平安神宮
平安神宮(へいあんじんぐう)は、京都府京都市左京区にある神社である。旧社格は官幣大社、勅祭社。現在は神社本庁の別表神社。
歴史
1895年(明治28年)4月1日に平安遷都1100年を記念して京都で開催された内国勧業博覧会の目玉として平安京遷都当時の大内裏の一部復元が計画された。当初は実際に大内裏があった千本丸太町に朱雀門が位置するように計画されたが、用地買収に失敗。1893年(明治26年)9月3日に地鎮祭が執り行われ[1]、当時は郊外であった岡崎に実物の8分の5の規模で復元された。
博覧会に先立つ3月15日には、平安遷都を行った天皇であった第50代桓武天皇を祀る神社として創祀された[2]。皇紀2600年にあたる1940年(昭和15年)に、平安京で過ごした最後の天皇である第121代孝明天皇が祭神に加えられた。平安神宮では、京都を守る四神の御守が授与されている。
1976年(昭和51年)1月6日、火災(平安神宮放火事件)が発生し本殿・内拝殿など9棟が炎上、焼失した。ただし、外拝殿である大極殿は延焼をまぬがれている。創建が比較的新しかったことから、当時はこれらの建物は文化財指定を受けていなかったため、再建のための国からの補助金が見込めなかった。しかし、全国からの募金により、本殿や内拝殿は3年後に再建された。この火災は、後に日本の新左翼活動家加藤三郎の犯行と判明した[3]。
1994年(平成6年)3月15日には、平安神宮御鎮座百年祭が執り行われた[4]。
社殿
社殿は平安京の大内裏の正庁である朝堂院(八省院)を縮小(長さ比で約8分の5)して復元したものである。大きく赤く光る朱色が特徴的な正面の門は、朝堂院の應天門を模している。その内側の左右の殿舎は朝集堂の再現である。外拝殿は朝堂院の正殿である大極殿(左右には蒼龍楼と白虎楼が付属する)を模している。1895年(明治28年)に完成、本殿は1976年(昭和51年)1月1日未明に出火した火災により焼失[5]。1980年春に再建。
- 白虎楼:東方の蒼龍楼と共に平安京朝堂院の様式を模したものである。屋根は、四方流れ・二重五棟の入母屋造・碧葺が施されている。蒼龍白虎の名称は「この京都が四神(蒼龍・白虎・朱雀・玄武)相応の地」とされたことに因むものである。建坪 25坪(約82.7平方メートル、桁行並び梁行 32.5尺(約9.85メートル)[6]
- 蒼龍楼:西方の白虎楼と共に平安京朝堂院の様式を模したものである。屋根は、四方流れ・二重五棟の入母屋造・碧葺が施されている。
- 基本的にはこれらの建築様式は、平安時代後期(11 - 12世紀)の第3次八省院(延久4年(1072年)再建、治承元年(1177年)焼亡)を再現したものとなっている。この時の大極殿などの姿は、後白河法皇が作らせた「年中行事絵巻」に描かれている。ただ、大極殿と応天門の間には本来は会昌門と朝堂12堂が存在し、応天門の左右には翔鸞楼と栖鳳楼という楼閣が付属していたが、これらは平安神宮では復元されていない。また、平安神宮の社殿の瓦はすべて緑釉瓦となっているが、近年の研究によると平安時代の大極殿では軒先と棟部分だけにしか緑釉瓦は使われていなかったと推定されている。
設計は、伊東忠太・ 木子清敬・佐々木岩次郎[7]。2010年12月、大極殿など6棟が国の重要文化財に指定された。また、参道の大鳥居は24.4mの高さがあり、国の登録有形文化財に登録されている。
敷地面積は約10,000坪の日本庭園である「平安神宮神苑」を含め、約20,000坪ほどある。神苑は明治から昭和にかけての名造園家である7代目・小川治兵衛(植治)が20年以上かけて造った名園で、国の名勝に指定されている。琵琶湖疏水から水を引き入れており琵琶湖では外来魚のために見かけることが出来なくなったイチモンジタナゴが生存していることが確認されている。神苑には人里には少ないカワセミやオオタカなどの鳥類や、甲羅に草を生やすミノガメ、日本では非常に珍しいミナミイシガメなどが棲息している。
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祭事
- 1月1日 - 歳旦祭 皇室の弥栄や、世界の安泰、信奉者の平和を祈念する祭。巫女による「浦安の舞」が奉納される。
- 1月3日 - 元始祭 政治(まつりごと)を始めるに先立って行われる祭事。
- 1月15日 - 成人祭 新成人の平安と弥栄を祈願する祭。巫女による「平安の舞」が奉納される。
- 1月30日 - 孝明天皇祭 孝明天皇の命日に当たって行われる祭り。巫女による「平安の舞」が奉納される。
- 2月3日 - 節分祭
- 2月11日 - 紀元祭 神武天皇が即位したとされる日を祝う祭。応天門南西側の「建国記念之碑」前で記念式典が行われる。
- 3月15日 - 桓武天皇御鎮座記念祭 平安神宮の創建と桓武天皇が祀られた日を記念する祭事。
- 春分の日 - 祈年祭
- 4月13日 - 桓武天皇祭 桓武天皇の命日にて行われる祭儀
- 4月15日 - 例祭 桓武天皇が即位後初めて百官の拝賀を受けたとされる祭儀[8][9]。
- 4月16日 - 例祭翌日祭 平安神宮の附属団体会員が参列し、例祭斎行を祝する祭り
- 4月29日 - 昭和祭
- 立夏 - 更衣祭
- 6月15日 - 献酒祭 神酒をご神前に供え、醸造安全を祈願する祭儀
- 6月30日 - 夏越大祓式 無病息災を祈願する行事。茅の輪をくぐり半年間の汚れを祓う。
- 7月15日 - 茶業繁栄祈願献茶祭 製茶家らが収穫した茶を奉納して備える祭[9]
- 10月22日 - 時代祭 創建を記念して、平安京遷都の日に行われるようになった。
- 11月24日 - 献菓祭 全国銘菓献饌奉賛会が全国の銘菓を奉献する[9]。
- 毎月1日 - 月首祭 全国崇敬者各位の平安が祈念される祭り。「浦安の舞」が奉納される[9]。
- 毎月15日 - 月次祭 桓武天皇御鎮座の日にあたり、崇敬者各位の平安が祈念される祭り。「延暦の舞」が奉納される[9]。
- 毎月19日 - 月次祭 孝明天皇御鎮座の日にあたり、崇敬者各位の平安が祈念される祭り。「平安の舞」が奉納される[9]。
文化財
- 重要文化財
- 大極殿
- 東西歩廊 2棟
- 蒼龍楼
- 白虎楼
- 應天門
- 登録有形文化財
- 額殿
- 斎館
- 神楽殿
- 神門翼廊
- 西祭器庫
- 西神庫
- 西門及び西外廻廊
- 大鳥居
- 東祭器庫
- 東神庫
- 東門及び東外廻廊
- 透塀及び後門
- 内廻廊
- 南歩廊 - 1940年(昭和15年)建造。2006年(平成18年)8月21日登録。木造平屋建で瓦葺、建築面積は288m2[10]
- 名勝
近隣施設
平安神宮の周辺は岡崎公園として整備されており、文化ゾーンになっている。大鳥居を挟んで西には京都府立図書館、京都国立近代美術館、ロームシアター京都、東には京都市美術館、京都市動物園などがある。
交通アクセス
- 京阪鴨東線 神宮丸太町駅(東へ徒歩約15分)、および京都市営地下鉄東西線 東山駅(北へ徒歩約10分)。
- 京都市営バス
脚注
- ↑ 平安神宮百年史編纂委員会 1997a, p. 124.
- ↑ 平安神宮百年史編纂委員会 1997a, p. 126.
- ↑ 旭川医科大学研究フォーラム 年表 (PDF)
- ↑ 平安神宮百年史編纂委員会 1997a, p. 276.
- ↑ 平安神宮百年史 平安神宮百年史編纂委員会編 1976 P.304
- ↑ 建物正面の看板に記載板
- ↑ 1997年 平凡社 京都・山城寺院神社大辞典 「平安神宮」
- ↑ 『伊勢神宮と全国「神宮」総覧』 p.118, 別冊歴史読本39 第28巻08号, 新人物往来社, 2003年 ISBN 4-404-03039-8
- ↑ 9.0 9.1 9.2 9.3 9.4 9.5 平安神宮 祭典・行事一覧 http://www.heianjingu.or.jp/shrine/schedule.html, 2017年3月5日閲覧
- ↑ 『京都府文化財総合目録 平成18年版』京都府教育委員会 2006年p.490
関連図書
- 安津素彦・梅田義彦編集兼監修者『神道辞典』神社新報社、1968年、54頁
- 白井永二・土岐昌訓編集『神社辞典』東京堂出版、1979年、305頁
- 菅田正昭『日本の神社を知る「事典」』日本文芸社、1989年、127頁
- 上山春平他『日本「神社」総覧』新人物往来社、1992年、170-171頁
- 『神道の本』学研、1992年、221頁
- 佐和隆研 他「京都大事典」淡交社、1984年、ISBN 4473008851、p.813
- 『平安神宮百年史 本文編』 平安神宮百年史編纂委員会、宗教法人 平安神宮、1997年。
- 『平安神宮百年史 年表編』 平安神宮百年史編纂委員会、宗教法人 平安神宮、1997年。
- 『名勝 平安神宮神苑記念物 尚美館(貴賓館)泰平閣(橋殿)保存修理工事報告書』 財団法人 建築研究協会、平安神宮、2004年。
- 『京都府文化財総合目録』 京都府教育委員会、財団法人 京都文化財団、2006年。
- 『京都の明治文化財』 財団法人 京都文化財保護基金、財団法人 京都文化財保護基金、1968年。
- 『京都市の文化財』 京都市文化観光局文化部文化財保護課、京都市文化観光局文化部文化財保護課〈京都市指定・登録文化財集〉、1992年。
- 『伊勢神宮と全国「神宮」総覧』 佐藤實、新人物往来社〈別冊歴史読本39〉、2003年。
- 『京都市の地名』 下中邦彦、平凡社、1979年。
関連項目
外部リンク