分裂補題
- See also splitting lemma in singularity theory.
数学、より具体的にはホモロジー代数学において、分裂補題 (splitting lemma) は次のようなものである。任意のアーベル圏において、短完全列に対する以下のステートメントは同値である。
写像が q と r の短完全列
- [math]0 \rightarrow A \overset{q}{\longrightarrow} B \overset{r}{\longrightarrow} C \rightarrow 0[/math]
が与えられたとし、追加の矢印 t と u を存在しないかもしれない写像に対して書く。
- [math]0 \rightarrow A {{q \atop \longrightarrow} \atop {\longleftarrow \atop t}} B {{r \atop \longrightarrow} \atop {\longleftarrow \atop u}} C \rightarrow 0.[/math]
このとき以下のステートメントは同値である。
- 1. 左分裂 (left split)
- 写像 t: B → A が存在して tq は A 上恒等写像である。
- 2. 右分裂 (right split)
- 写像 u: C → B が存在して ru は C 上恒等写像である。
- 3. 直和 (direct sum)
- B は A と C の直和に同型で、q は A の自然な入射に一致し、r は C への自然な射影に一致する。
短完全列は上のステートメントのどれかが成り立てば分裂する (split) という。
(「写像」という言葉は考えているアーベル圏の射を意味し、集合の間の写像ではない。)
注意: 完全列 [math]0 \rightarrow A \longrightarrow A \oplus C \longrightarrow C \rightarrow 0[/math] は分裂するとは限らない。
この補題によって第一同型定理を精密化することができる。
- 第一同型定理は上記の短完全列において [math]C \cong B/q(A)[/math] (すなわち "C" は "r" の余像あるいは "q" の余核に同型である)ということを述べている。
- 列が分裂すれば、[math]B = q(A) \oplus u(C) \cong A \oplus C[/math] であり、第一同型定理は単に C の上への射影である。
それは線型代数学の([math]V \cong \ker T \oplus \operatorname{im}\,T[/math] の形での)階数・退化次数の定理の圏論的一般化である。
証明
まず、(3) から (1) と (2) が従うことを示すためには、(3) を仮定し t として直和から A への自然な射影をとり、u として C から直和への自然な入射をとる。
(1) ならば (3) を示すために、B の任意の元は集合 (ker t + im q) に入っていることに注意する。これは B のすべての b に対して b = (b - qt(b)) + qt(b) であることから従う。qt(b) は明らかに im q の元であり (b - qt(b)) は
- t(b - qt(b)) = t(b) - tqt(b) = t(b) - (tq)t(b) = t(b) - t(b) = 0
だから ker t に入っている。
次に、im q と ker t の共通部分は 0 である、なぜならば q(a) = b なる A の元 a が存在して t(b) = 0 であれば、0 = tq(a) = a であるから b = 0 である。
このことより B は im q と ker t の直和である。したがってすべての B の元 b に対して b は一意的に A の元 a と ker t の元 k であって b = q(a) + k なるもので識別できる。
完全性から ker r = im q である。部分列 B → C → 0 から r は上への写像である。それゆえ任意の C の元 c に対して b = q(a) + k が存在して c = r(b) = r(q(a) + k) = r(k)。したがって任意の C の元 c に対して ker t の元 k が存在して c = r(k), and r(ker t) = C。
r(k) = 0 であれば k は im q に入る。im q と ker t の共通部分は 0 であるから、k = 0 である。したがって射の制限 r : ker t → C は同型射であり ker t は C に同型である。
最後に、im q は 0 → A → B の完全性により A と同型である。なので B は A と C の直和に同型であり (3) が証明される。
(2) ならば (3) を示すために、同様の議論をする。B の任意の元は集合 ker r + im u に入る。すべての B の元 b に対し b = (b - ur(b)) + ur(b) であってこれは ker r + im u に入っている。ker r と im u の共通部分は 0 である、なぜならば r(b) = 0 かつ u(c) = b であれば 0 = ru(c) = c。
完全性から im q = ker r で、q は単射だから、im q は A と同型で、A は ker r と同型である。ru は全単射だから、u は単射でありしたがって im u は C と同型である。なので B は再び A と C の直和である。
他の証明
非可換群
ここに述べられた形では、分裂補題はアーベル圏でない群の圏全体においては成り立たない。
部分的には正しい
それは部分的には正しい。群の短完全列が左分裂あるいは直和であれば(条件1または3)、条件のすべてが成り立つ。直和に対してはこれは明らかである。直和成分から入射あるいはそれへ射影できるからだ。左分裂列に対しては、写像 [math]t \times r\colon B \to A \times C[/math] が同型を与えるので、B は直和(条件3)であり、したがって同型を逆にして自然な入射 [math]C \to A \times C[/math] と合成すれば r を分裂させる入射 [math]C \to B[/math] を得る(条件2)。
しかしながら、群の短完全列が右分裂であっても(条件2)、左分裂あるいは直和である必要はない(条件1も3も従わない)。問題は右分裂の像が正規である必要はないことだ。この場合に正しいのは、B は、一般には直積ではないが、半直積ではあるということである。
反例
反例を構成するために、最小の非アーベル群である3文字の対称群 [math]B\cong S_3[/math] をとる。A で交代部分群を表し、[math]C=B/A\cong\{\pm 1\}[/math] とする。q と r をそれぞれ包含写像と符号写像とすると、
- [math]0 \rightarrow A \stackrel{q}{\longrightarrow} B \stackrel{r}{\longrightarrow} C \rightarrow 0 \,[/math]
は短完全列である。[math]S_3[/math] はアーベルでないので、条件 (3) は成り立たない。しかし条件 (2) は成り立つ。u: C → B を生成元を任意の2次の巡回置換に写すことで定義できる。完全にするために条件 (1) が成り立たないことに言及しよう。任意の写像 t: B → A はすべての2-サイクルを単位元に写さなければならない、なぜならば写像は群準同型でなければならないが、2-サイクルの位数は2であり A の元の位数は単位元を除いて A は [math]S_3[/math] の交代部分群すなわち位数3の巡回群なので3であるがそれで割り切れない。なので t は自明な写像で、それゆえ tq: A → A も自明であり、恒等写像ではない。
参考文献
- Saunders Mac Lane: Homology. Reprint of the 1975 edition, Springer Classics in Mathematics, ISBN 3-540-58662-8, p.16
- Allen Hatcher: Algebraic Topology. 2002, Cambridge University Press, ISBN 0-521-79540-0, p.147