日米貿易摩擦
日米貿易摩擦(にちべいぼうえきまさつ)とは、第二次世界大戦敗戦後の日米関係において発生した貿易摩擦をはじめとする経済的要因によって発生した軋轢のこと。
概要
第二次世界大戦敗戦後、日本の経済成長と技術革新に裏打ちされた国際競争力の強化によって、アメリカに大量の日本製品が流入した。1960年代後半の繊維製品、1970年代後半の鉄鋼製品、1980年代のカラーテレビやVTRをはじめとする電化製品・自動車(ハイテク製品)などの輸出では、激しい貿易摩擦を引き起こした[1]。
1965年以後日米間の貿易収支が逆転してアメリカの対日貿易が恒常的に赤字(日本から見ると黒字)になると、問題が一気に噴出した。
1972年に日米繊維交渉(繊維製品)で譲歩しない当時通産大臣だった田中角栄に対してアメリカのリチャード・ニクソン政権が対敵通商法で輸入制限をちらつかせたために日本は対米輸出自主規制を受け入れ[2]、続いて1977年に鉄鋼・カラーテレビでもこれに続いたことによって一旦は収束した。
1980年代に入ると、今度は農産物(米・牛肉・オレンジ)、特に日本車が標的となり、更に1985年にアメリカの対日貿易赤字が500億ドルに達したことをきっかけに、日本の投資・金融・サービス市場の閉鎖性によってアメリカ企業が参入しにくいことが批判され、事実上日米間経済のほとんどの分野で摩擦が生じてジャパンバッシングが起きるようになった。1982年には日本人と間違われた中国系アメリカ人のビンセント・チンが自動車産業の中心地デトロイトで白人に殺害されたことはアジア系アメリカ人全体が人種差別に抗議する大きな社会問題となった[3][4]。さらに連動して、次に述べる「ハイテク摩擦」も目立つようになった。
日米ハイテク摩擦とは、以前からの経済的な摩擦(貿易摩擦)の背景の上に、半導体部品やその製品であるコンピュータ、航空宇宙などといったハイテク分野において日米間での衝突的な事象が多発したことを指す。具体的には、いくつかの分野では米国がスーパー301条の適用をちらつかせ、あるいは実際に適用し、日本製品を排斥した。コンピュータ分野では日米スパコン貿易摩擦でNECや富士通などのスーパーコンピュータを締め出し、IBM産業スパイ事件で日立の社員を逮捕するなど、両者の感情を逆撫でする事件が起きた。航空宇宙分野では、日米衛星調達合意による日本独自の人工衛星開発の抑制、F-2支援戦闘機の「共同開発」の押し付け(F-2 (航空機)#米議会による外圧を参照)などがあり、他にもミノルタハネウェル訴訟などの知的財産権をめぐる紛争、などがあった。
1985年、プラザ合意後も日本の貿易黒字・経常黒字は減るどころか1986-1988年にかけて1985年に比べ増えていった[5]。
1986年4月の「前川レポート」ではアメリカの要求にこたえて10年で430兆円の公共投資を中心とした財政支出(財政赤字)の拡大、民間投資を拡大させるための規制緩和の推進などを約束・実施した[6]。
1989年以後日米構造協議が実施され、続いて1994年以後年次改革要望書が出されるようになった。だが、その一方で1990年代に入ると軍事的・政治的にも台頭する中国の急激な経済成長に伴う米中貿易摩擦がアメリカ側の注目の対象となり、ジャパンパッシングと呼ばれる現象も発生するようになった。
2018年3月、対中対日貿易赤字を出馬[7]・就任[8]当初から問題視してきたドナルド・トランプ大統領は「日本の安倍晋三首相や他の偉大な友人たちは『アメリカをうまく出し抜いてきた』とほくそ笑んでいる。そういった時代は終わりだ」と述べ[9][10]、通商拡大法231条の国防条項を日本や中国など各国に適用して安全保障を理由とした輸入制限は36年ぶりである鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を発動し[11]、翌4月に8年ぶりの中日経済ハイレベル対話と閣僚会合が行われた際に日中両国は米国の輸入制限と貿易戦争や保護主義への懸念を共有した[12][13][14]。
議論
ISバランス論とは、経常収支が貯蓄投資バランスに等しいことから、相手国の経常収支を縮小させるため「国内投資(政府投資)を増やすべし」と要求する考え方である[15]。投資貯蓄バランス論が、財政赤字・投資を増やせ、貯蓄を減らせというアメリカの要求の裏づけとなっていた[16]。
経済学者の野口旭は「当時のアメリカ政府は、『貿易黒字』という字面だけを見て、貿易赤字を『損失』と捉え、『貿易黒字減らし』という無意味な要求を日本に行った」と指摘している[17]。
ミルトン・フリードマンは「アメリカが日本の経済運営にあれこれ口を挟むべきではない。また、日本もアメリカの経済運営に口出しすべきではない。どちらも自分の問題に専念すべきである」と指摘していた[18]。
キッシンジャーの下で働いていたリチャード・アレンによると、1972年のハワイ日米首脳会談では「リチャード・ニクソン大統領とキッシンジャーは繊維の話はせず安全保障の話ばかりしていた。P3CとE-2Cを売り込んでいた。」と語っている。
米国が中国の貿易黒字と中国の知的財産権問題を理由に中国のハイテク製品にスーパー301条の適用や日中の鉄鋼への輸入制限に動いた際には、日本の福田康夫元首相やプラザ合意当時に官僚だった元日本銀行副総裁の岩田一政などが80年代の日米貿易摩擦と酷似すると主張して中国にアドバイスを行ったことが注目され[19][20]、中国では日米貿易摩擦の研究が盛んにされてるという[21]。ウォール・ストリート・ジャーナル紙はかつて日本に鉄鋼の自主輸出規制を受け入れさせて米国が80年代の日本に対して行った半導体や自動車の輸入規制を中国にも適用すべきと主張[22]しているロバート・ライトハイザーのアメリカ合衆国通商代表部での再起用といった当時の日米貿易摩擦との類似性を認めつつ中国が報復する動き(米中貿易戦争 (2018年))を見せたことなど異なる点も指摘し[23]、中国共産党の機関紙人民日報は米国に対する中国のGDPの比率が80年代の日本より上回る点や安全保障で制約を受けてない点などを米中貿易摩擦との違いに挙げてる[24]。
参考文献
- 榎本正敏「日米経済摩擦問題」(『国史大辞典 15』、吉川弘文館、1996年)
脚注
- ↑ 三和総合研究所編 『30語でわかる日本経済』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2000年、76頁。
- ↑ 小長啓一『〈証言そのとき〉国策とともに5 織機買い上げ損失補う』朝日新聞2012年6月4日
- ↑ Wei, William (2002年6月14日). “An American Hate Crime: The Murder of Vincent Chin”. Tolerance.org. Southern Poverty Law Center. . 2018閲覧.
- ↑ “Yellowworld.org: Remembering Vincent Chin”. yellowworld.org. . 2018閲覧.
- ↑ 岩田規久男 『日本経済を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2005年、56頁。
- ↑ 伊藤修 『日本の経済-歴史・現状・論点』 中央公論新社〈中公新書〉、2007年、114頁。
- ↑ “Here's Donald Trump's Presidential Announcement Speech”. TIME. (2015年6月16日) . 2018閲覧.
- ↑ “トランプ氏、日本に2回言及 中国やメキシコと並列で”. 日本経済新聞. (2017年1月12日) . 2018閲覧.
- ↑ “安倍首相は「出し抜いて笑み」=トランプ氏、対日貿易に不満”. 時事通信. (2018年3月23日) . 2018閲覧.
- ↑ “Misreading Trump: Ally Japan Is Spurned on Tariff Exemptions”. ニューヨーク・タイムズ. (2018年4月6日) . 2018閲覧.
- ↑ “米鉄鋼輸入制限が発動 日本も対象、EUなど猶予”. 日本経済新聞. (2018年4月6日) . 2018閲覧.
- ↑ “サービス業で協力確認、日中閣僚会合 保護主義への対応も議論”. 日本経済新聞. (2018年4月16日) . 2018閲覧.
- ↑ “第4回中日ハイレベル経済対話が東京で開催”. 人民網. (2018年4月17日) . 2018閲覧.
- ↑ “日中財政担当相会談 財政当局の協力確認”. 毎日新聞. (2018年4月16日) . 2018閲覧.
- ↑ 高橋洋一「ニュースの深層」 「経常収支赤字で日本経済が危ない」は俗説!マスコミ報道に騙されるな現代ビジネス 2014年2月17日
- ↑ 伊藤修 『日本の経済-歴史・現状・論点』 中央公論新社〈中公新書〉、2007年、117頁。
- ↑ 野口旭 『ゼロからわかる経済の基礎』 講談社〈講談社現代新書〉、2002年、209頁。
- ↑ ミルトン・フリードマン 「世界の機会拡大について語ろう」 〜「グローバルビジネス」1994年1月1日号掲載ダイヤモンド・オンライン 2011年8月1日
- ↑ “「中国は日本から教訓を得るべき」、福田元首相の発言が中国で反響”. Record China (2018年4月10日). . 2018閲覧.
- ↑ “通貨高求める米圧力で日本の経験中国に伝授-岩田元日銀副総裁”. ブルームバーグ. (2018年4月11日) . 2018閲覧.
- ↑ “米中貿易戦争に備え「日米貿易摩擦」を教科書にする中国 日本の元首相も「相似点」を指摘”. 産経ニュース. (2018年5月4日) . 2018閲覧.
- ↑ Jennifer Jacobs (2017年1月2日). “Trump Taps China Critic Lighthizer for U.S. Trade Representative”. ブルームバーグ . 2018閲覧.
- ↑ “米中貿易紛争、80年代の日米摩擦と同じではない”. ウォール・ストリート・ジャーナル. (2018年4月11日) . 2018閲覧.
- ↑ “米中貿易戦争で日米貿易摩擦に言及、「中国の底力は当時の日本より強大」と中国メディア”. Record China. (2018年4月16日) . 2018閲覧.
関連項目
- 国際収支統計 - 重商主義
- グローバル・インバランス
- レーガノミクス
- プラザ合意
- 日米構造協議
- 年次改革要望書
- ジャパンバッシング
- 日米開戦
- 「NO」と言える日本
- ジャパン・アズ・ナンバーワン
- ビル・エモット
- チャルマーズ・ジョンソン