原子力空母
原子力空母(げんしりょくくうぼ)は、原子力を動力源とする航空母艦(空母)。艦内に原子炉を搭載し、原子核反応による反応熱を熱源とする蒸気タービンを動力機関に備えた戦闘用の大型艦船で、長大な航続力を誇る。
原子力空母は、通常英語では nuclear-powered aircraft carrier という[注 1]。またアメリカ海軍の原子力空母に用いられている記号の CVN [2]は、「汎用航空母艦(原子力推進)」を意味する「multi-purpose aircraft carrier (nuclear-propulsion)」という船体分類法[注 2]を略称化した Carrier Vessel Nuclear に由来する[1]。
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概要
最初に建造されたのは1960年進水のアメリカ海軍の「エンタープライズ」である。移動できる兵器としては人類最大のものである。そのため、多くの映画・小説・テレビ番組にも登場し、アメリカ海軍の象徴的な存在である。
2017年現在、原子力空母を運用しているのはアメリカ海軍のニミッツ級10隻とフランス海軍の「シャルル・ド・ゴール」の合わせて11隻だけである。旧ソ連海軍も計画していたが、ソ連崩壊により中止された。
アメリカ海軍で90機、仏海軍のシャルル・ド・ゴールで40機ほどの各種航空機を艦内に収容して、海上戦闘、航空戦闘、陸上への戦力投射、輸送、軍事活動支援、人道援助、外交などの各種活動に多角的に対応できる柔軟性を持つ。
アメリカ海軍では空母打撃群(Carrier Strike Group, CSG)の中核となり、空母の船としての指揮は艦長である大佐が行い、空母航空団(Carrier Air Wing, 略記号ではCVW)の指揮官はCAG(キャグ、Commander, Air Group)と呼ばれる別の大佐が行なう。空母打撃群を指揮する少将のもとに両大佐が直属する。なお、艦長を補佐する副長(XO)も、CAGを補佐する副CAG(DCAG)も共に大佐である。
1艦に2,000人から5,500人もの人員が乗り込み、何ヶ月もの長期(多くが6ヶ月間)に渡り本国を離れた遠い洋上で生活するため、艦内に診療室、床屋、郵便局、売店、教会などを備えた小さな街を形成している。
アメリカ合衆国の原子力空母外交
2017年現在の時点で原子力空母を語ることは、多くの点でアメリカ海軍の原子力空母を語ることになる。
米国の原子力空母を含む大型空母は通常は一隻の空母とミサイル巡洋艦、ミサイル駆逐艦など複数の護衛艦艇および攻撃型原子力潜水艦、高速戦闘支援艦・給油艦・戦闘給糧艦などよりなる空母打撃群(Carrier Strike Group, CSG)を構成して空母単艦では脆弱な海中や空中からの攻撃などにそなえている。
もともと空母という軍艦は、水上偵察機からはじまり、海上戦闘のための艦上戦闘機や艦上攻撃機を海上で運用することを目的に開発が進められた。真珠湾攻撃で陸地への攻撃が有名になったように陸への攻撃が有効である場合もあるが、第二次世界大戦当時やその直後の段階では大型爆撃機と無誘導爆弾が空から陸上への攻撃の主体であり、狭い空母の甲板では小型の爆撃機ですら運用が難しかった。
ベトナム戦争では、空母発進の戦闘攻撃機が内陸へ爆撃を加えることもあったが、爆撃の主力は地上から飛び立つ戦略爆撃機であった。やがて時代は進み、大陸間弾道ミサイルですらかなりの誘導精度を持つに至ったが、核弾道弾の恐怖からくる核戦争へのリスクが、安易なミサイルの使用を制限し、費用対効果の点でも飛行機による陸への攻撃という手段が徐々に大きな地位を占め始めた。やがて1992年にアメリカ海軍は新しい戦略のキーワードとして「From The Sea」を発表した。その中心は潜水艦による陸地へのミサイル攻撃と合わせて、空母打撃群による陸への「力の投射」戦略である。空母を海上戦闘に使うことより、積極的に陸地を攻撃することを目的とするこの戦略転換により冷戦終結後の軍縮の危機を米海軍は上手に生き延びた。
近年のアメリカの、武力によって世界に積極的に関わっていく政策下では、原子力空母の登場する機会が今まで以上に増しており、ここ数年は中東のイラン、イラクと東アジアの北朝鮮、中国を意識した態度表明として、ペルシャ湾内外と日本海、東シナ海に空母打撃群を1-3個程度配備している。これがいわゆる空母のプレゼンスで、いつでも必要な時に、必要な種類の攻撃を、必要なだけの規模で行える事で敵性国家や敵性地域の近くの公海上から威嚇しながら、場合によっては情報収集を行うことを指している。この複数の空母打撃群による威嚇は強力で、国際社会におけるアメリカ大統領の力の根源の大きな柱の1つとなっている。
原子力空母の配置について、その第一義的な意義を第50機動艦隊(第5空母群)司令官リチャード・レン少将は、その地域の軍事的安定による紛争発生の抑止にあるとしている。
アメリカ海軍では空母の大量動員能力を「サージ能力」(surge capability)と呼び、艦隊即応計画(Fleet Response Plan)の中心となる概念である。世界各地の紛争や戦争に対応して、30日以内に6個、90日以内にさらに2個の空母打撃群をすばやく大量に派遣できる能力を確保する計画である。
空母の主機関を原子力化することによる利点・欠点
利点
- 燃料消費が莫大な大型艦に対する補給の負担が無いことによって、空母打撃群に大きな戦略機動能力を与えられる
- 全速での航行が燃料消費を気にすることなく行えるため、長距離航海時には高速な空母となる
- 航行用の重油燃料の積載を必要としないため、その分艦載機の燃料や弾薬の積載量を増加できる[注 3]
- 動力にゆとりがある
- 発電電力が大きく取れるため、就役時や就役後の戦闘情報関連で増え続ける最新電子機器の莫大な電力消費にも対応できる
- 原子炉からの蒸気供給量が豊富であり、速度を落とすことなく蒸気カタパルトの使用が可能である
- 煙突がない
- 排煙による航空機やレーダーなどの電子機器への腐食がない
- 艦内に煙路・通風路を設ける必要がなく、また艦橋構造物の配置に自由度を与えられるため、格納庫面積、あるいは飛行甲板での艦載機のハンドリングに有利となる
- 艦載機の着艦作業における排煙の影響は、艦橋構造物そのものが引き起こす乱流(airwake)の問題に取り込まれており、通常動力である強襲揚陸艦や駆逐艦でも熱や煙については問題視されていないNAVAIR Airwake Modeling& More!
欠点
- 原子力推進の特徴を活かして航空母艦の設計を行う場合、船体規模を拡大するほどに搭載機数が増加し機数あたりの建造単価の低下すること、整備能力・飛行甲板面積の拡充による航空オペレーションの効率化が計られることから大型艦の建造が前提となり、莫大な初期投資と運行経費を必要とする
- 原子炉の運転操作に特別な教育を受けた技術者を必要とする
- 使用済核廃棄物の処理が必要となる
- 平時の核事故や戦闘時の被害による放射能汚染のリスクがある
- 炉心交換工事では長期のドック入りが必要となる
- ただし世界初の原子力空母「エンタープライズ」が8基の原子炉を持ち3年毎の炉心交換を必要としていたものが、13年毎、23年毎と運用期間が伸び、数年かかっていた工事も18ヶ月程度でできるようになっており、現在では退役まで炉心交換不要な原子炉も設計されている。
また空母自体は原子力化されても空母打撃群を構成する他の艦艇のほとんどは通常動力であり、その燃料や艦載機の航空燃料・搭載兵装、さらには乗員の糧食・休養等、兵站という原子力空母の「無限の航行力」とは異なる次元の問題があり、同盟国への寄港、また戦地における前方展開、空母打撃群に付随する戦闘補給艦の整備は必要であり、システムとしての維持費は依然高額なままである。
大型空母の長所・短所
原子力か通常動力かに関係なく大型の航空母艦であるがために存在する長所と短所を以下に示す。現状ではアメリカは原子力空母しか保有していない。
長所
- 艦載可能な航空機の種類と機数が多い
- 航空機燃料やその弾薬の積載量が増やせる
- 被弾時の抗甚性が高い
- 航洋性が高い
- 波浪に対する安定性が高いため航空機の着艦時の安全性が高まる
- 砲艦外交に使える
- 災害援助のような平和的目的の海上プラットフォームとして使用できる
短所
- 建造費・運用経費が掛かる (原子力化の欠点を参照)
- 大型化すれば潜水艦よりの魚雷攻撃に対し操艦による回避はそれだけ困難となる。有効な対魚雷兵器が未開発な現在、空母の大型化は潜水艦よりの格好の標的となりやすい。
- 建造や修理のドックが限られる 寄航地の港にそれなりの岸壁を必要とする 運河通過も制限されることがある(パナマックス参照)
- 艦隊規模が大きくなる
- 大型空母単艦での軍事作戦行動はあまり考えられず、周囲を警戒する護衛艦艇を相当数必要とする
- 地理的に離れた複数の脅威に対抗するには、脅威の規模だけでなく空母群で解決できる脅威の数が限られる
- 修理や改修のサイクル、空母の世代交代のサイクルなどによる運用上の制約が発生する これらの制約を避けるためには複数の空母の保有が必要になる
- 戦闘による艦の喪失が起きれば政治的、軍事的影響があまりに大きいため、高い戦略的意義がない限り高脅威な海域への派遣は行なえない
- 小規模な紛争には過大な干渉となり政治的に派遣が難しくなる
原子炉を使うコスト比較
費用種別 | 通常動力空母 | 原子力空母 |
---|---|---|
開発費(Investment cost)[注 5] | 3,353.4億円 (29.16億ドル)[注 6] |
7,407.15億円 (64.41億ドル)[注 7] |
-取得費 (Ship acquisition cost) | 2,357.5 (20.50) | 4,667.85 (40.59) |
-中期近代化改修費 (Midlife modernization cost) | 995.9 (8.66) | 2,739.3 (23.82) |
運用・維持費 (Operating and support cost) | 12,793.75 (111.25) | 17,114.3 (148.82) |
-直接運用・維持費 (Direct operating and support cost) | 12,001.4 (104.36) | 13,428.55 (116.77) |
-間接運用・維持費 (Indirect operating and support cost) | 791.2 (6.88) | 3,685.75 (32.05) |
廃棄/処分費 (Inactivation/disposal cost) | 60.95 (0.53) | 1,033.85 (8.99) |
-廃棄/処分費 (Inactivation/disposal cost) | 60.95 (0.53) | 1,020.05 (8.87) |
-使用済み核燃料保管費(Spent nuclear fuel storage cost) | なし | 14.95 (0.13) |
ライフサイクルコスト | 16,208.1億円(140.94億ドル) | 25,555.3億円(222.22億ドル) |
比較 | 100% | 157.7% |
63.4% | 100% |
出典:アメリカ合衆国会計検査院1998年 通常動力と原子力の空母のコスト比較[2]
原子力空母の原子炉
原子力空母に搭載されている原子炉も基本的な設計は、商用発電所の加圧水型原子炉とそうは違わない。核燃料の濃縮度が高い(後述)以外では、発電施設建屋がない分、小型の原子炉格納容器が高い強度の隔壁で密閉してある。また、燃料棒は酸化ウランのペレットにジルコニウム合金製の燃料被覆管により被覆されているのではなく、ウランと混合した金属ウラン・ジルコニウム合金の燃料棒が使われている[注 8]。
当然、核燃料の交換設備が空母には備わっていないので、アメリカ海軍原子力空母の核燃料の交換時期になるとバージニア州ニューポートニューズ市のドックに長期間収容されて、船体を切り開いて複雑な交換作業が行われる。アメリカ海軍で現在建造されている原子力空母は、従来は5年-20年間に1度程度は必要だった核燃料交換のサイクルを、原子炉技術の向上で40-50年程度かまたはそれ以上のものとし、実質は新世代の原子力空母が就役後は一度も核燃料の交換を必要としなくなる予定であるといわれている。核燃料交換のためには1.5年から3年以上もの間海へ出られなかったこれまでの原子力空母からすると、これは大きな進歩である。
原子力空母の搭載する原子炉数はすべて2基以上である。
- アメリカ海軍 エンタープライズ 8基
- アメリカ海軍 ニミッツ級 2基
- フランス海軍 シャルル・ド・ゴール 2基
これらの原子炉はすべて加圧水型であり、アメリカ海軍艦艇の核燃料の濃縮度(ウラン235の占める割合)は商業用原子炉(2%-5%程度)と比べてかなり高めである。また核燃料のウラン濃縮度を高めたため、炉心冷却水のホウ酸濃度も商業炉と比べてかなり高めだと推測できる。
ところで、近年のニミッツ級では95%以上の高濃縮度の核燃料を使用して燃料交換サイクルを20年に1度以上としている。原爆の濃縮度が90%以上とされることから、搭載された原子炉自体が核爆発を起こさないかとの不安感がある。しかし、原爆などの核分裂反応による「核爆発」は火種で温度や衝撃で爆発する火薬と違い、核物質が近接するだけでなく、その近接が一定以上の早さで行われることが必要となるので核爆発は考えづらい。そこで、ありえる災禍としては、被害により原子炉がスクラム(緊急停止)不能による暴走と炉の溶融、それにともなう水蒸気爆発や核物質の拡散による汚染である。もっとも、不確定ながら今では最新のニミッツ級では原子炉の改良により20-25%の濃縮度のウラン燃料を炉心に入れているという情報がある。またフランス海軍の「シャルル・ド・ゴール」は燃料交換予定の間隔が14-15年であることから、濃縮度25%-45%のウラン燃料を使っている予想されている。
まず外からの攻撃による原子炉の破壊であるが、通常兵器での攻撃では炉が直接破壊されることはなく、。また、。冷却に関しては最悪の場合でも海水があるので放射能漏れを別にすれば問題はあまりない。なお海水の突如の侵入に備えて動力室には圧力を逃す多数の弁が設置されている。
つぎに、通常の事故としてチェルノブイリ原子力発電所事故のような原子炉の制御不能による冷却水の急激な膨張(爆発)による炉の破壊(部分的な核反応爆発とする説もあるが)であるが、。つぎに冷却についての事故防止だが代表的な米海軍空母用の原子炉A4Wには、搭載されている2基の原子炉のそれぞれに4ループの冷却系があると推測されている。[3]
幸いにも、今までに原子力空母での核にまつわる大きな事故は明らかになった範囲では存在しないという。1999年11月に座礁した「ジョン・C・ステニス」の事故では、原子炉の冷却水循環ポンプが故障し原子炉が2基ともにスクラムした。このときは予備電気系統に切り替えて無事に炉心の冷却に成功している。 ところで、原子炉の運転を緊急停止させ、炉心の核燃料の連鎖反応が止まった状態でも核物質は発熱を続ける。このとき出るエネルギーが自己崩壊熱で、これを逃がさないと炉心の溶融が起きる。しかし、空母の原子炉は高出力運転状態から突如緊急停止(スクラム)し、仮にポンプなどの動的機器が同時に停止したとしても、一次冷却材の自然循環で崩壊熱が除去されるので爆発の危険はないとされている。
日本などに寄港したときも、アメリカ海軍の原子力空母は原子炉を止めて出力をゼロにするのではなく、弱力運転により15%程度の出力を得ているのではないかとテンプレート:誰2範囲。日本では普通、商用の原子力発電所では出力調整はほぼ行わず、動かすか止めるかのどちらかであるが、この点でもこれら原子炉の設計の違いが見える。なお、人体に影響のない程度の微弱な放射線漏れは原子力船ではある。これに対して、乗組員や来艦者はバッジにより放射線被曝線量の計測を受ける決まりである。
世界の原子力空母
退役
- エンタープライズ 解体中
現役
建造計画
- ジェラルド・R・フォード級
- ジョン・F・ケネディ 建造中
- エンタープライズ 計画中
- シトルム 計画中
- ヴィシャル 計画中
- 003型 計画中
建造中止
- ウリヤノフスク級
- S-107 ウリヤノフスク 建造中止
- S-108 計画破棄
- シャルル・ド・ゴール級2番艦 計画破棄
脚注
注釈
出典
- ↑ CVN 表記の出典は『英和・和英 米軍用語辞典 第3次改訂版』(森沢亀鶴、学陽書房、ISBN 4-313-95007-9)
- ↑ Cost-Effectiveness of Conventionally and Nuclear-Powered Aircraft Carriers, www.fas.org(英語)
- ↑ 世界の傑作 別冊 世界の空母 坂本明
参考文献
- ミリタリー選書11 世界の空母 柿谷哲也
- 世界の傑作 別冊 世界の空母 坂本明
- 軍事研究 2006年2月号 北ベトナム爆撃が告げた時代の変遷 ラインバッカーII B-52の大量投入 佐藤俊之
- 軍事研究 2006年2月号 米海軍・海兵隊の改革4 シー・ベース新世代原子力空母CVN-21 軍事情報研究会
- 軍事研究 2006年4月号 郷土防衛隊から国外遠征軍への変容 アメリカ軍海外遠征の歴史と体制 野木恵一
- 軍事研究 2006年9月号 原潜ノーチラスに始まる原子力の平和利用 鳥羽利男
- 軍事研究 2006年11月号 イージス艦と空母戦闘群 浜田一穂
- 軍事研究 2007年6月号 検証:原子力艦艇の核燃料交換の実態
- 軍事研究 2007年8月号別冊21世紀の原子力空母
関連文献
- 『原子力空母 - 現代スーパーキャリアーのすべて』イカロス出版、2008年10月20日発行、2008年9月17日発売、ISBN 978-4863201002