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ヤン・エルスター

ヤン・エルスター(Jon Elster、1940年2月22日 - )は、ノルウェーの首都オスロ出身の社会理論家、政治学者。社会科学の哲学や合理的選択理論についての著作がある。分析的マルクス主義者の代表格でもある。新古典派経済学や公共選択論を、行動主義的・心理学的な理由にもとづいて批判している。

経歴

エルスターはカール・マルクスについての学位論文によって、パリのソルボンヌ大学から博士号を取得した[1] 。指導教員はレイモン・アロンである。エルスターはセプテンバー・グループに長年所属していたが、1990年代初頭に脱退した。オスロ大学歴史学部で教鞭をとった後、シカゴ大学の哲学部と政治学部にて寄付講座教授を務めた。現在、コロンビア大学ロバート・K・マートン社会科学教授(政治学・哲学)ならびにコレージュ・ド・フランス終身教授である。1997年にはジャン・ニコ賞を受賞した。

エルスターはノルウェー科学・人文学アカデミーの会員である[2]。また、アメリカ芸術科学アカデミーアメリカ哲学会、Academia Europaeaにも所属しており、ブリティッシュ・アカデミーの客員フェローも務める。

父はジャーナリスト/著作家にしてノルウェー放送協会CEOのトロルフ・エルスター、母は詩人のマリ・エルスターである。

エルスターはいくつもの大学から名誉博士号を得ている(バレンシア大学ストックホルム大学トロンハイム大学ルーヴァン・カトリック大学トルクァト・ディ・テラ大学コロンビア国立大学)。また、重慶大学の客員教授でもある。

哲学

エルスターの著作の特徴は、合理的選択理論に代表される分析的手法によって、文学や歴史から数多くの事例を引きつつ、哲学的・倫理学的な考察を行っていることである。ダニエル・リトルはある書評にて次のように述べている。「エルスターは様々な学問領域における重要な貢献を果たした。彼の書物が扱うテーマの幅広さと深さは、学問の専門分化が著しい現在、稀に見るものである。政治学者だけでなく、経済学者や哲学者も彼を読み、議論している。彼の著作の要点を一言でまとめることは難しい。というのも、経済学、政治学、歴史学、哲学、そして心理学といった広範な分野における深い理解のもと、彼の著作は書かれているからだ。」[3]

エルスターは社会科学の哲学者としての側面をもつ(『技術革新の説明』でのテーマ)。社会科学的説明は、方法論的個人主義(個人のみを行為主体として認め、「組織」や「社会」のように、個人を超える実体を行為者とみなさない、という考え)とミクロ的基礎(社会的スケールでの変化を、個人の行為の観点から説明すること)に基づいて行われねばならない、と彼は強く主張している。マルクス主義者や他の社会科学者は、機能主義(制度が存在するのは、それが社会に対してもつ効果によってである、という考え)に陥っているとエルスターは批判する。彼は機能主義に代わり、マルクス主義に対してゲーム理論による基礎づけを与えようとした。

エルスターは、合理的選択理論を用いて様々な社会現象を説明しようと試み、数多くの著作を著している。彼は次のように言う。「合理的選択理論は、人間の行動を説明するための技術的手段にはとどまらない。それは、われわれ自身を統合的に理解するための方法でもある。われわれはいかなる行為をすべきか、という問いだけではなく、われわれは一体何者なのか、を問うためにも、それは用いられるのだ。」[4] 彼は合理的選択理論を幅広い分野に応用している。すなわち、政治学(『政治的心理学』)、バイアスと制約を受けた選好(『酸っぱいブドウ』)、感情(『心の錬金術』)、自制(『オデュッセウスとセイレーン』)、マルクス主義(『マルクスを理解する』)などである。

彼は数多くの複雑な問題を、合理的選択理論における単純な概念を用いて解明してきた。例えば次のようなものだ。内因的選好形成(今日なした特定の行為は明日の選好を変化させる。そのようなとき、人は自分の選好をどのようにして決めるのか?)、履歴効果(同じ質問を異なった仕方で提示されると、人はそれに応じて異なった選好を示す)、不完全な合理性(意志の弱さ、感情、衝動、習慣、自己欺瞞)、それらへの適応、時間選好、これらである。

しかし次第に、エルスターは合理的選択理論に対する態度を変えてきている。1991年にロンドン・レビュー・オブ・ブックスに掲載されたある書評では、エルスターについて次のように書かれている。「エルスターには迷いが生じている。あるいはそこまで言わずとも、不信感を抱き始めたことに違いはない。自ら、「最新著には、理性の力に対する私の強い幻滅が投影されている」と述べているほどだ。」[5]500ページもある大著『社会的行動の説明』には、自身の見解を撤回するような以下の文言が登場する。

合理的選択理論には私が以前考えていたほどの説明力はない、と今では考えている。というのも、現実に生きる人々は、最新の学術論文に見られる数式だらけのページを計算した上で行動しているわけではないからだ。合理性をシミュレートしたり模倣したりする、非意図的な一般メカニズムなど、ありはしないのだ。また、経験的な証拠というのはたいてい、極めて脆弱である。これはもちろん雑駁な感想でしかない。私はただ、優秀な学者たちの間で広範な意見の不一致があること、つまり、いわゆる「なになに学派」の間には、根本的で根強い対立が存していることを指摘したい。論争がピタリと止む収束点など、決して存在しないのである。[6]

同著でエルスターは合理的行動だけでなく不合理的な行動についても議論している。後者は、「広く、またしばしば見られ、避けることができないものである。われわれは合理的でありたいという欲求をもつものだ。」[7]最新作『公平無私』(『ホモ・エコノミクス批判論集』プロジェクトの一巻)では、これらの洞察をさらに展開し、私欲を離れた行為の可能性が探求されている[8]

主要著作

  • Leibniz et la formation de l'esprit capitaliste (Paris, 1975) ISBN 2-7007-0018-X
  • Leibniz and the development of economic rationality (Oslo, 1975)
  • Logic and Society (New York, 1978)
  • Ulysses and the Sirens (Cambridge, 1979)
  • Sour Grapes: Studies in the Subversion of Rationality (Cambridge, 1983)
  • Explaining Technical Change : a Case Study in the Philosophy of Science (Oslo, 1983)
  • Making Sense of Marx (Cambridge, 1985)
  • An Introduction to Karl Marx (Cambridge, 1986)
  • The Cement of Society: A study of social order (Cambridge, 1989)
  • Solomonic Judgments: Studies in the limitation of rationality (Cambridge, 1989)
  • Nuts and Bolts for the Social Sciences (Cambridge, UK, 1989)
『社会科学の道具箱――合理的選択理論入門』、海野道郎訳、ハーベスト社、1997年。
  • Local Justice: How institutions allocate scarce goods and necessary burdens (Russell Sage, 1992)
  • Political Psychology (Cambridge, 1993)
  • The Ethics of Medical Choice (London, 1994) - with Nicolas Herpin
  • Strong Feelings: Emotion, Addiction, and Human Behavior The Jean Nicod Lectures. (MIT Press, 1999)
『合理性を圧倒する感情』、染谷昌義訳、勁草書房、2008年。
  • Alchemies of the Mind: Rationality and the Emotions (Cambridge, 1999)
  • Ulysses Unbound: Studies in Rationality, Precommitment, and Constraints (Cambridge Univ. Press, 2000)
  • Closing the Books: Transitional Justice in Historical Perspective (Cambridge, 2004)
  • Explaining Social Behavior: More Nuts and Bolts for the Social Sciences (Cambridge, 2007)
  • Reason and Rationality (Princeton University Press, 2009)
  • Alexis de Tocqueville: The First Social Scientist (Cambridge University Press, 2009)
  • Le désintéressement (Paris: Seuil 2009)
  • L'irrationalité (Paris: Seuil 2010)
  • Securities Against Misrule. Juries, Assemblies, Elections (Cambridge University Press, 2013) ISBN 9781107649958

共著

  • Institutional design in post-communist societies: rebuilding the ship at sea, wiht Claus Offe, Ulrich K. Preuss, Frank Boenker, Ulrike Goetting, and Friedbert W. Rueb, Cambridge University Press, 1998.

編著

  • Foundations of social choice theory, co-edited with Aanund Hylland, Cambridge University Press, 1986.
  • The multiple self, Cambridge University Press, 1986.
  • Rational choice, B. Blackwell, 1986.
  • Karl Marx: a reader, Cambridge University Press, 1986.
  • Constitutionalism and democracy, co-edited with Rune Slagstad, Cambridge University Press, 1988.
  • Alternatives to capitalism, co-edited with Karl Ove Moene, Cambridge University Press, 1989.
  • Interpersonal comparisons of well-being, co-edited with John E. Roemer, Cambridge University Press, 1991.
  • Choice over time, co-edited with George Loewenstein, Russell Sage Foundation, 1992.
  • The ethics of medical choice, co-edited with Nicolas Herpin, Pinter Publishers, 1994.
  • The roundtable talks and the breakdown of communism, University of Chicago Press, 1996.
  • Deliberative democracy, Cambridge University Press, 1998.
  • Addiction: entries and exits, Russell Sage Foundation, 1999,
  • Getting hooked: rationality and addiction, co-edited with Ole-Jørgen Sko , Cambridge University Press, 1999.
  • Retribution and reparation in the transition to democracy, Cambridge University Press, 2006.

脚注

  1. Yeghiayan, Eddie. “JON ELSTER A Selected Bibliography”. UCI Department of Philosophy. 2000年8月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。. 2008閲覧.
  2. Gruppe 3: Idéfag” (Norwegian). Norwegian Academy of Science and Letters. . 28 October 2009閲覧.
  3. Chapter on Jon Elster by Daniel Little in New Horizons in Economic Thought: Appraisals of Leading Economists, edited by Warren Samuels (Edward Elgar Publishing, 1992) ISBN 1-85278-379-6. Also available as download [1]
  4. Elster, Jon (1993). “Some unresolved problems in the theory of rational behaviour”. Acta Sociologica 36 (3): 179–189 [p. 179]. doi:10.1177/000169939303600303. 
  5. Hollis, Martin, Why Elster is stuck and needs to recover his faith, London Review of Books, 13 January 1991
  6. Explaining Social Behaviour, pp. 5, 25ff
  7. Explaining Social Behaviour, p. 232
  8. Review of Le désintéressement, by Gloria Origgi, The Possibility of Disinterested Action, The Berlin Review of Books, 8 January 2010.

外部リンク