停止性問題

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計算可能性理論において停止(性)問題(ていしせいもんだい・ていしもんだい、halting problem)は、あるチューリング機械(≒コンピュータプログラムアルゴリズム)が、そのテープのある初期状態(≒入力)に対し、有限時間で停止するか、という問題。アラン・チューリングが1936年、停止性問題を解くチューリング機械が存在しない事をある種の対角線論法のようにして証明した。すなわち、そのようなチューリング機械の存在を仮定すると「自身が停止すると判定したならば無限ループを行い、停止しないと判定したならば停止する」ような別のチューリング機械が構成でき、矛盾となる。

概要

プログラムAにデータxを入力して実行する事をA(x)と書き、A(x)がyを出力するときy=A(x)と書く。コンピュータではいかなるデータも0と1の数字で表し、したがってプログラム自身も0と1の数字で表せる。 コンピュータ用語ではこの数値化を「符号化」と呼び、理論計算機科学では「ゲーデル数化」という。以下記号を簡単にする為、プログラムAを数字で表したものも、Aと書く。 よって例えばプログラムA、Bに対し、「A(B)」は、「プログラムBを表す数字をBとし、AにBを入力して実行する」の意である。停止性問題とは、「プログラムAとデータxが与えられたとき、A(x)が停止するかどうかを決定せよ」という問題である。

また「停止性問題の決定不能性定理」とは、停止性問題を常に正しく解くプログラムは存在しない、という定理である。 すなわち以下の性質を満たすプログラムHは存在しない、という定理である。

全てのプログラムAと全てのデータxに対し、

  • A(x)の実行は停止する ⇒ H(A,x)はYESを出力する。
  • A(x)の実行は停止しない ⇒ H(A,x)はNOを出力する。

証明

停止性問題を解くプログラムHが存在すると仮定して矛盾を導く。証明は嘘つきのパラドックスに類似している。

M(A)を、H(A,A)=YESならM(A)自身は停止せず、H(A,A)=NOなら0を出力してM(A)を停止するプログラムとする。(H(A,A)と無限ループを組み合わせる事でM(A)を作る事ができる。)

M(M)は停止するだろうか?

  • M(M)が停止したとすると、Mの定義よりH(M,M)=NO。Hの定義より H(M,M)=NOとなるのはM(M)が停止しないときのみなので、矛盾。
  • M(M)が停止しないとすると、Mの定義よりH(M,M)=YES。Hの定義より、H(M,M)=YESとなるのはM(M)が停止するときのみなので、矛盾。

よって停止性問題を解くプログラムHは存在しない。

カントールの対角線論法との関係

対角線論法は、集合Sからその冪集合P(S)への全単射が存在しない(カントールの定理)事を示す為にゲオルグ・カントールが使った論法である。

実は上述の証明は対角線論法も利用している。以下簡単の為、プログラムの入力は全て自然数とする。前述したようにプログラムは0と1からなる数字で書き表せるので、プログラム全体の集合と自然数全体の集合[math]\mathbb{N}[/math]と自然に同一視できる。本当は[math]\mathbb{N}[/math]の中にはプログラムに対応していないものもあるが、簡単の為その辺の事情は略する。

[math]\phi:\mathbb{N} \times \mathbb{N} \mapsto \{0,1\}[/math]を次のように定義する:

A(x)が停止すればφ(A,x)=1、そうでなければφ(A,x)=0。

以下φ(A,x)の事をφA(x)と定義する。[math]g:\mathbb{N} \mapsto \{0,1\}[/math]を、g(A)=¬φA(A)により定義する。ただしここで「¬」は0と1を反転する写像。すなわち¬0=1、¬1=0。

すると対角線論法により、gMとなるMは存在しない。

さて、仮に停止性問題を常に正しく解くプログラムHが存在するとする。M(A)を、H(A,A)=YESなら停止せず、H(A,A)=NOなら0を出力して停止するプログラムとすると、MHの定義よりgMが成立し、矛盾。したがって停止性問題を常に正しく解くプログラムは存在しない。

不完全性定理との関係

停止性問題の決定不能性を利用してゲーデルの第一不完全性定理を示すことができる。

計算模型を適当に算術化すれば、「プログラム M は入力 x のもとで停止する」という述語 Halt(M,x) がΣ1述語となるようにできる。停止性問題の決定不能性はこの述語がΠ1述語でないことを述べている。したがって「プログラム M は入力 x のもとで停止しない」という述語はΠ1であるがΣ1でない。

述語論理を適当に算術化しておく。Tロビンソン算術を含む再帰的かつΣ1健全な理論とする。ここで T再帰的とは、「xT の公理のコードである」という述語が再帰的であることをいう。また T がΣ1健全とは、偽なΣ1文を証明しないことをいう。「xT で証明可能な論理式のコードである」という述語 Pr(x) は再帰的可算であり、したがってΣ1述語である。

T が任意のΠ1文を証明または反証すると仮定して矛盾を導く。述語 Halt(M,x) を定義するΣ1論理式 halt(M,x) を取る。ここで ¬halt(M,x) は T 上でΠ1論理式であることに注意せよ。T はΣ1完全かつ無矛盾であるからΠ1健全である。仮定より T は任意のΠ1文を証明または反証するので、T はΠ1完全である。ゆえに、任意のプログラム M と入力 x について、以下は同値である:

  • ¬Halt(M,x) が成り立つ
  • ¬halt(M,x) は T で証明可能である
  • Prhalt(M, x)) が成り立つ

ところで Prhalt(M, x)) はΣ1述語だから、¬Halt(M,x) もΣ1述語である。これは上に述べたことと矛盾する。

この証明は直観的には次のような意味である。もし T が任意の文を証明または反証するならば、Tの定理を枚挙するプログラムを走らせて halt(M,x) または ¬halt(M,x) の形の定理が現れたらYESかNOを出力して停止する、という方法で停止性問題が肯定的に解けてしまう。(このプログラムの正当性は T のΣ1健全性とΠ1健全性、プログラムの停止性は任意の文を証明または反証するという仮定によって保証される。)これは停止性問題の決定不能性に反するので、 T では証明も反証もできない文が存在しなければならない。

以上の証明の停止性問題を再帰的でない任意の再帰的可算集合に置き換えることができる。例えば停止性問題の代りにラムダ計算の正規化可能性問題や述語論理の証明可能性問題を用いてもよい。

関連項目