ヨシ

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ヨシまたはアシ(葦、芦、蘆、葭、学名: Phragmites australis)は、イネ科ヨシ属多年草。河川及び湖沼の水際に背の高い群落を形成する。ヨシを3ないし4のに分ける場合があるが、一般的にはヨシ属に属する唯一の種とみなされている。日本ではセイコノヨシP. karka (Retz.) Trin.)およびツルヨシP. japonica Steud.)を別種とする扱いが主流である。

英語で一般的に リード(reed) と呼ばれるが、湿地に生える背の高い草の総称もリード (植物)English版(Reed)と呼ばれる。本種のみを示す場合は、common reed と呼ぶ。

日本語における原名

もともとの呼び名は「アシ」であり、日本書紀に著れる『豊葦原(とよあしはら)の国』のように、およそ平安時代までは「アシ」と呼ばれていたようである。更級日記においても関東平野の光景を「武蔵野の名花と聞くムラサキも咲いておらず、アシやオギが馬上の人が隠れるほどに生い茂っている」と書かれている。

8世紀、日本で律令制が布かれて全国に及び、人名土地名前縁起のよい漢字2字を用いる好字が一般化した。「アシ」についても「悪し」を想起させ連想させ縁起が悪いとし、「悪し」の反対の意味の「良し」に変え、葦原吉原になるなどし、「ヨシ」となった。このような経緯のため「アシ」「ヨシ」の呼び方の違いは地域により変わるのではなく、新旧の違いでしか無い。現在も標準和名としては、ヨシが用いられる。これらの名はよく似た姿のイネ科にも流用され、クサヨシアイアシなど和名にも使われている。

特徴

条件さえよければ、地下茎は一年に約5m伸び、適当な間隔でを下ろす。

垂直になったは2 - 6mの高さになり、暑いほどよく生長する。

は茎から直接伸びており、高さ20 - 50cm、幅2 - 3cmで、細長い。

暗紫色の長さ20- 50cmの円錐花序に密集している。

分布・生育地

温帯から熱帯にかけての湿地帯に分布する。

主として河川の下流域から汽水域上部、あるいは干潟の陸側に広大な茂み(ヨシ原)を作り、場合によってはそれは最高100haに及ぶ。根本は水につかるが、水から出ることもあり、特に干潟では干潮時には干上がる。水流の少ないところに育ち、多数の茎が水中に並び立つことから、その根本にはが溜まりやすい。このように多くの泥が集まり蓄積する区域は、その分解が多く行われる場所でもある。

他方で、その茎は多くの動物の住みかや隠れ場としても利用される。ヨーロッパアジアでは特に、ヒゲガラヨシキリサンカノゴイといった鳥類と関わりが深い。泥の表面には巻き貝カニなどが多数生息する。アシハラガニはこの環境からその名をもらっている。

このように、多くの分解が行われ、多くの水生動物のよりどころとなる芦原は、自然の浄化作用の上で重要な場所であり、野生動物と環境保護に重要な植物群落であると言える。また、このことから釣りのポイントの一つでもある。

帰化の問題

北米では、ヨシはヨーロッパからの帰化種だという俗信が広がっている。しかし、ヨーロッパ人の移民以前に北米大陸にヨシがあったという証拠が存在している。もっとも、遺伝子を見る以外ではほとんど見分けが付かないヨーロッパ型は、北米在来型よりもよく育つため、北米でヨーロッパ型ヨシが増加している[1]。これが固有種を含む他の湿地帯の植物に深刻な問題を引きおこしている。

最近の研究により、移入型と在来型の形態の違いが明らかになった。ユーラシア遺伝子型は北米遺伝子型に較べて短い葉舌(1.0mm未満)、短い(約3.2mm以下)を持ち、茎の特徴で区別される。近年、北米型は P. a. subsp. americanus Saltonstall, Peterson, and Soreng という亜種に分類され、ユーラシア型はP. a. subsp. australis と呼ばれている。

学名として Arundo phragmites L.(基礎異名)、Phragmites altissimusP. berlandieriP. communisP. dioicusP. maximusP. vulgaris とも呼ばれていた。

人間とのかかわり

利用

まっすぐに伸びる茎は木化し、ほどではないにせよ材として活用できる。古くから様々な形で利用され、親しまれた。日本では稲刈りの後に芦刈が行われ、各地の風物詩となっていた。軽くて丈夫な棒としてさまざまに用いられ、特に葦の茎で作ったすだれは葦簀(よしず)と呼ばれる。また、屋根材としても最適で茅葺民家の葺き替えに現在でも使われている。なお、神社の儀式で用いる「たいまつ」は、ヒデ(松の木の芯)とヨシを一緒に束ねたものを使用する場合が一般的である[2]

日本神話ではヒルコが葦舟で流される。最近では、葦舟の製作も市民活動として行われるようになってきている。ちなみに、南米で葦舟といわれるのは、この葦ではなく、カヤツリグサ科フトイの仲間で、古代エジプトにおいても同じくカヤツリグサ科パピルスを使っている。

楽器

葦の茎は竹同様に中空なので、として加工するにもよく、葦笛というのがある。西洋のパンフルートは、長さの異なる葦笛を並べたものである。ギリシャ神話においては、妖精シュリンクスが牧神パンに追われて葦に身を変えたところ、風を受けて音がなったため牧神パンによって笛に変えられたという逸話から、その名が付けられている。古代中国における楽器、(しょう)も同じ系統である。

また、篳篥の「舌」、中東のクラリネットに似たシプシEnglish版と呼ばれる楽器やズルナ、西洋木管楽器の振動音源部「リード」としても活用される。勘違いされるが、英語で葦を意味するリードには幾つかの種が含まれ、本種も音源のリードに使用されるが、多くの西洋楽器のリードに使われるのはダンチク(ジャイアント リード)という種である。

製紙原料のヨシパルプについては、中国湖南省洞庭湖周辺や上海市崇明島などで実用化され、トイレットペーパーや紙コップなどに加工されている他、旧ソ連ルーマニアで製造工場が稼動していたことがあり、日本国内においても、滋賀県琵琶湖産のものなどが名刺ハガキ用に少量生産されている。

その他

この他にも、肥料、燃料、食料、生薬原料、漁具、葦ペン、ヨシパルプなどの用途があり、現在でも利用されるものや、研究が行われているものもある[3]

近年ヨシ原は、浅い水辺の埋め立てや河川改修などにより失われることが多くなり、その面積を大きく減らしている。ヨシ原は、自然浄化作用を持ち、多くの生物のよりどころとなっているため、その価値が再評価されてきており、ヨシ原復元の事業が行われている地域もある。

文学

葦に関して最も有名なヨーロッパ文学での言葉はブレーズ・パスカルによる「人間は考える葦(roseau pensant)である」以外にないだろう。ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ寓話「オークと葦」(Le chêne et le roseau)では傲慢なオークが倒れてしまったのに対し、倒れないように自ら折れて風雨を凌いだ葦の姿が描かれている。

また、古事記の天地のはじめには最初の二柱の神が生まれる様子を「葦牙のごと萌えあがる物に因りて」と書き表した。葦牙とは、葦の芽のことをいう。その二柱の神がつくった島々は「豊葦原の千秋の長五百秋の水穂の国」といわれた。これにより、日本の古名は豊葦原瑞穂の国という。更級日記では関東平野の光景を「武蔵野の名花と聞くムラサキも咲いておらず、アシやオギが馬上の人が隠れるほどに生い茂っている」と書き残し、江戸幕府の命で遊郭が一か所に集められた場所もアシの茂る湿地だったため葭原(よしはら)と名づけられ、後に縁起を担いで吉原と改められた。

古代エジプト死者の書に書かれる人が死後に行くことができる楽園アアルは葦が繁る原野である。

短歌

海原のゆたけき見つつ蘆が散る難波に年は経ぬべく思ほゆ。:『万葉集』の大伴家持

万葉集では、蘆、葦、安之、阿之という書き方で50首におよび詠まれている。和歌において様々な異名が用いられるのも特徴で、ハマオギ、ヒムログサ、タマエグサ、ナニワグサといった別名が使われるほか、方言ではスゴロ(青森)、アセ(和歌山)、コキ(鳴海)、トボシ(垂水)、ヒーヒーダケ(串木野)という言葉が一部に未だ残っている。

ことわざ

難波の葦(アシ)は伊勢の浜荻(ハマオギ)」は、物の名前が地方によって様々に異なることをいう。平安末期の住吉杜歌合において、藤原俊成の言で「難波の方ではあしとだけいい、東(あづま)の方では、よしともいう」とあり、また「伊勢志摩では、はまをぎ(ハマオギ)と名づけられている」と書き残されている。

「葦の髄から天井をのぞく」とは、せまい了見では物事を捕らえることはできないという意味。中国の荘子にある「管を以て天を窺う」という言葉と同じ意味を持つ。

「すべての風になびく葦」とはフランスのことわざで、都合によって節操をかえることを指す。

「折れた葦」「葦によりかかる」の両方ともイギリスのことわざで、「あてにならない」という意である。旧約聖書列王記においてもエジプトを折れかけのアシに例えて、頼ってはならないという同様の意味で使われている。ヨーロッパにおいてアシはその弱さを人間性の一面と見る向きがあるが、一方では「葦が矢となる」ということわざがあり、実際にその茎の特性から矢として使用されたこともある。前述の寓話を元にした「嵐がくればオークは倒れるが、葦は立っている」ということわざもあり、ヨーロッパにおいてアシは弱さと同時に強かな存在とされていた[4]

画像

ヨシ属

ヨシ属(ヨシぞく、学名: Phragmites)は、イネ科の一つ。

脚注

  1. Saltonstall, K. 2002. Cryptic invasion by a non-native genotype of the common reed, Phragmites australis into North America. Proc Natl Acad Sci 99(4): 2445-2449.
  2. 『神社有職故実』46頁昭和26年7月15日神社本庁発行。
  3. 西川嘉廣 『ヨシの文化史 : 水辺から見た松江の暮らし』 サンライズ出版〈淡海文庫〉、2002年。ISBN 4-88325-133-0。
  4. 足田輝一編 『植物ことわざ事典』 東京堂出版、1995年。ISBN 4-490-10394-8。

参考文献

  • 平野隆久写真 『野に咲く花』 林弥栄監修、山と溪谷社〈山溪ハンディ図鑑〉、1989年。ISBN 4-635-07001-8。
  • 木場英久・茨木靖・勝山輝男 『イネ科ハンドブック』 文一総合出版、2011年。ISBN 978-4-8299-1078-8。

関連項目

外部リンク