日本祖語

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日本祖語(にほんそご)とは日本語族に属す諸言語の祖語である。日琉祖語とも呼ばれる。

起源

日本祖語がどの系統の言語に属すかについて明確な結論は出ていないため、現在では日本語族と他の語族との関連性は立証されていない。様々な説があるが、文法など類型的には、朝鮮語およびアルタイ諸語との関連性が高いとする見方が比較的有力である。語彙については高句麗語死語)との類似が指摘されており、高句麗語などとともに扶余語族に属するとする仮説がある。しかし、現在残っている高句麗語史料の少なさから立証は困難である。

日本語と琉球諸語の分岐

日本語琉球諸語は日本祖語から分岐した同系統の言語である。その分岐年代は定かではないが、 服部四郎によれば京都方言首里方言は1500〜2000年前に分岐したと推定されており、外間守善によれば琉球諸語は日本祖語から2〜7世紀に分岐したとされている[1]。現代日本語と琉球語は一定の発音の対応が見られる(北琉球方言:ガ行→ジャ行、キャ行→チャ行等)。とくに、現代琉球語の音素"g"(例:"グシチ"、[本土の"ススキ"])の起源を探ることは日本祖語再構のための重要な手がかりである。

再構

音韻

母音の数は論争が有り定まっておらず、4~7までとされている。基本的な母音はi, ə, a, uの4つとされていたり、将又i, e, a, o, u, ɨ, əの7母音構成であるとの意見もある。子音は/p/, /t/, /k/, /b/, /d/, /m/, /n/, /s/, /r/に、軟口蓋の摩擦音/C(?)/を加えた10があげられる。/s/については/ts/の可能性がある。なお、このページでは子音/b/, /d/をそれぞれ/w/, /y/として扱う。*ジョン・ホイットマンビャーケ・フレレスビッグは日本祖語の7母音説を唱えている[2]。 彼らによれば、日本祖語が

  • u + o, u + a =o₁(例:situ-ori = sito₁ri, kazu-ap- = kazo₁p-)
  • u + i, ɨ + i = i₂ (例:sabu-i = sabi₂, waku-iratuko = waki₂ratuko₁, ɨpɨ-isi = opi₂si, ɨpɨ-i = opi₂)
  • a + i, ə + i = e₂ (例:aka-i = ake₂, taka-iti = take₂ti, tənə-iri = tone₂ri, wə-inu = wenu)
  • i + a, i + ə, i + ɨ = e₁ (例:saki-ari = sake₁ri, pi-əki = pe₁ki)

という具合に上代日本語の甲部乙部に変化していったとしている。[3]日本祖語の特徴としては、同じ母音を含む音節が結合する単語がよく見つかり母音調和を行っていた根拠とも言われるが、真相は定かではない。同一結合単位内(語根内)においてɨはaやə、aはɨやə、əはɨやaと共存しない可能性がある。

  • 赤(aka) + i > 明け(ake₂)
  • 大(ɨpɨ) + i > 生い(opi₂ )
  • 城(ku) + i > 城(ki₂)
  • 木(kɨ) + i > 木(ki₂) など。
日本祖語 上代日本語
i i
e i ~ ye
a a
o u ~ wo
u u
ɨ o
ə o
上代日本語では、以下のような母音変化もみられる
単語 熟語
i₂ → u、o₂ 身(mi₂ 身代はり(mu-kapari)、持つ(mu-tu)
月(tuki₂ 月夜見(tuku-yo₁-mi₁)
神(kami₂ 神風(kamu-kaze)
茎(kuki₂ 茎立ち(kuku-tati)
木(ki₂ 木立ち(ko₂-dati)
火(pi₂ 火影(po₂-kage₂)
黄泉(yo₂mi₂ 黄泉国(yo₂mo₂-tu-kuni)
o、o₂ → e、e₂ 藻(mo₂ 若布(wakame₂
枝(yo₂ 枝(yeda)、楚(supaye
e 、e₂→ a、o₂ 酒(sake₂ 杯(saka-duki₁)
背(se 背く(so₂-muku)
目(me₂ 前・目方(ma-pe₂)
手(te 掌(ta-na-go₂ko₂ro₂)
目(me₂ 眼(ma-na-ko₁)
雨(ame₂ 雨宿り(ama-yado₂ri)
風(kaze 風上(kazakami₁)

語彙

基礎語彙
small
big ɨ
face tura
eye ma
nose pana
mouth kuti
leg panki

[4]

  • aka(赤) < akar-(あかるい) akari(あかり)
  • siro₁(白) < sirus-(しるす) siru-pe(しるべ)
  • kuro₁(黒)< kurup-(くるふ) kurum-(くるむ)  

白と黒に関して、嘘(くるう/ふざける)と誠(記す/真実を伝える)で対になっている可能性がある。 青に関しては「未熟な」という意味合いをもつ可能性がある。

  • わ行音と青色や水の関連性も指摘される。ただし、は行音や水の関連性もある。*アイヌ語で「水」は「wakka」
    • awo(青)、awi(藍)
  • 小さい・未熟・少しという意味を持つ和語

わ行

    • wo(小)、wot-(変若つ・復つ)、waka-(若い)、wosana-(幼い)、yawa-(柔い)、yowa-(弱い)、waduka(僅か)、war-(わろし)、suwe(末)、siwor-(萎れる)、supawe(楚)、warawa(童)、motowi(基)、wosi-(惜しい)、usu-(薄い)、kuwasi-(詳しい)、awar-(憐れ)、wosopar-(教る)、wos-(牡す)、wo(尾)

は行

    • sibarak-(暫く)、mabatak-(瞬く)、pina(雛)、pajime(始)、payak-(早く)、paru(春)、pirak-(開く)、tubu(粒)、wopar-(終り)、pito(一)、pitor-(孤り)、pakana(儚)
  • 海や川、湖に関係する和語

わ行

    • watar-(渡る)、wak-(湧く)、wata(海)、wi(井)、iwo/uwo(魚)、miwo(澪)、sawo(竿)、misawo(水棹)、wani(鰐)、waki(液)、kawak-(渇き)、wep-(酔う)、katuwo(鰹)、wokoze(虎魚)、wosidori(鴛鴦)、uwa(浮)、usipo(潮)、tomowe(巴)、wi(藺)、ura(浦)、umo(芋)、iwasi(鰯)、inuwi(乾)、uruo-(潤い)、nawi(地震)、sawara(鯖)、unagi(鰻)、umi(海)、uni(海胆)

は行

    • pasi(橋)、puti(淵)、abura(油)、obor-(溺れ)、saba(鯖)、pi(氷)、puyu(冬)、kapa(川)、kapi(峡)、apa(泡)、kapa(獺)、pama(浜)、abir-(浴)、sibi(鮪)、sibu-(渋)、kapi(蛤・貝)、ibar-(尿り)、pune(舟)、puka-(深い)、puka(鱶)、puk-(吹く)、pugu(鰒)、pukube(瓠)puna(鮒)、buri(魳)、patisu(蓮)、pasu(鰣)、pasike(艀)、paze(鯊)、pamo(鱧)、paya(鮋)、parako(鰚)、supasi(鰢)、suber-(滑る)、kubo(窪)、sibuki(沫)、pisi(菱)、pora(鰡)、apiru(鶩)、potob-(潤び)、apabi(鮑)、pe(舳)、po(帆)、sipo(潮·塩)、usipo(潮)、pisom-(潜む)、potori(畔)、pire(鰭)、piru(蛭)、pitar-(浸り)、por-(掘り)、posi(干)、puro(風呂)、sapa(沢)、kopi(鯉)、tubo(壷)、nabe(鍋)、pe(瓮)

上代日本語O₁の起源

上代日本語のo₁に関しては謎が多く、上代日本語o₁の多くは二音節以上の単語の最終音節(final position)か、一音節の単語の中で見つかる。ここで、ジョン・ホイットマンビャーケ・フレレスビッグは「婿/mo₁ko₁, muko₁」という単語を例に、語頭、語中では"u", 語尾では"wo"という仮説を立てる。このため、日本祖語の"o"は上代日本語の頃には語頭語中でuと合流したと考えられる。 また、e₁も同様に語頭語中でiと合流したと考えられる。

語尾のo₁

  • wotoko₁(をとこ/男)< wətə(未婚の) + kwo
  • wotome₁(をとめ/乙女)< wətə(未婚の) + mye

語中のo₁

  • wokuna(をぐな/童男) < wə(幼い) + kwo(男) + na
  • womina(をみな/女)< wə(幼い) + mye(女) + na
  • okina(おきな/翁)< ɨ(老いた) + kwo(?) + na
  • omina(おみな/媼)< ɨ(老いた) + mye + na


  • kuro₁ < koro?
  • kumo₁ < komo?
  • suso₁ < soso?
  • tuno₁ < tono?

また、上代日本語"wo"は日本祖語"wo", "wɨ", "wə"からくるものだとする。これにより、上代日本語の"awo", "to₂wo"など有坂・池上の法則に従わない単語がある理由を説明できる。

  • to₂wo < tɨwɨ, təwə
  • awo < awo

有坂・池上の法則とは、次のようなものである。

  • オ列甲類とオ列乙類は、同一結合単位(語幹ないし語根の形態素)に共存することはない。
  • ウ列とオ列乙類は同一結合単位に共存することは少ない。特にウ列とオ列乙類からなる2音節の結合単位においては、そのオ列音はオ列乙類ではない。
  • ア列とオ列乙類は同一結合単位に共存することは少ない。

格助詞

日本祖語 現代日本語
主格 - が(ga)
対格 wo を(o)
所有 ga の(no)
属格 no の(no)
所属 tu の(no)
共格 to と(to)
奪格 ju から(kara)、より(yori)

格助詞「つ」は現在使われていないが、現代語の名詞に現れることがある。

  • wata-tu-mi₁(海つ神霊/わだつみ)こちらのmi₁は"kami₂"の「ミ」ではなく、「御霊/みたま」などの「ミ」であるため甲部である。神は当て字
  • yama-tu-mi₁(山つ神霊/やまつみ)
  • ika-tu-ti(厳つ霊/いかづち)雷
  • mi₁-tu-ti(水つ霊/みづち)蛟
  • no₁-tu-ti(野つ霊/のづち)野槌
  • ma-tu-ke₂(目つ毛/まつげ)睫毛
  • mi₂-tu-kara(身つ柄/みづから)自ら
  • woto₂-tu-pi₁(遠つ日/をとつひ)一昨日
  • ya-tu-ko₁(家つ子/やつこ)奴

ただし、出づ水(泉/いづみ)は格助詞「つ」ではなく"出る水"という意味である。

格助詞「な」も同様に、以下の単語が挙げられる

  • mi₁-na-to₂ (水な戸/みなと)港
  • mi₁-na-mo₂to₂ (水な元/みなもと)源
  • mi₁-na-tuki₂ (水な月/みなづき)水の月=水無月[6月]
  • kamu-na-tuki₂ (神な月/かむなづき)神の月=神無月[10月]
  • kamu-na-kara (神な柄/かむながら)随神

脚注

  1. 『岩波講座 日本語11方言』191頁。
  2. Frellesvig, Bjarke; Whitman, John, ed. (2008), Proto-Japanese: Issues and Prospects, John Benjamins, ISBN 9789027248091
  3. http://conf.ling.cornell.edu/whitman/VowelsofProto-Japanese.Martfest.pdf
  4. http://scholarspace.manoa.hawaii.edu/bitstream/handle/10125/3070/uhm_phd_4312_r.pdf?sequence=1