  • 木曽 さんちゅう(きそ さんちゅう (1970-10-22) 1970年10月22日(53歳) - [2]
    ツッコミ担当。
    本名は林 賢一(はやし けんいち)[2]兵庫県神戸市出身。血液型A型、身長175cm、体重100kg。甲南大学経営学部卒業[2]。趣味は音楽鑑賞、料理、釣り、駅弁収集[2]中日ドラゴンズファンである。既婚、4児の父である。
    芸名は素人時代に関西の素人参加テレビ番組で角田信朗に「木曽の山中にいるような顔」といわれたことに由来する[3]。ステージ衣装で着用しているTシャツは、すべてTシャツ・雑貨通信販売の「まめた本舗」からの衣装提供である[4]。なぞかけはもともと得意ではなかったが、ねづっちのなぞかけを側で聞いているうちに、ねづっちほどの早さではないものの自身も即興でなぞかけを作ることができるようになったという。
    かつてふかわりょうとコンビを組んでいたが、ピン芸人志望のふかわとそりがあわず、1ヶ月で解散した[3]。その後はピンで活動し主に一人コントをしていた。また、1998年にコンビ「バズーカルーム」を結成するも2003年に解散している。
    以前は金髪が特徴だった。
    相方のねづっちによれば「上で1回揉んでもらって」と「実際」と言う言葉を好んで使う。
    解散後の2015年5月をもってプロデューサーハウスあ・うんを退社、フリーを経て2017年より株式会社 WAJA NEXTに所属。地下アイドルのライブのMCなどをこなしている。
    解散後暫くは漫談家として活動していたが、2018年1月11日より塩田忠道(元「ヴィンセント」「花パラダイス」)と「ケンメリ」を結成し、浅草東洋館での漫才協会中席から再び漫才師として活動する[5]

両名とも、解散後も引き続き漫才協会に在籍している。

芸風

  • 昭和を思わせる漫才を行っていた[4]
  • 謎かけ漫才」を得意とした。最初は普通に漫才を始めるが、話の途中でねづっちが唐突に「(謎かけの用意が)ととのいました!」と宣言し、「○○とかけまして、○○と解きます」と謎かけに入る。木曽の「その心は」という合いの手の後、ねづっちが答えを言い、ジャケットの襟を持ちながら「ねづっちです」と言う決めポーズを取る。
    • 「ととのいました!」の掛け声は、スピードワゴンのラジオに出演した際にウケたため、彼らの提案により漫才でも使うことにした[3]
    • 「ととのいました!」は2010年新語・流行語大賞のトップ10に入った。
    • 千原ジュニアは、「ととのいました!」が流行語として扱われる事に対して、「本当に注目すべきは『ねづっちです』という決め言葉。今までお笑い芸人が謎かけをしても『おー上手い』という反応で、笑いが起こる事がなかった。それを『ねづっちです』の一言で謎かけを笑いになるものに変えた。これは、偉大な発明」と絶賛した[6]
  • ねづっちが漫才中に死語を言う事が多かった(「なるへそ」「〜してちょんまげ」「バッチグー」など)[7]
  • ねづっちがゴージャス松野に似ていることを度々ネタにされていた。
  • ライブのエンディングでは名物となる告知があった(ねづっちが言う所の「告知芸」)。まずは、ねづっちが漫才協会所属の有名芸人の名を出した後、あまり知られていないような芸人の名(漫才協会所属の芸人が多い)を並べていき、木曽が辛辣に突っ込むというパターンであった[8]
  • テレビでは「即興謎かけ」で出演する事も多かった。『エンタの神様』に出ようと考えたパッケージであるが、結局2人が『エンタの神様』に出演する事はなかった。その代わり『爆笑レッドカーペット』では多用していた[7]

エピソード

  • 結成は2004年であるが、二人とも芸歴は長い。
  • 2010年5月14日TBSラジオバナナマンのバナナムーン』に出演した。この日が日村勇紀の誕生日であったことから、「日村さん」「38才」「誕生日」をお題として謎かけを迫られたが、整えられることなく番組が終了してしまった(番組特有の日村が軽んじられる演出)。
  • 2010年度「S-1バトル」で初の殿堂入り(5連勝)を果たし、賞金1000万円を手にする。
  • 漫才協会の真打昇進には在籍10年以上という内規があるが、ブレイクによる功績が認められ、8年目での“飛び級”扱いとなった[9]
  • 2014年8月17日には日本テレビ行列のできる法律相談所』にて「芸人イチ仲の悪いコンビ」として登場し[10]楽屋で全く会話をしないなどの日常が紹介された。翌月のインタビューでは「不仲がきっかけで仕事が増えた」と話し、不仲による解散については否定していた[11]。不仲の噂を広めたのはナイツ塙宣之だったが、互いに相方への不満を言わされるなどの企画が増えたことで単なる不仲から憎み合う関係にまで至ってしまい、最終的にねづっちからの提案で解散となった[12]

出演作品

テレビ

  • 爆笑オンエアバトルNHK)戦績2勝6敗 最高389KB
    • ねづっちは「ケルンファロット」時代にも1度だけ出場(2001年2月17日放送回)しているが、129KBしか獲得できず10組中最下位に終わってしまっている。
    • 木曽も「バズーカルーム」時代に4度出場経験があるが、出場した全ての回において100KB台に終わる[13]という珍記録を残してしまっている。
    • 上述の通りねづっちと木曽はWコロン結成前のコンビでは100KB台しか獲得できなかったため、「オンバト」で200KB台以上(及び初オンエア)を記録できたのは双方ともWコロンとしての出場からであった。
  • トピためっ!(JCN足立、2008年5月12日 -2014年3月 )
    • 木曽が水・木の司会を担当し、ねづっちが「あだちプチグルメの旅」のコーナーを隔週で担当
    • 2010年4月5日より月 - 木の司会をコンビで担当
    • 2010年10月4日よりコンビでの担当が水・木のみになり月・火には木曽のみが出演
    • 2011年4月11日よりこれまでの担当に加え金曜の司会をねづっちが担当
    • 2012年4月9日より木・金の司会をコンビで担当
  • 不動産王(BS11、2008年4月 - 2009年3月)時東ぁみとレギュラー出演
  • 爆笑レッドカーペットフジテレビ) キャッチコピーは「ノスタルジック漫才」→「浅草の人気者」
    • 不定期開催の「なぞかけキング決定戦」で、ねづっちが2連覇を達成。
  • 新春ピンクカーペット(フジテレビ) キャッチコピーは「ノスタルジック漫才」
  • スーパーモーニングテレビ朝日、2010年6月 - 2011年3月)
  • わが家の歴史(フジテレビ)
  • 第61回NHK紅白歌合戦(NHK、2010年12月31日)

ラジオ

木曽のみ

テレビ

インターネットテレビ

  • PLUG IN(ニコニコ生放送/Ustream、2015年6月 - 2015年12月)
  • ザ☆木曽さんちゅうアワー!(インターネット放送局シーウェイブ (配信サイト: Abema TV FRESH, Ustream, YouTube Live)、2014年 - )
    木曽さんちゅうと塩田忠道がMC。アシスタントMCを葵(Pinkish)と鈴木花純が週替わりで担当(2017年5月現在)[15]
  • 木曽さんちゅうのアイ・i・愛コレクション!!(1000人TV (配信サイト: YouTube Live)、2017年5月10日 - )[16]

ラジオ

インターネットラジオ

  • ウラチューン!(漫才協会youtubeラジオ、2015年4月 - 2016年1月)
  • 漫協口上委員会(漫才協会youtubeラジオ、2016年4月 - 7月)

脚注

注釈

  1. 「ねっち」と表記されることもあるが、誤りである。
  2. 2013年3月を最後に放送していないが、番組側は「放送時間調整のため」とし、番組終了を否定している。

出典

  1. “Wコロンが解散、ねづっちと木曽さんちゅうともピン芸人に”. お笑いナタリー (ナターシャ). (2015年4月1日). http://natalie.mu/owarai/news/142666 . 2015閲覧. 
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 Wコロン”. プロデューサーハウスあ・うん. 2012年10月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。. 2012閲覧.
  3. 3.0 3.1 3.2 今、最も旬な「じゃないほう芸人」Wコロン・木曽さんちゅうを直撃(日刊サイゾー・2010年9月14日)
  4. 4.0 4.1 足立朝日新聞 2010年8月5日号「ケーブルテレビ足立でお馴染み Wコロン ねづっち/木曽さんちゅう」
  5. 元Wコロン木曽さんちゅう 新コンビ「ケンメリ」結成「漫才師として活動」 - スポーツニッポン 2018年1月11日
  6. 2011年1月2日放送回『新春TV放談2011』(NHK)で発言。
  7. 7.0 7.1 Wコロン・ねづっち「整いました!」なぞかけ芸が時代にハマった深い理由(日刊サイゾー「お笑い評論家・ラリー遠田の【この芸人を見よ!】第78回」・2010年5月22日)
  8. [1]に証明有り。
  9. お笑いナタリー 2012年10月26日「Wコロンが真打ち昇進披露、漫才大会会見にナイツら出席」
  10. “Wコロンに亀裂 不仲認めるも「解散は考えてない」”. ORICON STYLE (オリコン). (2014年9月11日). http://www.oricon.co.jp/news/2041993/full/ . 2015閲覧. 
  11. “Wコロン、不仲きっかけで仕事が増加 解散は否定”. シネマカフェ (イード). (2014年9月11日). http://www.cinematoday.jp/page/N0066194 . 2015閲覧. 
  12. ナイツ塙、Wコロンを解散に追い込んだ張本人だったと明かす…「あの二人がマジになっちゃって」
  13. 2001年10月13日放送回に173KB、2002年5月25日放送回に129KB、2002年9月21日放送回に121KB、2003年4月25日放送回に117KBを記録している。なお、順位は2002年5月25日放送回は9位であり、残りの回は全て最下位に終わっている。
  14. 木曽さんちゅう”. Next所属タレント. (株)Next. . 2017閲覧.
  15. ザ☆木曽さんちゅうアワー 毎週木曜日 22:00 - 22:50放送”. シーウェイブ (2017年4月3日). 2017年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。. 2017閲覧.
  16. 5/24【1000人からTV】グラドルコレクション・プレゼンツ『木曽さんちゅうのアイ・i・愛コレクション!!』”. WAJA PRODUCE. 2017年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。. 2017閲覧.

関連項目

外部リンク

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