年功序列
年功序列(ねんこうじょれつ)とは、官公庁や企業などにおいて勤続年数、年齢などに応じて役職や賃金を上昇させる人事制度・慣習のシステム。
アメリカの経営学者であるジェイムズ・アベグレンが1958年の著書『日本の経営 I』において終身雇用や企業内労働組合とともに「日本的経営」の特徴として欧米に紹介した[1]。英語でもNenko Systemなどと表現される。その他、個人の能力、実績に関わらず年数のみで評価する仕組み一般を年功序列と称することもある。
年功序列制度は、加齢とともに労働者の技術や能力が蓄積され、最終的には企業の成績に反映されるとする考え方に基づいている!
概説
ジェイムズ・アベグレンは非欧米諸国としていち早く工業化を達成した日本において企業運営がどのようになされているか分析することで、非欧米諸国での工業化についての課題を研究[1]。ジェイムズ・アベグレンは、年功序列制度を、企業が従業員の雇用を一生保障する代わりに、労働組合は経営側に対して調和的スタンスで協力し、会社を一つの家族のように長期的視点で発展させていくという村共同体的な組織文化であると分析した[2]。
経営学におけるエージェンシー理論の説明では、若いときには賃金は限界生産力を下回り、高齢になると限界生産力を上回る。これは賃金の観点において強制的な社内預金をすることになる。そのため、労働者はその社内預金を回収するまでは、結果的に長期在職を強いられる。このことを遅延報酬(deferred compensation)[3]とも言う。また、定年制との関係では、企業は高齢の従業員を定年制を設けて強制的に退職させるという説明がされている[4]。
年功序列の賃金体系のもとでは、実働部隊たる若年者層は、管理者である年長者層に比べ賃金が抑えられる傾向にある。若年層のモチベーション維持には、若年者もいずれ年功によって管理職に昇進し賃金が上昇する(若い頃には上げた成果に見合う賃金を受けられなくても、年功を積めば損を取り戻せる)という確証をもてる環境が必要であり、終身雇用制度は年功序列制度を補強する制度となっている[5]。
ジェイムズ・アベグレンの年功序列制度の問題提起は大変画期的なものであった[1]。ただし、日本の労働市場でこのような労働待遇がみられるのは主に大企業の常用労働者に限られるという指摘もある[1]。また、欧米でも大企業のコアレーバーには類似のシステムがみられる[1]。ただし、労働市場の内部化の程度はアメリカと日本を比べると日本のほうが強いと指摘されている[1]。欧米でも、賃金プロファイル(横軸に年齢、縦軸に賃金水準をとったグラフ)が右上がりである傾向は特にホワイトカラー労働者について見られるが、ブルーカラー労働者については30歳代以降に賃金が上昇する割合が日本より弱い[3]。
歴史
日本の年功序列制度は戦後になって出来上がったシステムである[2]。
戦前の日本では大卒者の比率が圧倒的に少なく、旧帝国大学出身者が大企業に入社して数年で百人規模の部下を持つことも珍しくなく[2]、鉱山会社などでは大卒の若手技術者が1,000人もの部下を擁していた事例もある[2]。
日本では高度成長期の到来とともに労働市場の内部化が進展した[1]。ピラミッド型の人口構造で右肩上がりの経済成長の下で、企業側は関連業務をすべて企業内で行い、専門的な労働力を確保して育成するという経営システムを構築した[6]。労働者側からも安定雇用と収入増への期待から終身雇用や年功序列型賃金を受け入れる環境にあった[6]。
1960年代の高度経済成長期は経済が拡大を続けた。また石油ショック以降の安定成長時代である1970年代後半から1980年代末期は団塊ジュニア世代の学齢期に当たり、数多い若年者の賃金を低く抑え、一方で年配者の賃金を高くすることに経済合理性があったということができる。
しかし、成熟経済となり企業が将来の成長を見込んで労働力を囲い込む必要性が低下し、次第に分社化やアウトソーシング化などによる経営効率化が図られるようになった[6]。
バブル崩壊以降の日本社会は、経済停滞が長引いたこともあり、総じて自国の経済・社会慣行に自信を失っており、長期雇用や年功賃金など我が国企業に定着していた雇用慣行についても、見直すべきだとする意見が強まった。長期雇用については、雇用を安定させる機能とともに、人材育成機能を備えていることから、それそのものを否定する意見は多くはなかったが、長期雇用のもとにある正規労働者を絞り込むとともに、その職業能力開発も、労働者の自己責任に切り替えるべきだとする考え方も強まった。さらに、賃金制度についても、個々の労働者の業績や成果を、短期的にも賃金へ反映させるべきだとの考え方が強まり、大企業を中心に業績・成果主義的な賃金制度を導入する傾向が強まった。これらの結果、雇用形態では、若年層中心に非正規雇用が増加し、雇用者の収入格差を拡大させるとともに、大企業での業績・成果主義の強まりは、大卒ホワイトカラー労働者の賃金格差を拡大させる方向へと作用した。企業における雇用慣行は、労使関係者の考え方や企業内での制度改革の動向から影響を受けるが、同時に、国民意識の変化からも大きな影響を受けていると考えられる。非正規雇用者の増加や所得・賃金格差の拡大を目の当たりにし、人々の長期雇用や年功賃金に関する意識は、今日、改めて、それらを再評価する方向へと動いてきている[7]。
日本経済団体連合会は2011年、「経営労働政策委員会報告」の中で、定期昇給制度について、国際競争の激化や長引くデフレで「実施を当然視できなくなっている」と明記。「労使の話し合いにより、合理的な範囲で抜本的に見直すことが考えられる」と指摘した[8]。
年功序列制度の利点と欠点
利点
- 賃金の査定が容易である。
- 賃金は年齢や勤続年数に応じて定められるため、経営者や管理者が従業員の勤務成績を評価する必要が薄い。
- インセンティブ効果
- 企業特有の技能への投資
- 人生設計がしやすい。
欠点
- 事なかれ主義
- 大過がなければ昇進していくので、リスクのある行動に積極的でない。また、思い切った施策が出ない。特に官公庁や官営・公営の法人などではそのような傾向が顕著である。
- 転職者や非正規雇用に不利
- 同一企業への勤続が重視される事や、賃金が高く付く為に、特に高年齢の転職者が制度的に不利になる。また、長期雇用を前提としない派遣社員は年功序列制度の対象外とされ、賃金を相対的に低く抑えられてしまう。
- 人材の流出
- 若年層は職務内容に比して薄給を強いられるため、年齢に係らず能力相応の賃金を得られる企業や国に人材が流出してしまう。若く、能力が高いほど、実際の職務と評価との乖離が大きくなるため、年功序列制度を避ける結果となる。
- 人員配置が硬直的になる
- 抜擢人事が行いにくい。また、高賃金の年長者は配置転換したり賃金を下げたりしにくい為、切り捨てられる。
- 既卒(就職先がないまま卒業した学生)の就職が不利
- 年齢が上がるほど企業内の年齢による賃金モデルから外れてしまうため、企業は既卒や博士をあまり採用したがらない。従って、不況期に就職活動を始めた世代は、採用の厳選化によって大量の学生が内定を得られなくなる。その後で景気が回復しても、その時の新卒を大量に採る一方で不況期に就職できなかった世代は新卒と同じようには採用しながらないため、世代間による雇用機会の不均衡が生じる。
- 天下りの発生
- 年功序列の賃金モデルを維持するために、子会社の幹部ポストに社員を送り込む事が行われる。必然的に子会社の生え抜き社員の出世が見込みづらくなり、賃金の向上が望めない環境が生まれる。公官庁の場合は、庁内のポストに付けなかった人間を国からの補助金のある独立行政法人や公益法人に送り込む形で制度を維持しようとする。
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 榊原英資「強い円は日本の国益」東洋経済新報社、2008年、112-116頁
- ↑ 2.0 2.1 2.2 2.3 波頭亮「経営戦略論入門」PHP研究所、2013年、178頁
- ↑ 3.0 3.1 小田切宏之 『企業経済学』 東洋経済新報社、2010年、387-394頁。ISBN 978-4-492-81301-0。
- ↑ 三谷直紀『年功賃金・成果主義・賃金構造』
- ↑ 逆に言えば、終身雇用よりも中途での転職のほうが一般的であれば、賃金は年齢に依存しなくなる(小田切 (2010))。
- ↑ 6.0 6.1 6.2 原田泰「人口減少の経済学」PHP研究所、2001年、178頁
- ↑ 平成22年版労働経済白書p.194
- ↑ 『日本経済新聞』2011年12月25日付「定昇、見直し議論を」経団連、春季交渉で報告案 役割等級制など提示へ
関連文献・記事
関連項目
- 職務給(欧米で広く採り入れられている賃金制度)
- 職能給
- 能力主義
- 人事
- 雇用
- 労働
- 日本的経営
- 終身雇用
- 成果主義
- わたり
- 正規社員の解雇規制緩和論
- ハンモックナンバー
- 建制順(「組織の年功序列」と説明されることがある。)
- 新卒一括採用
- 体育会系
- 年齢主義と課程主義
- 上下関係
- 年齢階梯制