守秘義務
守秘義務(しゅひぎむ)とは、一定の職業や職務に従事する者・従事した者・契約をした者に対して、法律の規定に基づいて特別に課せられた「職務上知った秘密を守る」べきことや、「個人情報を開示しない」といった、法律上の義務のことを指す。
Contents
概要
守秘義務は、公務員・弁護士・弁理士・税理士・司法書士・土地家屋調査士・行政書士・社会保険労務士・海事代理士・医師・歯科医師・薬剤師・看護師・介護福祉士・中小企業診断士・宅地建物取引士・無線従事者など、その職務の特性上、秘密と個人情報の保持が必要とされる職業について、それぞれ法律により定められている。これらの法律上の守秘義務を課された者が、正当な理由(令状による強制捜査など)がなく、職務上知り得た秘密を(故意または過失、若しくは窃用)で、内容を漏らした場合、各法令で処罰の対象となる。
守秘義務の存在にかかわらず、職務上知り得た秘密を開示することが認められる「正当な理由」の範囲や対象については、法解釈上、非常に難しい問題がある。組織に属する者が、その組織の不正行為を知り、その不正行為が守秘義務の対象となる情報を含んでいる場合、その者が内部告発することによって確保される公益と、その者に課せられている守秘義務のいずれが尊重されるべきか、という問題がある。
近年、工学系の諸学会において、このような問題を含む技術者倫理のあり方が検討されている。今後、公益通報者保護法のような法規によって、この問題に一応の決着を付けることが期待されているが、実際には個別事案ごとに判断せざるを得ず、法規によって一律に線を引くことは「不可能である」との意見もある。
児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法)では、虐待のおそれのある児童を発見した、学校の教職員・医師・歯科医師・看護師・弁護士などに、児童相談所への通告を義務づけ、これら職種に課せられた守秘義務を、明文で排除している(同法6条1項、3項)。
守秘義務と言えば、従来は公務員や一部の職業従事者に課せられるものであったが、近年はいわゆる「産業スパイ対策」として、不正競争防止法により、一般のサラリーマンにも、営業秘密の守秘義務が課されるようになり、退職後でも終生に渡って守秘義務を負うことになる。
これらの守秘義務については、秘密を漏らした側だけでなく、取得した側も罰則の対象となるという特徴があり、自衛隊員による防衛秘密の漏洩(5年以下の懲役)よりも重い、最高10年の懲役が課せられることとなっている。
日本国の法律で定められた守秘義務の例
- 刑法 第134条(秘密漏示罪)
- 第1項 「医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」
- 第2項 「宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者、又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときも、前項と同様とする。」
- 国家公務員法 第100条
- 第1項 「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。」と定めている。違反者は最高1年の懲役又は最高50万円の罰金に処せられる。
- 地方公務員法 第34条
- 第1項 「職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。」と定められている。違反者は最高1年の懲役又は最高50万円の罰金に処せられる。
- 独立行政法人通則法 第54条
- 第1項 「特定独立行政法人の役員(以下この条から第五十六条までにおいて単に「役員」という。)は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、同様とする。」と定めている。違反者は1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる。非特定行政法人の場合も個別法で守秘義務が課せられている場合が多い。
- 国立大学法人法 第18条
- (役員及び職員の秘密保持義務)第18条 「国立大学法人の役員及び職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、同様とする。」と定めている。違反者は最高1年の懲役又は最高50万円の罰金に処せられる。
- 弁護士法 第23条
- (秘密保持の権利及び義務)第23条 「弁護士又は弁護士であつた者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。但し、法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。」と定めている。
- 司法書士法 第24条
- (秘密保持の義務)第24条 「司法書士又は司法書士であつた者は、正当な事由がある場合でなければ、業務上取り扱つた事件について知ることのできた秘密を他に漏らしてはならない。」と定めている。違反者は6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる。
- 行政書士法 第12条
- (秘密を守る義務)第12条 「行政書士は、正当な理由がなく、その業務上取り扱つた事項について知り得た秘密を漏らしてはならない。行政書士でなくなつた後も、また同様とする。」と定めている。違反者は1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられる。
- 郵便法 第8条
- 第1項 「会社の取扱中に係る信書の秘密は、これを侵してはならない。」
- 第2項 「郵便の業務に従事する者は、在職中郵便物に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。」と定められている。第1項の違反者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる。 第2項の違反者は、2年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられる。
- 電気通信事業法 第4条
- 第1項 「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。」
- 第2項 「電気通信事業に従事する者は、在職中電気通信事業者の取扱中に係る通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。」と定められている。第1項の違反者は最高2年の懲役又は最高100万円の罰金に処せられる。
- 電波法 第59条
- 第59条「何人も法律に別段の定めがある場合を除くほか、特定の相手方に対して行われる無線通信を傍受して、その存在若しくは内容を漏らし、又はこれを窃用してはならない。」
- 第109条「無線局の取扱中に係る無線通信の秘密を漏らし、又は窃用した者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」
- 技術士法 第45条
- 「技術士又は技術士補は、正当の理由がなく、その業務に関して知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならない。技術士又は技術士補でなくなつた後においても、同様とする。」と定められている。違反者は最高1年の懲役又は最高50万円の罰金に処せられる。親告罪。
- 保健師助産師看護師法 第42条の2
- 第42条の2 「保健師、看護師又は准看護師は、正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。保健師、看護師又は准看護師でなくなった後においても、同様とする。」
- 第44条の3 「第42条の2の規定に違反して、業務上知り得た人の秘密を漏らした者は、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」(第1項)
- 義肢装具士法 第40条(秘密を守る義務)
- 第40条「義肢装具士は、正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。義肢装具士でなくなつた後においても、同様とする。」
- 第47条「第40条の規定に違反した者は、50万円以下の罰金に処する。」(第1項)
- 中小企業診断士の登録及び試験に関する規則(中小企業診断士の登録の大枠については中小企業支援法にて規定されている)
- 第5条第1項 「経済産業大臣は、申請者が次の各号のいずれかに該当する場合には、その登録を拒否しなければならない。」
- 第5条第1項第七号 「正当な理由がなく、中小企業診断士の業務上取り扱ったことに関して知り得た秘密を漏らし、又は盗用した者であって、その行為をしたと認められる日から3年を経過しないもの」
- 第6条第1項 「経済産業大臣は、中小企業診断士が前条各号(第九号を除く。)のいずれかに該当するに至ったとき又は不正の手段により登録を受けたことが判明したときは、その登録を取り消すものとする。」
- 探偵業の業務の適正化に関する法律 第10条
- 第1項 「探偵業者の業務に従事する者は、正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。探偵業者の業務に従事する者でなくなった後においても、同様とする。」
- 第2項 「探偵業者は、探偵業務に関して作成し、又は取得した文書、写真その他の資料(電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。)を含む。)について、その不正又は不当な利用を防止するため必要な措置をとらなければならない。」
- 柔道整復師法 第17条の2(秘密を守る義務)
- 第17条の2「柔道整復師は、正当な理由なく、その業務上知り得た人の秘密をもらしてはならない。柔道整復師でなくなつた後においても、同様とする。」
- 第29条「次の各号のいずれに該当する者は、50万円以下の罰金に処する。」(第2項に規定あり)
- あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律 第7条の2
- 第7条の2「施術者は、正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはいけない。施術者でなくなつた後においても、同様とする。」
- 第13条の7「次の各号のいずれかに該当する者は、50万円以下の罰金に処する。」(第3項に規定あり)
- 自衛隊法 第59条(秘密を守る義務)
- 隊員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を離れた後も、同様とする。
- 不正競争防止法 第21条
- 柱書 次の各号のいずれかに該当する者は、10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
- 第2項 詐欺等行為又は管理侵害行為により取得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、使用し、又は開示した者
- 第4項 営業秘密を保有者から示された者であって、その営業秘密の管理に係る任務に背いて前号イからハまでに掲げる方法により領得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、使用し、又は開示した者
- 第5項 営業秘密を保有者から示されたその役員(理事、取締役、執行役、業務を執行する社員、監事若しくは監査役又はこれらに準ずる者をいう。次号において同じ。)又は従業者であって、不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、その営業秘密を使用し、又は開示した者(前号に掲げる者を除く。)
※国家資格が必要な職業は、それぞれの法令において、秘密を守る義務が明文化されている。例外に、探偵業等個別に資格は要さないが、秘密を取り扱う職業や法令上、秘密を守ることを明文化されていない職業においても、個人情報を取り扱う機関として、法律、通達などで義務付けられている。
その他
- 秘密保持命令
- 民事訴訟において、準備書面または証拠の内容に営業秘密が含まれ、それが訴訟追行以外の目的で使用され、又は開示により当事者の事業活動に支障を生ずるおそれがある場合には、裁判所は当事者等に対し、その使用・開示をしないよう命ずることができる(特許法等、不正競争防止法、著作権法)。
- 契約上の守秘義務の例
- 法律上の守秘義務とは別に、次のような契約上の守秘義務が問題となる場合がある。
- 業務提携やデューディリジェンス、仲裁合意をする場合など企業秘密を互いに共有ないし提出する必要がある場合には、互いにその秘密を守ることを要求されるため、守秘義務契約(英 : en:Non-disclosure agreement・略称NDA。秘密保持契約(協約・約定) secrecy agreement または confidentiality agreement、機密保持契約などとも呼ばれる)を締結することがある。これらは従来は民事上の契約に過ぎなかったが、近年の不正競争防止法の罰則強化により、契約違反には刑事罰が課せられる可能性が生じ、事実上強い強制力を持つようになっている。
- 製品開発、特許基礎技術の研究、個人情報を取り扱う業務などで、従業員に対して、退職後も守秘義務を課する労働契約等を締結している場合がある。これについては、様々な裁判例がある。
- 要約筆記奉仕員のような、プライバシーに直接関連する業務については、従事する者がボランティアで行っていたとしても、秘密を守ることが要求される。
- 報道のための取材を行う記者などは、報道の自由を全うするために、取材源秘匿権を有する。その裏返しとして、これら記者などには取材源を秘匿すべき職業倫理上の守秘義務があると解されている。
- これらの契約上の守秘義務に関する詳細については、それぞれの関連項目を参照されたい。
守秘義務に関する事件
参考文献
関連項目