国際放映
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国際放映株式会社(こくさいほうえい、英: International Television Films, Inc.、略称:KHK)は、東京都世田谷区砧に本社を置く貸しスタジオ業(不動産賃貸業)、放送番組の制作を主力事業として、映画製作も行っている会社である。
東宝の子会社であり、阪急阪神東宝グループの一社である。
旧・新東宝の後身の一社であり、その事から旧・新東宝作品の著作権の大半[注釈 1]を保有している。同作品がDVDで発売される場合、名画座で再上映される場合など、二次使用の際には著作権者として国際放映の名が記載される。
1970年代の初めまで、アニメ制作会社の東京ムービー(現・トムス・エンタテインメント)を傘下に置いていた[1]。
沿革
- 1948年 - 株式会社新東宝設立。
- 1961年 - 新東宝倒産。清算会社としての新東宝と、配給部門の大宝株式会社(新東宝自体の配給部門と子会社の新東宝配給を統合)、制作部門のニッポン・アートフィルム・カンパニー(NAC)の3つに分割。NACは新東宝の母体だった東宝と、東京放送(現・東京放送ホールディングス)、フジテレビジョン(現・フジ・メディア・ホールディングス)の出資を受けて、制作部門を引き継ぎ、新東宝作品の著作権を管理する受け皿会社を設立。
- 1962年 - TBS『影の地帯』でテレビドラマに進出。テレビ進出以後、業績が良化し、経営再建に成功した。
- 1964年 - 商号を国際放映株式会社に改称。初代社長:安部鹿蔵
- 1970年 - 店頭市場(現・ジャスダック)に株式公開。
- 1992年 - 本社スタジオの全面改築竣工。TBS、フジテレビ、関西テレビ放送との共同施設東京メディアシティとなる。
- 2007年9月 - フジテレビが、自社スタジオ「フジテレビ湾岸スタジオ」完成に伴い、東京メディアシティとの賃貸契約を解除・退去する。
- 2010年9月28日 - 筆頭株主である東宝との協議に伴い、同社による、完全子会社化を目的とした株式公開買付け(TOB)を実施[2]。
- 2011年
- 2014年3月1日 - 子会社の「東京メディアエンタープライズ」を吸収合併する[5]。
作風
国際放映製作による作品は基本的にシュールな作劇・描写が多く、古典もの時代作ながら特撮を多用した「西遊記」「猿飛佐助」や銃撃戦メインのハードアクションながら特撮カテゴリーとして扱われている「ワイルド7」などいろいろ実験的な作品を量産した。また「忍者部隊月光」の主演だった水木襄を他社作品よりも優遇していた。
また製作現場で与えられた台本や演出プランをその場のテンションで改変・導入していくケースが多く、結果的な破天荒な作品に仕上がることも少なくなかった。
石井輝男など、旧・新東宝出身の監督も二時間サスペンスを中心にテレビドラマを製作していた。
火曜サスペンス劇場、土曜ワイド劇場、東海テレビ制作昼の帯ドラマの製作プロダクションの一つでもある。
関連会社
- ケイエッチケイアート(美術製作会社)
- 東京メディアエンタープライズ
- エヌ・エー・シー(芸能プロダクション)
- 宝塚映像(番組制作会社)
- 阪急阪神東宝グループの系列の同門会社であり、宝塚映像のスタッフが制作協力として関わっている。
- 東宝(映画会社)
- 筆頭株主。戦後まもなく、前身である新東宝を分離した母体でもある。1970年代までは東宝撮影所でテレビ映画を撮影することを厭う気風があり、東宝名義で受注した番組も国際放映が孫受けするケースが多かった。代表は『太陽にほえろ』『横溝正史シリーズ』(のうちの東宝担当分)である。
- TBSテレビ
- 関西テレビ放送
- 関連会社「レモンスタジオ」が、TMC内で「レモンスタジオ」を運営。
- 円谷プロダクション(番組制作会社、芸能プロダクション)
注釈
出典
- ↑ 大塚康生『リトル・ニモの野望』徳間書店、2004年、p.24
- ↑ 東宝、国際放映をTOBで完全子会社化 asahi.com 2010年9月28日
- ↑ 株式の上場廃止等の決定:国際放映(株) 大阪証券取引所 2011年1月13日
- ↑ 第122回定時株主総会招集ご通知 東宝公式サイト内開示情報 2011年5月9日
- ↑ 連結子会社による孫会社の吸収合併に関するお知らせ 東宝公式サイト内開示情報 2014年1月10日
- ↑ 支配株主である東宝株式会社による当社株式に対する公開買付けの結果及び主要株主の異動に関するお知らせ 国際放映公式サイト内 2010年11月12日