和牛

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和牛(わぎゅう)は、明治時代以前からの日本在来のをもとに、日本国外の品種の牛と交配して作られた品種群である。具体的には黒毛和種褐毛和種日本短角種無角和種の4品種を指す。かつては農耕・運搬用でもあったが、現在は高級な肉用牛である。

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田尻松蔵と但馬牛の「ふくえ」号(名牛「田尻」号の母牛)
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和牛の肉を販売する精肉店

歴史

江戸時代の日本在来牛

日本には古代から牛が導入され、千数百年にわたり広く利用されてきた。系統的には北方系の亜種タウロス(Bos tauros tauros)で、インド系のゼブ牛の血統は入っていない[1]

鎌倉時代には『国牛十図』が書かれ、品種とまではいかないが、産地による牛の特徴の違いが意識されていた[2]

江戸時代の中国地方では、積極的に近親交配させて作り出した系統が「蔓」と呼ばれ、優れた蔓の牛が高い値で取り引きされた[3]。肉食が忌まれ、牛乳利用が広まらなかった日本では、牛は基本的にみな役牛であったので、この時代の優れた牛とは、健康で人の言うことをよく聞いて働く牛である。

改良和種と和牛

ふつう和牛という場合には、明治時代以降に国外から導入した品種と在来種とを交配して作られた品種を指す。明治政府は欧米から優れた性質の牛を輸入し、それを在来の牛と交配させて増やすことで、日本の牛を改良しようとした。その多くは乳肉兼用の品種で、明治になって生まれた新しい需要に対応させるものである[4]。しかし多くの農家が牛に期待するのは役用で、その観点でははっきりした効果が得られなかった[5]

1912年から、生まれた牛の性質を見極めて優れた牛を増やしていく、という組織だった品種改良がはじまった。ベースとなったのはその時に各地で飼われていた日本牛だが、既に外国牛の血が相当に入り込んでいたので、純粋な日本在来牛ではない。そこでこれを「改良和種」と名付けた。改良の目標は役肉両用である。成果が上がって集団としてまとまった性質が見えるようになった1944年に、黒毛和種褐毛和種無角和種の3品種に区別し、総称して「和牛」と呼んだ。1957年に日本短角種が追加され、4品種からなる和牛が成立した。[6]

品種改良の過程では、純粋な在来牛を残そうという考えはなかった。日本の牛は外国品種との交雑種になり、純粋な在来種は偶然的な事情で2つの島に生き残った。山口県萩市見島牛鹿児島県十島村口之島牛である。見島牛は国の天然記念物に指定されている。

高級肉牛としての和牛

役牛の仕事は主に耕作と運搬であったが、20世紀後半にトラクターとトラックに完全にとって代わられた。高まる牛乳消費に応じるためには、乳量が多い外国産のホルスタイン種が飼われており、和牛の出番はなかった。そのため、1960年代に和牛の飼育目的は役肉兼用から肉専用に切り替わっていった。

日本在来種とその性質を引き継ぐ和牛は、肥育すると筋肉に脂肪が混ざりやすい。そのような特徴は、牛自身にとっても過去の日本人にとっても有利なものではなかったが、肉食が広まると、他品種の牛肉では得られない柔らかさとうまみにつながることが認められた。役畜としての役割がなくなると、脂肪交雑が多い肉を生産するための和牛飼養と品種改良が進められた。特に、1991年に牛肉の輸入が自由化されると、中途半端な安さでは外国産牛肉に対抗できなくなり、脂肪交雑しやすい黒毛和種を高品質・高価格で生産する傾向が強まった[7]

高級牛肉としての和牛の輸出は、1990年代にはじまったが、2000年に発生した牛海綿状脳症(BSE)のため各国から輸入が禁止され、一時途絶した。2012年にアメリカ、2013年にEUで輸入禁止が解かれてから、輸出数量・金額ともに拡大している。2017年には台湾で輸入禁止が解かれ、和牛輸入ブームが起きた。中国は2017年現在も輸入を禁止しているが、カンボジアから迂回輸入している可能性が指摘される[8]

和牛の範囲

和牛の定義

公正競争規約の制度にもとづき、食肉業界が作って公正取引委員会が認定した「食肉の表示に関する公正競争規約」第10条の施行規則では、以下の食肉に和牛の表記を認めている。規則は、交雑種にはそのむねを記すよう求めている。[9]

牛の種類を問わず日本で飼養された牛の肉は、「和牛」を名乗らない「国産牛肉」として流通する。その大半は和牛と乳牛の交雑種か、 廃用になった乳牛である。価格が高い順から並べると、和牛、和牛交雑の国産牛、その他国産牛、外国産牛肉となる[10]

以上は日本の規則・事情で、外国での生産・流通に適用されるものではない。和牛が外国に渡ってその血統を残した「外国産和牛」も存在する。オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、カナダなどでは、日本の和牛に由来する和牛が飼養され、「WAGYU」の名で高級牛肉として販売されている。ただその場合、和牛と他の肉牛の交雑種も「WAGYU」の中に入っている。

和牛の登録

日本では1948年に全国和牛登録協会が設立され、黒毛和種、褐毛和種、無角和種の牛はすべてここに登録することになった。褐毛和種のうち熊本系のものは、1952年から褐毛和牛登録協会に登録することになり、これが改称して現在の日本あか牛登録協会となった。日本短角種については1957年設立の日本短角種登録協会が登録している。[11]

牛の登録制度は、2003年から牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法にもとづく牛トレーサビリティー制度によって強化されている。日本で飼養されている牛は、牛肉になって消費者の手に届くまで、個体識別番号を付けられる。農林水産省の「食肉の表示に関する検討会」は、2007年3月に「和牛等特色のある食肉の表示に関するガイドライン」を作った。ガイドラインによれば、上記の品種要件を各種登録書で証明できることに加えて、牛トレーサビリティ制度で証明できる牛の肉だけが、和牛の表示で販売できる[12]。これにより、日本国内で「外国産和牛」が和牛として流通することは事実上不可能になっている。

日本の和牛

品種とブランド

現在の日本で肉用として飼われる牛のほとんどは和牛で、和牛のほとんどは黒毛和種である。黒毛和種が主流になったのは、霜降り肉になりやすいからである[13]。外国他品種にない性質なので、黒毛和種は高価格・高品質で外国産牛肉と差別化できている。他の3品種の和牛がいちがいに劣るとは言えないが、霜降りでないと外国産の牛肉との厳しい価格競争にさらされるため、飼養頭数を減らしてきた。

産地ごとに肉質の良さをうたったものをブランド和牛といい、神戸牛松阪牛をはじめとして各地にある。

和牛農家

現代の和牛農家は主に繁殖農家と肥育農家に分けられる。

繁殖農家は子取り経営とも言われ、母牛とその母牛から生まれた子牛を飼育しており、子牛を売って経営している。母牛(12ヶ月齢以上の繁殖能力を持った雌牛)に種付けまたは受精卵移植(代理母出産)をして子牛を産ませ、数ヶ月育成した後、セリにかける。セリには約3ヶ月齢で出荷するスモール市場と約9ヶ月齢で出荷する素牛市場がある。

肥育農家は肉用に子牛を太らせ、食肉センターに出荷して経営している。家畜市場で開かれるセリで、肥育用の約3ヶ月齢のスモール牛または約9ヶ月齢の素牛を購入し、濃厚飼料を中心に給与することで体重を増やし、サシ(脂肪交雑)を入れ、およそ30ヶ月齢まで肥育した後出荷する。セリには、食肉センターでと畜して枝肉と呼ばれる状態でサシの入り具合・肉の重量等の情報を実際見ながらセリにかける枝肉市場と生きたまま立ち姿のままサシ・重量等を購買者が予測してセリを行う生体市場とがある。

日本以外の和牛

オーストラリア

オーストラリア和牛協会は第二位の和牛畜産団体である[15]。純血種、交配種ともに育成され国内外に供給している。輸出先には台湾、中国、香港、シンガポール、インドネシア、イギリス、フランス、ドイツ、デンマーク、アメリカが含まれる[16]。オーストラリア西部のマーガレット・リバー(Margaret River)地域では赤ワインが飼料として与えられている[17]

アメリカ

アメリカでは和牛はアバディーン・アンガスと交配される。この交配種はアメリカン・スタイル・コーベ・ビーフ(American Style Kobe Beef)と呼ばれる[18]。和牛は2012年のナショナル・ウェスタン・ショウ(National Western Stock Show)に初めて競争相手としてアメリカの市場に登場した[19]。中には日本の和牛の血を受け継ぐ純血種を育てているブリーダーもおり、それらはアメリカン・ワギュウ・アソシエーションが管理している[20]

カナダ

1991年にカナディアン・ワギュウ・アソシエーション(Canadian Wagyu Association)が設立され和牛の生産が始まった。カナダでの和牛生産はアルバータ州[21]オンタリオ州[22]プリンスエドワードアイランド州[23]に限られる。カナダの和牛製品はアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、ハワイ、ヨーロッパに輸出される[23]

スコットランド

2011年にハイランド・ワギュウ社(Highland Wagyu)が設立された[24]。このハイランド・ワギュウはスコットランド、ダンブレーン(Dunblane)にあるブラックフォード牧場(Blackford Farms)に本拠地を置く。同社は250頭に加えて2013年7月には300頭の和牛を追加し、イギリスにおける最大の純血和牛生産者となっており、スコットランドをヨーロッパにおける和牛生産の中心地にするという目標を掲げている[25][26][27]

台湾

2017年に台湾の元・総統李登輝陽明山擎天崗で戦前移入された但馬牛見島牛とも言われる)の子孫を購入し血統鑑定した後、台湾和牛の産業化を目指して育成事業を始めた。[28]初めて繁殖を成功した仔牛を「源興牛」と名付けた。[29]

脚注

  1. 松川正「ウシ(肉牛)」、『品種改良の世界史』家畜編56 - 57頁。
  2. 松川正「ウシ(肉牛)」、『品種改良の世界史』家畜編70 - 72頁。万年英之・内田宏・広岡博之「ウシの品種」、『ウシの科学』13頁。
  3. 松川正「ウシ(肉牛)」、『品種改良の世界史』家畜編、74 - 75頁。万年英之・内田宏・広岡博之「ウシの品種」、『ウシの科学』13頁。
  4. 松川正「ウシ(肉牛)」、『品種改良の世界史』家畜編78 - 79頁。
  5. 松川正「ウシ(肉牛)」、『品種改良の世界史』家畜編85 - 86頁。
  6. 松川正「ウシ(肉牛)」、『品種改良の世界史・家畜編』86 - 88頁。万年英之・内田宏・広岡博之「ウシの品種」、『ウシの科学』13 - 14頁。
  7. 後藤貴文「脂肪交雑の光と影」、『ウシの科学』201 - 202頁。
  8. 中川透「和牛が食卓から消える!?」、『週刊朝日』2017年12月8日号、20 - 21頁。
  9. 食肉の表示に関する公正競争規約全国食肉事業協同組合連合会のサイトで2017年8月に閲覧。
  10. 中川透「和牛が食卓から消える!?」、『週刊朝日』2017年12月8日号、19頁。
  11. 松川正「ウシ(肉牛)」、『品種改良の世界史』家畜編93頁。
  12. 農林水産省「和牛等特色ある食肉の表示に関するガイドラインについて」、PDF。2017年8月閲覧。
  13. 松川正「ウシ(肉牛)」、『品種改良の世界史』家畜編104頁。
  14. 14.0 14.1 農林水産省「畜産統計(平成28年2月1日現在」、2017年8月閲覧。
  15. Australian Wagyu Forum”. . September 3, 2015閲覧.
  16. Exports; Australian Wagyu Association; accessed .
  17. http://www.mrpme.com.au/wine-fed-wagyu
  18. U.S. ranches breed famous Kobe-style beef; 12 August 2011 article in The Japan Times" (from the Associated Press); p. 3; accessed .
  19. Raabe, Steve (2012年1月11日). “Tender Wagyu muscles onto meat scene, makes stock-show exhibition debut”. The Denver Post. http://www.denverpost.com/business/ci_19716708 
  20. Membership | Calf Registration | DNA Tests
  21. Kobe beef on P.E.I.? Veterinarian raising wagyu cattle; The Chronicle Herald online; accessed .
  22. Kuntz First to Breed Wagyu in Ontario; The Post South Bruce; accessed .
  23. 23.0 23.1 About Us; Canadian Wagyu online; accessed.
  24. Try a little tenderness: on the farm with Scotland’s Wagyu cattle”. The Herald. . 19 November 2012閲覧.
  25. Scottish farm to make Japanese Wagyu beef”. The Scotsman. . 29 July 2013閲覧.
  26. Highland Wagyu beef firm in expansion drive”. BBC News. . 29 July 2013閲覧.
  27. Perthshire - the Wagyu centre of Europe”. The Scottish Farmer. . 1 August 2013閲覧.
  28. 擎天崗牛隻買主就是他 李登輝培育台灣版和牛 - 2017年10月28日閲覧。
  29. 李登輝培育台灣和牛成功 取名「源興牛」 - 2017年10月28日閲覧。

参考文献

  • 後藤貴文「脂肪交雑の光と影」、広岡博之『ウシの科学』(シリーズ家畜の科学I)、朝倉書店、2013年。
  • 中川透「和牛が食卓から消える!?」、『週刊朝日』2017年12月8日号。
  • 並河鷹夫「遺伝学よりみた牛の家畜化と系統史」、『日本畜産学会報』第51巻第4号、1980年。
  • 松川正「ウシ(肉牛)」、正田陽一・編『品種改良の世界史』家畜編、悠書館、2010年。

外部リンク

関連項目

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