井笠鉄道
井笠鉄道株式会社(いかさてつどう、通称井笠バス、英文社名Ikasa Tetsudo)は、岡山県笠岡市に本社を置き、かつて鉄道とバスを中心に事業を展開していた会社。2012年10月31日限りで事業を停止し、会社自体も破産手続に移行し解散した。
井笠鉄道の事業を継承して、2012年11月1日より2013年9月30日まで暫定運行を行った中国バス・井笠バスカンパニー(井笠バス福山カンパニー、井笠バス福山.C)および、2013年4月1日より同社井笠バスカンパニーが暫定運行を行った路線のうち、福山市内で完結する路線、および「カブトガニ号」以外の運行を担当し、同年10月1日から福山市内完結路線も運行する井笠バスカンパニー(井笠バス.C)については「井笠バスカンパニー」を参照。
Contents
概要
井笠鉄道は主に岡山県西南部の井笠地方(笠岡市、井原市等)と広島県福山市を営業エリアとしていた。そのため、岡山県バス協会と広島県バス協会の双方に加盟していた。かつては鉄道路線を有していたが、1971年に廃止されたため、路線バス・貸切バスのみの営業となった。また、1991年まで福山市赤坂にて、赤坂遊園という遊園地も経営していた。
コミュニティバスの一部をのぞき岡山県共通バスカード(井笠鉄道発行分)・井笠バス専用バスカード(販売終了)が使用できた。また、福山自動車営業所管轄路線の一部ではPASPYが利用できた(PASPY定期券は鞆鉄道発行分を使用。また鞆鉄道のPASPYを福山駅前案内所やPASPYリーダー装備車の車内で委託販売していた[注 1])。またHarecaの導入予定はなかった。
90年代まではストを頻繁に起こしており、他社がストを中止・回避しても同社だけは突入することも珍しくなかった。
2012年10月31日をもって沿線の過疎化や規制緩和などによる経営悪化のため井笠鉄道はバス事業も撤退し、会社は破産手続に移行された[1][2]。バス事業については井原市と浅口市の循環バスは北振バスが一部引き継ぐほか、主要路線について当面は道路運送法に基づく臨時措置として中国バスが引き継ぐことを要請した[3][4][5]。
2012年10月17日に笠岡市役所で岡山・広島両県と7市町などで廃止対策会議が開かれ、代替運行を要請している中国バスに路線・系統の代替について、対策会議としての意見をまとめ、それに基づいて中国バスが代替運行の申請を中国運輸局に行った。代替運行に際し、運行本数の削減や一部系統の廃止が行われることになった。寄島 - 里庄間の路線は、里庄町と浅口市が共同で代替無償バスを運行した[6][7][8]。
なお、従業員はいったん解雇された後で中国バスなどが雇用したが、定期券・回数券・バスカードは使えなくなった(PASPYは他の利用会社で使用可能)[9]。
2013年4月1日以降、中国バス・井笠バスカンパニーが引き継いだ路線のうち、福山市内で完結する路線以外については、中国バスの100%出資による新会社である「井笠バスカンパニー(井笠バス.C)」に運行が引き継がれることが2013年1月に決定した。新会社への引き継ぎに際し、笠岡市内と矢掛町内へ車庫が新設されることになり、それに伴い2路線が新設されることになった。笠岡市美の浜にバスセンターと新会社の営業所が設置された。美の浜地区はバス路線の空白地帯になっており、路線新設により利便性の向上が図られた。このバスターミナルは笠岡市が市有地に建設した。また、矢掛町内への車庫設置により、矢掛駅においての井原鉄道との乗り継ぎが改善された。福山市内で完結する路線は2013年9月30日まで中国バス・井笠バス福山.C(同社井笠バス.Cを改組)による暫定運行を実施していたが[10]、2013年10月1日から、一部路線を廃止・デマンドタクシーに移行の上で井笠バスカンバニーが運行することとなった。
関連会社だった北振バス・井笠観光・井笠自動車整備・井笠郵便輸送・井笠商事は井笠鉄道の破産後も独立系企業として存続していたが、井笠自動車整備は2015年1月23日に破産手続き開始決定[11]。また同じく関連会社だった笠岡タクシーはアサヒタクシー(本社:広島県福山市)の傘下となった[12]。
歴史
- 1911年(明治44年)7月1日: 井原笠岡軽便鉄道(いばらかさおかけいべんてつどう)として設立。
- 1913年(大正2年)11月17日: 本線笠岡 - 北川 - 井原間が開業。軌間762mm。
- 1915年(大正4年)11月26日: 井笠鉄道に社名変更。
- 1921年(大正10年)10月25日: 矢掛線矢掛 - 北川間が開業。
- 1925年(大正14年)2月7日: 高屋線井原 - 高屋間が開業。
- 1925年(大正14年)8月22日: バス事業を開始する[13]。
- 1940年(昭和15年)1月1日: 神高鉄道を合併。同社線を編入して井原 - 神辺間を神辺線とする。
- 1964年(昭和39年): 近畿日本鉄道が資本参加し近鉄グループ入り[14]。
- 1966年(昭和41年)2月3日: 井笠観光株式会社設立[13]。
- 1967年(昭和42年)4月1日: 神辺線および矢掛線を廃止。線路用地は鉄道建設公団に買収される。
- 1968年(昭和43年)9月15日:井笠ボーリングセンター開館[13]。
- 1970年(昭和45年)8月10日:井原ボーリング場開館[13]。
- 1971年(昭和46年)4月1日: 本線を廃止。鉄道事業から撤退してバス専業会社となる。北川 - 井原間の線路用地は神辺・矢掛線同様に鉄道建設公団に買収され、現在の井原鉄道井原線の建設に供される。
- 1972年(昭和47年)9月25日:宅地建物取引業登録免許取得[13]。
- 1973年(昭和48年)8月16日:井笠観光株式会社を井笠観光開発株式会社に変更[13]。
- 1975年(昭和50年)4月10日:井原ボーリング場閉館[13]。
- 1978年(昭和53年)12月19日:井笠商事株式会社発足[13]。
- 1980年(昭和55年)2月21日: 鬮場車庫が放火され全焼。
- 1994年(平成6年)3月21日: 福山 - 広島間に「ローズライナー」を中国バス・鞆鉄道・広島交通との共同運行で運行開始。
- 1995年(平成7年)12月21日: 神辺 - 広島間に「リードライナー」を中国バス・広島交通との共同運行で運行開始(それまで平成大学 - 広島間に運行していた路線に参入、延長)。
- 1996年(平成8年)9月1日:岡山県共通バスカードを導入 。
- 1997年(平成9年)7月20日: 倉敷駅北口の改良工事完成に伴い、南口に乗り入れていた井原線が北口へ乗り場が変更される。
- 2004年(平成16年)
- 2006年(平成18年)9月28日: 福山 - 岡山空港・岡山間に「ももっちライナー」を中国バス・両備バスとの共同運行で運行開始(2007年7月30日に福山 - 岡山系統の運行を終了、2008年1月31日に福山 - 岡山空港系統の運行も終了)。
- 2007年(平成19年)9月30日: この日の運行をもって、井原 - 矢掛 - 清音駅 - 倉敷駅北口 - 川崎医大線の井原 - 矢掛間、倉敷駅北口 - 川崎医大間と清音循環 - イオン倉敷 - 倉敷中央病院線が廃止。
- 2008年(平成20年)
- 9月30日: この日の運行をもって、新倉敷駅北口 - 矢掛線が廃止。
- 10月1日: 岡山県共通バスカードの廃止に伴い、代替カード「井笠バス専用バスカード」の販売を開始(岡山県共通バスカードは井笠鉄道発行分のみ利用可能)。
- 2009年(平成21年)
- 2011年(平成23年)3月31日: この日の運行をもって、鴨方 - 遙照山荘線が廃止。
- 2012年(平成24年)
- 3月19日: この日の運行をもって、福山 - 東深津 - 福山市民病院線が廃止。
- 10月12日: 中国運輸局に事業廃止届を提出。バス事業から撤退し、その後会社を清算することを発表[4]。井笠バス専用バスカードの販売終了。
- 10月18日: 中国バスが井笠鉄道バス路線廃止代替運行路線の運行について中国運輸局に申請[7]。
- 10月31日: この日をもってバス事業から撤退[1][4]、井笠バス専用バスカードの利用終了[4]。
- 11月1日: 中国バス等が井笠鉄道バス71路線中53路線の代替運行開始。
- 11月2日: 岡山地方裁判所に破産手続きの開始を申し立て。負債総額は32億3600万円[15]。
- 11月5日: 岡山地方裁判所より破産手続開始決定を受ける[16]。
- 2013年(平成25年)
- 2014年(平成26年)
本社・営業所などの所在地
- 本社、観光課本部
- 岡山県笠岡市笠岡5595番地1
営業所・車庫
- 笠岡自動車営業所
- 岡山県笠岡市茂平291番地15
- 2013年3月に閉鎖。笠岡市美の浜へ移転。
- 岡山県笠岡市茂平291番地15
- 笠岡自動車営業所寄島車庫
- 笠岡自動車営業所矢掛車庫(北振バス内・元矢掛自動車営業所、旧井笠鉄道矢掛駅)
- 岡山県小田郡矢掛町東川面950番地8
- 2013年3月に閉鎖(北振バスは引き続き使用)。矢掛町小林へ移転。
- 岡山県小田郡矢掛町東川面950番地8
- 福山自動車営業所
案内窓口
- 井原バスセンター内案内所
- 岡山県井原市井原700番地
- 笠岡駅前乗車券販売所
- 岡山県笠岡市中央町144番地
- 福山駅前案内所
- 広島県福山市三之丸町30番1号(1・2番窓口で中国バスと兼務。井笠鉄道時代に使用していた4番窓口は閉鎖)
破産以前に廃止されていた拠点
- 井原自動車営業所
- 岡山県井原市(末期はカブトガニ号青木東〔旧車庫前〕停留所に隣接)
- 鴨方窓口案内所
- 岡山県浅口郡鴨方町六条院中2922
旅行センター
井笠鉄道子会社であった井笠観光株式会社により運営(井笠鉄道破産後も独立系として現存)。第二種旅行業に登録している(登録番号・岡山県2-85)。
- 井笠観光本社・笠岡旅行センター
- 岡山県笠岡市笠岡5595番地1(旧井笠鉄道本社ビル)
- 井原旅行センター
- 岡山県井原市上出部町618
- 福山旅行センター
- 広島県福山市南手城町4丁目7番7号
移転・廃止された拠点
- 笠岡旅行センター
- 岡山県笠岡市中央36番1号 井笠ビル1階(現:トピア笠岡駅前ビル1階、笠岡放送・エフエムゆめウェーブサテライトスタジオ。旧井笠鉄道本社ビルに移転)
- 鴨方旅行センター
- 岡山県浅口郡鴨方町六条院中2922
- 矢掛旅行センター
- 岡山県小田郡矢掛町矢掛3179番地1
- 井原旅行センター
- 岡山県井原市井原700番地(井原バスセンター改築に伴い上出部町へ移転)
- 福山旅行センター
- 広島県福山市三之丸町1-3(明神町へ移転)
- 広島県福山市明神町2丁目1番20号(福山自動車営業所閉鎖に伴い南手城町へ移転)
主なターミナル
- Fukuyama st02s1920.jpg
福山駅前
- Fuji Grand Kannabe.JPG
フジグラン神辺店
- Kasaoka station square.JPG
笠岡駅前
- Ibara bus center 2008.3.JPG
井原バスセンター
- Ibara stn (Okayama).jpg
井原鉄道
井原駅 - Yakage sta entire circumstances.jpg
井原鉄道
矢掛駅 - Shin-Kurashiki Station panorama.JPG
新倉敷駅南口
最終期まで乗り入れていた主要駅、バスのりば
- 岡山県笠岡市
-
- 笠岡駅
- 笠岡バスセンターから集約された。
- 笠岡駅
- 岡山県井原市
-
- 井原バスセンター
- 旧井笠鉄道・井原駅、井笠鉄道が自社で最後まで保有していたターミナル。現在は井原市が保有し、北振バスが指定管理者となっている。かつて井笠鉄道の子会社だった北振バスと備北バスの一部路線も乗り入れる。路線数の減少により改築前ののりばの一部はバスの待機場に使われていた。
- 2015年に全面改築され、のりば1ヶ所、降車場2か所となり、専用の待機スペースが新設された他、井笠バスカンパニー笠岡営業所井原車庫も所在する。
- 井原鉄道井原駅
- 井原バスセンター
- 岡山県小田郡矢掛町
- 岡山県倉敷市
-
- 新倉敷駅
- 玉島中央町(旧・玉島バスセンター)
- 里庄駅.JPG
里庄駅
- 鴨方20110410.JPG
鴨方駅
- Kiyone sta.jpg
清音駅
- JR Kurashiki sta02n4592.jpg
倉敷駅北口
過去に乗り入れていた主要駅、バス乗り場
- 笠岡バスセンター
- 笠岡バスセンターは笠岡駅前に集約されて廃止になり、跡地は笠岡ヤングボウル(休業中のボウリング場、旧井笠ボウル)の駐車場になっていた。路面には昔の乗り場の痕跡が残っていたが、建物は2017年5月に解体された。
- 岡山駅
- 天満屋バスセンター
- 川崎医科大学
- 倉敷駅南口
- 1997年7月に倉敷駅北口へ乗り場移転。
- 金光駅
- 備中高梁駅
- 「矢掛 - 備中高梁線」は系列の北振バスに路線を移管したが、北振バスも2004年9月30日で路線廃止した[注 2]。
- 岡山空港
- ももっちライナーが乗り入れていた。
- The site of kasaoka bus terminal.jpg
旧笠岡バスセンター
- Okayama station east.jpg
岡山駅東口
- Tenmaya Bus Station seen from report passage.JPG
天満屋バスセンター
- Kawasaki medical school2.jpg
川崎医科大学
- JR Kurashiki sta05nt3200.jpg
倉敷駅南口バスターミナル
- 金光駅.JPG
金光駅
- JRW-Bichu-TakahashiStation.jpg
備中高梁駅
- Okayama Airport.JPG
岡山空港
路線
<>内は共同運行会社
高速バス
最終期まで運行された路線
- カブトガニ号
- ローズライナー <中国バス、鞆鉄道、広島交通>
- リードライナー <中国バス、広島交通>
- 平成大学 - 広島バスセンター
- 以上2路線については、暫定運行終了後に中国バス本体の運行に一本化された。また、中国バス公式ウェブサイトには井笠バスカンパニー福山営業所も問い合わせ先として記載されている。
- 平成大学 - 広島バスセンター
2011年以前まで運行されていた路線
- ももっちライナー <中国バス、両備バス>
- 福山駅前 - 天満屋バスステーション・岡山空港・レスパール藤ヶ鳴
一般
広域
- 大門 - 茂平工業団地線
-
- 大門 - 宮の前 - 茂平工業団地
- 日曜日運休。
- 大門 - 宮の前 - 茂平工業団地
- 福山 - 国道 - 茂平車庫・コムプラザ笠岡線
- 福山 - 笠岡・篠坂線
- 福山 - 御領 - 井原線
岡山県
- 鴨方 - 仁故循環線
-
- 鴨方駅前 - 天草 - 緑ヶ丘団地 - 指田 - 仁故 - 長谷上 - 鴨方本町 - 天草 - 鴨方駅前
- 平日のみ運行。上記は右回り。左回りは文末方向から順番にとまる。
- 鴨方駅前 - 天草 - 緑ヶ丘団地 - 指田 - 仁故 - 長谷上 - 鴨方本町 - 天草 - 鴨方駅前
- 寄島 - 鴨方循環線
-
- 寄島車庫 - 西六 - 山陽高校前 - (天満屋鴨方店) - 鴨方駅前 - 天草 - (天満屋鴨方店) - 鴨方駅南口 - 四条原 - 寄島車庫
- 上記は右回り。左回りは文末方向から順番にとまる。
- 寄島車庫 - 西六 - 山陽高校前 - (天満屋鴨方店) - 鴨方駅前 - 天草 - (天満屋鴨方店) - 鴨方駅南口 - 四条原 - 寄島車庫
- 里庄 - 寄島線
-
- 里庄駅前 - 西六 - 寄島車庫
- 里庄 - 分庁舎線
-
- 里庄駅前 - 富岡 - 分庁舎前
- 平日一日一往復のみ運行。
- 里庄駅前 - 富岡 - 分庁舎前
- 笠岡 - 乗時・寄島線
- 笠岡 - 今井循環線
-
- 笠岡駅前 - 笠高入口 - 今井小学校 - 富岡 - 笠岡港 - 笠岡駅前
- 上記は西回り。東回りは文末方向から順番にとまる。西回りは日曜日・祝日運休。東回りは平日のみ運行。
- 笠岡駅前 - 笠高入口 - 今井小学校 - 富岡 - 笠岡港 - 笠岡駅前
- 笠岡 - 大井ハイランド・尾坂・矢掛線
- 笠岡 - 井原線
-
- (笠岡市民病院前 -) 笠岡駅前 - 追分 - <七日市/山王口> - 井原駅 - 井原バスセンター (- 興譲館高校)
- 笠岡 - 広東線
-
- 笠岡駅前 - 笠岡市民病院前 - 大井ハイランド西口 - 入田入口 - 上篠坂 - 広東
- 笠岡 - 総合スポーツ公園 - 城見台団地 - 笠岡線
-
- 笠岡駅前 - 笠岡市民病院前 - 総合スポーツ公園前 - 茂平東 - 城見台団地 - 生江浜 - 笠岡市民病院前 - 笠岡駅前
- 上記は右回り。左回りは文末方向から順番にとまる。
- 笠岡駅前 - 笠岡市民病院前 - 総合スポーツ公園前 - 茂平東 - 城見台団地 - 生江浜 - 笠岡市民病院前 - 笠岡駅前
- 笠岡 - 市民会館 - 外浦 - 寺間 - 笠岡線
-
- 笠岡駅前 - 笠岡港 - 笠岡市民会館前 - カブトガニ博物館前 - 中村口 - 外浦 - 寺間排水機場 - 中村口 - カブトガニ博物館前 - 笠岡市民会館前 - 笠岡港 - 笠岡駅前
- 笠岡 - 市民会館 - 見崎 - 外浦 - 笠岡線
-
- 笠岡駅前 - 笠岡港 - 笠岡市民会館前 - カブトガニ博物館前 - 中村口 - 寺間排水機場 - 見崎 - 寺間排水機場 - 外浦 - 中村口 - カブトガニ博物館前 - 笠岡市民会館前 - 笠岡港 - 笠岡駅前
- 矢掛 - 清音駅 - 倉敷駅北口線
-
- 矢掛(やかげ) - 矢掛東町 - 呉妹(くれせ) - 備中箭田(びっちゅうやた) - 清音駅 - 古地 - 備中黒田 - 酒津口 - 倉敷駅北口
- この路線、元々は井原 - 矢掛 - 清音駅 - 倉敷駅 - 岡山(天満屋バスステーション)間の特急バス路線であったが、[注 3]路線再編で、矢掛 - 清音駅 - 倉敷駅北口間(旧中国JRバス両備線の区間)のみの運行になった。
- 矢掛(やかげ) - 矢掛東町 - 呉妹(くれせ) - 備中箭田(びっちゅうやた) - 清音駅 - 古地 - 備中黒田 - 酒津口 - 倉敷駅北口
広島県
福山自動車営業所担当便でバスカードが利用可能となるのは、笠岡自動車営業所担当路線より遅れた。このため、福山車の導入前は、福山・笠岡(統合前の井原・寄島営業所を含む)の両方が担当する路線だと、福山担当便だけバスカードが利用できないという現象が生じていた。
福山市北方の山野地区については、福山駅との直通運転を取り止め、途中停留所(中国中央病院ほか)で乗り換えるゾーンバス制度が導入された。
- 新橋 - 福山 - 横尾 - 中国中央病院線
-
- 新橋 - 福山駅前 - 奈良津 - 薮路住宅前 - 横尾駅前 - 森脇 - 中国中央病院(平成大学)
- 平日のみ運行。
- 新橋 - 福山駅前 - 奈良津 - 薮路住宅前 - 横尾駅前 - 森脇 - 中国中央病院(平成大学)
- 福山 - 春日池ニュータウン線
-
- 新橋 - 福山駅前 - 奈良津 - 広尾 - 福山市民病院 - 日吉台団地 - 培遠中学校前 - 春日池ニュータウン
- 福山 - 奈良津 - 福山市民病院 - 神辺 - 坪生線
-
- 福山駅前 - 奈良津 - 広尾 - 福山市民病院 - 神辺駅前 - 坪生
- 日曜日・祝日運休。
- 福山駅前 - 奈良津 - 広尾 - 福山市民病院 - 神辺駅前 - 坪生
- 福山 - 国道 - 福山市民病院 - 加茂芦原団地線
-
- 福山駅前 - 新橋 - 千間土手東 - 広尾 - 福山市民病院 - 道上 - 東城別 - 芦原 - 芦原団地
- 福山 - 宮の前線
-
- 福山駅前 - 新橋 - 千間土手東 - 東福山駅口 - 伊勢丘団地入口 - 大門 - 宮の前(循環)
- 福山 - 東福山線
-
- 福山駅前 - 新橋 - 千間土手東 - 東福山駅
PASPYリーダー装備車は、PASPY定期券発行対象の下記路線に優先使用された。
- 福山 - 幕山団地・大谷台団地 - 福山線
-
- 福山駅前 - 新橋 - 千間土手東 - 東福山駅口 - 広大附属校前 - 高屋団地 - 幕山口 - 幕山団地(循環)
- 路線廃止により2013年10月より中国バス単独運行。
- 福山駅前 - 新橋 - 千間土手東 - 東福山駅口 - <高屋団地/伊勢丘団地入口> - 幕山口 - 東陽台上 - 大谷台小学校 - 大谷台団地入口(循環)
- 路線廃止により2013年10月より中国バス単独運行。
- 福山駅前 - 新橋 - 千間土手東 - 東福山駅口 - 高屋団地 - 幕山口 - 大門高校前 - 幕山団地中(循環)
- 福山駅前 - 新橋 - 千間土手東 - 東福山駅口 - 広大附属校前 - 高屋団地 - 幕山口 - 幕山団地(循環)
- 福山 - 千間土手東 - 東福山駅口 - 旭ヶ丘団地線
-
- 福山駅前 - 新橋 - 千間土手東 - 東福山駅口 - 引野農協 - 旭ヶ丘団地下 - 四十分団地 - 引野農協 - 東福山駅口 - 千間土手東 - 新橋 - 福山駅前
- 共同運行会社の中国バスは当初同一経路だったが、その後手城・引野口経由に変更され、共通定期券の発行区間が縮小されていた。
- 福山駅前 - 新橋 - 千間土手東 - 東福山駅口 - 引野農協 - 旭ヶ丘団地下 - 四十分団地 - 引野農協 - 東福山駅口 - 千間土手東 - 新橋 - 福山駅前
- まわローズ(福山市内中心部循環路線)2009年2月21日運行開始(バスカードは利用不可だった)
コミュニティバス(受託運行)
臨時
往復割引運賃
以下の区間を往復する場合、往復割引運賃があった。
- 笠岡駅前 - 井原バスセンター間。片道580円、往復930円(笠岡駅前案内所と井原バスセンターのみで販売。車内販売はなし)。
- 福山駅前 - 井原バスセンター間。片道610円、往復980円(福山駅前案内所と井原バスセンターのみで販売。車内販売はなし)。
車両
オートマチック車の導入も早く、いすゞEC/ED系でも多くのオートマチック (AT) 仕様の車両が導入されて、その車両のフロント部分には "AUTOMATIC" のエンブレムが付いていた。
またモノコックバスも比較的後年まで生き残っており、廃車後も車庫(笠岡自動車営業所)に留置されて部品取りなどに活用されていたが、モノコック車が全車退役したので部品取りとしての用途も終了して片付けられた。
近年では、バス路線代替の乗合タクシー(予約制)用に日産・キャラバンジャンボタクシーや日産・セドリックタクシーなどの乗用車も導入されていた。
- Ikasatetudo K-ECM430 IK automatic.jpg
いすゞEDM
(川重車体架装)
Z8104号車
K-ECM430
AUTOMATIC車 - Ikasatetudo P-LT312J IK automatic.jpg
いすゞキュービックLT
Z8504号車
P-LT312J
AUTOMATIC車 - Ikasa Railway H0201.jpg
日野レインボーRJ
H0201号車
KK-RJ1JJHK - Ibara-Aiai bus.jpg
日野リエッセ
井原あいあいバス
H0602号車
PB-RX6JFAA
(井原駅前) - IgasaKanko.JPG
三菱エアロバス
(富士重7HD架装)
F9309号車
U-MS729S
(茂平車庫) - Ikasa tetsudo P-LV217H FHI HD.jpg
いすゞ LV217H
(富士重HD-I架装)
Z8801号車
P-LV217H
車両番号について
井笠鉄道・北振バスの車両には、1台ごとに車両番号と呼ばれる番号が付与されていた。車両にはアルファベット1文字と3桁(北振バス)・4桁(井笠鉄道)の番号が付けられており、以下の法則に基づいている。これは井笠バスカンパニーにも継承されている。
例:Z8303
Z | 83 | 03 |
---|---|---|
メーカー | 年式 | 固有番号 |
旧鉄道線
路線と駅
1967年(昭和42年)1月時点。
- 本線:笠岡 - 鬮場(くじば) - 大井村 - 小平井 - 吉田村 - 新山 - 北川 - 薬師 - 木之子 - 七日市 - 井原 19.4km
- 矢掛線:北川 - 備中小田 - 毎戸 - 本堀 - 川面 - 矢掛 5.8km
- 神辺線:井原 - 出部(いずえ) - 下出部 - 高屋 - 両備金光 - 御領 - 両備国分寺 - 湯野 - 神辺 7.8km
鉄道輸送人員数
年 | 人員数(人) |
---|---|
1914 | 180,700 |
1916 | 196,798 |
1921 | 344,713 |
1926 | 477,648 |
1930 | 532,139 |
1935 | 486,359 |
1940 | 1,120,872 |
1945 | 3,193,602 |
1950 | 2,485,393 |
1955 | 1,582,439 |
1960 | 2,288,344 |
1965 | 2,018,924 |
1966 | 1,578,309 |
1971 | 816,975 |
(「井笠鉄道七十年史のあゆみ」p28より)
在籍車両
- 蒸気機関車
- 気動車
- 客車
- 貨車
- 貨車第1号形 ホト1-8
- 貨車第2号形 ホワ1・2・4・8
- 貨車第3号形 ホワフ1(現存)・2(焼失)
- 貨車第4号形 ホワ5・6
- 貨車第5号形 ホト9-12
- 貨車第6号形 ホワフ3(火事後に解体)
- 貨車第7号形 ホト13-18
- 貨車第8号形 ホト20
- 貨車第9号形 ホワフ4(火事後に解体)
- 貨車第10号形 ホト21・22
- 貨車第11号形 ホチ1・2
- 貨車第12号形 ホワフ5
- 貨車第13号形 ホテト23-26
- 貨車第14号形 ホテト27・28
- 貨車第15号形 ホト29-33
- 貨車第16号形 ホワフ6・7
車両数の推移
年度 | 機関車 | 内燃動車 | 客車 | 貨車 | |
---|---|---|---|---|---|
有蓋 | 無蓋 | ||||
1913 | 3 | 6 | 4 | 8 | |
1914-1916 | 3 | 9 | 8 | 12 | |
1917 | 3 | 9 | 8 | 18 | |
1918-1920 | 4 | 9 | 8 | 18 | |
1921 | 5 | 10 | 9 | 20 | |
1922 | 5 | 12 | 9 | 24 | |
1923 | 6 | 12 | 9 | 24 | |
1924 | 6 | 12 | 10 | 24 | |
1925-1926 | 7 | 14 | 10 | 28 | |
1927-1928 | 7 | 4 | 14 | 10 | 28 |
1929-1930 | 7 | 5 | 14 | 10 | 28 |
1931 | 7 | 6 | 14 | 10 | 28 |
1932-1934 | 7 | 8 | 16 | 11 | 29 |
1935 | 6 | 8 | 16 | 11 | 29 |
1936-1937 | 6 | 9 | 16 | 11 | 29 |
1946 | 7 | 12 | 19 | 13 | 34 |
1948 | 9 | 15 | 16 | 13 | 34 |
1950 | 8 | 12 | 19 | 14 | 33 |
1955 | 8 | 14 | 20 | 14 | 17 |
1959 | 8 | 14 | 20 | 12 | 14 |
- 鉄道院年報、鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料、鉄道統計各年度版、高井薫平『軽便追想』ネコパブリッシング、1997年、213頁
譲渡
本線廃止後の1972年に西武山口線へ1号機関車の貸し出しと同時に以下の車両が譲渡された。
- 客車
- ホハ2(→西武31号)
- ホハ5(→西武32号)
- ホハ6(→西武33号)
- ホハ10(→西武34号)
- ホハ18(→西武35号)
- ホハ19(→西武36号)
- ホハ13(→西武37号)
- ホハ14(→西武38号)
廃線跡
笠岡から北川にかけては断片的に残っているが、岡山県道48号笠岡美星線の拡幅などでかなりの旧道床が姿を消した。また矢掛線と井原以西の旧道床も、大半が井原鉄道井原線の道床に転用され、遺構はわずかに残るのみである。
旧新山駅は駅舎が現存しており、井笠鉄道記念館として車輌や資料を保存している。
保存車両
井笠鉄道はかつての軽便鉄道のなかでも比較的遅くまで存続しており、しかも廃車となった車両の大半を解体せずに自社鬮場(くじば)車庫で保管していたため保存車が多く、2006年現在も下記の通り多数の機関車、気動車、そして客貨車が保存されている。
なお、このほかにも全廃時まで残存していた車両の大半が鬮場車庫に保管され、保存車の搬出後もそのまま残されていた。しかし1980年2月21日深夜に放火[注 4]され、その大半が車庫ごと喪失した(記念館で保存予定だったホハ1も被害を受け、後に修復された)。
- 井笠鉄道記念館
- 1号機関車(蒸気機関車)
- ホハ1(客車)
- ホワフ1(貨車)
- 井笠鉄道の保存車両の中で唯一保存されている貨車。
- 笠岡市交通公園(井笠鉄道本社前)
- ホジ9(気動車)
- 梅鉢鉄工場製2軸ボギー式ガソリンカーを戦後、富士産業宇都宮工場でディーゼルカーへ改造したもの。
- 美星町 星空感オートキャンプ場
- 9号機関車(蒸気機関車)
- ベルギー・コッケリル社製B型蒸気機関車。元富士製鐵釜石鉱山専用鉄道151
- 当初は笠岡市交通公園で保存、その後京都府の伏見桃山城キャッスルランド、井原鉄道井原駅の建設予定地と保存場所が変わっていた。
- 井原市笹賀町 経ヶ丸グリーンパーク(子供の村)
- ホジ101(気動車)
- 日本車輌製造製2軸ボギー式ディーゼルカー
- ホハ8(客車)
- 福山市新市町 新市クラシックゴルフ
- 3号機関車(蒸気機関車)
- コッペル製B型ウェルタンク・サイドタンク式蒸気機関車。1号機の同型車。ただし、実車は「2」と車番を表記。
- 1991年、赤坂遊園閉園により移動される。
- ホハ12(客車)
- 1991年、赤坂遊園閉園により移動される。
- 福山市神辺町 太陽保育園
- ホハ11(客車)
- 1991年、赤坂遊園閉園により移動される。
- 岡山市 池田動物園
- 2号機関車(蒸気機関車)
- コッペル製B型ウェルタンク・サイドタンク式蒸気機関車。1号機の同型車。ただし、実車は池田動物園側の希望で「3」と車番を表記。
- 長野県 野辺山SLランド
- 7号機関車(蒸気機関車)
- コッペル製C型ウェルタンク・サイドタンク式蒸気機関車。兵庫県姫路市の解体業者に引き取られたが、長期間放置され、「茄子畑のコッペル」として知られた。その後姫路市内のパチンコ店や、DIY店の駐車場などに展示された後、野辺山SLランドに譲渡された。
- 下津井電鉄 旧下津井駅
- ホジ3(気動車)
- 富士重工製2軸ボギー式ディーゼルカー。同型のホジ1-2号は放火にて焼失したので、現存するホジ1形の唯一の車両。
- 1972年3月31日の下津井電鉄線茶屋町~児島間廃止後に運行が計画された、地上設備撤収用貨物列車牽引を目的として下津井電鉄に譲渡された。ただし、現役時代同系車中で最も不調であったとされるホジ3だけにエンジンが不調で牽引力が充分でなかったと伝えられており、結局大半はトラックを直接軌道内に乗り入れさせて撤去作業を実施したため、ほとんど使用されなかった。
- 千葉県成田市 羅須地人鉄道協会成田ゆめ牧場
- ホハ2(客車)
- ホハ5(客車)
- 栃木県塩谷町 風だより・風の高原鉄道
- ホハ6(客車)
- ホハ10(客車)
- 1972年より西武山口線にて営業運転に使用された後、1985年ごろより西武遊園地にてレストランとして使用されていたが、2011年6月15日に譲渡された。
- 北海道遠軽町 丸瀬布森林公園いこいの森
- ホハ13(客車)
- ホハ14(客車)
- ホハ18(客車)
- ホハ19(客車)
- 1972年より西武山口線にて営業運転に使用された後、1985年ごろよりユネスコ村 にて展示されていたが、1993年に譲渡された。
鉄道線に関する参考文献
- 『軽便鉄道 郷愁の軌跡』 毎日新聞社〈毎日ムック〉、1978年。
- 松本典久 『軽便鉄道』 保育社、1982年。
- 堀淳一 『消えた鉄道を歩く』 講談社、1986年。
- 宮脇俊三(編著) 『鉄道廃線跡を歩く』II、日本交通公社出版事業局、1996年。
- いのうえ・こーいち(編著) 『追憶の軽便鉄道 井笠鉄道』 プレス・アイゼンバーン、1997年。
- 高井薫平 『軽便追想』 ネコ・パブリッシング、2000年。
- 和久田康雄 『私鉄史ハンドブック』 電気車研究会、1995-12-20、第2刷、p.154(日本語)。ISBN 4-88548-065-5。
企業に関する参考文献
- 井笠鉄道 『井笠鉄道七十年史のあゆみ』、1981-07-01。
脚注
注釈
- ↑ 廃業前には、PASPY公式ページの発売箇所にも掲載されていた
- ↑ 2004年10月1日に高梁市の合併に伴い同路線の補助金が同月より廃止されたため。
- ↑ 中国JRバスが運行から撤退した両備線(倉敷駅 - 清音駅 - 矢掛系統)の運行が移管されて矢掛 - 清音駅 - 倉敷駅北口系統となり(この時点で矢掛 - 倉敷駅北口 - 川崎医大間が特急運転から各停留所停車に変更)、利用客が少なかった 川崎医大 - 天満屋バスステーション 間が廃止され、さらに2007年9月30日の運行をもって井原バスセンター - 矢掛 と 倉敷駅北口 - 川崎医大 が廃止された。
- ↑ 車庫敷地内に侵入した 愛媛県生まれ住所不定無職の男(当時27歳)の犯行。動機は「女友達にあえない焦りと、無一文になった腹いせ」であり、八つ当たりによるものであった
出典
- ↑ 1.0 1.1 “中国地方の井笠鉄道、10月末でバス事業廃止 自主再建を断念”. Sankei Biz (産経デジタル). (2012年10月12日). オリジナルの2012年10月12日時点によるアーカイブ。
- ↑ “乗合旅客自動車運送 井笠鉄道株式会社 債務整理を弁護士に一任 負債32億3600万円”. 大型倒産速報. 帝国データバンク (2012年10月12日). 2012年10月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。. 2013閲覧.
- ↑ “井笠鉄道が今月末バス事業廃止 主要路線は引き継ぎへ”. 山陽新聞WebNews (山陽新聞社). (2012年10月12日)
- ↑ 4.0 4.1 4.2 4.3 弊社バス事業終了のお知らせ (PDF) (2012年10月21日時点のアーカイブ)、弊社バス事業終了のお知らせに関して (PDF) (2012年10月17日時点のアーカイブ) - 井笠鉄道、2012年10月12日
- ↑ “井笠鉄道、バス事業を廃止”. 中国新聞 (中国新聞社). (2012年10月13日). オリジナルの2012年10月13日時点によるアーカイブ。
- ↑ “井笠鉄道:バス廃止 「中国バス」への代替要望まとめる--対策会議 /岡山”. 毎日jp (毎日新聞社). (2012年10月18日)
- ↑ 7.0 7.1 中国バス公式ホームページ (PDF)
- ↑ 代替無償バスの運行について(寄島〜里庄線) - 岡山県里庄町ホームページ
- ↑ “井笠鉄道:会社清算へ 「月末でバス事業終了」中国バスが一部継続”. 毎日jp (毎日新聞社). (2012年10月13日). オリジナルの2012年10月15日時点によるアーカイブ。
- ↑ 井笠鉄道廃止路線の暫定運行引き継ぎ内容、および(株)井笠バスカンパニー設立について - 両備ホールディングス
- ↑ 興信情報(破産・事業停止等) - 経済リポートWeb版
- ↑ 「アサヒタクシー 笠岡タクシーの事業譲受」、『週刊Vision岡山』第6.17号、株式会社瀬戸内海経済レポート、岡山市北区西島田町、2013年、 16頁、. 2015閲覧.
- ↑ 13.0 13.1 13.2 13.3 13.4 13.5 13.6 13.7 井笠鉄道 1981, pp. 8-22.
- ↑ 14.0 14.1 『近畿日本鉄道 100年のあゆみ』近畿日本鉄道、2010年、pp.330,754
- ↑ “井笠鉄道が破産申し立て 負債総額は32・3億円”. 山陽新聞WebNews (山陽新聞社). (2012年11月2日)
- ↑ “井笠鉄道(株)”. 倒産速報. 東京商工リサーチ (2012年11月5日). . 2013閲覧.
- ↑ 平成26年8月5日 号外174号 官報 平成24年(フ)第576号 破産手続廃止 岡山地方裁判所 第3民事部
- ↑ 平成26年3月27日 号外 官報 平成26年(ヒ)第3号 破産手続廃止
- ↑ 小林一彦(2014年7月19日). “井笠鉄道:破産手続きが終結 1世紀の歴史に幕”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
- ↑ “バス廃止で定期券500枚フイ”. 中国新聞 (中国新聞社). (2012年10月21日). オリジナルの2012年10月22日時点によるアーカイブ。