女王陛下万歳
『女王(国王)陛下万歳』(じょおう〔こくおう〕へいかばんざい)、または、『神よ女王(国王)を護り賜え[1]』(かみよじょおう〔こくおう〕をまもりたまえ、原題: God Save the Queen (King)は、多くの英連邦王国およびイギリス王室属領で使用されている賛歌(アンセム)である。
グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(イギリス)およびイギリス海外領土の事実上の国歌であり、ニュージーランド(1977年〜)の二つの国歌のうちの一つである。オーストラリア(1984年〜)およびカナダ(1980年〜[2])、ジャマイカ、ツバル、マン島[3]では王室歌 (Royal Anthem) として公式に採用されている。ジャージー[4]、ガーンジー[5]、マン島[6]においても、イギリス王室属領の立場では公式な国歌である。
公式行事などで使用される場合、通常第1節のみが歌われる。時代により王が男性 (King) であるか女性 (Queen) であるかで、曲名および歌詞が変わる。
概要
イギリスにおいて国歌として法律で制定されてはいないが、一般に国歌として広く認知されている(連合王国の構成国であるウェールズや北アイルランド、スコットランドでは独自の国歌を持ち、サッカーなどウェールズ、スコットランド[7]が個別に代表を出しているスポーツの試合では、女王陛下万歳ではなく、それぞれの国歌が演奏され歌われる)。かつてイギリス連邦諸国でも国歌として採用されていたが、現在は公募などによって別の歌を国歌として採用している。ニュージーランドでは今日でも『神よニュージーランドを守り給え』とともに国歌のひとつである。カナダ、オーストラリア、バハマ、ジャマイカ、マン島では王室歌 (Royal Anthem) として採用されている。イギリス連邦ではないが、リヒテンシュタインでは同じ旋律を流用して独自の歌詞を乗せて国歌としている(かつてのスイス、ドイツ帝国、ザクセン王国、ロシア帝国、アメリカ合衆国も同様であった)。
動詞が三単現「saves」ではなく「save」なのは、神に対する加護の要請を示す仮定法現在、つまりいわゆる祈願文であるためである。[8]「Save」が大文字なのは、一般的に英語では楽曲の題名に含まれる名詞・動詞などは語頭を大文字にする慣習があるからである。[9]
公式の場で斉唱する場合であっても女王(国王)自身は歌唱しない[10]。
歴史
旋律は少なくとも16世紀まで遡るものであり、すでに複数の君主をたたえるために歌われていた。深く関わっているのはドイツ人から帰化したヘンデルである。1739年にヘンデルのオラトリオ『サウル』の「葬送行進曲」、翌年にはジェームズ・トムソンの詩とトマス・アーンの作曲で「ルール・ブリタニア」が、1742年には『メサイア』の「ハレルヤ」が生まれた。この3年後に作者不詳の「ゴッド・セイヴ・ザ・キング」が登場したが、誰も「国歌」と呼ぼうと考えていなかった。いずれにしろ、当時宮廷音楽家であったヘンデルの影響は免れない[11]。
1744年にイングランド上陸に失敗した小僭王チャールズ・エドワード・ステュアートは、1745年に側近のみを引き連れてスコットランドに上陸した。ハイランド地方の氏族は小僭王の下に結集し、政府軍をプレストンパンズ (Prestonpans) において破り、以後ジャコバイトはイングランドへ向けて侵攻を開始した。ジャコバイトがイングランド中部ダービーまで南下してロンドンを脅かす中で、アーンは君主と国家の安寧を祈って「神よ、国王陛下を護り給え」を編曲した。
1745年9月28日、ドルリー・レーン王立劇場 (Theatre Royal, Drury Lane) においてベン・ジョンソンのオペラ『錬金術師』 (The Alchemist) 終演後に公式に演奏され、以後ロンドン各地の劇場で演奏されるようになって爆発的に広まった。この熱狂的な雰囲気によるものか、1746年のカロドン・ミュアの戦いにおいて政府軍はジャコバイトを決定的に破り、小僭王は命からがらフランスに逃げ帰ることになる。
ただし、以上はあくまで現在確認されている公式の初演の経緯であり、アーンが自ら作曲したとは考えられていない。1740年にヘンリー・ケアリーが作曲したという説もあれば、さらに遡って16世紀の聖書の詩句、賛美歌にその起源を求める声もある。そもそもイングランド起源ではなく、ジャコバイトの側の歌であり、フランスから輸入されたものだとする者もいる。このように多くの研究があるものの、明確な起源は今なお判明していない。
歌詞
女王ではなく国王が在位している場合は、Queenの代わりにKingを、herの代わりにhimを用いる。また3番の第6行は"With heart and voice to sing"となる。
国歌として通常歌われるのは1番である。曲が短いために2コーラス歌われることがあるが、その場合、好戦的な2番ではなく、立憲君主制を想起させる3番が付け足される。BBCプロムスでは1・2番が歌唱される。2012年ロンドン・オリンピック開会式などでは1番3番が歌われた。
6番は、ジャコバイト蜂起の記憶が薄れイングランドとスコットランドの融合が進む中で、19世紀初頭にはほとんど歌われなくなった。近年になって「反逆せしスコットランド人を破らしめむ」という節がスコットランド住民を敵視するものだとして、6番を削除する案が一部議員から提出されているが、反対意見が多くまだまとまっていない。歌詞に出てくるウェイド元帥とはジャコバイト鎮圧やオーストリア継承戦争で活躍した軍人ジョージ・ウェイドのことである。
英語原詩 | 邦訳例 | |
---|---|---|
1. |
God save our gracious Queen, |
おお神よ我らが慈悲深き女王(国王)を守りたまへ |
2. |
O Lord, our God, arise, |
おお主よ、神よ、立ち上がられよ |
3. |
Thy choicest gifts in store, |
汝が選り抜ける進物の |
4. |
Not in this land alone, |
神の御慈悲は |
5. |
From every latent foe, |
闇に潜みし敵より |
6. |
Lord grant that Marshal Wade |
主はウェイド元帥をして |
その他
- リヒテンシュタインの国歌である「若きライン川上流に」は、女王陛下万歳と全く同じ旋律を持つ。
- セックス・ピストルズはこの曲を揶揄して同名の曲「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」を作った。エリザベス女王在位25周年祝典の日にテムズ川のボートでゲリラライヴを行い、歌詞が異なる「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」を演奏し逮捕された。
- クイーンは、アルバム『オペラ座の夜』で、最後にエレキギターの多重録音によるオーケストレーションでこの国歌を演奏している。これはオペラや劇場で、終演時にその国の国歌を演奏するという慣習に従ってアルバムの題に合わせたもので、このアルバムの発表以降のコンサートの最後でも毎回演奏している。
- ベートーヴェンがこの曲を主題にした変奏曲(ピアノ曲)を作曲している。また、交響曲「ウェリントンの勝利」においても引用している。
- ベンジャミン・ブリテンはこの曲を編曲している。BBCプロムスで演奏されることがある。
- ニコロ・パガニーニはこの曲を主題にしたヴァイオリン独奏による変奏曲を作曲している。
- アイヴスもまたこの曲を主題にした変奏曲(オルガン曲)を作曲している。
- ヨハン・クリスティアン・バッハは『6つのチェンバロ協奏曲』作品1の第6番ニ長調の最終楽章に、この曲のメロディーを変奏曲仕立てにしている。
- ドビュッシーは『前奏曲集 第2巻』の「ピクウィック殿をたたえて」の中で、この曲を引用している。
- フランツ・リストはこの曲を編曲している。
- 映画『ウエスト・サイド物語』では、シャーク団がジェット団との喧嘩の申し合いの後でドックの店から出て行くとき、この曲を口笛で吹く。
- アメリカ合衆国では、同じ旋律に別の歌詞が付けられ、「My Country, 'Tis of Thee」という題名で現在でも讃歌として歌われている。
- ジミ・ヘンドリックスは、1970年のワイト島フェスティバルにてこの曲をエレキギターで演奏した。
- コモンウェルスゲームズではこの曲はイギリス連邦歌とされるため、イングランド国歌には「ルール・ブリタニア」を使用する。
- ビートルズは「愛こそはすべて(All You Need Is Love)」の曲のイントロに、女王陛下万歳の曲のイントロの一節を引用し、1969年のルーフトップ・コンサートで女王陛下万歳を演奏した。
- "save" が活用して "saves" とならない理由について、命令法であると解釈されることがあるが、実際には仮定法現在であり、接続法の独立文が祈願を表す代表例である。日本語においても「神が女王を救わんことを」「神が女王を救いますように」というように、従属節を独立文とすることで祈願を表すため、この点は英語とよく似ている。なおセックス・ピストルズの同名の曲は「神よ、女王を助けてやれ」というと命令形で解される。
脚注
- ↑ 「守り」「給え」「たまえ」など表記のバリエーションがある
- ↑ MacLeod, Kevin S. (2008), A Crown of Maples (1 ed.), Ottawa: Queen's Printer for Canada, p. I, ISBN 978-0-662-46012-1 . 25 June 2010閲覧.
- ↑ “Isle of Man”. nationalanthems.info. . 17 August 2010閲覧.
- ↑ CIA. “Jersey (British crown dependency)”. The World Factbook. . 2011閲覧. ISSN 1553-8133{{#invoke:check isxn|check_issn|1553-8133|error={{#invoke:Error|error|{{issn}}のエラー: 無効なISSNです。|tag=span}}}}
- ↑ CIA. “Guernsey (British crown dependency)”. The World Factbook. . 2011閲覧. ISSN 1553-8133{{#invoke:check isxn|check_issn|1553-8133|error={{#invoke:Error|error|{{issn}}のエラー: 無効なISSNです。|tag=span}}}}
- ↑ CIA. “Isle of Man (British crown dependency)”. The World Factbook. . 2011閲覧. ISSN 1553-8133{{#invoke:check isxn|check_issn|1553-8133|error={{#invoke:Error|error|{{issn}}のエラー: 無効なISSNです。|tag=span}}}}
- ↑ 北アイルランドはサッカーにおいてはイングランドとともに女王陛下万歳を国歌に用いている
- ↑ 中山祥一郎「名詞節中の仮定法現在について」、『大同工業大学紀要』34(1998): 29-31, p. 29
- ↑ In-Text Citations: The Basics
- ↑ The National Anthem - God Save the Queen 0分39秒~1分07秒、女王自身は歌っていない。
- ↑ エステバン・ブッフ『ベートーベンの『第九交響曲』』(鳥影社 2004年)「第一章 「ゴッド・セイヴ・ザ・キング』とヘンデル崇拝」pp.19-38。
関連項目
- イングランドの国歌
- 我は汝に誓う、我が祖国よ
- ルール・ブリタニア
- エルサレム (聖歌)
- 前進せよ 美しのオーストラリア - 次代のオーストラリア国歌