書誌学
書誌学(しょしがく、ドイツ語: Bibliografie、英語:bibliography)とは、書籍を対象とし、その形態・材料・用途・内容・成立の変遷等の事柄を科学的・実証的に研究する学問のことである。狭義では、個別の書籍を正確に記述した書誌に関する学問を指す。
日本
日本では、一般的に江戸時代以前の古典籍について、その成立・装幀・伝来等を含めて、その書籍に関する諸々の事柄を研究・記述する場合に用いられることが多い。
その歴史的な第一歩は、奈良時代の書目編纂に始まる。各大寺の経蔵の所蔵目録や、一切経の蔵経目録など、経録(仏典目録)類が盛んに編修された。平安時代になると、藤原佐世による漢籍目録の『日本国見在書目録』が現れる。また、蔵書目録としては、信西による『通憲入道蔵書目録』が見られる。また、平安末になると、宋刊本を用いた漢籍の校勘や、『万葉集』などの伝本の対校が実施されるようになった。鎌倉時代になると、仙覚律師による『万葉集』の校勘が、その水準の高さを誇っている。また、その末期には、『本朝書籍目録』という総目録が編纂されている。江戸時代には、山井崑崙[1]、近藤正斎、狩谷棭斎、渋江抽斎、森立之らの書誌学の大立者が現われた。
日本の近代については、印刷は主に活版で行われ、特有の書誌学的問題を生じさせた。問題点のありかは、参考文献の山下浩を参照)。
中国
中国における書誌学は、以下の諸学に類した学問か、或いはその一部であったり、その逆に相互に補完するものとして認識されて来た。
- 目録学 - 歴代の書目を対照し、巻数や字句の出入を考証し、更に古籍の出自や真偽を考察して、版本の優劣を見、系統を調査し、古籍の資料的価値を確定する学問。清の王鳴盛が、その著『十七史商榷』で用いたのが初見である。
- 校讎学 - 校勘学。版本の対校を行い、字句の校訂を行う学問。清朝の章学誠のみは、その著『校讐通義』において、より広い範囲を想定し、学問や学派の系統までを研究する学問であると定義している。
- 版本学 - 書誌学と同義語として用いられるが、やや好事家的な意味合いを含んだ学問として用いられている。
- 輯佚学 - 亡佚した古典(逸書)を、類書等への引用文を用いて復原する学問。
- 考証学 - 清朝伝統の考証学は、1900年前後の重大発現に触発され、その一分派として書誌学を開花させた。
エジプト
紀元前200年代に、詩人であり学者として活動したカリマコスは、アレクサンドリア図書館の膨大な蔵書の8分類し、目録を作成したことから「書誌学の父」と称される存在となった[2]。
英米
英米での書誌学は、次の三つに大別でき、近年ではこれに「歴史書誌学」が加わる。
- 分析書誌学(analytical bibliography)(critical bibliography あるいは textual bibliography ともいう。)
- 個々の図書の物質的形態・生成過程を精緻・詳細に掘り下げる学問。本文校訂の拠り所・ベースとなる。Textual criticismを参照。
- 記述書誌学(descriptive bibliography)は分析書誌学の成果を記述する作業といってもいい。記述書誌の最高峰は、W.W. Greg, A Bibliography of the English Printed Drama to the Restoration (The Biblographical Society 1939)である。記述理論書の最高峰は、以下の参考文献にあるバワーズの本である。
- 列挙書誌学(enumerative bibliography)
- 歴史書誌学(historical bibliography)
歴史書誌学は、新しい概念の書誌学で、フランスの「書物史」に近いものだと考えて差し支えない。その旗手は D.F. McKenzie である。
脚注
参考文献
- 廣庭基介・長友千代治 『日本書誌学を学ぶ人のために』 世界思想社、1998-05。ISBN 4-7907-0710-5。
- 藤井隆 『日本古典書誌学総説』 和泉書院、1991-04。ISBN 4-87088-472-0。
- 堀川貴司 『書誌学入門 古典籍を見る・知る・読む』 勉誠出版、2010-03。ISBN 978-4-585-20001-7。
- 山岸徳平 『書誌学序説』 岩波書店〈岩波全書セレクション〉、2008-02(原著1977-12)。ISBN 978-4-00-021893-1。
- 山田昭廣『本とシェイクスピア時代』(東京大学出版会、1979年)
- 山下浩: Edmund Spenser と夏目漱石の書誌学・本文研究
- 同 「ロングインタビュー『漱石全集』をめぐって」『漱石研究』第3号184-204頁(翰林書房、1994)
- 同 『本文の生態学――漱石・鷗外・芥川』(日本エディタースクール出版部、1993)
- Fredson Bowers Principles of Bibliographical Description (1962)(記述書誌学最高の理論書)