原子力
テンプレート:原子力 原子力(げんしりょく。英: nuclear energy)とは、原子核の変換や核反応に伴って放出される多量のエネルギーのこと[1]、またはそのエネルギーを兵器や動力源に利用すること。核エネルギー(かくエネルギー)や原子エネルギー(げんしエネルギー)とも[2]ともいい、単に核(かく、英: nuclear)と呼ぶ場合には、原子力を指すことが通例である。
Contents
呼称
日本語では、「原子力-」(「原子-」)と「核-」は接頭辞としてほぼ同義である。このうち「核」は核兵器や核燃料など軍用や燃料として、「原子力」は原子力発電や原子力空母など商用や動力源に使い分けられることが多く、これに対する批判もある[3][4] [注釈 1]。同様に、「反核」は原子力全般への反対を指す語であるが、
英語では nuclear weapon (核兵器)、nuclear power (核発電)、nuclear submarine (核潜水艦)というように、"nuclear" (核)でほぼ統一されている[注釈 2]。独語の "Atom" と "Nuklear" はほぼ同義語であり、軍用か商用かを問わずに用いられる。英語の nuclear power plant(直訳:核発電所)に相当する語として、独語では Atomkraftwerk (直訳:原子力発電所)と Kernkraftwerk (直訳:核発電所)の両方が用いられている。中国語では、忠実な訳語を用いて「核電廠」という。
概要
「原子力」という語は、原義的には、ウランやプルトニウムの核分裂、放射性物質の崩壊、重水素・トリチウムなどの核融合により放出される核エネルギーのことを指す[1]。原子核変換は、原子核崩壊と原子核反応に分類され、原子核反応はさらに原子核融合反応と原子核分裂反応に分類される。
原子核反応により発生するエネルギーは、化石燃料の燃焼などの化学反応により発生するエネルギーに比べて桁違いに大きく、兵器として利用されるほか、エネルギー資源として主に発電に利用されている。ただし現在のところ発電に利用されているのは原子核分裂だけであり、原子核融合による発電はまだ実用化されていない。一方、原子核崩壊により発生する比較的弱いエネルギーは原子力電池や放射線医学などに利用されている。
しかし、核分裂か核融合かを問わず、原子力の利用は、放射線、放射線を放出する能力(放射能)を持った物質(放射性物質、放射性廃棄物)を発生させる。放射線は、その量や強さに応じて生物に対して悪影響(放射線障害)を与えるため、適切に防護(放射線防護)する必要がある。放射線防護についての国際的な研究機関として、国際放射線防護委員会 (ICRP) がある。
原子力兵器や原子力潜水艦などは「核の戦争利用」「軍用核」の代表例であり、原子力兵器は代表的な大量破壊兵器とされている。原子力発電や原子力商船などの「核の平和利用」「商用核」も、その過程で発生する放射性廃棄物など問題を抱えている。又、原子力には、軍用か商用かを問わず、各種の原子力事故や放射性廃棄物の処理、核テロリズムの危険性などの課題が存在している。
核兵器の拡散を防止する条約には核拡散防止条約があり、核の平和利用を促進し、軍事転用されないための保障措置の実施をする国際機関には国際原子力機関がある。
原子力に反対する運動は「反核運動」や「反原子力運動」などといい、特に原子力兵器への反対運動は「反核兵器運動」、特に原子力発電を巡る論争は「原子力発電論争」などとも呼ばれている。
主な用途
軍事利用
兵器
原子力(核エネルギー)を主要な破壊力・殺傷力とした兵器を、「核兵器」や「原子力兵器」と呼ぶ。原子爆弾や水素爆弾などの核爆弾や、核ミサイルが代表例である。このほか放射能兵器なども含まれる。
潜水艦
原子力(核エネルギー)で動く潜水艦を「原子力潜水艦」という。又、原子力兵器を搭載する潜水艦も「原子力潜水艦」といえる。
航空母艦
原子力(核エネルギー)で動く航空母艦を「原子力空母」という。
商業利用
発電
核反応を利用した発電を「原子力発電」や「核発電」と呼ぶ。通常は原子炉で発生した熱エネルギーで蒸気をつくり、タービン発電機で発電する[9]。燃料としてはウランやプルトニウムなどが用いられる例が通常である。
電池
核反応を利用した電池を「原子力電池」と呼ぶ。通常は不安定な原子核である不安定核種の、核壊変と呼ばれる長期持続的で小規模な核反応による発熱から電力を得る。
原子力推進
核を動力源とする物体の推進運動を原子力推進(nuclear propulsion)と呼ぶ。鉄腕アトムなどの原子力ロボット、むつなどの原子力商船、原子力飛行機の他、各種の原子力ロケットが考えられている。
宇宙空間での利用
不安定核種はすなわち放射性物質であり、打ち上げの途中で失敗すると上空から放射性物質をばら撒くことになるので人工衛星への搭載は民間では積極的には行われない[10][11]。 しかしながら、軍用衛星では事情が異なる。特に電力を使う軍用衛星はレーダー衛星である。レーダーを照射し、地形・高度・森林中の構造物・地下構造物・潜水艦などを発見する。運用効率の問題などから、太陽電池では全く電力不足になるため原子力電池または原子炉を使う。特に旧ソ連のコスモス・シリーズでは原子炉搭載型が多かった。問題は軍用偵察衛星の高度が低いことである。空気抵抗が大きく落下しがちなので姿勢制御用の燃料を大量に消費する。また姿勢制御自体が難しい。そのため落下の危険が大きい。実際に何基か落ち、放射性物質をばらまいている(コスモスに関する米国の発表)。それを防ぐためには、寿命が尽きる前に燃料を噴射して、何万年も落ちてこない遠くの軌道に移すなどするほかない。
施設
原子力を用いる施設、とりわけ原子炉や核燃料を搭載・使用する施設を核施設や原子力施設という。
- 代表的な核施設
保安
原子力物体や核施設での災害を防止し、安全を確保する施策を核防災や核保安(nuclear safety)という。
核保安については、核施設での爆発事故や放射能漏れの防止は元より、2001年のアメリカ同時多発テロ以後には核テロリズムの防止策も討議されるようになっている(核セキュリティ・サミット)。
歴史
冷戦前
- 1895年 放射線の発見。レントゲンが謎のビーム(X線)を発見、ベクレルもウランが発する同様のビーム(アルファ線)を発見して、これらは「放射線」と名づけられた。3年後、ピエール・キュリーとマリー・キュリーの夫妻がラジウムを発見し、ここから放射線の研究が始まった。
- 1905年 ドイツのアルベルト・アインシュタインが特殊相対性理論を発表し、質量とエネルギーの等価性を理論的に証明した。
- 1938年 ドイツのオットー・ハーンにより発見され、リーゼ・マイトナーによって核分裂反応と確認され、質量とエネルギーの等価性が実証された。
冷戦時代
- 1945年 アメリカ合衆国(米国)のマンハッタン計画によって、核分裂反応を利用した世界初の原子爆弾が製造される。8月上旬には日本の広島と長崎に原子爆弾が投下され、原子力兵器が実際に使用される。この時に得られたデータは放射線障碍の重要なデータとして、現在でも使用されている。第二次世界大戦と冷戦では、世界中で原子力兵器開発が行われ、冷戦後の現在も続いている。
- 1951年 米国のEBR-Iで世界初の原子力発電に成功した。
- 1952年 4月7日、日本で、原子力ロボット『鉄腕アトム』の連載が開始。
- 1953年 米国のドワイト・アイゼンハワー大統領が、「核の平和利用」と題した演説。
- 1954年 3月1日、ビキニ岩礁での水素爆弾実験で、焼津の漁船・第五福竜丸が被爆。同年、ソビエト連邦(ソ連)において最初の商用の原子力発電が開始された。
- 1963年 東海村の東海発電所において、日本で最初の原子力発電が開始された。
- 1968年 日本の佐世保で、原子力空母エンタープライズへの入港への反対運動。この頃、米国などで原子力空母の造成が盛んに行われる。
- 1979年 米国のスリーマイル島原子力発電所で、運転員の誤操作によりメルトダウン事故が発生。放射性物質の放出は防げたものの、周辺住民10万人が避難した。このスリーマイル島原子力発電所事故以降、原子力に対する批判的な機運が高まった。
- 1986年 ソ連内ウクライナ共和国のチェルノブイリ原子力発電所で、実験中に爆発事故が起こり、放射性物質が環境中に放出され47人が急性の放射線障碍で死亡した。2006年のIAEAの報告では、晩発の放射線障碍を含む死者の推計数は約9000人とされており、商用の原子力災害としては史上最悪の事態となった。
冷戦後
- 1999年 日本の東海村のJCO核燃料施設で、正規の作業手順を無視したことにより臨界事故が発生し、大量の放射線を浴びた作業員2名が、急性の放射線障害で死亡した。この他にも原子力空母と原子力潜水艦で動力用原子炉が使用されている。
- 2003年原子爆弾の実戦での使用実績は2発であるが、。。
- 2006年 北朝鮮の核実験 (2006年)により、北朝鮮核問題が本格化。
- 2011年 3月12日、日本の大熊にある福島第一原子力発電所(東京電力が保有者)で、3月11日の東北地方太平洋沖地震で発生した震動や大津波により、非常用電源などの設備が破損し、原子炉の冷却機能を喪失。1号機から3号機で燃料棒が露出する空焚き状態になり、メルトダウンが発生。更に、原子炉建屋内に充満した水素により1号機と3号機(3号機はプルサーマル)の原子炉建屋が水素爆発を起こし、使用済み核燃料プールの冷却が停止した4号機でも同様の原因で水素爆発が発生したほか、2号機の格納容器の一部でも爆発が発生(福島第一原子力発電所事故)。これら原子炉4基の爆発の結果、広範囲に高濃度の放射性物質が拡散し、国際原子力事象評価尺度におけるレベル7(深刻な事故、チェルノブイリ事故と同値)に該当すると発表された。5月12日、1号機の水位が想定外に低いことから、東京電力がメルトダウンを認めた。
脚注
注釈
- ↑ なお、日本の政府機関や自治体、電力会社等から公表されているPDF文書等をインターネットで検索すると、検索結果画面において「原子力」の部分が「原子カ」(最後の文字は漢字の「力」―ちから―ではなく、カタカナの「カ」)と表示されることがある[5]。このことについて三重大学教授の奥村晴彦は自身のTwitterアカウントにおいて、文書にテキスト抽出禁止の保護設定がなされているため検索エンジンがOCRによる読み取りをした際に誤変換したものとした上で、検索避け工作であると批判している[6]。
- ↑ 英語のパワー (power) は「力」と「電気」の両方の意味をもつので、nuclear power や atomic power は、内容に応じて「原子力」または「原子力発電」の意味をもつ[7][8]。nuclear power plant や atomic power plant は「原子力発電所」を指すことが多い。
出典
- ↑ 1.0 1.1 平凡社『世界大百科事典』より「原子力」の項。
- ↑ 『広辞苑』第五版に「原子力」の項で「原子エネルギー」と同義と解説し、「原子エネルギー」の項に同義語として「核エネルギー」が挙げられている。
- ↑ 小出裕章 (2005年10月9日). “核と原子力は同じもの (PDF)”. 第23回エントロピー学会シンポジウム at 広島. . 2011閲覧.
- ↑ 吉田康彦 (2007年6月23日). “「核」と「原子力」はどう違う?”. 日本国際フォーラム『百花斉放』. . 2011閲覧.
- ↑ 以下は「力」がカタカナの「カ」で表示されているのが確認できた事例の一部である。“原子カ安全調査委員会設置法(案) (PDF)”. 内閣官房 (2012年1月). . 2014閲覧./“衆議院チェルノブイリ原子カ発電所事故等調査議員団報告書 (PDF)”. 衆議院 (2011年12月). . 2014閲覧./“原子カ安全規制の転換 (PDF)”. 原子力規制委員会. 2013年1月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。. 2014閲覧./“「サイクル機構史の発刊に寄せて」原子カ委員会委員長 近藤 駿介 (PDF)”. 日本原子力研究開発機構. . 2014閲覧./“第3章 協議の対象となる原子カ事業所 (PDF)”. 東京都. . 2014閲覧./“原子カ災書に伴う肉用牛の安全確保等に関する緊急要望 (PDF)”. 福島県. 2014年5月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。. 2014閲覧./“浜岡原子カ発電所・ご意見を聴く会」委員からのご意見等のとりまとめ結果について (PDF)”. 中部電力 (2011年9月22日). . 2014閲覧./“志賀原子カ発電所における安全強化策の取り組み (PDF)”. 北陸電力. . 2014閲覧.
- ↑ “奥村晴彦”. Twitter (2014年6月9日). . 2014閲覧. “わざわざテキスト抽出禁止するのは「検索避けの隠蔽工作」にまさに該当する”
- ↑ “nuclear power” (英語). the freedictionary.com. . 2011閲覧.
- ↑ “atomic power”. プログレッシブ英和中辞典(第4版). コトバンク. . 2015閲覧.
- ↑ “原子力発電”. デジタル大辞泉. コトバンク. . 2015閲覧.
- ↑ SNAP 8 Reactor Program (1963)
- ↑ SP 100 Space Nuclear Reactor, Fabrication Development
関連項目
- 日本の原子力関連機関
- 中曽根康弘・正力松太郎(日本における核推進の代表的人物)
- 核開発
- 核実験
- 原子力明るい未来のエネルギー
外部リンク
- 原子力百科事典ATOMICA - 一般財団法人高度情報科学技術研究機構
- 原子力エネルギー(Nuclear Fuels) リンク集・文献案内 - 広島大学
- 資料:原子力教育のための学校用副読本,その他の関連機関発行の教材 - 小波秀雄(京都女子大学現代社会学部)
- 放射線の基礎知識 原子力と核分裂 - 北海道総務部原子力安全対策課
- 植村福七 「外国の原子力管理機構と開発状況」、『香川大学経済論叢』 香川大学経済研究所、1957年1月、第29巻第5号、81-91頁、NCID AN00038281