在日米軍

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在日米軍(ざいにちべいぐん、: U.S. Forces Japan、略称:USFJ)は、日米地位協定(旧日米行政協定)に基づき戦後日本国内に駐留するアメリカ軍である。

ファイル:在日米軍基地.svg
主な在日米軍基地
ファイル:US military bases in Okinawa.svg
沖縄における在日米軍基地、在日米軍専用施設の面積は沖縄県面積の約10%、沖縄本島の約18%を占めている[1]

概要

在日米軍は、在日アメリカ軍、または条約などでは日本国における合衆国軍隊ともいい、日米安全保障条約第6条により日本国内に駐留するアメリカ軍の総称である。陸軍海軍空軍海兵隊沿岸警備隊合衆国五軍全てが展開している。指揮系統としては、アメリカ太平洋軍の傘下にある。

なお、日本には、横田飛行場に常駐している4人の国連軍駐日武官、係争中の領土(竹島北方領土等)を除き、米軍以外に駐留する外国軍は存在しない。

在日米軍司令官は第5空軍司令官が代々兼務しており、空軍中将が就いている。現任司令官は、ジェリー・マルティネス中将。前任者であるジョン・ドーラン中将の後任として、2016年9月に就任した。

アメリカ海軍が使用する横須賀海軍施設第七艦隊空母ロナルド・レーガン母港)、厚木航空施設(空母艦載機本拠)をはじめ、空軍・沿岸警備隊が使用する横田基地(在日米軍司令部・国連軍後方司令部が所在)、空軍嘉手納基地、海兵隊岩国基地、陸軍キャンプ座間トリイステーションなど、ロシア連邦中華人民共和国中華民国朝鮮民主主義人民共和国大韓民国フィリピンベトナム社会主義共和国にも近い関係上、東アジア東南アジア東シナ海南シナ海太平洋方面の要所であり、アジア有事の際には最重要拠点としての役割も持っている。

現在の展開兵力は、日本を母港とする第七艦隊艦船乗組員を含めて総計約5万人で、在韓米軍のほぼ倍の勢力である。

歴史

第二次世界大戦停戦後日本における施政権は全面的に連合国の制限下におかれた。日本の帝国陸軍および帝国海軍は全て解体され、それらの軍事基地は全てアメリカ軍に引き継がれた。連合軍は日本を非軍事化しようと計画し、アメリカは1947年昭和22年)の日本国憲法において非武装条項を主張した。

1950年昭和25年)に朝鮮戦争が勃発した後、駐日連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーは準軍事的な組織として「警察予備隊」を設立するよう日本政府に指令した。警察予備隊は後に自衛隊へと発展していくこととなる。

1951年昭和26年)に日本国との平和条約、通称サンフランシスコ講和条約が連合国と日本の間で締結され、これにより小笠原諸島沖縄以外の完全なる主権が正式に日本に返還された。それと同時に(同条約第6条a項但し書きを口実として)日本とアメリカは日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧日米安保条約)に署名した。この条約により、在日米軍は日米安保条約第5条で日本の施政下にある領域に限定して、共通の危険に関してはあくまでNATOの如く即時軍事行動という義務規定ではなく、日米両国が各自の自国内の憲法上の規定及び議会の承認手続きに従って行動することが可能と決められた。さらに日本政府は日本全土における軍事基地の自由使用をも認め、後の思いやり予算の提供と増額に道を開き、日米行政協定で在日米軍に付与される様々な便宜を提供する事となった。

1960年昭和35年)、旧日米安保条約の失効に際して、新たに日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(新日米安保条約)が日本とアメリカの間で署名された。在日米軍の地位は日米地位協定で規定された。この条約は両国のどちらかから終了が申し出られない限り[2]半永久的に有効であり、日本の外交政策はこれらの相互義務関係に基づいている。

ベトナム戦争では、在日米軍の軍事基地、中でも特に沖縄の基地が重要な戦略・補給基地として用いられた[注 1]。アメリカ空軍の戦略爆撃機が、まだアメリカ政府の施政下にあった沖縄の基地に配備された。1960年代、1,200個の核兵器が沖縄の嘉手納基地に貯蔵されていた[3]。1970年には沖縄のアメリカ軍に対するコザ暴動が起こった。アメリカ軍は1972年昭和47年)の沖縄返還までに全ての核兵器を沖縄から撤去した。

日本政府は2007年平成19年)に接受国支援金として2173億円を支出した[4]。これは日本においては防衛費の一部として計上され思いやり予算と呼ばれる場合もある[5]

アメリカ政府は駐留軍等労働者労務管理機構(LMO)を通じて、8,000人以上の基本労務契約「Master Labor Contract」(MLC)従業員、または諸機関労務協約「Indirect Hire Agreement」(IHA)従業員を沖縄で雇用している。なお、この数字には沖縄の契約従業員は含まれない。

2011年平成23年)の東北地方太平洋沖地震の直後は、在日米軍各部隊はトモダチ作戦(Operation Tomodachi)を展開した一方、日本におけるアメリカ軍人や軍の文民従業員の家族9,720人が日本から主にアメリカへ脱出した(この理由については諸説ある)[6]

2013年時点で、約5万人の米軍人とその家族約4万人、およびアメリカ国防総省が雇用する5500人のアメリカ文民が日本にいる。

これ以前については連合国軍占領下の日本#年表参照

配備部隊

2011年末現在、在日米軍は、横田基地(Yokota Air Base、東京都)に司令部を置き、3万6708人のアメリカ軍人が日本に駐留している。また第7艦隊東アジア太平洋地域の洋上要員は海軍と海兵隊計1万3618人である[11]。この人数は2009年現在、約2万5000[12]とも2万8500[13]とも言われる在韓米軍兵力を上回るものである。

これとは別に、現在5078人のアメリカ人軍属がアメリカ国防総省により日本で雇用されている。軍人と軍属の家族は4万4289人にのぼる。

駐留人数:

  • 外務省発表「米軍人等の居住者の人数について」(平成20年1月31日時点)[14]
本土と沖縄の在日米軍規模の比較
所在 軍人 軍属 家族 合計
本土 2万2078   2770 2万4406 4万9254
沖縄 2万2772   2308 1万9883 4万4963
合計 4万4850   5078 4万4289 9万4217

陸軍

在日米陸軍(US Army Japan, USARJ)は、キャンプ座間神奈川県座間市相模原市)に司令部がある。

USARJは、第9戦域支援コマンドから改編された第1軍団前方司令部、在日米陸軍基地管理本部(旧第17地域支援群)、第10地域支援群(沖縄、トリイステーション[15])などを主要な部隊としている。第1軍団前方司令部は2007年12月に新設されたもので、在日米陸軍司令官は第1軍団前方司令部の指揮を執るとともに、第1軍団副司令官を兼任している。平時には実戦部隊をほとんど持たないが、有事には第1軍団本隊が進出し、陸軍/統合任務部隊を構成するものと考えられている。

また、青山墓地近くに星条旗新聞の極東支社や第5空軍司令部東京管理センター、陸軍東京監理施設、軍情報機関関連施設などが置かれる在日米軍の中枢の一つ「赤坂プレスセンター」(別名ハーディバラックス、麻布米軍ヘリ基地)が所在する。

海軍

在日米海軍(US Naval Force Japan, USNFJ)は、横須賀海軍施設神奈川県横須賀市)に司令部がある。日本に展開するアメリカ海軍部隊の部隊管理を管轄しているが、作戦指揮権はない。

空軍

在日米空軍(US Air Force Japan, USAFJ)は、横田基地に司令部がある。在日米空軍司令官は、第5空軍司令官とともに、在日米軍全体の司令官をも兼務している。ただし在日米空軍司令部は基本的に部隊管理のみを担当し、作戦統制は太平洋空軍のケニー司令部(ヒッカム空軍基地)が行なう。このため横田基地には、USAFJの部隊や航空自衛隊との調整のために第13空軍第1分遣隊が設置されていたが、第13空軍の閉隊にともないその機能も第5空軍が担うことになった。

海兵隊

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在日米海兵隊憲兵隊パトカー(沖縄・キャンプバトラー)

在日米海兵隊には、実戦部隊である第3海兵遠征軍(3rd Marine Expeditionary Force, 3MEF)と、基地部隊である在日米海兵隊基地部隊(Marine Corps Bases Japan, MCBJ)の二系統がある。

両者は組織図上では別個の組織だが、同一の司令官によって指揮されることで指揮系統を統一している。在日米海兵隊の各司令部はいずれも沖縄県キャンプ・バトラー内に設置されており、第3海兵遠征軍司令部はうるま市キャンプ・コートニー、基地部隊司令部は宜野湾市を中心に周辺自治体にまたがるキャンプ・フォスターに設置されている。 また、岩国にも海兵隊岩国基地がある。2017年度には、F35Bが実践配備される予定である。

なお、第3海兵遠征軍と基地部隊の兼任司令官には通常海兵隊中将が補せられるが、この中将は沖縄に駐留する全アメリカ軍の代表者である在沖米四軍調整官(Okinawa Area Coordinator, OAC)も兼務することとなっている。

沿岸警備隊

沿岸警備隊は、空軍横田基地内に沿岸警備隊極東支部(U.S. Coast Guard Activities Far East)が置かれている[16][17]。 過去には南鳥島、硫黄島などにロラン局や通信所が置かれていた。


米軍施設

2017年3月31日現在、日米地位協定第2条第1項 (a)に基づき、米国が管理する『在日米軍施設・区域(専用施設)』(以下、『専用施設』と略す)78施設264.405km2が13都道府県に置かれている[18][注 2][注 3]。これに、日米地位協定第2条第4項 (b) による、日本が管理し、米軍が使用する・または有事の場合に一時利用可能な施設・区域を加えた『在日米軍施設・区域(共同使用施設を含む)』(以下、『米軍施設』と略す)は、『専用施設』も含めて合計128施設で、総面積は981.084km2となる[19][20][注 4]

『米軍施設』の総面積の35%は北海道、19%は沖縄県に所在している。『専用施設』に限った場合は、70%が沖縄県に所在している。特に『専用施設』が集中している沖縄県は、『専用施設』が県面積の8%を占めており、負担の軽減が課題となっている[21]

米軍基地には米兵以外にも多数の基地従業員が働いており駐留軍等労働者と呼ぶ。また、基地施設以外にも、広大な管制空域、訓練空域、訓練水域が米軍に提供されており(公海、公空を含む)、日本国およびその国民の利用には制約が課せられている場合がある。

在日米軍基地面積の比較[18][19]
所在 『専用施設』 共同使用施設を含む『米軍施設』
面積(km2) 全国の『専用施設』
に占める割合
都道府県面積(国土)
に対する割合
面積(km2) 全国の『米軍施設』
に占める割合
都道府県面積(国土)
に対する割合
沖縄 186.092 70.38% 8.16% 188.222 19.19% 8.25%
沖縄以外 78.313 29.62% 0.02% 792.861 80.81% 0.21%
全国 264.405 100% 0.07% 981.084 100% 0.26%

基地周辺対策

基地周辺対策については、『防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律』を参照

米軍基地所在都市への交付金

米軍基地所在都市への交付金については、『国有提供施設等所在市町村助成交付金』を参照

在日米軍の抱える課題

横田基地、厚木基地、嘉手納基地などをはじめとして、多くの基地が住宅地域の付近にあるため、付近住民らは航空機の騒音や、地域住民に対する様々な犯罪に対する不満を表明している[22][23][24]

日本国の安全保障問題

アメリカ軍基地が日本国内から無くなると、アメリカ軍による中国や北朝鮮に対する軍事的抑止力が落ちる可能性も考えられる。また中国の領土侵犯や内政干渉が激しくなる可能性があるとも指摘されており潜在的問題は多い。韓国の対日本・北朝鮮工作員を指揮する韓国軍特務機関員が在日米軍基地から日本国内に侵入し新潟日赤センター爆破未遂事件を指揮したことも指摘されている[25]

事件・事故

在日米軍が起こす事件・事故の数は、防衛施設庁が提出した資料によると、1952年から2007年までに公務内外で在日米軍が起こした事件事故件数は20万件、日本人が巻き込まれて死亡した人数は1,076人である。2010年に公開された外務省文書によれば、復帰前も1965年の時点で年間1000件に上っていた[26]。また、1985年から2004年までに在日米軍の起こした事件・事故で軍法会議にかけられた者は1名で、懲戒処分者は318人である。これについて日本共産党赤嶺政賢衆院議員は「多数の事件・事故が起きているのに(二十年間で)軍事裁判はたったの一件。米軍の犯罪は野放しにされている」と述べた[27]

  • 1951年浅草国際劇場向かい側にあった在日朝鮮人経営の旅館で、オーナーと口論の末、投石などを受けて米兵数名が死傷する事件が発生した。事件に先立って、3月2日には密入国者を中心とした朝鮮人408名が、建国して間もない大韓民国に強制送還されており、これを不服とした在日朝鮮人の間には、アメリカやイギリスを中心とした連合国の占領軍に強い不満があった(浅草米兵暴行事件[28]
  • 1954年から1964年にかけて、在日米軍軍政下の沖縄では米軍による沖縄住民のボリビアへの強制移住が行われた。沖縄住民の約3,218名がこの期間に在日米軍沖縄軍政府によりボリビアへ強制移住させられ、今日までに生存できた被強制移住者達は、その子孫を含めても806名に過ぎないことが判明している[29](沖縄住民ボリビア強制移住)。
  • 1955年、嘉手納村の通信基地付近の原野で、何度も強姦された形跡のある当時6歳の幼女の惨殺遺体が発見された。幼女は石川市(現うるま市)の6歳の幼稚園児であることが判明。遺体は下腹部から肛門にかけて刃物で切り裂かれていた。この事件は在日米軍兵による沖縄軍事支配下での通称由美子ちゃん事件として知られている[30]嘉手納幼女強姦殺人事件)。
  • 1957年、8月3日、茨城県の当時同県にあった在日米軍水戸補助飛行場から離陸した米軍機が離陸後、超低空飛行を行い、滑走路から500m離れた道路を自転車で走行していた親子に後方の車輪が接触、母親の北条はる(当時65歳)は首と胴体をまっぷたつに切断されて即死した。息子の北条清(当時24歳)も重傷を負った。在日米軍は、当初遺族に対し異常気象の熱気流による偶発的な事故と釈明したが、7日地元の市議会は操縦者のジョン・L・ゴードン中尉(当時27歳)によるいたずらによるものと判定した[31]米軍機母子殺傷事件)。さらに同年、群馬県相馬が原演習場で、一緒にいた日本人農夫の証言に依ると金属類を拾いに来ていた地元住民農婦の坂井なか(当時46歳)を、ある在日米軍兵士が故意に空の薬莢をばらまいておいて、片言の日本語で「ママ、だいじょうぶ。ブラス(薬莢)たく。」などと手招きし近くに呼び寄せた上で、約10mの距離に近づいた時に「Get out of here!(ここからでてけ!)」と叫んで射殺した[32]。殺人事件ではなく傷害致死事件で処理する密約が日米間で合意されていたことがのちに判明する(ジラード事件)。
  • 1958年9月7日午後2時頃、埼玉県入間市にあった在日米軍ジョンソン基地所属の兵士ピーター・E・ロングプリー(当時19歳)が走行中の西武池袋線の下り電車に向けてカービン銃を発砲し、基地内へバンド演奏に行く途中だった乗客、武蔵野音楽大学生、宮村祥之(当時21歳)が射殺された(ロングプリー事件)[33]
  • 1970年、12月20日午前1時半ごろ、沖縄市で、具志川市(現うるま市)に住む男性が京都ホテル前の24号線(現国道330号)を横断中、米人車にはねられ軽傷を負った。ちょうど糸満町(現糸満市)での女性れき殺後間もなかったことから、米憲兵とコザ署による事故調査を見ようと、中の町歓楽街の飲み客ら大勢の人が集まった。「女性の二の舞になるな」など罵声(ばせい)が飛ぶ中、米憲兵が威嚇発砲した。これにより住民の米軍への不満が一気に爆発。1000人に膨れ上がっていた群集は、米憲兵車や米人乗用車をひっくり返しガソリンをかけて放火した。その後も、沿道に駐車中の米軍ナンバーなどの米人車を次々に焼き打ちした[34]。なお大暴動だったにも関わらず米軍側が住民の負傷を恐れて住民の基地への侵入を排除しなかったため暴力行為を働いた住民は負傷しなかった。彼らが壊した軍人・軍属の自家用車等に対して地元の琉球民政府は一切補償を行なわず、後日日本政府が賠償を行った。また騒動と基地侵入に時間差があったこと、基地の侵入に対して地元民に知られていない煽動者がいたことから、いざこざに乗じた反米活動の可能性も指摘されている(コザ暴動)。
  • 1995年9月4日に、在日米軍海兵隊員2名と在日米軍海軍軍人1名の計3名が12歳の女子小学生を拉致し暴行した上、集団強姦輪姦)した。実行犯である3人が日米地位協定の取り決めによって引き渡されなかったことが問題になった(沖縄米兵少女暴行事件参照)[35]
  • 1996年1月、沖縄北谷町の国道で泥酔した普天間基地所属在日米軍海兵隊員が運転する車が交通事故を引き起こし、日本人母子3人が死亡した。また、2月には北中城村で、5月には石川市で米兵絡みの同様の交通死亡事故が相次いで起きている[36](在日米軍兵飲酒運転過失致死事件)。
  • 1998年飲酒運転した海兵隊員が18歳の女子高生が運転するバイクに衝突し、ひき逃げして死亡させた[37](米兵女子高生ひき逃げ過失致死事件)。
  • 2002年11月2日、海兵隊少佐マイケル・ブラウンが駐車した車両内でフィリピン人女性に暴行を加え、強姦しようとしたが抵抗されたため未遂に終わり、さらに女性の携帯電話を強奪し投げ捨て損壊した強制わいせつ、器物損壊事件、強姦未遂事件が発生した(沖縄米兵強制わいせつ未遂事件[38]
  • 2002年4月横須賀で、空母「キティホーク」乗組員の在日米軍兵ブローク・T・ディーンズが在日オーストラリア人女性キャサリン・ジェーン・フィッシャーを強姦した。ディーンズは逮捕される前になぜか“名誉除隊”で帰国し逃走した。依然刑事処分を受けていない。また逆に被害者キャサリン・ジェーン・フィッシャーが、日本の神奈川県警察による事情聴取の段階で6人の警察官たちからセカンドレイプを受け、事件から8年間は人とご飯を食べられないなどのPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんできた[39](キャサリン・ジェーン・フィッシャー強姦事件)。
  • 2004年8月13日午後2時15分頃、在日米軍普天間基地所属の大型輸送ヘリコプターCH-53Dが訓練中にコントロールを失い、沖縄国際大学1号館北側に接触、墜落、炎上した。搭乗していた乗員3名は負傷したが、1号館内にいた大学職員20数名、他民間人に負傷者は出なかった。この墜落事故により同大学は電話・インターネット回線等を切断され、また接触した1号館はローターによる損傷と炎・ススによる被害を受け、またその周辺の木々も焼かれてしまった[40](沖国大米軍ヘリ墜落事件)。
  • 2006年1月3日午前6時半頃、神奈川県横須賀市で、空母「キティホーク」1等航空兵で非番だったリース・ジュニア・ウィリアム・オリバー(犯行時21歳)が、通勤途上で路上を歩いていた女性パート佐藤好重(当時56歳)に道を尋ねるふりして近づき、バッグを奪おうとしたところ抵抗されたので女性の顔面を殴打、近くの雑居ビルに引きずり込みさらに約10分間にわたり女性を殴る蹴るして内臓破裂で失血死させ、現金約1万5000円を奪った強盗殺人事件が発生。防犯ビデオ映像を基に神奈川県警察が在日米軍に照会し、米軍が調査した結果リースの身柄を拘束、日本側への起訴前の身柄引き渡しに同意した[41]
  • 2008年2月、キャンプ・コートニー所属の38歳の海兵隊員二等軍曹タイロン・ハドノット容疑者 (38) は、10日日曜日の夜に自分の車の中で14歳の沖縄の少女を駐車車両内で強姦した容疑で逮捕された[42](米海兵隊員14歳沖縄少女強姦事件)。
  • 2013年8月3日、米海軍横須賀基地(横須賀市)で行われた基地開放イベントで、米兵が子どもを含む見学者に銃を持たせたとして市民団体が抗議していた問題で、同基地は8月29日、銃は実際に部隊で使用されている本物だったことを認めた[43]。また8月5日には、キャンプ・ハンセン内の山林に空軍救難ヘリが墜落、乗員4人全員死傷。日本の消防救急車が要請されながら現地では敷地内への入場を拒まれた。この墜落事件を受けて翌月3日、沖縄県の又吉進知事公室長は、ワシントンD.C.アメリカ合衆国国務省で同省や国防総省当局者と米軍普天間飛行場移設問題をめぐり会談し、先の米空軍ヘリの墜落事故などを受け「沖縄の米軍基地に対する考え方はむしろ厳しくなっている」と楽観論を戒めている[44]
  • 2016年5月19日、同年4月28日頃にうるま市の当時20歳女性を殺害・遺棄した疑いで当時32歳の元海兵隊員米軍属男性を逮捕[45]沖縄うるま市強姦殺人事件)。

機密解除された米国の公文書によると、2008年5月17日までに、日本は在日米軍関係者の犯罪について、1953年に「重要な案件以外、日本側は裁判権を放棄する」密約に合意し、その後5年間に起きた約13000件の事件のうち、実際に裁判を行ったのは約400件で、97%の裁判権を放棄していたことが判明した(在日米軍裁判権放棄密約事件[46]。また、1958年日米安全保障条約改定にあたり、米側は岸信介首相に、密約が結ばれている裁判権放棄を公的に表明するよう要求したが、国民からの批判を恐れ、岸は認めなかった。

東京都の基地問題

在日米軍赤坂プレスセンターにはヘリポート「麻布ヘリ基地」があり、頻繁に発着陸する危険および騒音に対して、近隣住民からは返還運動も出ている。六本木トンネルの工事中、ヘリポートが縮小を余儀なくされると、1983年から都立青山公園の南側の敷地4,300m²を東京都が代替地として貸与したが、1993年トンネルが完成した後も、公園の敷地は返却されなかった。2007年1月12日代替地4,700m²の返還と緊急時や災害時のヘリポート利用を条件に同地の返還を断念することを東京都と米軍は合意した。返還される代替地は青山公園の一部として追加整備されるが[47]、結果的にアメリカ軍は使い道の乏しい遊休地を手放す代わりに、青山公園の南側を潰してヘリポートを大幅に拡張することになった。

参照: 赤坂プレスセンター

沖縄県の基地問題

沖縄県の在日米軍基地については、沖縄県の面積が日本の国土面積に対し占める割合は1%以下と小さいのにもかかわらず、 在日米軍専用施設面積の74%(なお、この場合の『米軍専用施設』の定義については、#米軍施設を参照)が、沖縄県に集中している事で、本土と比べて不公平だとする意見や、在日米軍基地の必要性についても疑問視する意見が、沖縄県には多数ある。また、在日米軍基地近隣の騒音問題がある。

日米両政府の合意でキャンプ・ハンセンの一部を名護市に返還し沖縄の在日米軍基地比率を減らそうとする動きに対し、土地を所有する名護市は一部のみの返還では跡地利用が見込めないうえ、返還が実現すると借地料収入が消えてしまうため返還の延期要求を続けた。名護市稲嶺進市長も返還延期するよう求めたように借地料で多大な収入を得ていた自治体や、米軍基地反対闘争を続ければ借地料が上がり続けた実情で収入源として米軍基地反対運動を行う市民もいる。

2010年5月に、毎日新聞琉球新報が、沖縄県民を対象に行ったアンケートによると、 海兵隊の駐留については、「必要ない」が71%で、「必要だ」は15%になった。 在日米軍専用施設の約74%が沖縄に集中していることに関しては、「整理縮小すべきだ」が50%、「撤去すべきだ」が41%だった。日本駐留を定めた日米安保条約については「平和友好条約に改めるべきだ」が55%、「破棄すべきだ」14%、「維持すべきだ」は7%だった[48]。なお2012年にNHK放送文化研究所の河野啓が行った調査では「沖縄への基地集中はおかしい」と考える県民は全体の78%または86%にものぼったが(全国では68%。なお、1982年に比べ2012年は基地撤廃を主張する声は薄れ、代わりに本土並みにすべきだとの声が増している。ただし両者を合計した割合は全体の77%、78%と、30年を経ても大差は無い)、米軍基地の存在を「必要」または「やむをえない」と考える県民は、世代にもよるが50 - 60%存在している(全国では70 - 80%)。米軍基地を撤廃すべきか、本土並みにすべきか、現状のままとすべきか、もっと増やすべきかとのアンケートにおいては、基地の撤廃を望む県民は県民全体では2番目に多い意見で、70歳以上では29%、30代では23%となっているが、20代では10%にすぎなかった。これは全国と同レベルの数字である。「本土並みに」と言う意見が一番多くおおよそ50-60%であるが、「現状のままでよい」は40代から70代までは15%前後だが、30代では23%、20代では33%となっている。また少数ながら、さらに増やすべきだとの意見も見られている。なお全国の方でも「本土並みに」と言う意見が一番多いが、次点は「現状のままでよい」であり、沖縄県とは2位と3位が逆転している。なおこの調査では、さらに増やすべきだとの意見は、いずれも少数ながら、全国より沖縄の方により多く見られている[49]

燃料問題

。すなわち、

  1. 在日米軍が消費する石油は、その多くが中東からの輸入に頼っている(軍艦用についてはドバイシェブロン製で艦船用2号軽油またはミルスペックF-76準拠)
  2. 在日米軍の後方業務の一部が、日本企業に委託されている。。

米軍関係の自動車

ファイル:US GOVERNMENT registration plate in Fukuoka Japan.JPG
空港と基地間を連絡する米軍用のバスに装着されているナンバープレート。福岡空港にて。(クリックで拡大)

米軍関係車両専用のナンバープレートは、ひらがなの位置に Y (日本国内で調達された私有車両)、E (非課税車両)、A (オートバイ・軽自動車)などのアルファベットが書いてあるのが特徴で、「Yナンバー」と呼ばれている。米軍関係車両の登録台数は60000台弱程度で、そのうちの約27000台が沖縄ナンバーである。その他、八戸ナンバーは空軍三沢基地関係、多摩・八王子ナンバーは空軍横田基地関係、横浜ナンバーは海軍横須賀基地等の関係、相模ナンバーは海軍厚木基地、陸軍キャンプ座間等の関係、山口ナンバーは海兵隊岩国基地関係と推測できる。絶対的な登録台数は少ないが、静岡県御殿場市に駐留する海兵隊キャンプ富士の要員が登録している私有車両は、沼津ナンバーである。平成17年9月より駐留軍要員(米軍人・軍属)にも、基地の外に居住して私有車の登録を希望する際は、車庫証明の取得が義務付けられた。これによって今では湘南・品川・川崎のYナンバーがある。車検証上の所有者の住所欄には、所有者が所属する基地の所在地を記載し、使用の本拠の位置には、実際に住んでいる(駐車している)基地外の日本の住所を記載している。

また、自動車税が国民の2割に免除されていたり、ガソリン代に含まれる税が免除(計算の関係で基地内のガソリンスタンド内のみ適用)されるなど不公平な点も多いとされているが、自動車税に関してはYナンバーの車が基地の外と、基地の中の道路を走る割合を元に課税されているために、異なる税額との解釈もある。

公務中の米軍車両は、高速道路や有料道路の通行料が免除される(フリーパスではなく、料金所では公務通行であることを証明する書類を提出し、後で日本政府が料金を負担する)。米軍人ならびに軍属やその家族が日本国内を遠方に旅行する場合、ヨコタツアーズなどの基地福利厚生部門が通行料金免除となる(toll included。“exempt”ではない)という触れ込みで公用車扱い(日本陸運登録なし)のレンタカーを貸し出すことが容認されていたが、現在この記述は全軍のホームページからは消えている。空港・基地間連絡バスを運用している。

米軍関係車両が交通事故を起こした場合、日本の警察だけではなく在日米軍の憲兵隊も検分に現れる。この事故が公務中であったことが米軍によって“証明”された場合、加害者軍人の身柄は米軍に移るため、それに対する日本の警察権・司法権・裁判権行使は日米地位協定第十七条に基づいて行われる(治外法権)。

軍公用車両のナンバープレート表示については上記の限りではなく、日本の書式と全く異なる米国フォーマットのもの、及びむき出しのプレートに黒にペイントされた簡易プレートを装着している(大まかな書式については日本のナンバープレート#駐留米軍車両を参照)。これらの車両は日本の道路運送車両法道路交通法の適用外であるため、米国仕様のブレーキ、テールランプとウインカーが兼用(赤色もしくは白色点滅)のものも走行している。

脚注

注釈

  1. 返還される前の沖縄に駐留していたアメリカ軍は在日米軍司令官(COMUSJAPAN)の隷下ではなく、軍政を敷いていたアメリカ太平洋軍司令部琉球代表(CINCPACREPRYUKYUS)の隷下にあり、米太平洋軍司令部年次報告書におけるコマンドアレンジメント図においても在日米軍(USFJ)と同列に位置しており、明確に別組織である
  2. 岩国基地三沢基地横田基地などの、自衛隊等も使用する施設を含む。
  3. キャンプ千歳などのように、在日米軍は現在使用していないが提供施設・区域が保持されている施設を含む。
  4. 一部施設は専用施設と共同使用施設が混在している。

出典

  1. 第II部第3章第4節3.沖縄における在日米軍の駐留(平成27年版防衛白書)
  2. 終了する場合は1年前に申し出がされることを要する。つまり申し出の一年後に失効する
  3. 疑惑が晴れるのはいつか, 沖縄タイムス, 1999年5月16日
  4. 思いやり予算8億円減で日米合意、光熱水料を3年間で, Yomiuri Shinbun, December 12, 2007
  5. PRESS RELEASE U.S. and Japan Sign Alliance Support Agreement, The embassy of the United States in Japan
  6. Tritten, Travis J., "Evacuation from Japan a vacation? Not so much", Stars and Stripes, 31 May 2011.
  7. 在日米陸軍の歴史
  8. ニコニコニュース在日米陸軍の公式チャンネルがオープン!2009年11月12日
  9. Our Alliance - A Lasting Partnership
  10. なお、前年公開された『わたしたちの同盟 - 永続的パートナーシップ』では、日米同盟における日本を「大切なトモダチ」と表現している。[1]
  11. Active Duty Military Personnel by Service by Region/Country
  12. 在韓米軍兵力を維持…クリントン長官、韓国大統領と会談”. 読売新聞 (2009年2月21日). . 2009閲覧.
  13. 社説 -「在韓米軍の中東送り」対策急げ”. 中央日報 (2009年10月27日). . 2009閲覧.
  14. 在日米軍の施設・区域内外居住(人数・基準) (PDF)”. 日本外務省 (2008年2月22日). . 2009閲覧.
  15. 同基地には、護衛を名目として、アメリカ陸軍特殊部隊群の隊員が390名駐留している。
  16. [2]
  17. 基地の現況(福生市)
  18. 18.0 18.1 防衛省 (2017年5月30日). “在日米軍施設・区域(専用施設)面積 (PDF)”. 防衛省. . 2018閲覧.
  19. 19.0 19.1 防衛省 (2017年5月30日). “在日米軍施設・区域(共同使用施設を含む)別一覧 (PDF)”. 防衛省. . 2018閲覧.
  20. 防衛省 (2017年5月30日). “防衛省・自衛隊:在日米軍施設・区域の状況”. 防衛省. . 2018閲覧.
  21. 防衛省 (2017年9月15日). “4 沖縄における在日米軍の駐留”. 平成29年版防衛白書. 防衛省. . 2018閲覧.
  22. 厚木基地の航空機騒音問題, 神奈川県大和市
  23. 横田飛行場における航空機騒音防止対策の推進に関する要請について, 東京都
  24. 嘉手納町の概要, 嘉手納町
  25. 第033回国会法務委員会第6号”. 衆議院 (1959年12月8日). . 2011閲覧.
  26. 復帰前の沖縄 米兵犯罪約1千件 外務省文書で判明しんぶん赤旗2010年11月27日
  27. 在日米軍/事件・事故20万件超/日本人1076人が犠牲 52?04年度 しんぶん赤旗2005年7月2日号
  28. 第010回国会 法務委員会 第12号”. 衆議院. 国立国会図書館 (1951年3月22日). . 2013閲覧.
  29. Kozy K. Amemiya, The Bolivian Connection:U.S. Bases and Okinawan Emigration, Japan Policy Research Institute Working Paper, no. 25, October 1996; Asia Times, October 21, 22, 1996.
  30. オリーブ. “由美子ちゃん事件と沖縄の悲劇>在日米軍兵6歳の幼児を強姦惨殺”. . 2013閲覧.
  31. 前泊博盛『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』、創元社、PP.148-9。
  32. 前泊博盛『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』、創元社、PP.150-2。
  33. 前泊博盛『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』、創元社、P.147。
  34. 琉球新報. “車両炎上 コザ騒動 1970年12月21日朝刊>在日米軍憲兵の威嚇射撃が引き起こしたコザ暴動”. . 2013閲覧.
  35. 普天間基地@米軍飛行場がある暮らし. “1995年9月4日沖縄駐留3米兵による女子児童暴行事件>在日米軍兵女子小学生集団拉致強姦事件”. . 2013閲覧.
  36. 琉球新報. “在日米海兵隊、着任1?2カ月の若年兵士の運転を一部制限>在日米軍兵飲酒運転過失致死事件”. . 2013閲覧.
  37. ザ・エデン・ツヴァイ. “1972年沖縄の施政権がアメリカから日本に返還されて40周年記念>女子高生ひき逃げ過失致死事件”. . 2013閲覧.
  38. 誤報レポート. “「沖縄米兵の性暴力事件 1972年以降7件」 NHK誤り認める>在日米軍兵強姦未遂事件及び器物損壊事件”. . 2013閲覧.
  39. 法学館憲法研究所. “レイプに反対なら、日米地位協定を変えるべきです>在日米軍兵によるキャサリン・ジェーン・フィッシャー強姦事件及び神奈川県警警察官によるキャサリン・ジェーン・フィッシャーセカンドレイプ事件”. . 2013閲覧.
  40. 沖縄国際大学. “米軍ヘリ墜落事件>米軍ヘリ沖縄国際大学墜落炎上事件”. . 2013閲覧.
  41. しんぶん赤旗. “米兵に無期懲役 横須賀女性強殺 激烈な暴行 横浜地裁「基地周辺住民に衝撃」>”. . 2016閲覧.
  42. BBC News. “US marine held over Japan rape>A US marine has been arrested in Okinawa, Japan, on suspicion of raping a 14-year-old girl.”. . 2013閲覧.
  43. 神奈川新聞. “「本物」と認める、米兵が見学の子どもに銃持たせる/横須賀”. . 2013閲覧.
  44. 沖縄タイムス. “ハンセン米軍ヘリ墜落事故”. . 2013閲覧.
  45. 【号外】沖縄女性不明、米軍属の男逮捕 遺体発見”. 沖縄タイムス. 株式会社沖縄タイムス社 (2016年5月19日). . 2016閲覧.
  46. 米兵の裁判権97%を放棄 53年の密約後5年間で 共同通信2008年5月17日
  47. 朝日新聞 2007年1月13日朝刊
  48. 毎日世論調査:辺野古移設に反対84% 沖縄県民対象[3]
  49. 河野啓(NHK放送文化研究所). “復帰40年の沖縄と米軍基地〜NHK「沖縄県民調査」と「全国意識調査」から〜”. 一般社団法人新情報センター. . 2014年9月14日閲覧. - 一般社団法人新情報センター機関紙『新情報』100号(2012/11)掲載。

参考文献

  • エンジンテクノロジー編集委員会(編)『自動車エンジン要素技術 II 進化を続けるテクノロジーのすべて』, 山海堂, 2005年

関連項目

墜落事故

事件

広報誌

  • Okinawa Marine - 海兵隊部隊が多く駐留する沖縄県内の米軍基地で配布している広報誌でWeb版もある(英語)。地域住民向けには『おおきな輪』を2002年より刊行。

外部リンク

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