レーマーの予想
レーマーの予想 (Lehmer's conjecture)、レーマーのマーラー測度の問題(Lehmer's Mahler measure problem)としても知られている、は、デリック・ヘンリー・レーマー(Derrick Henry Lehmer)により提起された数論の問題である[1]。この予想は、ある絶対的な定数 [math]\mu\gt 1[/math] が存在して、すべての整数係数の多項式 [math]P(x)\in\mathbb{Z}[x][/math] は次の性質のどちらかを満たすであろうという予想である。
- [math]P(x)[/math] のマーラー測度 [math]\mathcal{M}(P(x))[/math] は [math]\mu[/math] より大きいかまたは等しい。
- [math]P(x)[/math] は、円分多項式もしくは単項式 [math]x[/math] の積の整数倍である。この場合は [math]\mathcal{M}(P(x))=1[/math] である。(同じことであるが、[math]P(x)[/math] のすべての根は 1 のべき根かまたは 0 である。)
マーラー測度の定義にはいくつかあって、そのうちの一つは多項式 [math]P(x)[/math] を [math]\mathbb{C}[/math] 上分解して
- [math]P(x)=a_0 (x-\alpha_1)(x-\alpha_2)\cdots(x-\alpha_D)[/math]
とし、
- [math]\mathcal{M}(P(x)) = |a_0| \prod_{i=1}^{D} \max(1,|\alpha_i|)[/math]
と定義するものがある。
知られている中で最も小さな(1 よりも大きい)マーラー測度は、レーマーの多項式
- [math]P(x)= x^{10}+x^9-x^7-x^6-x^5-x^4-x^3+x+1[/math]
のマーラー測度であり、これはサレム数(Salem number)[2]
- [math]\mathcal{M}(P(x))=1.176280818\dots[/math]
である。
この例が、本当に最小の値、すなわち、レーマーの予想の [math]\mu=1.176280818\dots[/math] であると広く信じられている[3][4]。
動機
一変数のマーラー測度を考える。イエンセンの公式は、[math]P(x)=a_0 (x-\alpha_1)(x-\alpha_2)\cdots(x-\alpha_D)[/math] であれば、
- [math]\mathcal{M}(P(x)) = |a_0| \prod_{i=1}^{D} \max(1,|\alpha_i|)[/math]
であることを示している。(このパラグラフを通して、[math]m(P)=\log(\mathcal{M}(P(x))[/math] と表すことにする。これもマーラー測度と呼ばれる。)
このことは、[math]P[/math] が整数係数の多項式であれば、[math]\mathcal{M}(P)[/math] が 1 以上の代数的数であり、従って、[math]m(P)\ge0[/math] は代数的整数の対数であることを示している。また、もし [math]m(P)=0[/math] であれば、[math]P[/math] は、円分多項式、つまり、すべての根が 1 のべき根であるようなモニック多項式と、[math]x[/math] の単項式、つまり、ある [math]n[/math] に対してべき [math]x^n[/math] の積となることも示している。
レーマー(Lehmer)は、モニック多項式 [math]P[/math] に対する整数列 [math]\Delta_n=\text{Res}(P(x), x^n-1)=\prod^D_{i=1}(\alpha_i^n-1)[/math] の研究の中で、[math]m(P)=0[/math] が重要な数値であることに気づいた[1][5]。もし [math]P[/math] が円の上で 0 とならない場合は [math]\lim|\Delta_n|^{1/n}=\mathcal{M}(P)[/math] であることは明らかであるが、円の上で 0 になる場合でさえも、このステートメントが成立するのではないだろうか。これにより、彼は次の問いに至った。
- [math]P[/math] が非円分的なとき、[math]m(P)\gt c[/math] となるような定数 [math]c\gt 0[/math] が存在するかどうか?
あるいは、
- [math]c\gt 0[/math] が与えられた場合、[math] 0\lt m(P)\lt c [/math] となる整数係数の [math]P[/math] が存在するかどうか?
以下に見るように、いくつかの肯定的な答えが知られているが、しかし、レーマー予想は完全に証明されてはおらず、多くの興味深い問いが残っている。
部分的結果
[math]P(x)\in\mathbb{Z}[x][/math] を次数 [math]D[/math] の既約モニック多項式とする。スミス [6] は、自己相反多項式でない、つまり、
- [math]x^DP(x^{-1})\ne P(x)[/math]
であるすべての多項式に対し、レーマーの予想は正しいことを証明した。
ブランクスビー(Blanksby)とヒュー・モンゴメリー(Montgomery)は、[7] で、ステワート(Stewart)[8]とは独立に、絶対的な定数 [math]C\gt 1[/math] が存在し、[math]\mathcal{M}(P(x))=1[/math] かまたは、:[math]\log\mathcal{M}(P(x))\ge \frac{C}{D\log D}[/math] を満たすことを証明した[9]。
ドブロウォルスキー(Dobrowolski) [10] はこの結果を改善し
- [math]\log\mathcal{M}(P(x))\ge C\left(\frac{\log\log D}{\log D}\right)^3[/math]
とした。彼は、 C ≥ 1/1200 を得て、十分大きな D に対し漸近的に C > 1-ε も得ている。ボウティエール D ≥ 2 に対し C ≥ 1/4 を得ている[11]。
楕円の類似
[math]E/K[/math] を数体 [math]K[/math] で定義された楕円曲線とし、[math]\hat{h}_E:E(\bar{K})\to\mathbb{R}[/math] を標準的高さ(ネロン・テイトの高さ(Néron–Tate height)とも言う)函数とする。標準的高さは、函数 [math](\deg P)^{-1}\log\mathcal{M}(P(x))[/math] の楕円曲線の類似である。この高さについては、[math]\hat{h}_E(Q)=0[/math] であることと、[math]Q[/math] が [math]E(\bar{K})[/math] の中で捩れ点(torsion point)であることとは同値である。楕円レーマー予想(elliptic Lehmer conjecture)は、定数 [math]C(E/K)\gt 0[/math] が存在し、すべての捩れのない点 [math]Q\in E(\bar{K})[/math] に対して、
- [math]\hat{h}_E(Q) \ge \frac{C(E/K)}{D}[/math]
となるという予想である。ここに [math]D=[K(Q):K][/math] とする。楕円曲線 E が虚数乗法を持つとドブロウォルスキーの結果の類似は、ローラン(Laurent)のおかげで、
- [math]\hat{h}_E(Q) \ge \frac{C(E/K)}{D} \left(\frac{\log\log D}{\log D}\right)^3[/math]
となる[12]。任意の楕円曲線に対し、知られている最も良い結果[12]は、ダヴィッド・マッサー(David Masser)による
- [math]\hat{h}_E(Q) \ge \frac{C(E/K)}{D^3(\log D)^2}[/math]
という結果である[13]。非整数の j-不変量を持つ楕円曲線に対しては、これが改善されて[12]、ヒンドリー(Hindry)とジョゼフ・シルバーマン(Joseph H. Silverman)による
- [math]\hat{h}_E(Q) \ge \frac{C(E/K)}{D^2(\log D)^2}[/math]
という結果がある[14]。
制限付きの結果
より強い結果が、多項式や代数的数に制限をつけた場合に得られている。
P(x) が相反ではないとき、
- [math]M(P) \ge M(x^3 -x - 1) \approx 1.3247 [/math]
となり、これは明らかに最良の場合である[15]。さらに、P の係数がすべて奇数であれば[16]、
- [math]M(P) \ge M(x^2 -x - 1) \approx 1.618[/math]
となる。
αを任意の代数的数とするとき、体 Q(α) が Qのガロア拡大であれば、αの最小多項式に関しレーマー予想が成り立つ[16]。
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 Lehmer, D.H. (1933). “Factorization of certain cyclotomic functions”. Ann. Math. (2) 34: 461–479. doi:10.2307/1968172. ISSN 0003-486X. Zbl 0007.19904.
- ↑ Borwein, Peter (2002). Computational Excursions in Analysis and Number Theory, CMS Books in Mathematics. Springer-Verlag. ISBN 0-387-95444-9.
- ↑ Smyth (2008) p.324
- ↑ (2003) Recurrence sequences, Mathematical Surveys and Monographs. Providence, RI: American Mathematical Society. ISBN 0-8218-3387-1.
- ↑ David Boyd (1981). "Speculations concerning the range of Mahler's measure" Canad. Math. Bull. Vol. 24(4)
- ↑ Smyth, C. J. (1971). “On the product of the conjugates outside the unit circle of an algebraic integer”. Bulletin of the London Mathematical Society 3: 169–175. doi:10.1112/blms/3.2.169. Zbl 1139.11002.
- ↑ Blanksby, P. E.; Montgomery, H. L. (1971). “Algebraic integers near the unit circle”. Acta Arith. 18: 355–369. Zbl 0221.12003.
- ↑ Stewart, C. L. (1978). “Algebraic integers whose conjugates lie near the unit circle”. Bull. Soc. Math. France 106: 169–176.
- ↑ Smyth (2008) p.325
- ↑ Dobrowolski, E. (1979). “On a question of Lehmer and the number of irreducible factors of a polynomial”. Acta Arith. 34: 391–401.
- ↑ Smyth (2008) p.326
- ↑ 12.0 12.1 12.2 Smyth (2008) p.327
- ↑ Masser, D.W. (1989). “Counting points of small height on elliptic curves”. Bull. Soc. Math. Fr. 117 (2): 247–265. Zbl 0723.14026.
- ↑ (1990) “On Lehmer's conjecture for elliptic curves”, Sémin. Théor. Nombres, Paris/Fr. 1988-89, Prog. Math., 103–116. ISBN 0-8176-3493-2.
- ↑ Smyth (2008) p.328
- ↑ 16.0 16.1 Smyth (2008) p.329
- Smyth, Chris (2008). “The Mahler measure of algebraic numbers: a survey”, Number Theory and Polynomials, London Mathematical Society Lecture Note Series. Cambridge University Press, 322–349. ISBN 978-0-521-71467-9.
外部リンク
- http://www.cecm.sfu.ca/~mjm/Lehmer/ is a nice reference about the problem.
- Weisstein, Eric W. “Lehmer's Mahler Measure Problem”. MathWorld(英語). Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。