天然ダム
天然ダム(てんねんダム)とは、大雨や地震、火山噴火などの自然現象のために、土砂などが河川の水の流れを堰き止めるようになった地形をいう。また、この地形によって形成された、水を大量に蓄積する現象を指す場合もある。
Contents
概要
天然ダムは、主に、地震や集中豪雨、火山噴火などに伴う山腹の崩壊、地すべりの流下、火山噴出物といった自然現象により形成されるダムを指す。人工のダムは天然ダムには含まれない。
天然ダムは、形成後、数時間 - 数日程度のうちに崩壊(決壊)し、下流に影響を及ぼすこともある。規模が大きくなると、水路を完全に閉塞して湖沼を形成することもある。その湖沼は、永続的なものであれば、堰止湖(せきとめこ)と呼ばれる。
日本における呼称
日本の国土交通省はこの地形または現象を河道閉塞(かどうへいそく)と呼称している[1]。また、「天然ダム」と呼称する場合もある[2]。また、マスメディアなどの報道では報道機関によって表現がまちまちであり用語は統一されていない[3]。
平成23年台風12号により形成された天然ダムを報道する際の例
報道各社のホームページでは、2011年段階で、次の呼称が用いられている(2011年9月9日閲覧)。これは「天然ダム」を忌避しているため[4]。
- 土砂ダム:日本テレビ、TBS、テレビ朝日、朝日新聞、毎日新聞、共同通信、ロイター通信
- 土砂崩れダム:フジテレビ、読売新聞
- 天然ダム:産経新聞
- せき止め湖(堤体ではなく湛水域として):NHK[5]
平成30年7月豪雨により形成された天然ダムを報道する際の例
平成30年7月豪雨の報道では、前述の表現とは異なる呼称となっている社があり、社内でも統一はされていない。
- 土砂ダム:朝日新聞
- 自然のダム:日本テレビ
- 天然ダム:毎日新聞、NHK
被害と対策
天然ダムは構造的に脆弱であるため、自重や越流水、地震の余震により容易に崩壊する。この際に、大量の土砂と河川水が混濁して土石流や鉄砲水となって流下し、天然ダムの下流域に大災害を招くこともある。この災害への対策として天然ダムに特有のものには、天然ダムの水位を下げるための仮排水路の造成、および、天然ダムを構成している土塊の撤去があげられる。この際に問題となり得る要素には、流水による浸食に耐えうる仮排水路を整備すること、水分を含んだ土塊の移動先を確保すること、その土塊を適切な手段によって移動させること、などが挙げられる。
日本の主な発生地
有史以前
有史以降
- 長野県千曲川支流の大月川。(887年(仁和3年)、成因:仁和地震、東海・南海地震)湛水量は5.8億m3と推定[8]。日本最大規模。
- 滋賀県大津市の安曇川(1662年(寛文2年)、成因:琵琶湖西岸地震)
- 栃木県日光市の鬼怒川支流の男鹿川(1683年(天和3年)。成因:日光大地震)高さ70mで湛水面積は現在の五十里湖より大きかった。1723年(享保8年)の大雨で決壊し、死者1200人を出す土石流となり宇都宮市近辺まで被害が及んだ。
- 静岡県富士宮市の富士川(1707年(宝永4年)および1854年(嘉永7年)、成因:宝永地震および安政東海地震)白鳥山の崩壊による。何れも3日後に決壊。
- 高知県越知町の仁淀川(1707年(宝永4年)、成因:宝永地震)4日後に決壊[9][10][11]。
- 長野県姫川 (1714年)成因:信濃小谷地震。湛水量 5570万m3、3日後に決壊[8]。
- 群馬県吾妻川(1783年(天明3年)、成因:浅間山の噴火)
- 長野県犀川(1847年(弘化4年)、成因:善光寺地震)湛水量は3億m3[12]、3.5億m3[13]と推定される。
- 富山県立山連峰の鳶山崩れ、常願寺川の洪水 (1858年(安政5年)、成因:飛越地震)
- 福島県桧原湖一帯の湖沼(1888年(明治21年)、成因:磐梯山噴火に伴う火山噴出物)
- 奈良県吉野郡十津川村(旧十津川郷)(1889年(明治22年)、成因:台風による豪雨→十津川大水害)
- 長野県松本市(上高地)の大正池 (1915年(大正4年)、成因:焼岳噴火に伴う火山噴出物)
- 神奈川県の震生湖 (1923年(大正12年)、成因:関東大震災による地滑り)
- 和歌山県かつらぎ町(旧花園村)(1953年(昭和28年)、成因:集中豪雨及び台風→紀州大水害)
- 長野県王滝村 王滝川 1984年(昭和59年)9月14日の長野県西部地震による山体崩壊
- 新潟県長岡市芋川(2004年(平成16年)、成因:新潟県中越地震による地滑り)
- 岩手県一関市・磐井川(2008年(平成20年)、成因:岩手・宮城内陸地震)
- 和歌山県田辺市熊野、奈良県五條市大塔町赤谷、奈良県吉野郡野迫川村北股、奈良県吉野郡十津川村長殿、栗平(2011年(平成23年)、成因:台風12号による集中豪雨)[14][15][16]
世界の主な発生地
脚注
- ↑ 国土交通省がこの呼称を用ることとなったいきさつには、2004年10月23日に発生した新潟県中越地震が関係している。この地震において、新潟県古志郡山古志村を流れる芋川流域などでこの現象が生じた。その時点において、天然ダムという言葉はすでに学術用語として広く用いられており、当初は日本の国土交通省もこの表現を採用していた。しかし、国土保全と災害対策と治水を担う国土交通省は、この表現が「美しい印象を与えてしまう恐れがあり被災者の心情にそぐわない」ことを理由として、同年11月12日、この現象を示す表現を「河道閉塞」に改めることとした。なお、ここでの「河道」は水路の意味合いであり、通常の意味での「道路」を閉塞するとの意味は全く含んでいない。水が流れる河川の水路ことを河の「みち」(道)としている点には注意が必要である。
- ↑ 天然ダム付近に監視カメラを設置しました~平成30年7月豪雨を受けた技術的支援~ 国土交通省近畿地方整備局
- ↑ 特に新潟県中越地震以降、地震湖、地震ダム、震災湖、震災ダム、土砂崩れダム、土砂ダム、災害ダムなど、発生原因による表現方法や単に異なった表現方法が用いられることが多い。
- ↑ 読売テレビの道浦俊彦によると、読売新聞は、新潟県中越地震の際に「天然ダム」について「天然という言葉には美しいイメージがあるのでふさわしくない」との声があがったことから、2004年11月13日付朝刊において「今後は『土砂崩れダム』に改める」と告知した(ことばの話3244「地震湖」(道浦俊彦「とっておきの話」2008年5月27日、2012年3月15日閲覧))。
- ↑ NHKホームページ「そなえる防災」の2012年(平成24年)9月掲載のコラムでは、タイトルは「天然ダムの危険性と対策」で、記事には「土砂ダム、堰止湖(せきとめこ)とも呼ばれる」と書かれている。
- ↑ 長野県北西部,青木湖の成因と周辺の最上部第四紀層第四紀研究 Vol. 39 (2000) No. 1 P 1-13(日本第四紀学会)
- ↑ 越後平野の沖積層形成における火山性洪水イベントの影響 地質学雑誌 Vol.117 (2011) No.9 P483-494
- ↑ 8.0 8.1 長野県中・北部で形成された巨大天然ダムの事例紹介 (PDF) 歴史地震研究会 歴史地震第26号
- ↑ 井上公夫(2012) (PDF) 井上公夫, 山本武美(2012): 宝永南海地震(1707)で形成された仁淀川中流(高知県越知町)の天然ダムの石碑と説明看板, 砂防と治水, 44(6), pp.113-115.
- ↑ 情報の散歩道 (PDF) 井上公夫,山本武美: 宝永南海地震(1707)で形成された仁淀川中流・舞ヶ鼻の天然ダムの石碑と説明看板
- ↑ 都司嘉宣『歴史地震の話 ―語り継がれた南海地震』高知新聞企業、2012年、ISBN 978-4-87503-437-7
- ↑ 善光寺地震による虫倉山周辺,特に臥雲院付近の地すべり災害 歴史地震 第23号(2008) 101-109 頁
- ↑ 梓川上流・トバタ崩れ (1757) に伴う天然ダムの形成と決壊対策 砂防学会誌 Vol. 60 (2007-2008) No. 3 P 44-49]
- ↑ “土砂崩れダム、新たに2か所確認”. 読売新聞. (2011年9月8日) . 2011閲覧.
- ↑ “大雨で決壊の恐れ高まる 奈良・和歌山の2つの天然ダム湖”. 産経新聞. (2011年9月8日) . 2011閲覧.
- ↑ “奈良・和歌山の土砂崩れダム3か所、決壊の恐れ”. 読売新聞. (2011年9月16日) . 2011閲覧.
参考文献
関連項目
外部リンク
- 井上公夫、日本アルプスにおける天然ダムの形成・決壊 日本地理学会発表要旨集 2015年度日本地理学会春季学術大会 セッションID:S1204, doi:10.14866/ajg.2015s.0_100047