互酬
互酬(ごしゅう、英: Reciprocity[1])は、文化人類学、経済学、社会学などにおいて用いられる概念。人類学においては、義務としての贈与関係や相互扶助関係を意味する。日本語では互酬性という表記も見られる。
概要
互酬は、集団の対称性(symmetry)を特徴とする。集団間における財やサービスの運動によってギブ・アンド・テイクを促進し、相互依存の関係を作る。互酬を行う集団は対称的なサブグループを組織するので、3つ以上の集団も参加できる。その場合は相互にではなく、類似の関係にある第3のサブグループとやりとりを行う[2]。集団において経済組織が分離していない場合は、互酬は親族を中心に行われるため、親族関係が複雑となる。
カール・ポランニーは、互酬を再配分や交換とともに社会統合の主要なパターンの一つとした[3]。マーシャル・サーリンズは、近親者に多い「一般化された互酬」、等価交換である「均衡のとれた互酬」、敵対関係に多い「否定的な互酬」に分類して分析を加えた[4]。
互酬の例
- 贈与
贈与とその返礼は、互酬にもとづいて行われた。祭事、結婚、葬儀をはじめとして贈り物がなされ、社会的地位を保つために返礼が重要とされる。有名な例として、アメリカ大陸北西部の儀式であるポトラッチがあげられる[5]。ヴァイキングは威信財の贈与を盛んに行い、時には詩のような物財ではない贈り物も用いられた[6]。
- 婚姻
婚姻と結びついた互酬としては、ニューギニアのバナロ族[7]やアフリカのティブ族の制度がある。バナロ族では4組以上の男女の組が同時期に婚姻を行い、それぞれの相手は互酬集団の他の人間と親族となった。親族は贈与、労働などの他の互酬活動と密接に結びつく。
- 労働
共同作業とつながりを持つ互酬としては、ダホメ王国のドックプウェ、インドネシアのゴトン・ロヨン、日本の結があり、トロブリアンド諸島の畑仕事はメンバーや労働の性質によって5つに分けられている[8]。
森林、水資源、草地などの共有資源(ローカル・コモンズ)の管理も、互酬によって行われている[9]。
古代ギリシアにおいてはアリストテレスが唱えた相互依存の原理(アンティペポントス(希: ἀντιπεπονθότος、英: antipeponthos))[10]も互酬に含まれる。ヘシオドスの『仕事と日』は、部族社会の変化で互酬関係が衰えた時代を描いたという解釈もされている[11]。
- 寄付
寄付の制度としては、イスラームのザカートや、土地信託も含むワクフが存在する。ワクフは慈善として不動産や公共施設にも用いられるため、再配分としての機能も持っている[12]。
互酬と交易
共同体の外部に対する互酬は交易の形をとることがある。トロブリアンド諸島のクラのような贈与交易や、共同体同士が接触を避けながら交易を行う沈黙交易が含まれる。集団間の交易が不安定であったり、交渉が不成立となったり、支配者と被支配者の関係にあると、互酬的な交易ではなく略奪や貢納となる場合があった。
交易で取引相手のもとに滞在する時は、客人として迎えられた。中世アイスランドの貿易は夏にかぎられているため、外国商人は冬になると農場に滞在し、地元の指導者であるゴジや主人の保護を受けるかわりに農作業や戦闘を手伝う関係をもった[13]。交易における客人関係は、トロブリアンド諸島のクラや、中世イスラーム旅行者のイブン・バットゥータが記したマラッカのシャーバンダルの制度にも見られる[14]。
出典・脚注
- ↑ 用いられる分野により多義的である点に留意。「en:Reciprocity」あるいは「相互律」も参照。
- ↑ カール・ポランニー『人間の経済1』 p93
- ↑ カール・ポランニー『人間の経済1』 p91
- ↑ マーシャル・サーリンズ『石器時代の経済学』
- ↑ マルセル・モース『贈与論』 第2章
- ↑ 熊野聰『ヴァイキングの経済学』
- ↑ Banaro<Oceania<World Culture Encyclopedia
- ↑ ブロニスワフ・マリノフスキ『西太平洋の遠洋航海者』講談社版 p203
- ↑ エリノア・オストロム、ジェイムズ・ウォーカー編 Trust and Reciprocity
- ↑ Theoxarakis.pdf - ニコラス・テオカラキスの履歴書の研究概要
- ↑ カール・ポランニー『人間の経済2』 p275
- ↑ 加藤博『文明としてのイスラーム』 p197
- ↑ 松本涼「中世アイスランドと北大西洋の流通」
- ↑ イブン・バットゥータ 『大旅行記』 第3巻、第6巻
参考文献
- 網野徹哉 『インカとスペイン 帝国の交錯』 講談社、2008年。
- イブン・バットゥータ 『大旅行記』全8巻 家島彦一訳注、平凡社〈東洋文庫〉、1996年-2002年。
- エリノア・オストロム、ジェイムズ・ウォーカー編 Trust and Reciprocity: Interdisciplinary Lessons from Experimental Research, Russell Sage Foundation, 2003.
- 加藤博 『文明としてのイスラーム』 東京大学出版会、1995年。
- 熊野聰 『ヴァイキングの経済学―略奪・贈与・交易』 山川出版社、2003年。
- マーシャル・サーリンズ 『石器時代の経済学』 山内昶訳、法政大学出版局〈叢書ウニベルシタス〉、1984年。
- カール・ポランニー 『経済と文明―ダホメの経済人類学的分析』 栗本慎一郎・端信行訳、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2003年。
- カール・ポランニー 『人間の経済1』 玉野井芳郎・栗本慎一郎訳、岩波書店 / 『人間の経済2』 玉野井芳郎・中野忠訳、岩波書店、2005年。
- 松本涼 「中世アイスランドと北大西洋の流通」(山田雅彦編『伝統ヨーロッパとその周辺の市場の歴史』) 清文堂、2010年。
- ブロニスワフ・マリノフスキ 『西太平洋の遠洋航海者』 泉靖一・増田義郎編訳、中央公論新社〈世界の名著59〉、1967年。 / 講談社〈講談社学術文庫〉、2010年。
- マルセル・モース 『贈与論 他二篇』 森山工訳、岩波書店〈岩波文庫〉、2009年。
- 若森みどり 『カール・ポランニー―市場社会・民主主義・人間の自由』 NTT出版、2011年。
関連項目
外部リンク
- 互酬(ごしゅう)とは - コトバンク
- 互酬性(ごしゅうせい)とは - コトバンク
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